当ブログは YAMDAS Project の更新履歴ページです。2019年よりはてなブログに移転しました。

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『もうすぐ絶滅するという開かれたウェブについて 続・情報共有の未来』最新版公開&Kindle版公開!&特別版(紙版)セール

達人出版会において『もうすぐ絶滅するという開かれたウェブについて 続・情報共有の未来』のバージョン1.1.2が公開。サポートページにも反映。

そして驚くことに、Kindle 版、つまり Amazon での販売を開始した!

達人出版会オリジナルの電子書籍で、Kindle 版も販売するのは、当然ながら本書が初である。価格は達人出版会で購入するのと同じ770円、ということは……(以下略)

そして、そして、2018年の「技術書典5」において販売した特別版(紙版)も、今回の公開にあわせて30%値引きの700円に値引きしたセールを行っている。

ただしこのセール期間は7月27日までだったと思うし、残り部数は少ないので、売切れたらセールも終了なのを了解いただきたい。

昨年のバージョン1.1.1公開時に(おそらく)最終版と書いたが、なぜかこの期に及んで『もうすぐ絶滅するという開かれたウェブについて』祭状態である。ただし、今回の更新内容は文中のリンク切れへの対応だけである。のだが、結構その数が多くてバカにならない(悲しいことだ)。

かくして、『もうすぐ絶滅するという開かれたウェブについて 続・情報共有の未来』は、達人出版会本家版、技術書典5特別版に加えて Kindle 版まで発売されたわけである。これにはワタシ自身が驚いている。

ただ実はこの3つのバージョンは微妙に内容が異なる。具体的には、収録章数、そしてある人を泣かせ、ある人を呆然とさせたボーナスのエッセイ「グッドバイ・ルック」の収録などだが、せっかくなので現時点での表を作ってみた。

バージョン 収録章数 ボーナストラック 価格(税込)
達人出版会本家版 50 770円
Kindle 50 × 770円
技術書典5特別版 42 × 700円

(ただし、技術書典5特別版の価格はセール中のみ、送料などは各サイト参照)

ややこしいことになってしまったが、達人出版会で購入できるものが正典であり、すべてを含んでおり最新である。ワタシとしては、これまで通り達人出版会での購入をお勧めするが、読者の事情に応じてプラットフォームを選択いただければと思う。

そうですね、Kindle版や紙版を購入された方で、ボーナスのエッセイ「グッドバイ・ルック」を読みたい方は、購入されたものの写真かキャプチャ画像をメールでワタシに送ってくれたらファイルを送付しますよ。

もっともパワフルで拡張性のあるオープンソースWikiソフトウェアを謳うWiki.js

wiki.js.org

Hacker NewsFour short links で話題になっているので Wiki.js を知り、すわ Wiki の新星か! と思ったら、ワタシが知らないだけで2017年には公開されていたんだね(逆に言うと、なんで今頃海外で話題になったんだろう?)。

Node.js 製で、以前は MongoDB がある環境が求められていたようだが、今公式サイトを見ると Install anywhere をうたっており、ざっと日本語で書かれたウェブページを見ると、Docker 環境で Markdown 記法のファイルをまとめるのに使われているのが多いみたい。

インストールも最初にプラットフォームを選択すると、それごとの導入手順がかっちり書かれたページに飛ぶしかけで、このあたり今どきなんでしょうね。そのデモ兼ドキュメントサイトが充実している。

しかし、およそ半年前に Outline を紹介したときも思ったが、Wiki ソフトウェアが単独で話題になるのは今どき珍しい。

ライセンスはGNUアフェロ一般公衆ライセンス(v3)とな。

トランプ再選阻止を目指し、アメリカで注目を集める「リンカーン・プロジェクト」の動画

lincolnproject.us

Boing BoingScripting News といった書き手がリベラルのブログで Lincoln Project(の動画)が取り上げられるのを何度も目にし、これなんだろうと調べたが、日本のネットメディアでこれを取り上げているのは海野素央明治大学教授の文章くらいだった。

wedge.ismedia.jp

wedge.ismedia.jp

面白いのは、この「リンカーン・プロジェクト」をやっているのが反トランプな共和党員なことで、リンカーンの名前を持ち出すのも、リンカーン共和党の大統領やでという自負からである。

