当ブログは YAMDAS Project の更新履歴ページです。2019年よりはてなブログに移転しました。

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ヘンリー・ジェンキンズ『コンヴァージェンス・カルチャー』を恵贈いただいた

ヘンリー・ジェンキンズ『コンヴァージェンス・カルチャー』をこのブログで取り上げた関係で(その1その2)、共訳者のお一人である北村紗衣さん(id:saebou)から恵贈いただいた。

本書を前にしてまず思ったのは、「分厚い……こんな分量の本を訳したいと思ったのか?」という自問であった。

ワタシは原書刊行時にブログで言及しており、その前後にハードカバーを取り寄せて読み、翻訳したいと思った。なぜか?

ゼロ年代の前半、ワタシは『Wiki Way』『ウェブログ・ハンドブック』、そして『デジタル音楽の行方』を訳しているが、ヘンリー・ジェンキンズの Convergence Culture に、ウェブツールについての二冊とエンタメ寄りの一冊をつなぎ、それをさらに発展させる方向性があると思ったからだ。

本書は、「メディア・コンヴァージェンス、参加型文化、そして集合的知性という三つの概念の関係性について検討する(p.24)」本だが、参加型文化といえば言うまでもなくブログや Wiki が当てはまるし、集合的知性は Wiki にとって重要なトピックである。そして、「モードの融合」を指す「コンバージェンス」と「情動経済学(p.121)」は、デジタル音楽の行方を考える上でもなじみやすい概念だった。

本書には「ウェブ2.0時代のファンフィクション」という文句も出てくるが(p.313)、自分が足を突っ込んでいた Web 2.0 周りの文化を踏まえたエンターテイメントメディアの変化、そしてかつては受動的だったのが能動的になった消費者を扱う本がとても魅力的に見えたのはお分かりいただけるだろう。

コンバージェンス文化にようこそ。ここは古いメディアと新しいメディアと新しいが衝突するところ。ここは草の根メディアと企業メディアが交差するところ。ここはメディアの制作者とメディアの消費者の持つ力が前もって予見できない形で影響し合うところだ。(p.24)

「訳者あとがき」における、「ポップカルチャーの不真面目な快楽から、市民生活を民主的に運営するという真面目な取り組みを生み出そうというジェンキンズのスピリットこそもっと早くに紹介されるべきだった(p.505)」という意味で本書はもっと早くに翻訳されるべきだったという嘆きにはワタシも同意するし、本書が現在も読まれるべき内容を持っていることも強調したい。

第1章の「『サバイバー』のネタバレ」、第2章の「『アメリカン・アイドル』を買うこと」といった章題を見ると、「不真面目な快楽」の面目躍如と言えるし、スティーブン・ジョンソン『ダメなものは、タメになる』にも通じていると今にして思ったりするが、本書が価値を保っているのは、第6章「民主主義のためのフォトショップ」、そしてあとがき「YouTube時代の政治を振り返る」があるからだ(ただし後者は、言及される動画をだいたい把握していることが前提になっており、今になって本だけ読んでもかなり厳しいので、リンク集はありがたい)。

実は、ワタシが15年前に原書に目を通したとき、最後の民主主義の話が出てくるのがよく分からなくて、つまり当時ワタシは本書の価値を分かっていなかった(ので、これを訳そうと本気で手を出さなくて正解だった)。

しかし、その真価を今になって辿るのは、苦さも伴う。第6章「民主主義のためのフォトショップ」で最初に引き合いに出されるのは、ジョージ・W・ブッシュが大統領として無能なのでクビにしようと訴える動画だが、その動画は人気テレビ番組『アプレンティス』を編集して作られたものだ。ここまで書けばお分かりだろうが、そこに登場するのは、ドナルド・トランプである。これが皮肉でなくてなんだろう。あと本書には、ジョゼフ・バイデンルドルフ・ジュリアーニのことを皮肉った話が引き合いに出されるところがあるのだが、まさか2021年にそれぞれこんなことになってるとはねぇ。

この章ではハワード・ディーン(とその参謀だったジョー・トリッピ)の名前が出てきて懐かしくなる。ディーンのインターネットを活用する選挙運動の手法はバラク・オバマに引き継がれたが、それから時を経て『グレート・ハック: SNS史上最悪のスキャンダル』『監視資本主義』で描かれるようにソーシャルメディアがハックされたことを我々は知っている(余談ながら、本書に FacebookTwitter の名前がソーシャルメディアの代表として併記されている箇所があったと思うが、執筆時期を考えると驚きである)。

またこの章を読んでいて、『デイリー・ショー』に代表される良質な政治風刺(またしても余談ながら、The Colbert Report が『ザ・コルベア・レポー』と正しく表記されている本を初めて見た)が若者に受け入れられたアメリカと、2ちゃんねる文化というか、朝日新聞的偽善への嫌悪と糾弾が何より盛んだった日本とのその後の差異についても考えてしまう。

