当ブログは YAMDAS Project の更新履歴ページです。2019年よりはてなブログに移転しました。

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ブレイディみかこさんの新刊『ぼくはイエローでホワイトで、ちょっとブルー』にワタシが友情出演していたという話(誇大表現)

ブレイディみかこさんの新刊(の片方)『ぼくはイエローでホワイトで、ちょっとブルー』特設ページ)を先月読了したのだが、すごく良かった。

ぼくはイエローでホワイトで、ちょっとブルー

ぼくはイエローでホワイトで、ちょっとブルー

『ぼくはイエローでホワイトで、ちょっとブルー』は、その主人公であるケン君を通じて「エンパシ―(empathy)」という言葉の意味を考えさせてくれる本である。ワタシは2014年の春にケン君に一度会ったことがあり、あのとき喫茶店の床に転がりながらタブレットでサッカー動画を見ていたお子さんがもう中学生とは……と自分が歳を取ったことをなにより思い知らされてしまったりもした。

せっかくなので、ブレイディみかこさんにこの本でグッときたところはいくつか挙げるメールを送ったのだが、その中のひとつである、ケン君が友達のティムにリサイクルされた制服をあげる場面について、著者自身から、あそこに出てくるアレはお前からもらったブツだと指摘され、こっちが驚いた。

 息子はいつまでも窓の脇に立ち、ガラスの向こうに小さくなっていく友人の姿を見送っていた。ティムの手元でぶらぶら揺れる日本の福砂屋のカステラの黄色い紙袋が、初夏の強い光を反射しながらてかてかと光っていた。(p.114)

そう、ティムに渡された制服を入れた福砂屋の紙袋は、ワタシが以前ブレイディみかこさんにあげた長崎土産の福砂屋のカステラを入れていた袋だったらしい。それ以降で福砂屋の紙袋をイギリスに持ち帰った覚えはないから、と。

確かに福砂屋の紙袋なんてそうそうもらうものではない。しかし、ワタシがあの土産をあげたのは、2013年の正月だったりする。物持ちいいな! と思わず笑ってしまったが、それはともかく、ワタシがあげた福砂屋の紙袋が海を渡り、何年も経って彼女の息子さんの友人の手に渡るなんて素敵な話じゃないか。

そういうわけで、『ぼくはイエローでホワイトで、ちょっとブルー』にワタシが友情出演していた話である(正確にはワタシがあげた紙袋)。

8月後半にブレイディみかこさんは来日されていたが、ブックスキューブリックでのトークイベントなど、ワタシが福岡にいたなら絶対かけつけたのに、と未だに死んだ子供の歳を数えるようなことを考えてしまうのが悲しい。

さて、ここからは例によってワタシの宣伝だが、そのブレイディみかこさんに「ボーナストラックの長編エッセイに泣きました」と言わしめた『もうすぐ絶滅するという開かれたウェブについて 続・情報共有の未来』もよろしくお願いします!

実は、彼女がある文芸誌に書き、ウェブでも読めるある書評にも、このボーナストラックの長編エッセイ「グッドバイ・ルック」の話が出てくるのだが、それに気づいたのって多分3人くらいじゃないのかな(笑)。

Rustこそがシステムプログラミングの未来(で、C言語はもはやアセンブリ相当)なら、Rustで書かれたドライバのコードをLinuxカーネルは受け入れるべきなのか?

Intel の主席エンジニアの Josh Triplett の Open Source Technology Summit 2019 での講演 Intel and Rust: the Future of Systems Programming を取り上げ、Rust こそがシステムプログラミングの未来であり、C 言語はもはやかつてのアセンブリ言語である。つまり、未だに OS などのシステムプログラミングの大部分で使われる C 言語は Rust に置き換えられるのではないかと見る記事である。

「Cを愛して…」という文章をワタシが訳したのももはや10年以上前、C が他言語に置き換えられる未来が遂に来るのかと遠い目になってしまう。もっともワタシ自身、4年近く C 言語でコーディングしてないんだよね……。

でも、本当にそうなるのだろうか? 手近なシステムプログラミングの現場である Linux カーネルの開発において、Rust で書かれたドライバのコードが受け入れられるのかという議論が起こるのは自然な話だろう。

これについては、件の講演者である Josh Triplett 自身がコメントを寄せており、Linux カーネルの有力開発者であるグレッグ・クロー=ハートマン(Greg Kroah-Hartman)と話をし、彼もドライバを Rust で書くカーネルフレームワークの受け入れに前向きとのコメントを得たらしい。

ただそれには条件があり、そのフレームワークはデフォルトでは有効にはならないし、そして C で書くよりも本当に優位性がないといけないとのこと。

リーナス・トーバルズはかつて C++ を「おぞましい言語」と呼び、「プロジェクトで使う言語を C に限定するのは、あのバカな「オブジェクト・モデル」のクソで台無しにしないためなんだよ」と悪態をついていたが、彼は Rust についてはどう思っているのだろう?