 リンカーン・プロジェクトは2019年12月に発足し、20年第1四半期(1~3月)に250万ドル(約2億6900万円)の献金を得ました。民主党系のスーパーPAC「プライオリティーズUSAアクション」と比較すると小規模ですが、注目度はかなり高いです。というのは、同プロジェクトはミッションに、「選挙でトランプ大統領とトランプ主義を破ること」と明記したからです。

 リンカーン・プロジェクトは南北戦争による分断の危機を乗り越えたエブラハム・リンカーン元大統領を理想の大統領として位置づけています。これに対して、トランプ大統領リンカーン元大統領とは対照的で、分断を促進する大統領であると捉えています。

ついに身内から、しかも得意技で〝攻撃〟を受け始めたトランプ WEDGE Infinity(ウェッジ)

リンカーン・プロジェクトがよいのは、YouTube チャンネルでほぼ毎日新作が公開される動画がなかなかに巧みなことで、ありがたいことにどれも1分前後、長くても2分程度なので、字幕をつければ日本人でもだいぶついていける。

もちろん動画の主張はどれも強烈な反トランプなので、それが我慢ならない人にはお勧めできない。

最近もっとも激烈だったのは、トランプが言う「法と秩序(Law and Order)」をタイトルに掲げながら、いかにトランプ陣営の人間が重罪人だらけかを訴える動画かな。

その虚言癖やら大統領選で敗けてもホワイトハウスに居座ることを示唆して多くの人を呆れさせた(でもその感覚をちゃんと伝える日本のメディアがやはりない)、こないだの FOX ニュースのクリス・ウォレスとのインタビューもすかさず「となりのサインフェルド」風の動画にされている。

しかしなぁ、ジョー・バイデンもなんとも頼りなくて、いつヘマをやらかさないか知ったものではなく、大統領選挙のゆくえが読めないんだよな(そもそも選挙自体が成立するのかというところから)。

さて、ドナルド・トランプというと姪メアリーによる暴露本も各所で話題だが(参考:洋書ファンクラブJapan In-depth)、邦訳はいつ出るんでしょうな。

本当に巨大テック企業は哲学者を雇っていたのか

ix-careercompass.jp

昨年ワタシは「テック企業が哲学者を雇うべき理由 あるいは(バイトテロの無知がもたらす予期せぬ教育的効果)」というエントリを書いているが、GoogleAppleFacebook といった巨大テック企業は本当に哲学者を雇っていたんだね。

世界的には「哲学コンサルティング」の導入が急速に広がっています。哲学コンサルティングとは、哲学的な知見や思考法、態度や対話をなんらかの仕方でビジネスや組織運営に応用することを指します。

グーグル、アップル、フェイスブック・・・ 世界的企業がこぞって「哲学者」を雇う理由 | iXキャリアコンパス

欧米と日本の「哲学コンサルティング」の利用の違いはなんか分かる気がする。

欧米の哲学コンサルティングには企業・経営理念の構築や根拠づけ、倫理規定・コンプライアンス策定といった経営レベルのものが多いのに対して、日本の場合はコンセプトメイキングやマーケティングリサーチ、アイデアワーク、人材育成・社員研修など、もう少し実用レベル、プロジェクトレベルの依頼を受けることが多いです。

グーグル、アップル、フェイスブック・・・ 世界的企業がこぞって「哲学者」を雇う理由 | iXキャリアコンパス

今はとにかく実学重視が世の趨勢だが、「哲学」はそうした価値観で軽視されがちな人文系の最たるものだろう。それが実は企業において重視される時代になるというのは、今の「実学重視」なんてものの底の浅さがわかるようで、ワタシ自身は哲学に関して大した知見があるわけではないのに面白く思ったりする。

「ネタばれ禁止」を本編でお願いする映画はいくつあるのか?

少し前になるが、NHK BSプレミアムで録画しておいたビリー・ワイルダーの『情婦』を観た。

恥ずかしながら、ワタシはビリー・ワイルダーの名作でも観てないものが多いのだけど、BSプレミアムで放送されたものを地道に録画しておくことで、昨年から『アパートの鍵貸します』や『深夜の告白』を観ることができた。いずれも良かったですねぇ。

さて、『情婦』だが、これもまぎれもなく傑作だった。が、邦題サイアクだよな。どう考えても原作の通り『検察側の証人』でよかったろうに。

ただ書きたいのはその話ではない。『情婦』の本編が終わったところで、「お願いがあります。この映画をまだ見られていない方のために、映画の結末は話さないでください」といったナレーションが入る。

観た方ならご存知のように、確かに『情婦』はそういう驚きのある映画なのだけど、もしかするとこの映画は「ネタばれ禁止」を(宣伝でなく)本編でお願いした初の作品になるだろうか?