良くも悪くも、これがコンヴァージェンス文化の時代における民主主義の姿である。多様性を促進し、民主主義を可能にするメカニズムとしての参加型文化の将来に関心があっても、現在の文化がこれらの目標に遠く及ばないことを無視していては世界に何の恩恵ももたらさない。(p.499)

このように著者は、「コンヴァージェンス文化の時代における民主主義」は「多様性を促進」すると当然のように書いているが、一方で本書に描かれているのは早期採用者(アーリーアダプター)であり、「本書に出てくる人たちは、この国においては、不釣り合いなほど白人で、男性で、中産階級で、大学教育を受けた者たちである。これらの人々は新しいメディア・テクノロジーにもっともアクセスできる人たちであり、こうした新しい知識文化に完全に参加するために必要なスキルを習得している。(p.57)」と当然のように書いているのも注意する必要がある(が、それで著者を批判するのはお門違いであることを先回りして書いておく)。

今になって本書を読んで思い当たることは政治の話だけではない。『マトリックス・リローデッド』以降がどんどん詰まらなく感じられたのは、「トランスメディアストーリーテリングとしての『マトリックス』現象」にワタシがまったく理解がなかったからだと本書を読んで今更ながら気づかされるが、今や「トランスメディアストーリーテリング」の手法は MCU などにも応用されている。

本書ならびに本書全体を通して心に留めておかなければならないのは、生産者と消費者の利益は同じではないということである。重なり合うこともあれば衝突することもある。あるところでは生産者の最良の味方であるコミュニティは、別の場面では彼らにとって最大の敵かもしれない。(p.113)

スター・ウォーズ』サーガとファンコミュニティ、そして「ウェブ2.0時代のファンフィクション」のせめぎ合いについては本書以降も紆余曲折があったが、権利がジョージ・ルーカスからディズニーに移り制作された新三部作の方向性や受容を巡り、ファンコミュニティの有害性があらわになったところは、その新三部作の価値のなさを考える上で避けて通れない「本書のその後」に違いない。もっとも本書においても著者は、ファンの参加が常に良い結果をもたらすとは書いていないのもやはり強調する必要があるだろう。

ビットコインの安価でセキュアなペイメントプロトコルについての決定版となる本が今年夏に出る(が、既にネットで全文読める)

調べものをしていて、Andreas M. Antonopoulos の新刊 Mastering the Lightning Network が今年夏にオライリーから出るのを知る。

書名になっている Lightning Network については、Think ITBlockchain Biz の記事が詳しいが、ビットコインブロックチェーン外技術のセカンドレイヤーネットワークで、安価かつセキュアなマイクロペイメントを実現するプロトコルと考えればよい。

Andreas M. Antonopoulos が共著者なので信頼感があり、おそらくはこの本が Lightning Network についての決定版になるのだろう。上でリンクした公式サイトにおいて、Open Publishing、Open Reading、Open License の3つを掲げており、実は既に GitHub 上で読めるので、今年夏の刊行まで待てないという人には朗報だし、現時点ではまだ「IN PROGRESS」状態なので、pull request を送って貢献することも可能だ。

あと Open License とは具体的には、執筆中並びに刊行から一年間は CC-BY-NC-ND、刊行から一年経ったら CC-BY-SA になるとのこと。

しかし、ワタシが Andreas M. Antonopoulos の「初心者向けBitcoinガイド」を訳してもう6年以上になるんやねぇ。

彼の著書は、ビットコイン本もイーサリアム本も邦訳が出ているが、これも来年あたり出てほしいよな。ビットコインの値段が上がった下がったと投機価値についてのニュースばかりが目立つが、コロナ禍におけるマイクロペイメントの実現もそれ以上に大事な話に違いないので。

ペテン師エリザベス・ホームズが率いたセラノスの捏造スキャンダルを描く『Bad Blood』邦訳がようやく出た

yamdas.hatenablog.com

ジョン・キャリールー(John Carreyrou)の『Bad Blood』のことをこのブログで最初に取り上げたのは2018年6月になる。以来この本は、ワタシの中でショシャナ・ズボフ『監視資本主義の時代』と並ぶ「なんで邦訳が出らんのや本」カテゴリの二大巨頭だったのだが、ようやく『BAD BLOOD シリコンバレー最大の捏造スキャンダル 全真相』として邦訳が出た。

さて、セラノスによる詐欺の裁判だが、コロナ禍の影響でエリザベス・ホームズは今年7月に再スケジュールされている。最高20年の懲役刑の可能性もあるらしいが、果たして彼女にどういう判決がくだるのか。