ネタ元は Slashdot

プログラミングRust

プログラミングRust

東京という都市に満ちている音について考察した研究書『Tokyo Listening』が面白そうだ

ニューヨーク州立大学でメディア研究と人類学の准教授である Lorraine Plourde が書いた『Tokyo Listening』という本が紹介されている。

Tokyo Listening: Sound and Sense in a Contemporary City (Music / Culture)

Tokyo Listening: Sound and Sense in a Contemporary City (Music / Culture)

この本は、人々が音楽を聴きに行く場所とデパートやスーパーなどいやおうなく BGM を聞かされてしまう場所の両方について東京という都市と音の関係を考察しているが、著者の興味をひいたのは後者のようだ。

この手の BGM、いわゆる Muzak はよくて大衆芸術、悪くて全体主義支配や監視の一種とまで言われてしまうが、その両方と違った考察を著者は行いたかったとのこと。

そうした東京の音を考察する研究が、ヴェイパーウェイブ(Vaporwave)などのサブジャンルにつながるわけだ。

この著者インタビューによると、著者は日本のスーパーや店舗で流れる音楽の制作企業に取材しており、そうした企業も快くインタビューに応じているようで、確かにそういう証言は読んでみたいな。邦訳出ないかな。

個人的にこのエントリを読んで驚いたのは、Onkyokei、つまり「音響系」のウィキペディアのページが、英語版はあるのに日本語版にはないこと。そういえば上でリンクした Muzak も日本語版ページはないんだよね。なんだかなぁ。

中国の一人っ子政策のおぞましさを描いた『One Child Nation』が気になる人はナンフー・ワン監督のTED講演「一人っ子政策の下で育つということ」を見よう

映画 One Child NationWikipediaRotten Tomatoes)だが、これはなかなか怖そうである。

Amazon Studios 配給なので、いずれは日本でも公開されるようだが、今のところそれがいつになるか分からない。と思ったら、この映画の監督であるナンフー・ワンが TED2019 で行った講演「一人っ子政策の下で育つということ」が日本語字幕付きで公開されている。

ナイスタイミングだし、6分足らずの長さなのでさくっと見ることができる。この映画に興味を持った人はひとまずこれを見ておくのがよいだろう。

中国「絶望」家族: 「一人っ子政策」は中国をどう変えたか

中国「絶望」家族: 「一人っ子政策」は中国をどう変えたか

ワンス・アポン・ア・タイム・イン・ハリウッド

ストーリーに踏み込んでしまうので、未見の人は観た後に読んだほうがいいです。

クエンティン・タランティーノの映画は必ずしもワタシの体質には合わないとずっと思ってきたのだけど、本作は素晴らしかった。多分彼の最高傑作ではないだろうが、もしかしたら彼の映画でもっとも好きな一本かもしれない。彼の善心と悪意が両方あふれ出た傑作である。

本作を観るにあたり、シャロン・テート殺害事件、そしてそれを実行したチャールズ・マンソンのファミリーについての基本的な知識は必須である。ハリウッドが舞台だから、1960年代のテレビドラマ、映画界についての知識もあったほうがもちろんよいが、それに関してはワタシも大したレベルではない。その上で、タランティーノの旧作との関連とか読んでしまうと興が削がれる種類の作品なので、シャロン・テート殺害事件について分かっている人は、それ以上の事前知識なしに観るほうが間違いなく楽しめるだろう。

本作はある意味ストーリーがあってないような映画なのだけど、観客が本作から目を離すことができないのは、本作の登場人物でもあるシャロン・テートがどうなるか知っているからだ。本作では、ずっと場面ごとに日付が入り、ナレーションまで入ってくる。これは言うまでもなくドキュメンタリーっぽく見せかけているわけだ。本作は楽観的で、呑気ですらある空気が基調になっていて、ストーリーがどう転ぶか読めないが、一方で観客は自分たちが知ってしまっているカタストロフィに徐々に向かっていることに緊張の度を強める仕掛けになっている。

タランティーノはデビュー以来、音楽の使い方がうまいと言われてきた。本作はストーリーがない代わりにえんえん音楽が鳴りっぱなしで、それだけでちょうど半世紀前、1969年を表現してしまう。いかにもこれイケてるでしょ? みたいな目配せなしに雰囲気を作るところが本当にうまい。十年以上ぶりに聴いたストーンズの「アウト・オブ・タイム」がこんな気持ち良い曲だったなんて!

上で本作の仕掛けについて書いたが、(どうしてもある旧作の展開を思い出してしまう)クライマックスにいたり、それが一種のトリックであることが分かり、そしてこのつかみどころのない映画って結局なんなんだろうとなるのだが、シャロン・テートという一人の女性を肯定する作品なのだとワタシは思いますね。彼女自身は別に映画史に残る女優ではない。おバカな映画でおバカな役をやっていたりする。そのハリウッド的な日常における彼女を描くことで、彼女をしっかり肯定している。

彼女を演じたマーゴット・ロビーの台詞が少ないと難癖をつけたニューヨーク・タイムズの女性記者に対してタランティーノが回答を拒否したのは、なんでこの映画の意図が分からないんだと憤怒の念を抑えきれなかったのではないか。

クエンティン・タランティーノは、昨今の MeToo 運動で確実に痛手を負った。なにせ彼の作品の製作を一貫して手掛けてきたのはハーヴェイ・ワインスタイン(ワインスティーン)だし、ユマ・サーマン『キル・ビル Vol.2』でスタントなしに運転させられ、結果木に衝突して怪我を負わされたことを糾弾されてもいる。

しかし一方で、タランティーノ自身はうまく逃げおおせたと感じている人も少なからずいるのかもしれない。件の女性記者の質問の背景にもそういう感情があったのではないかと邪推する。そうした意味で、本作はタランティーノの反省があらわれている――なんていうお道徳的に都合のよい話にはならない(笑)。