「ネタばれ禁止」を本編でお願いする映画、ワタシの世代なら真っ先に思い出すのは、1999年M・ナイト・シャマランシックス・センス』における、「この映画にはある秘密があります。まだ映画を見ていない人には、決して話さないで下さい」というブルース・ウィリスからの冒頭のお願いだろう。

でも……そういう映画他にあるんだよね? 『パラサイト 半地下の家族』にもそれに近いお願いがあったと記憶するが、あれは映画本編ではなかった。

まさか映画史上で『情婦』と『シックス・センス』の二作だけというわけはなく、映画初心者のワタシが知らないだけだろうが、「ネタばれ禁止」を本編でお願いする他に映画をご存知の方は教えていただけないだろうか?

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コーディングの自動化とプログラミングの未来について

yamdas.hatenablog.com

今月のはじめに書いたポエムだが、割と反響もあり、多くの人に読まれたエントリになったようでありがたいことである。

www.oreilly.com

ワタシがエントリを書いた数日後に、ずっとこの話題に関して注目してきたマイク・ルキダス(オライリーメディアのコンテンツ戦略担当副社長)が、未来のプログラマにクリエイティブな仕事は残されているだろうか、というワタシの問題意識に偶然にも答える文章を書いている。この話題のフォローアップの意味で、今回はこのエントリの内容を紹介したい。

まず取り上げられているのは、マイクロソフトの Build カンファレンスで CTO のケヴィン・スコットが語った、GitHub の何千ものプロジェクトのコードを学習した AI が実際にプログラムを作成する実験プロジェクトの話である。この AI は、コメント内容から関数本体のコードを生成する。そのデモの動画を見てみよう。

[2020年07月21日追記]:時間指定したつもりだったが、はてな記法では利かないのか。コード自動生成のデモは29分過ぎです。

それに似た取り組みとしてマイク・ルキダスは、教師なし学習によるプログラミング言語間の翻訳についての研究論文をとりあげている。

しかし、デモはデモでしかなく、研究論文やあくまで研究論文だ。正直マイクロソフトのデモを見ても、AI が作成する関数の本体は、ほとんどワンライナーで収まる単純な内容であって、やりたい内容をコメントで正確に記述しなければならないし、まだまだ限定的だと一目見て分かるレベルである。現状ではこのモデルにお金をかけてコードを書かせるより、人間の開発者を雇ったほうが安いに違いない。

プログラミング言語間の「翻訳」にしても、単純なコードなら COBOL を Rust に置き換え可能かもしれないが、1960年代や1970年代に極めて限られたコンピュータリソースを駆使すべく書かれたトリッキーなコードを正しく「翻訳」できるなんて期待するのは無茶だろう。

つまり、プログラミングの仕事が AI によって明日にでも消え去るなんてことはありえない。

とは言え、こうしたコーディングの自動化がプログラミングの未来にどんな意味を持つか考えてみることは重要だとルキダスは書く。プログラミングは今後ますます自動化されるだろうし、というか昔と比べれば、今だってプログラミングは既に高度に自動化されているのだ。優れた最適化コンパイラは既に進化した AI システムなわけで。

プログラミングは「消え失せ」たり「時代遅れになる」ことはない。そうじゃなくて、その意味合いが変わるのだ。そこでルキダスが持ち出すのは、「ブルーカラー(配管工)」のプログラマと「ホワイトカラー」のプログラマという分類である。

既存のコードをつなぎ合わせる前者と、そのつなぎ合わせるものそのものをデザインしたり、つなぎ合わせるツール自体を作る後者とでは、重なる部分も多いとはいえスキルセットが異なる。で、前述のマイクロソフトのデモは、プログラマはいずれ単純な関数をコーディングする作業から解放される可能性を示している。しかし、高レベルなタスクを実現するツール、一例をあげればマイクロソフトがデモしたコーディングエンジン自体は人間に残される。API のデザインとかも。