そういえば、この間 WeWork とアダム・ニューマークについて、ポッドキャストが原作でドラマ化される話に触れたが、セラノスとエリザベス・ホームズについても人気ポッドキャスト The Dropout が、ケイト・マッキノン主演でテレビドラマ化される話が進んでいる。……と思ったら、これを書くために調べてみたら先月マッキノンはプロジェクトから離脱していた。

同じくジェニファー・ローレンス主演、アダム・マッケイ監督でセラノスとエリザベス・ホームズの話が映画化される報道が以前にあり、ジェニファー・ローレンスなら絶対うまくやってくれるだろうし、監督が『バイス』のアダム・マッケイなら最適やんと思ったものだが、2年近く続報を聞かないので、こちらもうまくいってないのかねぇ。

ジョニ・ミッチェルの「Case of You」が史上最高のラブソングである理由

www.wbur.org

「史上最高のラブソング」とは大きく出たものだと言いたくなるが、ジョニ・ミッチェルの名曲ならワタシも文句は言わない。この曲は、ワタシが愛するジョニ・ミッチェルの名盤『Blue』に収録されている。

もうすぐリリースから半世紀が経つこの名盤は、もちろんワタシも愛する洋楽アルバム100選に入れているし、昨年改訂版が出たローリングストーンThe 500 Greatest Albums of All Time で3位にランクインしている。

Blue

Blue

  • アーティスト:Mitchell, Joni
  • 発売日: 1994/10/26
  • メディア: CD

ブルー

ブルー

ジョニ・ミッチェルという人は、作詞家、作曲家、シンガー、ギタリストとどの面でも傑出した存在なので、その人が書いた名曲を「史上最高のラブソング」と言われても驚きはしないが、でもラブソングって結局は聴き手との関係性、もっと書けばその人の恋愛との兼ね合いで価値が決まるもので、この記事でもそれを素直に書いている。

つまり、年齢を重ねるにつれ、人は自分を形作った場所や本や音楽を再訪することになる。それは単なるノスタルジーではなく、長らく触れてなかった記憶の棚を調べなおすプロセスなのだ。かつて愛した作品は、今となっては誰か思い出せない人の名前が書きこみされた卒業アルバムみたいに感じる場合もあるが、当時とは違った新しい形で作品を理解し、感謝していることに気づくこともある。

「A Case of You」もこれを書いた Julie Wittes Schlack さんにとってそういう作品ということですね。でも、この曲に何ら個人的な思い出がないワタシもこの曲が優れたラブソングだと思う。

いきなり愛が失われたことから歌詞が始まるところが彼女らしいが、ジョニ・ミッチェルのラブソングは、孤独に裏打ちされた独特のクールさがある。タイトルは「あなたの場合」という意味ではなく、恋人の血をワインになぞらえて「あなたを1ケースくらい飲んじゃうよ」ということなのだけど、その表現のちょっとギョッとさせるところ、そして、歌い手とその恋人(グラハム・ナッシュがモデルと言われる)に続いて登場する第三のキャラクターの女性(おそらくは恋人の母親か姉)の酷薄な言葉などにもそれを感じる。

この曲はおよそ300ものカバーバージョンが存在する。数が多ければよいというわけではないけれど、やはりそれだけこの曲に惹かれる人が多いという目安でもある。この記事でもいろんなバージョンが紹介されているが、個人的に特に好きなのは、以下の二つ。

ジェイムス・ブレイクの歌声は、愛の終わりを強く感じさせる。

プリンスはジョニ・ミッチェルのトリビュート盤でもカバーしているが、ワタシが好きなのはそのいささかあっさりしたバージョンよりも、公式音源ではないがブルージーなギターが印象的なライブバージョンが好き。

ネタ元は Boing Boing

そうそう、ジョニ・ミッチェルといえば、アルバム・ガイド本が今年になって出ているが、「ロッキング・オン」の最新号も彼女が表紙で総力特集とのことで驚いた。少なくともワタシが読者だった時代、彼女が表紙なんて考えられなかったから。

ジョニ・ミッチェル アルバム・ガイド&アーカイヴス

ジョニ・ミッチェル アルバム・ガイド&アーカイヴス

  • 発売日: 2021/01/29
  • メディア: 単行本(ソフトカバー)

ロッキングオン 2021年 04 月号 [雑誌]

ロッキングオン 2021年 04 月号 [雑誌]

  • 発売日: 2021/03/05
  • メディア: 雑誌

公開25周年を迎える映画『トレインスポッティング』の知られざる事実

www.dailyrecord.co.uk

トレインスポッティング』も公開25周年になるのか。公開20年を経て製作された『T2 トレインスポッティング』は、前作を汚すような続編だけは絶対に作るまいという決意を形にした良い映画だったが、それだけになおさら思ったのは、『トレインスポッティング』がいかに鮮烈な青春映画だったかということ。