本作では、ブラッド・ピット演じる主人公のスタントマン役のクリフ・ブースは(ロマン・ポランスキー役もそうだけど)、狭い坂道のシエロ・ドライブを不安を感じさせる速度でくだっていく。クリフ・ブースの愛車カルマンギアは、ユマ・サーマンが事故を起こしたのと同じモデルである。これはおそらく、あの記事に対するあてつけだろう。

そして、本作のクライマックスで、クソヒッピーどもは大変な目に合うのだが、女房殺しの疑いがあるクリフ・ブースという人物、しかも彼が LSD でラリっているという予防線が張ったうえで、女たちを完膚なきまでにボコボコにさせていて、上のあてつけも含め、タランティーノの悪意を感じる。それを不快に思う人もいるだろう。ワタシはどう感じたかと言うと、本作のクライマックスは最高でした、ハイ。

「彼の善心と悪意が両方あふれ出た傑作」というのはそういう意味である。映画はお道徳の教科書ではない。ワタシは本作を支持する。

「邦訳の刊行が期待される洋書を紹介しまくることにする(2019年版)」で紹介した本のうち三冊の邦訳が出る

今年のゴールデンウイークに公開した「邦訳の刊行が期待される洋書を紹介しまくることにする(2019年版)」だが、週末調べものをしていて、ここで紹介した本三冊の邦訳情報を知ったので、まとめて取り上げておく。

まずは、未翻訳ブックレビューで知った李開復(カイフー・リー)の本。

AI世界秩序 米中が支配する「雇用なき未来」

AI世界秩序 米中が支配する「雇用なき未来」

  • 作者:李開復
  • 発売日: 2020/04/18
  • メディア: 単行本(ソフトカバー)

ちょうど出たばかりですな。正直これは絶対邦訳が出るだろうと予想していたので意外性はない。中国×AI という読者の興味を惹くトピックを二つも備えているので売れるでしょうな。

続いて同じく AI がテーマのメレディス・ブルサード『AIには何ができないか データジャーナリストが現場で考える』が先月出ていた。

李開復の本とは逆に、著者の日本での知名度が低いし、難しいかなと思っていたのだが、やはり AI がテーマだと面白い本は出るんでしょうな。『Artificial Unintelligence』という原題の面白さは邦題には受け継がれていないのは残念だが、これは仕方ないか。

最後にこれは驚いたのだが、スコット・ギャロウェイの新刊の邦訳が10月に出る。

こちらについては、「自己啓発本の路線らしいのが難しい」と書いちゃったけど、原書が出たのが今年の春であることを考えるとかなりのスピードで邦訳が出ることになる。

副題に「GAFA時代の人生戦略」と入れていることからも分かるように、それだけギャロウェイの『The Four GAFA 四騎士が創り変えた世界』(asin:4492503021)が日本でヒットしたので、彼の新刊なら当たるという目算があってのことだろう。新刊の内容はあんまり GAFA 関係ないと思うんだけど……。

そうそう、このブログの存在意義である宣伝を例によって入れておきます。どうかよろしくお願いします。

そうそう、ブレイディみかこさんから(ワタシだけが)あっと驚く話を聞いたので、次回の更新があれば、そのとき触れさせてもらおう!

音楽を救うニール・ヤングの孤独な探求:低品質なストリーミング配信は我々の楽曲と脳を傷つけていると彼は言う。彼は正しいのか?

「邦訳の刊行が期待される洋書を紹介しまくることにする(2019年版)」でも紹介した本が出ることを受けてか、ニール・ヤングが低品質なストリーミング音楽配信への憎悪と高音質へのこだわりについてインタビューを受けている。

この長文記事の冒頭を訳してみる。

ニール・ヤングは蜂に刺された世捨て人より変わっている。彼は Spotify が嫌いだ。彼は Facebook が嫌いだ。彼は Apple が嫌いだ。彼はスティーブ・ジョブズが嫌いだ。彼は、デジタル技術が音楽に対して行っていることを嫌っている。

ニール・ヤングシリコンバレー人種を嫌っており、シリコンバレーが生み出すものは有害で反人間的だと考えている。巨大テック企業のことを考えると、彼はもう音楽を作りたくないというところまで来たのを認めている。

記事中やたらと [expletive] という表記があるのだが、ここは元は四文字言葉であるという意味である。

記事はニール・ヤングをどこか時代遅れの老人、ドン・キホーテのように見せているところがあるが、ニール・ヤングを他の仲間のロックスターと分けたのは、彼がオーディエンスが聴きたいものに迎合するのを一貫して拒否し、何か素晴らしいことをやり遂げたら、そのスタイルを棄て、彼にとってよりリアルに思えるものを追求してきた彼の気質にあることもちゃんと書いている。

彼は変人呼ばわりされるのは気にしておらず、ストリーミング配信音楽は、モンサント遺伝子組み換え作物が食品について行っているのと同じように我々の脳に害を与えていると信じている。

記事の冒頭に「彼はスティーブ・ジョブズが嫌いだ」とあるが、ニール・ヤングは、スティーブ・ジョブズが大の音楽ファンであり、本物の音楽を聴くべくレコードをかけていたことを認めている。ヤングはジョブズに、Apple iTunes を(ヤングからみて)マシな音楽プラットフォームにするようもちかけたそうだが、当然ながら両者は折り合わなかったとのこと。