それなら「ブルーカラー」のプログラマはどうか? くだんのデモは関数のコードを吐き出していたが、とてもでもないがその関数から巨大なシステムが構築可能には見えない。既存の関数をコールする能力はありそうだが、記述された仕様から大規模なプログラムを組み立てることはできない。たとえるなら、シンプルな請求書は吐き出せても、完全な請求システム一式は無理ということ。それを目指す研究プロジェクトはあれども、実現には十年以上かかるだろう。「ブルーカラー(配管工)」のプログラマの仕事もまだ安全ということになる。

動画の中で(マイクロソフト CTO の)ケヴィン・スコットは、プログラマが退屈で繰り返しの作業に費やす時間を減らすことについて語っている。これは AI 全般にあてはまる話である。AI は退屈で繰り返しの作業に費やす時間を減らし、クリエイティブな仕事に取り組む時間が増える。プログラミングの大部分は、いかに特定の処理を実行するかを明確、詳細に記述することである。それは退屈かもしれないし、繰り返しが多いし、間違いなくエラーが紛れ込みやすい。

だから我々はプログラミングはどうあるべきかについてもっと考える必要がある、とルキダスは注意を向ける。ケヴィン・スコットの言葉を借りるなら、プログラミングにおける「クリエイティブ」なところって何かということだ。

ルキダスは、「クリエイティブ」という言葉は正しくないかもと書く。1960年代や1970年代、プログラマは「アナリスト(analysts)」と呼ばれることが多かった。今もプログラマの求人を検索すると、その名残りがあるのが分かる。

それなら「アナリスト」の意味について考えてみよう。アナリストは問題を解析する。問題が何であるか、その問題をどうすれば効率的に解決できるか。アナリストは問題をパーツに分解することを考えるし、そもそもその問題が解決されるべきなのかさえ考える。その問題を解決したらどんな倫理的な問題が生じるか、その新たな問題はどう対処されるべきか? ソフトウェアは悪用可能か、もしそうならどう悪用される? どういう手順で悪用を防げるか? アナリストは、人々がそのソフトウェアをどう使うかについても考慮する必要がある。ユーザインタフェースやユーザエクスペリエンスの話だが、障碍者にも使えるかも考慮する必要がある。

つまり、その仕事はソフトウェアが何を行い、どう構築されるべきかという全体像に関わる決定を行う、ソフトウェアアーキテクチャをどうするかということである。

だから、「コードを何行書いた」かで生産性を測るのは短絡的である。我々がコードの作成、テスト、アーカイブ、デプロイに絶対欠かせない素晴らしいツールを考えると、確かにそれらのツールは必要不可欠だし革命的なのだけど、それらは本当の問題を解決することはない。その本当の問題とは、「我々は正しい問題を解決しているか?」ということだ。Code for America のような組織の業績は、必ずしも技術的にディープなものではないし、GetCalFresh(カリフォルニアの低所得者が食糧支援を受ける手続きを簡易化するサービス)のラディカルなところは、本当に利用すべき人たちに使ってもらうべくシステムを再設計しているところにある。そして我々は、これらのプロジェクトが行っているような問題の解析をもっとやる必要がある。

つまり、プログラミングには単にコードを書く以上の意味があるということですね。その仕事で一番重要なのは、面接でホワイトボードにクイックソートのコードを書くこととは何の関係もない(余談だが、このホワイトボードを使ったコーディング面接は技術スキルを測るのに失敗しているという研究があるみたい)。もっと考えるべきことはたくさんあるとルキダスは訴える。現状、プログラマは大局的な問題に取り組むより、リリース日に間に合うようコードを書くために多大な時間を費やしている。そういう大局的な問題に取り組むのは、いつだって誰か他の人の仕事だったわけだ。マイクロソフトの研究は、プログラミングにどんな意味があるか、本当にやるべき仕事は何なのか考える機会を我々にくれたんじゃないか、とルキダスは締めくくっている。

うーん、イジワルに考えるならコードの自動化の現状がまだ実用的でないのが見えてきたので、うまく方向転換を図ったなと見ることもできるだろう、というのがワタシの私見

ノーコードや AI で簡単にプログラマが不要になることはない。が、今こそプログラミング、そしてプログラマという仕事の意味を考え直すときというルキダスはアピールしているわけだが、ちょっとズルい着地点な気もする。

ひるがえって日本のプログラマの現状を考えると、最近の話題でITに奪われた「エンジニア」って言葉、なかったことにされた「工学系エンジニア」が代わりに付与された属性が「現場猫」なのではないか話があったが、この日本的事情はプログラマのあり方を考える上で果たして好ましいかどうかも今一度考えられたほうがよいかもしれない。