クエンティン・タランティーノの映画を観た時、自分たちの世代のための監督がようやく出てきたと思ったのだ。「私たちの」劇場であるシネマライズで、「私たちの」映画監督であるタランティーノの映画を観た。ひとつの時代に立ち会っているだけではなく、その時代を生きている。シネマライズで『レザボア・ドッグス』を、そして『トレインスポッティング』(1996)を観て、そんな臨場感を覚えた観客は少なくないだろう。この瞬間に、この場所で観ているからこそ、意味がある。そう感じさせてくれた映画体験だった。

あの時代や地域が生んだ映画文化、ミニシアター全盛期に思いを馳せる | cinemacafe.net

感性が鈍いワタシの『トレインスポッティング』体験は山崎まどかさんとはずいぶん違うのだが、彼女と同じ感慨を抱く人は確実にいるだろう。

さて、その伝説的な作品についての知られざる事実とのことだが、ワタシが読んで興味深かったのは以下のあたり。

デヴィッド・ボウイは本当に良い人だったんだなぁ……しかし、"Lust for Life" にしろ "Perfect Day" にしろ、この映画で使われた場面があまりにもはまっていて、それで楽曲自体の寿命も明らかに伸びたわけで、ウィンウィンとはまさにこのことだろう。

特に "Perfect Day" なんて、ルー・リードデヴィッド・ボウイをはじめとする豪華メンツが揃ったチャリティソングに使用され、全英1位になるなんて『トレインスポッティング』なしには絶対なかったわけで。

そうそう、この映画にはトイレの場面以外にも強烈にうんこが出てくる場面があるが、そこでのうんこもチョコレートムースだったのだろうか?

『もうすぐ絶滅するという開かれたウェブについて 続・情報共有の未来』への反応 その41

しつこく『もうすぐ絶滅するという開かれたウェブについて 続・情報共有の未来』だが、なにせこの電子書籍の宣伝のためにブログやってるものでねぇ。

先日、子供のように駄々をこねたところ、いくつかリプライをいただいた。

こちらこそありがたいことである。

yamdas.hatenablog.com

さて、今そのときのブログエントリを見直すと、解説を書いてくださった arton さんの反応を読んで、今更ながら受けてしまった。

解説執筆者がフルパッケージの本を読んで驚きを隠さない本なんてなかなかないわけで、そうした意味で『もうすぐ絶滅するという開かれたウェブについて 続・情報共有の未来』はかなりヘンな本と言えるわけだ。

また、以下のコメントもいただいた。

技術書典5などで販売された特別版を購入されて積読したままの方も結構おられると思うが、まだステイホーム期間は続くので、時間ができたら読んでやってください。そして、ツイッターでもブログでも感想をちょろっと書いていただけるとなお嬉しいです。

そういえば、以前に小関悠さんも書いていた追加コンテンツ執筆、昨年やりかけたが果たせなかったことを書いているが、宣伝を続けるならそれをやらないといけないのかもという気持ちはあるんだよな。高橋さんにまた労力を割かせるのは心苦しいが。

ここでも以前反応を紹介した方なので「某氏」と名前を隠す必要もないのだけど、これには本当に恐縮してしまった。このツイートにも書いているように、ボーナストラックのエッセイ「グッドバイ・ルック」は Kindle 版、特別版(紙版)では読むことができないので、そちらを読みたい方は、購入されたものの写真かキャプチャ画像をメールで送ってくれたらファイルを送付します(以前書いたが、これまで3名の方にお送りしている)。

(ソフトバンクの意外な復活と)WeWork創業者アダム・ニューマークの隆盛と没落を描く本とテレビドラマ

jp.techcrunch.com

kabumatome.doorblog.jp

旧聞に属するが、ソフトバンクの好調な決算報告とのことで、少し前までは WeWork を代表として投資案件が火を噴きまくり、しかもその投資ファンドサウジリスクを抱えてかなり危惧されていたと記憶する。それがドヤり気味に自画自賛できるところまで持ち直したのだから、孫正義という人の引きの強さには敬服せざるをえない。

さて、TechCrunch の記事で目を引いたのが、WeWork(というか、そのお騒がせ創業者であるアダム・ニューマーク)の隆盛と没落を描いた Billion Dollar Loser という本が昨年出ていたこと。しかし、「10億ドルの負け犬」ってアダム・ニューマークにピッタリのキャッチフレーズよね。

この本については、著者 Reeves Wiedeman の公式サイトに詳しい。

eiga.com

WeWork とアダム・ニューマークについては、アン・ハサウェイジャレッド・レト主演でドラマ化されるらしいが、驚くのは、このドラマは人気ポッドキャスト WeCrashed: The Rise and Fall of WeWork が原作であること。日本でドラマ原作になるようなポッドキャストはいつ出てくるのだろうか。