以前にも書いたことがあるが、ワタシはニール・ヤングの衰えない創作欲にも、Neil Young Archives への取り組み(100万ドルをこえる資金を投じているらしい)も高音質へのこだわりにも敬意を払っているが、一方でニール・ヤングのファンってそれほど音質にこだわっているかなというのが少し疑問だったりするのだが、この記事を読むとヤングが幼いときに患ったポリオ、そして彼の子供たちが患う脳性麻痺という病気が関係しているように思う(記事中、天才が意図的に作った(でも実はそれほどひどくない)クソアルバムの代表とされる『Trans』のことが、子供たちの脳性麻痺と絡めて触れられている)。

ワタシ自身は、コンポは持っているがそちらで CD を聴くことはなくなり、普段はほぼ PC で音楽を聴いている。もっとも多いのは Apple Music であり、その次が YouTube か。いずれにしてもストリーミング配信の音楽である。将来、脳についてもっと解析が進み、ヤングが主張するようにそれらは脳に有害だと判明するかもしれないが、どうだろう。

ネタ元は Boing Boing

To Feel the Music: A Songwriter's Mission to Save High-Quality Audio

To Feel the Music: A Songwriter's Mission to Save High-Quality Audio

To Feel the Music: A Songwriter's Mission to Save High-Quality Audio (English Edition)

To Feel the Music: A Songwriter's Mission to Save High-Quality Audio (English Edition)

こないだ「グレタ・トゥーンベリ効果」を取り上げたと思ったら、来月には彼女の本の邦訳が出るのを知る【追記あり】

こないだ「グレタ・トゥーンベリ効果」を取り上げ、彼女の本について「知名度が日本でも上がれば邦訳が出るかも」みたいに書いたのだが、調べてみたら来月出るじゃん!

グレタ たったひとりのストライキ

グレタ たったひとりのストライキ

でも、共著者にグレタ・トゥーンベリの母親であるマレーナ・エルンマンが名前を連ねているということは、『No One Is Too Small to Make a Difference』の邦訳ではなく、原書が10月に出る本の邦訳だろうか?

Our House is on Fire: Scenes of a Family and a Planet in Crisis

Our House is on Fire: Scenes of a Family and a Planet in Crisis

  • 作者: Malena Ernman,Greta Thunberg,Beata Thunberg,Svante Thunberg
  • 出版社/メーカー: Particular Books
  • 発売日: 2020/03/05
  • メディア: ハードカバー
  • この商品を含むブログを見る

Our House is on Fire: Scenes of a Family and a Planet in Crisis (English Edition)

Our House is on Fire: Scenes of a Family and a Planet in Crisis (English Edition)

そうなると原書と邦訳がほぼ同時刊行ということになるが、本当かな。

版元はオーウェン・ジョーンズなど面白い本の邦訳をいくつも出している海と月社とな。さすがである。

[2019年8月26日追記]:本エントリについて、海と月社の公式 Twitter アカウント(担当は代表の方!)からご教示いただいた。

そういうわけで、2冊分の内容を1冊にした、とてもお得な内容になるそうです。

スティーヴン・キング原作の映画ランキング(1位はそれかよ!)

スティーヴン・キング原作の映画をランク付けした記事だが、『IT』のチャプター2の公開と『トム・ゴードンに恋した少女』の映画化決定を踏まえた記事らしいが、『ドクター・スリープ』のこと忘れてないかい?

それはともかく、そもそもキングの小説で映画化されたのって全部でいくつあるんでしょうね。

この記事のランク付けは以下の通り。

  1. デヴィッド・クローネンバーグ『デッドゾーン』asin:B00005HXXS
  2. ブライアン・デ・パルマ『キャリー』asin:B079VZTMZN
  3. スタンリー・キューブリック『シャイニング』(asin:B003GQSYMG
  4. フランク・ダラボン『ショーシャンクの空に』asin:B003GQSYHQ
  5. ロブ・ライナーミザリー』(asin:B079VZ31DR
  6. ロブ・ライナースタンド・バイ・ミー』(asin:B018S2FN80
  7. ミカエル・ハフストローム『1408号室』(asin:B006NZ7Q1C
  8. アンディ・ムスキエティ『IT/イット “それ”が見えたら、終わり。』asin:B07DVRK8P1
  9. フランク・ダラボン『ミスト』asin:B019GQN33O
  10. マイク・フラナガン『ジェラルドのゲーム』
  11. ポール・マイケル・グレイザーバトルランナー』(asin:B07WFP6HSG
  12. ジョン・カーペンター『クリスティーン』(asin:B00MN8TR0G
  13. テイラー・ハックフォード『黙秘』(asin:B00CPC0HRC
  14. フランク・ダラボングリーンマイル』(asin:B00NITX0C0
  15. ケヴィン・コルシュ、デニス・ウィドマイヤー『ペット・セマタリー』(今年公開のリメイク版のほう)
  16. マーク・パヴィアナイトフライヤー
  17. ジョージ・A・ロメロクリープショー』(asin:B07G8FC31J
  18. フリッツ・カーシュ『チルドレン・オブ・ザ・コーン』(asin:B00005TOP2
  19. デヴィッド・コープ『シークレット ウインドウ』(asin:B00XP97IXU
  20. スティーヴン・キング『地獄のデビル・トラック』(asin:B00M9U83IU

キング自身が監督して、「この人、映画分かってないんじゃない?」と呆れられた(傑作と推す人もいる)『地獄のデビル・トラック』が20位とはいえ入っていたり、失敗作とされる『クリスティーン』が結構上に入っていたり、なんといっても多くの人が1位だと思う『ショーシャンク』がトップ3にも入ってないのに(しかし記事のキャッチ画像は『ショーシャンク』!)英国人の底意地の悪さが光っている、とかいろいろ物言いをつけたくなるランキングかもしれない。クリストファー・ウォーケン様の『デッドゾーン』はワタシも好きだけどさ……。