2020年はLinuxカーネルにおけるRust元年になるか?

hackaday.com

昨年9月に「Rustこそがシステムプログラミングの未来(で、C言語はもはやアセンブリ相当)なら、Rustで書かれたドライバのコードをLinuxカーネルは受け入れるべきなのか?」という話を書いているが、その続きというか、今年こそ Linux カーネルに Rust が入る年になるかという話で、実際 LKML でも議論が行われている

thenewstack.io

面白いのは、少し前に行われた Open Source Summit North America における VMWare の最高オープンソース責任者 Dirk Hohndel とリーナス・トーバルズとの対談(昨年この組み合わせで、「私はもうプログラマーではない」とリーナスが語ったことがあったっけ)で Rust について触れているところ。

Hohndel が「今じゃ新しいプロジェクトはどれも Go やら Rust やら聞いたこともない新しいプログラミング言語で書かれている。我々は2030年代には COBOL プログラマみたいになるリスクはないだろうか?」と問いかけると、リーナスは「いや、もう誰も C で書かないというのが本当とは思わないな。どれでも統計を見れば、C は今でもトップ10言語のひとつだと思うよ」と答えた後で、以下のように Rust に言及している。

それが Rust じゃないかもしれないけど、カーネルを書くのに今とは違うモデルを採用する可能性はあるよ。C 言語が唯一の選択肢にはならない。つまり、現時点では C やアセンブリーで書かれているけど、大部分の人はアセンブリーの部分には誰も触りたがらないわけで。私はおそらくこの任には不適切な人間で、ドライバ全般のメンテナのグレッグ(・クロー=ハートマン)がそれにかかわっている。でも、進行中ではあるが、長い時間がかかるよ。カーネルに他の言語を統合し、開発者にそうした他の言語を信頼してもらう必要がある。それは大きな前進だよ。

少なくとも彼に C++ のような拒否反応はないようだ。

ネタ元は Slashdot

プログラミング言語Rust入門

プログラミング言語Rust入門

あの『ホール・アース・カタログ』のHyperCard版(!)をブラウザ上で実行できるってマジか

boingboing.net

かのケヴィン・ケリーが、『ホール・アース・カタログ』の電子版について1980年代のニュース番組で語る映像が発掘されたようで、そうかケヴィン・ケリーはあれの制作にも関わってたんだね。しかし、『ホール・アース・カタログ』って紙の本だけじゃなくて電子版もあったんだねぇと驚いたのだけど、その電子版って HyperCard じゃないか! HyperCard版があったなんて知らなかった。

blog.archive.org

で、それを受けたものじゃないと思うのだが、Internet Archive のブログでその HyperCard 版『ホール・アース・カタログ』を紹介している。しかも、その HyperCard そのものをブラウザ上で実行できるというのだ。マジか!

archive.org

いやはや、すごいね。430メガバイトもの CD-ROM がブラウザ上で展開されるんだからね。かつて「早すぎたHyperCardの上昇と下降、そしてモバイルから来たカードの群」という文章を書いたことがあるが、それを2020年にパソコン上で実行する日が来ようとはね。

Internet Archive おそるべし。

そうそう、『ホール・アース・カタログ』といえば、その創刊者であるスチュアート・ブランドについての記事が少し波紋を呼んでいる。著者はスティーブン・レヴィである。しかしなぁ、この記事原文は全文オンラインで読めるのに、日本語訳はそうじゃないんだよな。

MMT(現代貨幣理論)の主唱者ステファニー・ケルトンの『財政赤字の神話』が9月に出るぞ

5月はじめに「邦訳の刊行が期待される洋書を紹介しまくることにする(2020年版)」を公開したが、そのときおそらくは最初に邦訳が出るのはこれだろうと踏んでいた、現代貨幣理論(MMT)の主唱者ステファニー・ケルトンの『The Deficit Myth』の邦訳が9月に出る。

原書刊行が6月なので、それ以前から翻訳権を押さえて翻訳を進めていたのだろう。しかし、版元が早川書房とは思わなかったな。日経方面は現代貨幣理論が気に食わないのかな?

この本について日本語で読める紹介となると、以下のあたりになる。

財政赤字とかかまってられないコロナ時代、果たして MMT に追い風が吹いているのだろうか?