またこの記事によると、WeWork についてドラマ化は他にも進行中とのことだが、その原作にあたる The Cult of We は今年夏に刊行みたい。

果たしてこれらの邦訳が出るのと、ドラマ化が実現するのとどちらが早いでしょうか。その頃、孫正義の投資案件がまた火だるまなんてことになってないといいのだが。

Instagramで特定の絵文字を非表示にすることでセクハラコメントを見なくて済むという話

boingboing.net

このエントリを書いているトランスジェンダーの権利のアクティビストである Andrea James さん(Wikipedia)は Instagram を開設したが、Twitter のような有害なプラットフォームよりは、Instagram はちょっとはコントロールが利くと評している。

要はセクハラに代表される不快なコメントを見ずに済む方法があるということである。ワタシは恥ずかしながら知らなかったのだが、Instagram ってコメントを非表示にする単語を指定できるんだ。

Andrea James さんがどういう単語を指定しているかはリンク先を見ていただくとして、まぁ、おっぱい関係のワードが多いですね。

で、さらに驚いたのは、そこで emoji(絵文字)も指定できるということ。8つの emoji を指定するだけで見たくないコメントを9割方防げるとな。そういうセクハラコメントに使われがちな絵文字は確実にあるわけだが、これもリンク先を見ると、なるほどワタシがもらうコメントにはほぼ出てこない絵文字だったりする。

女性ネットワーカーに対するセクシャルハラスメントはずっとある問題で、少し前にもそういうニュースを見たが、こういうワタシが知らない(気にする必要がなく済んでいる)対応法があるんだなと思った次第である。

以前原書を紹介した本の邦訳を紹介(おバカな答えもAIしてる、感染の法則、マイケル・サンデル先生の新刊)

邦訳の刊行が期待される洋書を紹介しまくることにする(2020年版)で紹介したもので2冊、そしてそれ以外にも1冊、以前このブログで原書を紹介した本の邦訳情報を知ったので取り上げておきたい。

yamdas.hatenablog.com

ジャネル・シェインの少し変化球な AI 本『おバカな答えもAIしてる』だが、これの訳者である千葉敏生さん、以前紹介したスコット・バークン『デザインはどのように世界をつくるのか』(asin:4845920204)の訳者でもあり、4月にはヒュー・バーカー『億万長者だけが知っている教養としての数学世界』(asin:4478104557)も出る。3か月連続で訳書が出るなんてすごいな!

yamdas.hatenablog.com

これは時宜を得すぎていて出ないわけがないと確信していたアダム・クチャルスキーの邦訳『感染の法則―― ウイルス伝染から金融危機、ネットミームの拡散まで』が来月出る。これは宣伝次第では売れると思いますね。

yamdas.hatenablog.com

そして、最後はおなじみマイケル・サンデル先生の新刊『実力も運のうち: 能力主義は正義か?』が4月に早くも出る(さすが早川書房)。彼のネームバリューなら不思議ではないが、これもまた時宜を得た本なのは間違いない。

実力も運のうち 能力主義は正義か?

実力も運のうち 能力主義は正義か?

キャリアを棒に振ったアルバム10選(にルー・リードの作品が2枚も入ってる……)

www.popmatters.com

「もっとも有名な10のキャリアを棒に振ったアルバム」とのことだが、そういえばこのブログでは昔「天才が意図的に作ったクソアルバム5選(でも実はそれほどひどくない)」なんてエントリを書いたことがあって、一部重なっている。

今回のリストにしても9位のビースティ・ボーイズPaul's Boutique など、Pitchfork のアルバムレビューでの10点満点の評価を知る人ならなんじゃそりゃと思われるかもしれないが、確かにリリース当時はキャリアの自殺行為とすら思われていたということですね。

そうした意味で、4位の WeezerPinkerton も Pitchfork のアルバムレビューでの10点満点で、同じくリリース時はかなり否定的な声もあったが、後に高く評価されるようになった例と言える。そういえば、リヴァース・クオモはこのアルバムについて、「最高傑作になるはずだったのにダメになってしまった。僕らバンドにとってはほぼゲームオーバーのような感じだったよ」と最近振り返っている。

そうした意味で、この「キャリアを棒に振ったアルバム」リストには逆説的な存在も含まれているわけだが、その一方でクラッシュのラストアルバムやボブ・ディランの『自画像』などこうしたリストの定番アルバムも含まれており、何よりリストのケツとトップがいずれもワタシがこよなく愛するルー・リードのアルバムというのになんとも言えない気持ちになる。