というか、恥ずかしながらこれで初めてタイトルを知った映画がいくつかあったりした。

10位に入っている『ジェラルドのゲーム』は、先日ワタシが『ザ・ホーンティング・オブ・ヒルハウス』での仕事を激賞したマイク・フラナガン監督作で、Blu-ray や DVD は出ていないが、Netflix で観れるので、近いうちに観ようと思う。

キングの小説は当然ながら長編が多いので、実は映画よりもテレビドラマのほうが向いていると思う。そうした意味で、キング原作のテレビドラマのランキングも誰かやらんかなとは思う。

さらば愛しきアウトロー

さらば愛しきアウトロー[Blu-ray]

さらば愛しきアウトロー[Blu-ray]

行きたいと思っていたが、繁華街の映画館でしかやっていないため足が向かなかった映画である。が、気が付くとワタシの行きつけのシネコンで上映になっており、喜んで上映時間を見たら、開始時間が朝8時半前の上映が1回のみだった……。

「午前十時の映画祭」にも行けなかったワタシにこの上映時間は拷問に近いものがあるのだが、なんといってもロバート・レッドフォードの俳優引退作である(ここで『アベンジャーズ/エンドゲーム』のことは考えない方向で)。土曜日に平日とほぼ同じ時間に起きて出向いた。

こんな時間から観る人ワタシの他にいんのかいと思ったのだが、ワタシも含め十名くらいの客入りだった。

さて、本作は70歳過ぎまで銀行強盗を繰り返したフォレスト・タッカーを主人公とする映画だが、そうした高齢のアウトローについての記事を原作とする点、そのアウトローの主人公が不思議な人間的な魅力を持っている点、その主人公と若い刑事の追跡劇である点、そして主役を演じる名優にとってその俳優人生におけるおそらく最後の主演作となるであろう点で、本作は『運び屋』と共通点がある映画である。

劇中何度もテレビでかかる映像からも本作が一種の西部劇であることが示されるが、これぞアメリカ映画と言いたくなる感じがあった。

本作と『運び屋』の一番の違いは、シシー・スペイセク演じるジュエルの存在である。子供の頃に『キャリー』をテレビで観てトラウマを植え付けた彼女も老女の役をやるような歳になったのかと思ってしまうが、思えばあれは40年以上前の映画なのだ。

それにしてもシシー・スペイセクが馬に乗って主人公の前に現れる場面の、陽に照らされた彼女の美しさと言ったら! 宝石店から引っ張り出した主人公を店に引き戻す場面の緊張感、認めたくはないが蓮實重彦がコメントするように、本作はシシー・スペイセクの存在をもって『運び屋』よりも優れていると言えるのかもしれない。

もちろんロバート・レッドフォードの演技もよくて、子供の頃から強盗をやっては人生のかなりの時間をムショ暮らしだったフォレスト・タッカーが、本作に描かれるような気品があったのか疑問も感じるが、レッドフォードが立ち振る舞いだけで納得させられてしまう。

あと本作はダニエル・ハートの音楽がとても良かった。主旋律が楽器を変えて繰り返される本作のサントラ をApple Music で繰り返し聴いている。

さらば愛しきアウトロー

さらば愛しきアウトロー

『もうすぐ絶滅するという開かれたウェブについて 続・情報共有の未来』への反応 その25

『もうすぐ絶滅するという開かれたウェブについて 続・情報共有の未来』だが、まずは購入いただいた方の声から。

ワタシもそう思います(笑)。またこの夏、積読状態だったこの本を読んでくださった方もいる。

電子書籍、紙問わず積読の山に埋もれている方も少なからずいるはずで、その中からワタシの本を手にとってくれたのはありがたいことである。

個人的には、これまで読んだ「グッドバイ・ルック」の感想の中で一番受けた。でも、そうだよなぁ。

これはシビアな認識だが、その感想を持たれるのも無理からぬ話である。

あとこの方も「追加収録知らなかった」と書かれているが、バージョン1.1.1で「インターネット、プラットフォーマー、政府、ネット原住民」が追加収録している。紙版に初めてこの文章は収録されたが、電子書籍も無料で更新可能なのでよろしくお願いします。

Linux Journalの終焉とともに考える、ウェブがインターネット・アーカイブと同義になる恐ろしく悲しい未来

2017年にも終了かという話があった Linux Journal今度は本当に終了とのことである。

1994年の創刊以来、四半世紀にわたり Linux Journal に携わってきたドク・サールズが、その終焉について文章を書いている。彼がもっとも気にしているのは、まさに25年分のアーカイブである Linux Journal のウェブサイトの行方である。

上でリンクしたスラドのストーリーにも「Webサイトも今後数週間のうちに閉鎖される」とあるが、ドク・サールズも、もはや Linux Journal がサブスクリプションベースのデジタル雑誌として存続することは期待していないが、LinuxJournal.com の Drupal ベースのサイト並びにそのアーカイブは残せないものかと訴えている。そして残念ながら、その権限はサールズにはない。

「クールなURIは変わらない」というのも今や昔の話で、『クロサカタツヤのネオ・ビジネス・マイニング』第67回でワタシは以下のように言っている。

20年前は素直にデジタルなら残る、と思って世界に発信していた。ところが、実際にはどんどん消えていって、残っていない。なぜ、私たちは、デジタルはずっと残るんだ、と思ったんでしょうね。