映画における日本刀の使い方がどれくらいリアルか抜刀術の師範が評価する

HiSUi TOKYO で抜刀術の師範をつとめる海渡翠壽さんが映画における日本刀を使った戦闘シーンがどれくらいリアルか評価している。

映画のチョイスは新旧幅広く、師範はどの映画についても極めて穏やかにコメントしているが、点数はそれなりにつけている。以下の映画やテレビドラマ10作品が俎上にあがっているので、興味ある人はどう評価されているか気になる人は動画をごらんくだされ。

しかし、この Insider の「どれくらいリアルか」シリーズは、かつてのカルト信者が語る映画におけるカルトがどれくらいリアルか元マフィアのボスが語る映画におけるマフィアがどれくらいリアルかとかあって面白い。

ネタ元は Boing Boing

プログラミングをする必要がなくなった後に人間に何が残るのか?

あらかじめお断りしておくが、以下、ほぼ妄想に基づくポエムである。

note.com

先月話題になったブログエントリであり、ワタシも読んでいて、自分が書いた「次世代のプログラミングツール、未来のプログラミング言語の方向性について」「未来のプログラミングについて再考(機械学習とソフトウェア2.0、配管工プログラマ、オープンソースでは十分でない?)」との議論の近さを感じていたら、ちゃんと引き合いに出されていてありがたく思った。

たまたまだが、これが公開された数日後に AWS のノーコードツール Amazon Honeycode が発表され、俄かに「ノーコード」が話題になった。

aws.amazon.com

jp.techcrunch.com

jp.techcrunch.com

個人的には、このプロジェクトの紹介動画にでてきたのが、VA Linux の創業者にして、オープンソースバブル期(佐渡秀治さんの文章に詳しい)の象徴の一人であるラリー・オーガスティン(Larry Augustin)なのに驚いた。彼は今 AWS の VP なんだね。

余談はさておき……と書きかけて、いや、これは余談ではないのかもしれないと思い直した。

オープンソースソフトウェア」だからといって、それに関わる人間全員がソースコードの読み書きができなければならないという理屈はない。しかし、突き詰めれば、プログラミングができれば、ソフトウェアを通じて世界を変える自由が誰にもあるというのがオープンソースフリーソフトウェアの意義と言えるだろう。

その「オープンソース」という言葉の誕生に関わり、その界隈の中心人物だったラリー・オーガスティンがノーコードツールのアナウンスを行うというのが、象徴的なことに思えるのである。

それで思い出すのは、卜部昌平さん(GeekOutRubyist Hotlinks)の一連のツイートである(最初の2016年のツイートを除き、Amazon Honeycode の発表を受けたものだろう)。

これが印象的だったのは、「コードを書かなくなる未来」を卜部昌平さんのような本物のプログラマは否定的に考えているのでは、という勝手な思い込みがあったからだ。しかし、卜部昌平さんは「プログラミングなんてものは人間がやるべき作業ではない」とまで言い切っている。その代わりに「専門性の発揮されるポイントが変わ」るべきだ、と。

しかし、そうなって、卜部昌平さんが書かれるように「LinusがOS書いてるから俺はOS作らなくていいや」とならずに「誰もがOSを作れてしかるべき」というように専門性の発揮されるポイントが変わるかというと、ワタシは少し懐疑的だったりする。

mizchi.dev

そのあたりを考える上で、mizchi さんのエントリにあるように、ノーコードをきちんと分類してみるのは有用だし、その上での「ノーコードはプログラミングをしないことではない」「ノーコードは形を変えた現代のRPGツクール」という結論は分かるように思う。やはり確実に限界はある。

「ビジュアルプログラミングに未来はあるか」という点については、「次世代のプログラミングツール、未来のプログラミング言語の方向性について」で書いたように、既存のプログラミング言語パラダイムに視覚的メタファーを適用しているだけのビジュアルプログラミングの未来は明るくないだろう。「パンチカード」から脱却できたとき、「ブルーカラー」「配管工」タイプのプログラマーはノーコードに移行できるのかもしれない。

さて、mizchi さんのエントリにおける分類にかけているものが一つあるとワタシは思っていて、それは「未来のプログラミングについて再考(機械学習とソフトウェア2.0、配管工プログラマ、オープンソースでは十分でない?)」でも触れた、機械学習を付加した新しいソフト工学の体系である Software 2.0 の文脈である。