堂々の1位に輝く Metal Machine Music はワタシもただのゴミとしか思わないので別にいいのだが、最後のスタジオアルバムになってしまったメタリカとの共演作 Lulu が10位に入っているのは、やはり悲しい。

このアルバムに対する辛辣で過酷な評価が、ルー・リードをひどく傷つけたことは知られている。ワタシ自身、このアルバムは一度しか通して聴いていないので偉そうなことは言えないのだけど、リリースから10年を経て再評価されないものかと思う。

Lulu

Lulu

ちょっと気持ちが下がってしまったが、奇しくもこのリストでもセルフタイトルのアルバムが6位に入っちゃっているリズ・フェアの新曲 "Hey Lou" のビデオで、ルー・リードがチャーミングなマペットになって登場しているのを紹介しておく。これはちょっとなごんだ。

『Wikipedia @ 20』の第21章「ウィキペディアにはバイアスの問題がある」も訳してみた

Technical Knockoutウィキペディアにはバイアスの問題があるを追加。Jackie Koerner の文章の日本語訳です。

yamdas.hatenablog.com

先月の第10章に続き、Wikipedia @ 20 の第21章を訳してみた。

翻訳の目的は、前回書いた通り、これを読んだ Wikipedia に精通した人が Wikipedia @ 20 の翻訳プロジェクトを立ち上げてくれないかという期待があってのことである。

前回の「ロールプレイングゲームとしてのウィキペディア、もしくは一部の大学人がウィキペディアを好きではない理由」「ウィキペディア20年イベントに参加してみました」によると、北村紗衣さんが取り上げてくださったみたい。ありがとうございます)のテーマである「アカデミズムでウィキペディアが軽んじられる問題」が、今回の文章にも含まれているのは興味深い。

さて、今回の文章の主張にワタシはすべて賛成というわけではないことは明記しておく(著者も「多くの点で読者の考えと異なるものだったかもしれない」と書いている通り)。が、ウィキペディアに限らずインターネットコミュニティ全般に関して重要なトピックを扱った文章なのは間違いないと思うのだ。

今回訳した文章の著者について書いておくと、Wikipedia @ 20 の共同編者なのだけど、彼女のサイトの Projects のページを見ても、その仕事を一言で表現するのは難しい。アナリスト?

「バイアスはウィキペディアの問題」のところなど、いわゆる三人称単数の they を使っていると解釈して訳したが、そのあたりを含め訳のおかしいところに気づいたらご指摘ください。

せっかくなので Wikipedia 関係のニュースをいくつか取り上げておく。

nlab.itmedia.co.jp

コミュニティの行動規範(Code of Conduct)を制定したのも、今回訳した文章で力説される問題と関係しているはずである。

wikimediafoundation.org

5年ほどウィキメディア財団の CEO を務め、Wikipedia @ 20 にも第22章(最終章)Capstone: Making History, Building the Future Together を寄稿している Katherine Maher が4月に退任する模様。お疲れ様です。

アメリカでもプログラミングスクールに通ったがうまくいかなかった話があった

少し前から Twitter のタイムラインで、プログラミングスクールに通ったがうまくいかなかった話題がたまさか流れてくる印象があった。

その代表例としてあきみちさんツイートをはらせてもらったが、この話題ってどのあたりから始まったのだろうか……と少し検索してみたら、以下にその起点となる話がだいたいまとまっていた。

javablack.hatenablog.com

なんだかなぁと思ってしまう話である。誰かにそういう相談されたら、ワタシもあきみちさんのように答えると思うが、面白いと思ったのは、これとまったく同じではないが、アメリカが舞台のやはりプログラミングスクールを巡る似た問題の話を読んだことである。

onezero.medium.com

向こうでは「プログラミングスクール」より「Coding Bootcamp」という呼び名が一般的なのかな。

さて、大学で工学の学位をとったにもかかわらずサービス業しか就職できなかったジェームズ君(仮名)が技術職の求人を探していると、「初心者ソフトウェアエンジニアをもっとも多く雇用する」と謳う Revature という会社の求人が目に留まった。

Revature の求人をよく見ると、それが一般的な社員募集でなく、大学卒業生で3か月間コースのトレーニングプログラムに参加する人を募っていたのだ。Revature は応募者に住居を提供し、時給8ドルを支給する(が、家賃は差し引かれる)。トレーニングプログラムを修了したら、Revature のクライアントにプログラマとしてフルタイムで雇用してもらえる、かもしれない。

ジェームズ君には、これが望みの綱に思えた。とにかくすぐに働けるところを探していたのだ。彼は応募し、簡単な面談を経て無事合格し、Revature と契約書と取り交わした。その契約によれば、ジェームズ君はトレーニング後2年間はクライアントのために働くことを約束し、そのクライアントや勤務地を選ぶのは Revature で、2年以内に辞めた場合、36,500ドルもの違約金が発生するかもしれない。