これは『もうすぐ絶滅するという開かれたウェブについて 続・情報共有の未来』における問題意識にも関係する問題である。

ワタシが過去関わったウェブメディアでは、URL は変われども archive.wiredvision.co.jp ドメインでほぼそのままの形でアーカイブを遺してくれているワイアードビジョンは良心的、かつ例外的な存在だった。

ドク・サールズのブログを受け、デイヴ・ワイナーが archive.org(つまり Wayback Machine)へのリダイレクトという解決策があると書いている。IT 専門ポッドキャストとして有名だった IT Conversations(ワタシが「IT関係の講演・インタビュー音声が聞けるウェブログ」としてここを紹介したのが15年前なんだな!)もそのようにして現在も残っている(?)という。

デイヴ・ワイナー自身この考え方に抵抗があったことを書いているが、「もうすぐ絶滅するという開かれたウェブ」を考える上で、これはある意味すごく恐ろしいことである。

もしかすると我々は、ウェブの何たるかについての考えを変えるべきなのかもしれない。archive.org こそウェブの永久版なのだろう。そうなると当然次に来る疑問は、はじめから archive.org に公開すればいいのではないか? になる。

つい最近もヤプログ!Yahoo!ブログのサービス終了が予告された。ブログの移行は可能かもしれないが、サービス終了を機にウェブから消えてしまうブログが多いのは間違いない。そうして現実にウェブからどんどんウェブサイトは消えていき、それとともにウェブの多様性は少し減ってしまう。

それが行きつく先は……もはやウェブ自体がネットにおける主戦場ではなくなり、そのうちウェブが archive.org と同義になってしまうという未来である。

いくらなんでも悲観的だと思われるかもしれないし、ワタシもそんな未来は望んでいない。しかし、当たり前のようにあると思ってきたウェブ自体が、気が付いたら死に絶えているという未来が絶対ないと断言できる自信もないのである。

インテンション・エコノミー 顧客が支配する経済 (Harvard business school press)

インテンション・エコノミー 顧客が支配する経済 (Harvard business school press)

我々は今「オープンソースの黄金時代」にいるのか?

クラウド企業がイノベーションオープンソース化し、そして旧来からの企業もオープンソースに新たに参加しており、オープンソースの持続可能性はこれまでないほど高まっているという趣旨の記事である。

前者については GoogleマイクロソフトAmazon の取り組み、後者についても Home Depot などの例が挙げられているが、面白いのは記事中のリンクの多くが、GitHub ドメインということ。

「オープンソース」という言葉が発明されて20年あまり、そもそもフリーソフトウェアオープンソースでビジネスなんかできるのかと懐疑的に言われていた時代を知る人間としては、今が過去最高と言われても少し面食らってしまうところがある。

それでも、果たして「オープンソースの黄金時代」があるとしてそれは過去のある時期なのか、今が天井なのか、あるいはもっと栄える未来の可能性があるか考えてみるのは面白いかもしれない。

ネタ元は Slashdot

イノベーションを加速するオープンソフトウェア (静岡学術出版教養新書)

イノベーションを加速するオープンソフトウェア (静岡学術出版教養新書)

気候異常や地球温暖化など自然環境の危機がテーマの児童書の出版数が2倍になったという「グレタ・トゥーンベリ効果」

今の児童書業界では、気候異常や地球温暖化といった自然環境の危機がテーマの児童書がトレンドになっており、そうした書籍の出版数が過去一年で2倍以上になってるそうな。もちろん売り上げも2倍に伸びてるとのこと。

なんでそんなトレンドがと思うが、昨年スウェーデン議会前で地球温暖化問題のための学校ストライキを行ったことで一躍有名となったグレタ・トゥーンベリのおかげということらしい。つまり、この書籍の出版数(と売り上げ)の倍増は「グレタ・トゥーンベリ効果」であるというのだ。

日本ではグレタ・トゥーンベリの名前がまだそこまで人口に膾炙していない印象があるが、欧米ではそこまで影響力があるんですな。Guardian の記事でも彼女がいずれノーベル平和賞を受賞するかなんて記述があって、そんなことになってるとは驚きである。

で、実際にどういう本が出ているかいろいろ紹介されているのだが、そういえばグレタ・トゥーンベリ自身の講演をまとめた本が今年刊行されているのである。ペーパーバックで100ページ足らずの分量だが、彼女の知名度が日本でも上がれば邦訳が出るかも。

No One Is Too Small to Make a Difference

No One Is Too Small to Make a Difference

No One Is Too Small to Make a Difference (English Edition)

No One Is Too Small to Make a Difference (English Edition)

ネタ元は kottke.org

ワタシがこれまでNetflixで観てきたドラマをまとめておく

先月、「積みNetflix披露の会というアイデアはどうだろう?」というエントリを書いたのだが、そこで挙げた作品をまだほとんど消化しきれていないのに、新たにドラマやらドキュメンタリーが話題になって、そちらに目移りする有様である。

ワタシが Netflix と契約したのは2017年10月で、まだ2年足らずなのだが、備忘録の意味も兼ね、ここらでひとつこれまで観てきたドラマをまとめておこうと思う。

飽くまで Netflix で観たというだけで、Netflix オリジナルドラマ以外も含まれているのにご注意を。

ハウス・オブ・カード 野望の階段(公式サイトNetflixWikipedia

実を言うと、これは Netflix 契約前に DVD レンタルで観ていたので本当は入れちゃいけないのだが、Netflix ドラマの象徴的な存在だし、Netflix への信頼にこの作品の成功が寄与したのは間違いないわけで。