そこではソフトウェアはニューラルネットワークの重み付けとして記述され、プログラマの仕事は(コードを書くことではなく)データを集めることなどになっていくという見立てだが、機械学習周りを中心とした様々な取り組みはあるものの、現実はまだ人工知能にコード作成を任せるところまでは至っていない。が、こちらが本格的な成果をあげる段になったら、「ブルーカラー」「配管工」タイプに留まらず、「ホワイトカラー」「アカデミック」タイプのプログラマの仕事もそちらに移るのではないかという予感がある。

そうなったとき、プログラマにどんな仕事が残されているのだろう。その残された仕事はクリエイティブなものだろうか。

もちろんクリエイティブな仕事が残されている、と自信をもって答える人も多いだろう。ここからはワタシの妄想になるのだけど、ワタシがここで連想するのは、経済学者のポール・クルーグマンがかつて行った未来予測である。

 経済学者ポール・クルーグマンは、いつもながらのちょっと嫌みな調子でこう語る。「“高度”な知的作業は、エキスパートシステムやAIで代替されるかもしれないが、オートメ化した機械の掃除は、機械で代替できまい。人間がそうした“非熟練労働”に専念し、しかも高い賃金を(機械から)もらうことは可能なはずだ」。だがいずれ、そうなるだろう。

山形道場 連載6-10回

 クルーグマンのもっと気軽な文章ってのはいろいろあって、とっても楽しい。主なとこは『クルーグマンのよい経済学 悪い経済学』(日本経済新聞社)や最新作Accidental Theorist(1998, W. W. Norton. どこが版権とったのかな)で読める。なかでも注目したいのが、『よい経済学 悪い経済学』に入ってる「技術の復讐」ってやつ。この文でこの人は、人間が世界の主役でなくなる日を本気で考えている。「『知的』な仕事なんてコンピュータでもじゅうぶんにできる。人間にしかできない仕事ってのは、実は掃除とかメンテナンスとかの肉体労働的な雑用だ!」半分はホラ話としてだけど、半分以上はまじめに。スタニスワフ・レムウィリアム・ギブスンが直感でつかんだのと同じ未来を、かれは経済学者としての視点で見通してる。

P. Krugman "The Age of Diminished Expectations" Translator's Note

ノーコードが実用に足るかとか議論しているレベルをこえ、人間がプログラミングを行う必要がなくなったとき、人間には「掃除とかメンテナンスとかの肉体労働的な雑用」しか残っていないのではないかという恐怖があるのだ。

それでも「高い賃金を(機械から)もらうことは可能」ならよいのかもしれない。でも、本当にそう都合よくいくだろうか?

yamdas.hatenablog.com

ここで取り上げられている、膨大な量の学習データをひたすらラベル付けする安月給の人間のホワイトカラー非正規労働者の仕事を指す「ゴーストワーク」は、既にそのコンピュータのための露払いである「雑用」の未来を一部先取りしていると言えなくないだろうか。彼らは日常的にサービス残業を強いられ、労働条件に対する要求が繰り返し退けられており、とてもではないが恵まれた仕事環境には思えない。

ワタシの未来予測が暗いのは、もちろんひとつにはワタシが性格が暗い厭世家だからというのもあるが、人間観が古いのもあるだろう。ニコラス・カーが『オートメーション・バカ』において、ロバート・フロストの詩「草刈り」を引いた上で宣言する、労働とは物事を成し遂げる手段以上のものであり、それは思索の一形態であり、ガラスを通さず世界を直接見ることであって、「われわれをわれわれにしているのは労働なのである」という考えをワタシも支持しているのだ。バカにされるでしょうけど。

そうした意味で、プログラミングという労働が人間の手に残された未来のほうが、それがなくなった未来より良いのではないかとワタシは信じたいのである。

創業理念と現実の乖離から巨大テック企業を批判するラナ・フォルーハー『邪悪に堕ちたGAFA』が今月出る

邦訳の刊行が期待される洋書を紹介しまくることにする(2019年版)を公開して当然ながら一年以上経ち、そこで紹介したものの邦訳もぼちぼち出ているのだが(エントリの最後にそれを紹介するエントリを並べています)、個人的には真っ先に邦訳が出るに違いないと踏んでいたセラノス本と監視資本主義本が未だ出ていないというのは不思議である。なんで?