法律の専門家によれば、こういう契約は「年季奉公(indentured servitude の訳だが江戸時代みたいだな。奴隷労働のほうが近い?)」みたいなものだという。Revature は成長しているようで、ジョージ・メイソン大学やアリゾナ州立大学などと提携している。2020年1月時点で大学卒業生の4割が失業に直面していることを考えれば、「年季奉公」でも多くの卒業生は喜んで受け入れるかもしれないのだ。

つまり、この Revature という2016年に創業した会社、半分はトレーニングプログラムの会社であり、もう半分は人材派遣会社なのである。この記事を読む限りは、人材派遣会社としての仕組みがパソナあたりを連想させるが、アメリカにおいてもプログラミングの技能を持つ大卒者は少なく、Revature のようなプログラミングスクールと人材派遣業を組み合わせた企業がトレンドらしい。

問題は、Revature との契約内容に反して離職した場合の36,500ドルという高額の「約束手形」である。そして、それだけではなく Revature との契約には、契約者を実質的に支配できる搾取の条件が組み込まれている。この会社と提携している大学がいくつもあるというのに暗澹たる気持ちになるが、大学はその重要な機能を民間の営利企業にアウトソースして、学生たちは食い物にされていると言われても仕方ないんじゃないか。

Revature(並びにそれと提携している大学)側の主張もこの文章では紹介されているが、いやはや、アコギな商売ですな。

ネタ元は Digg(って、Digg をブログのネタ元として紹介するのはおよそ10年ぶりだ!)。

偏向した言論や陰謀論など現在の汚染されたインターネットのフィールドガイド『You Are Here』が面白そうだ

調べものをしていて、「偏向した言論、陰謀論、そして我々の汚染されたメディア景観のフィールドガイド」を謳う You Are Here という本が MIT Press から来月出るのを知った。

「我々の汚染されたメディア景観」とのことだが、やはりインターネットが調査の主戦場で、この本の著者二人の名前、どこかで見たことあるな……と記憶を辿ると、ネット上の荒らしを専門としていたり、インターネットミームについての本を出しているヘンな研究者同士の共著として『The Ambivalent Internet』を「邦訳の刊行が期待される洋書を紹介しまくることにする(2017年版)」で紹介していたんだった。

現在のメディアとしてのインターネット、そこでの言論の問題を論じるには、こういう人たちの本が良いのではないかと直感的に思ったりする。craigslist の創業者であり、今は慈善事業に軸足を移しつつあるクレイグ・ニューマークや、『つながりっぱなしの日常を生きる: ソーシャルメディアが若者にもたらしたもの』に続く新刊をそろそろ読みたいダナ・ボイドが推薦の言葉を寄せてますな。

調べてみるとこの本の公式サイトができており、前書きが公開されている。おっと、CC-BY 4.0 指定なので翻訳しようかな……と思いつつさすがに手がまわらない。

この本とか邦訳出るといいのだけど。

Five Booksで2020年最高の本をジャンル別に探す(今回もカタパルトスープレックス賛)

yamdas.hatenablog.com

もう今年も2月も半ばになって昨年2020年の話をするのもなんだが、2019年版に続いて2020年版もやっておきたい。

というか、少し前に2019年版で取り上げた(昨年末ビル・ゲイツもお勧めしてた)『RANGE』の邦訳の Kindle 版が安売りしてたので買って読み始めて、これはいい本だ……あ、一年以上前に Five Books 企画やったねぇ、と思い出したというのがホントのところだったりする。

そういえば『RANGE』を読んでいて、『Calling Bullshit』が講義名として出てきて、あっとなったな。

さて、今回も2020年版として Five Books の The Best Books of 2020 から適当にジャンルをみつくろって紹介したい。

fivebooks.com

やはりノンフィクション分野が気になるわけだが、5位に入っているダニエル・サスキンドの『仕事のない世界』は例によってカタパルトスープレックスで書評を読んでいた。

A World Without Work: Technology, Automation, and How We Should Respond

A World Without Work: Technology, Automation, and How We Should Respond

2位に入っているガイア・ヴィンスの本は『人類が変えた地球: 新時代アントロポセンに生きる』(asin:4759815988)に続いて邦訳が出るでしょうな。

Transcendence: How Humans Evolved through Fire, Language, Beauty, and Time

Transcendence: How Humans Evolved through Fire, Language, Beauty, and Time

  • 作者:Vince, Gaia
  • 発売日: 2020/11/05
  • メディア: ペーパーバック

fivebooks.com

続いて経済学の本だけど、3位に入っている『If Then』はカタパルトスープレックス翻訳書ときどき洋書で書評を読んでいる。「冷戦時代のケンブリッジ・アナリティカ」というべき企業がテーマで、これは邦訳期待やね。