ただ、その契約後に始まったシーズン5は評判が悪かったので、ワタシはシーズン4までしか観ていない。ご存知の通り、その後ケヴィン・スペイシーがセクハラ問題で降板し、シーズン6はミニシリーズみたいな形で終了してしまったので、その判断で結果オーライだった。

マスター・オブ・ゼロ(NetflixWikipedia

Netflix に入ってはじめて観始めたドラマは、これと『ストレンジャー・シングス』だった。

アジズ・アンサリの才気が発揮された素晴らしいドラマで、シーズン2がこの後どう展開できるんだという感じで終わったのに、明らかに行き過ぎた不当なセクハラ告発があり(参考1参考2)、キャリアにダメージを受けたのは腹立たしい話である。

最新作『アジズ・アンサリの"今"をブッタ斬り!』を観ても彼が受けたダメージが分かるが、『マスター・オブ・ゼロ』のシーズン3始動を期待したい。

ストレンジャー・シングス 未知の世界(NetflixWikipedia

少し前にシーズン3を完走したのだが、良かったねぇ! はっきりいって、シーズン3がこのドラマのベストになる予感すらある。最終話まさかこのドラマでボロ泣きするとは思わなかった(が、冷静に考えると、あの歌の場面って、海外で爆笑されたという『海猿』映画版の携帯電話の場面と大差ない気もするが)。

シーズン3は本当にキラキラした魅力に満ちている。何しろ今シーズンは夏休みの話だから、少年たちグループがオタクというスクールカースト下位という描写すらほぼなく、その輝きをひたすら堪能できる。

特に素晴らしいのはスティーブで、個人的にはシーズン3はスティーブのシーズンだと断言したくなるくらい。スティーブも当初からのキャラクターだが、スクールカースト上位のいけすかないヤツだったのが、こんな感じにイイ役になった役ってアメリカのドラマで他にあるだろうか。

というわけでワタシはとても楽しんだわけだが、今シーズン特にその度合いが増した本作における1980年代のキラキラさ加減、礼賛ムードにはちょっと疑問も感じる。

本作に登場する少年グループは1983年に12歳という設定だったはずで、1971年生まれということになろうか。1973年生まれのワタシとは少しずれるが、基本的には同世代といって問題はなかろう。

当然ながらワタシにとっても1980年代は、その多感な少年時代を過ごした時期だったわけで、ワタシなりに思い入れはある。

しかし、1980年代はスカだった史観という呪詛にワタシがとらわれているところがある。ワタシの場合、洋楽情報のソースだった1990年代のロキノンの影響も大きいだろう。

このドラマのクリエイターであるダファー兄弟って、少年グループと同じく1970年代はじめの生まれ、つまり、ワタシとだいたい同年代かちょっと上くらいかとずっと思い込んでいたのだが、1984年生まれでワタシより10以上年少というのを知ったときにはちょっと驚いたものだ。

80年代リバイバル、という言葉もそれこそ90年代からあったはずで、「ストレンジャー・シングス」がその何周目かもはや分からないのだが、そのあたりを網羅的に論じる知識はワタシにはないので、この話はここで終わる。

13の理由(NetflixWikipedia

このドラマは間違いなく衝撃作で、そうした意味でシーズン1で終わってくれたほうがよかったかもしれない。

批評家がけなすほどシーズン2は悪くはなかったが、その最終回でこれはもうここで止めてよいかなと思った。

よって、もうすぐシーズン3が配信開始だが、多分観ないと思う。シーズン1からハンナの自殺シーンが削除されるというニュースもその気持ちを強めた。

ベター・コール・ソウル(NetflixWikipedia

『ブレイキング・バッド』はワタシにとっても特別なドラマだったので、そのスピンオフってどうよという懐疑的な気持ちがあったのだが、これはこれで『ブレイキング・バッド』とはまた違った意味で自分の中で大きな作品になっている。

というか、あの史上最高のドラマと言われた『ブレイキング・バッド』よりもこちらのほうが好きかもしれないくらい。

あとはどれくらいしっかりした完結を見せてくれるかでしょうね。

ブラック・ミラー(NetflixWikipedia


アメリカン・クライム・ストーリー/O・J・シンプソン事件(NetflixWikipedia

ワタシが観たのはシーズン1のO・J・シンプソン事件のみである。正直、『O.J.: Made in America』が Netflix になかったので、その代替として観た。こちらもさすがに見ごたえがあった。

マーシャ・クラーク演じるサラ・ポールソン、あとスターリング・K・ブラウンが『THIS IS US』とも共通する役をやっててよかったですね。

マインド・ハンター(NetflixWikipedia

今まさにシーズン2を観ているところである。

当代最高の映画監督の一人であるデヴィッド・フィンチャーが主力となって作る作品だから、これは観ないわけにはいかない。

登場人物たちの演技、フィンチャーらしい暗い色調で統一された強力なカラーコーディネート、70年代後半の再現、いずれも見事で満足なのだが、個人的にはシーズン1からもっとエグい殺人描写がみられると思っていたので、その点は少し肩透かしだったかもしれない。

The OA(NetflixWikipedia

ブリット・マーリングというと『アナザー プラネット』が大好きなので、彼女が手がけるドラマならと軽い気持ちで観始めたのだが……文句なしにヘンテコなドラマだった。

本当になんなんだこれはな回が続いた後で、文字通り呆然となるシーズン1の終わり方はもはや伝説だが、シーズン2は自分が観ているのはいったいなんなんだ感がさらに増していて、とんでもなかった。シーズン2も例によって終わり方に呆然となった。