その一方で、正直邦訳は難しいかなと思っていたラナ・フォルーハー(Rana Foroohar)の Don't Be Evil の邦訳が『邪悪に堕ちたGAFA ビッグテックは素晴らしい理念と私たちを裏切った』として7月に刊行される。

彼女が Financial Times に書いたコラムの一部は日本経済新聞のサイトで読めるが、この邦訳もやはり日経BPから出る。

副題は原題とほぼ同じで、本書の性質を正しく伝えている。プラットフォーマー和製英語)と呼ばれる、GAFA(これまた日本で特に多い括り方だけど)に代表される巨大テック企業を批判する本はここでもいくつも紹介してきたが、本書はその創業理念と現実の乖離に特に焦点をあてている。

こないだもティム・ブレイがGoogle の解体について書いていたが日本語訳)、Facebook を含め巨大テック企業への逆風はまだ吹き止まない、といった感じである。

しかしなぁ、本書に推薦の言葉を寄せているショシャナ・ズボフの『監視資本主義の時代』はいつ出るんでしょうなぁ。

「外国人のための妖怪サバイバルガイド/忍者常識マニュアル/幽霊ふれあいガイド」の著者による本格的な日本のポップカルチャー論『Pure Invention』

www.facebook.com

ピーター・バラカンが珍しく本を勧めていた。ざっと訳してみる。

恥ずかしながら、日本に46年住みながら、自分がこの国のポップカルチャーと最小限の関わりしかもたなかったのを認めざるを得ない。私はファイナルファンタジーをプレイしたこともないし、実質まったくアニメを見たこともないし(まぁ、トトロのファンだったけど)、ウォークマンすら持ったこともない。それにゆるキャラの類は総じてゾッとするし……
しかし、そうした諸々にも関わらず、マット・アルトの新刊『Pure Invention』は素晴らしい。彼は第二次世界大戦から現在にいたるまでの主要なブームを網羅し、それらすべてを結び付けているので、日本がメジャーな文化的プレイヤーになぜなったか、いかにしてなったか得心が行く。日本に興味のある人に特にお薦めである。

マット・アルトって、外国人のための妖怪サバイバルガイド外国人のための忍者常識マニュアルや外国人のための幽霊ふれあいガイドを書いてた人か!

正直、今さらなクールジャパン論な気にするのだけど、Penguin Random House のような大出版社から本を出すとなると、これくらいのタイミングになるのかな。

著者のマット・アルトの宣伝動画も参考まで。

これは邦訳も出るんじゃないですかね。

Pure Invention: How Japan's Pop Culture Conquered the World

Pure Invention: How Japan's Pop Culture Conquered the World

  • 作者:Alt, Matt
  • 発売日: 2020/06/23
  • メディア: ペーパーバック

今から65年前、ディズニーランド開園当日の夢の国の写真がまぶしすぎる……

www.oricon.co.jp

ワタシは Disney+ の加入者でないため、『イマジニアリング~夢を形にする人々』は見ることができないのだが、そういえば昨年、ディズニーランド開園当日の写真を集めた記事を読んだ覚えがあるな……と記憶を辿ったら、kottke.org で知った The Atlantic の記事だった。

www.theatlantic.com

もちろん当時存命だったウォルト・ディズニーの写真もあるし、少し前に Twitter でバズったミッキーとミニーよりもさらに不格好な写真などとにかく貴重な写真ばかりである。

なのだけど、記事の最初にある、開園と同時に(多分)ランドの中に走りこむ子供たちの期待に満ちた顔がまぶしすぎて、めまいがしてしまう。これを見ると、「夢の国」という言葉を信じそうになってしまうな。

公開40周年を迎えた映画『ブルース・ブラザーズ』に関する15の事実

www.mentalfloss.com

映画『ブルース・ブラザーズ』についてはだいぶ前に取り上げたことがあるが、この映画も本国アメリカでの公開から40年になるんだな。

ワタシはゴシップ的な雑学には詳しくないので知らない話が多かったが、個人的におっとなったのは以下のあたり。

何度も書くように、アレサ・フランクリンの場面は、ワタシが子供の頃テレビで観た映画でもっとも衝撃を受けたものなのだが、出演時間は10分にも満たないはずで、それでアカデミー助演女優賞にノミネートされていたら、後の『恋におちたシェイクスピア』におけるジュディ・デンチよりも短いことになり、まぁ、ありえんわな。

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