If Then: How the Simulmatics Corporation Invented the Future

If Then: How the Simulmatics Corporation Invented the Future

  • 作者:Lepore, Jill
  • 発売日: 2020/09/15
  • メディア: ハードカバー

4位に入っている『Boom and Bust』、この書名自体は「景気循環」という一般的な表現だが、昨年ウォール・ストリート・ジャーナルで見た紹介を読むと、「バブル」を理解するのによい本みたい。

Boom and Bust: A Global History of Financial Bubbles

Boom and Bust: A Global History of Financial Bubbles

fivebooks.com

お次は科学本だけど、2位に入っている『The Great Pretender』って、『脳に棲む魔物』(asin:4047313971)のスザンナ・キャハランの新刊か……とさも知ったように書いてしまったが、未読です。すいません。

あと5位に入っている『The World According to Physics』は、トランネットにブックレビューが載ってたから邦訳出るね……と思ったら、飽くまでブックレビューであり、出版翻訳オーディションにかかったわけではないのか。ふーむ。

The World According to Physics

The World According to Physics

  • 作者:Al-Khalili, Jim
  • 発売日: 2020/03/10
  • メディア: ハードカバー

fivebooks.com

こちらはフィナンシャルタイムズとマッキンゼーが選ぶビジネス書だが、1位は『NO RULES(ノー・ルールズ) 世界一「自由」な会社、NETFLIX』という邦訳が既に出ている。

3位と4位は上で取り上げた本だし、5位に入っている Instagram業物語は例によってカタパルトスープレックスで書評を読んでいた。これは今年邦訳出るやろね。

あと上の経済学編でもここでも2位に入っている『Deaths of Despair and the Future of Capitalism』は、2015年にノーベル経済学賞を受賞したアンガス・ディートンとその妻の経済学者アン・ケイスの共著で、先月邦訳が出たばかり。

絶望死のアメリカ

絶望死のアメリカ

しかし、この邦題では資本主義の問題というテーマが伝わりにくい。6位に入っているレベッカヘンダーソンの『資本主義の再構築』もそうだけど、資本主義どうよ? がこの10年ばかりの今どきな重要テーマなのは間違いない。

今回もカタパルトスープレックスで書評読んで元本まで読んだ気になっているものが3冊あったわけだが、本当にお世話になっているブログである。改めて感謝させていただく。

すばらしき世界

以下、公開中の映画の内容に触れているため、ネタバレを気にする人は観てから読んでください。

西川美和の映画は、2006年に『ゆれる』を観て衝撃を受け、以後新作が出るたびに映画館に足を運んできた。前作『永い言い訳』から4年以上経って公開される新作は、彼女の映画で初めて小説原案(佐木隆三『身分帳』)とのことで、どんな内容か予想がつかなかったし、役所広司が主人公というのである程度安心感があったので、それ以外は事前に情報をできるだけ入れないようにして観た。

しかし、新作のタイトルが『すばらしき世界』と聞いて、一つ予想がつくことがあった。こんなタイトルが映画の最初にいきなり画面に映し出されるなんて想像できない。これは『ダークナイト』以降顕著に増えた(体感)映画の最後にどーんとタイトルバックを持ってくるパターンじゃないか、と思ったわけである。で、それで当たりだった。

上記のパターンの作品で、個人的に心を打たれた例に『アリスのままで』があるし、なるほどと思ったのは『メッセージ』(当然ながら原題がね)があるが、本作にはそうした予想の範疇に収まる弱さがある。例えば、誉める人が多い、梶芽衣子が歌う「見上げてごらん夜の星を」も、そうした意味で個人的にはさほど感心しなかった。

こうして最初にネガティブっぽい書いてしまったが、本作は素晴らしかった。何より役所広司演じる、直情的で不器用で、怒りっぽかったり調子が良かったり気分でころころと表情が変わる、つまり実に人間的な主人公がずば抜けて良かった。主人公と再会した仲野太賀がきっぱり「カメラはありません」と言い、その後西鉄バスが映った時点でワタシの涙腺は決壊し(そこで?)、後は大体泣きながら観ていた。

殺人の罪で服役した主人公娑婆に出たとき、彼の前に立ちはだかる壁の描写はしっかりリアルで、果たして主人公は更生できるのか、観ている側もハラハラしながら見守る形となる。彼はこの社会に順応できるのか、順応することが良いことなのか――本作が果たしてどういう結末になるかは映画館で観てくださいとしか書けないのだけど、登場人物がそれぞれ別の方向を向く中でカメラが空に切り替わり、タイトルが出るという最初に書いた話になるが、いや、これは傑作でしょう。

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