先日、シーズン2での打ち切りが発表されてしまったが、ワタシのようなファンでもまぁ仕方ないかなと思ってしまうところがある。ブリット・マーリング(とザル・バトマングリのチーム)は、また違った形で『The OA』の続きを見せてくれるんじゃないかな。

オザークへようこそ(NetflixWikipedia

ジェイソン・ベイトマンが好きなのと評判が良かったので観始めたのだが、あまりにダークでストレスフルな展開にシーズン1のエピソード1だけで脱落してしまった。

いや、間違いなく面白いんだと思う。ダークでストレスフルなドラマも好きである。それこそ『ブレイキング・バッド』がそうだったように。

でも、ああいうのはワタシはもういいのだ。それなら『ブレイキング・バッド』をもう一回観るから。

アトランタ: Atlanta(NetflixWikipedia

今をときめくドナルド・グローヴァーが手がけるドラマということでシーズン1を観た。

ドナルド・グローヴァーがラッパーではなく、そのうだつのあがらないマネージャーを演じているのが面白い。

正直ワタシが好きなタイプのドラマではないのだが、だからこそリアルさ独特のシュールさのバランスが新鮮だった。

ザ・ホーンティング・オブ・ヒルハウス(NetflixWikipedia

近年もっとも衝撃を受けたドラマかもしれない。

とにかく怖いし、映像表現が秀逸である。長回しに見えるカメラワークが効果的に多用されていて、屋敷のある部屋の中央でぐるりとカメラが回転する中で、現在と過去、生者と幽霊が同じ画面に普通に同居する離れ業を実現している。というか、それが普通に感じるまで視聴者は教育されてしまう。

あるエピソードのショック描写の意味が後のエピソードで分かるという手法をこのドラマも使っているが、それを一つのエピソードに凝縮した、ある登場人物の人生につきまとう首折れ女の正体が最後に分かるエピソード5は白眉。

このドラマのクリエイターであり、すべてのエピソードを監督するマイク・フラナガンは、スティーヴン・キング原作で『シャイニング』の続編である『ドクター・スリープ』の監督をやってるんですね。彼が監督した映画も Netflix に揃っているのを知ったので、『ドクター・スリープ』公開前にそちらも観ておこう。

After Life/アフター・ライフ(NetflixWikipedia

リッキー・ジャーヴェイスといえば何と言っても『The Office』だし、『エキストラ Extras』も好きだが、彼が手がけた映画はまったく評価していないし、Netflix にある『リッキー・ジャーヴェイスの人間嫌い』も期待を超えるものではなく、正直彼に対する期待値は下がっていた。

調べてはいないが、このドラマ、あまり評判はよくないんじゃないだろうか。今どきなんで無料の(しかも経営ガバガバっぽい)地方新聞が続いているんだとか、金銭的なシビアさがない主人公の暮らしぶりとか本国の人のほうが突っ込みどころはあるだろう。

それでもワタシは泣いた。最後の2話はボロボロ泣きながら観た。ジャーヴェイスには、『The Office』のクリスマススペシャルでも泣かされた。でも、これはそれとはまったく違う。

ジャーヴェイスもようやくモキュメンタリー形式に頼らなくても優れたドラマが作れるところまで来た(ワタシは『Derek』は未見だけど)。あとこのドラマは女性の主要キャストがそれぞれいいですね。

ラブ、デス&ロボット(NetflixWikipedia

Netlix で観たアニメは今のところこれだけかな。1話完結で、しかもどれも20分未満なので、サクサクすっきり観ることができる。

やはり性描写、暴力描写を遠慮する必要がないという環境はありがたいですね。18エピソードあって、作り手によって画のタッチもまったく異なるのだけど、しかし邪悪なクリーチャーの侵略が描かれるエピソードが複数あったりして、そういうところに限界を感じたりした。

今思い出せるのでは、「目撃者」、「グッド・ハンティング」、「シェイプ・シフター」、「氷河時代」あたりが面白かったな。

シーズン2も観るだろう。

ピーキー・ブラインダーズ(NetflixWikipedia

デヴィッド・ボウイが大ファンだったドラマということでまだシーズン1を観ている途中なのだが、正直辛い……このドラマの舞台となる第一次世界大戦後のイギリスについて基礎知識が足らなさすぎるからかも。

とりあえずシーズン1は完走するだろうけど、その先はその時点での積み具合によるだろう。

全裸監督(NetflixWikipedia

今話題のドラマだが、まだシーズン1を完走していない。

よくできているし、村西とおる役の山田孝之黒木香役の森田望智とも外見は違うのに見事に憑依した演技をしているが、本作はNetflix オリジナルのドラマの中で傑出したものではない。逆に本作がこれだけ話題になり、その制作体制が「黒船」扱いされることに、いかに今の日本におけるテレビドラマの制作現場がいろんな意味で貧しくなってしまったが逆説的に分かるように思う。

とにかく話題になっているので本作についての記事もウェブで多く読めるが、もっとも納得感があったのは松谷創一郎さんの文章だろうか。

シーズン1配信から間もなくシーズン2製作が発表された。90年代が舞台になるならば、必然的にその展開はシーズン1よりもよりダークに、そしてバイオレントになるのは避けられないはずで、正直それが怖くもあるが、ドラマとして成功してほしい。

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