Technical Knockout にウェブは危機に瀕している。我々とともにウェブのために戦おう。と発明者が語る、ウェブの三つの課題を追加。Tim Berners-Lee の文章の日本語訳です。
ティム・バーナーズ=リー卿の文章を訳すのは、ネットの中立性だから……12年ぶりかよ!
サイト更新停止中なのになんで訳したのかというと、『もうすぐ絶滅するという開かれたウェブについて 続・情報共有の未来』の宣伝のためである。またかよ! と言われそうだが、当たり前じゃないか。ワタシも今の活動はすべてこのためにあるのだ。
ティム・バーナーズ=リーが World Wide Web の誕生日に文章を書くのは恒例化しつつあり、それが出るとニュースになるのだが、ざっと見たところ全体の日本語訳はなかったみたいなので訳した。
Aaron Swartz が書くように「現在は彼は特には重要ではない」のかもしれない(しかし、そう書いた彼の方が死んでしまうんだからな……)。それでもウェブの父が書くウェブ論にはしかるべき重みがある。ワタシが『もうすぐ絶滅するという開かれたウェブについて 続・情報共有の未来』に収録された文章と現在のウェブを考える場合、ティム・バーナーズ=リーが今年の3月、そして昨年の3月に書いた文章は、その線上にある、理解を助ける良い材料だと思ったのである。
そうして訳そうと決めたものの、何しろ長らく翻訳をやっておらず、何よりワタシがひどく怠惰なため時間を捻出できず、えらく時間がかかってしまった。結局はバタバタな作業になってしまったので、誤記誤訳などあったらご指摘お願いします。
近頃ではテクノロジー企業の社会的責任を問われることが多いし、シリコンバレー企業への風当たりが強い。具体的には、プラットフォームを握るAmazon、Apple、Facebook、そしてGoogleという「四天王」だが、メディア支配や租税回避などの論点を巡る各国政府と GAFA の闘いはこれから本格化するだろう。
2016年の米大統領選挙でトランプ陣営に協力した英データ分析会社ケンブリッジ・アナリティカが Facebook の8700万人ものユーザー情報を不正に入手していた問題で、先ごろ Facebook のマーク・ザッカーバーグ CEO が、米連邦議会上院司法委員会の公聴会に引き出されるなど真っ先にやり玉にあがった格好である。
ネット中立性という言葉の生みの親であるティム・ウーにしろ、AIのアルゴリズムが導くディストピアへの道を問う Zeynep Tufekci にしろ、今回の件で Facebook の DNA が変わるわけはないし、我々がそれを正すことはできないという立場である。
それでは未来のウェブはどうある形であるべきか。ワタシ自身「もうすぐ絶滅するという開かれたウェブについて」で書いたように decentralized(脱中央集権、分散型、非集中型)なウェブという話になるし、そのバックボーンとして必ず名前が挙がるのがブロックチェーン技術である。
例えば、「Web 3.0の6つの特徴」といった文章などその典型的な例だが、そう素直に行くとはワタシ自身思えないのである。それなら、「フェイスブックのない世界を目指して」で書いてある内容のほうがまだ現実的だが、現在のプラットフォーマーの強大さを考えるとまだ現実味がない。
むしろ、ブロックチェーンを担ぐ人たちは、本当にニーズから出発してブロックチェーンという技術に行きついたのではなく、先にブロックチェーンに入れ込み、その後でブロックチェーンが解決できる問題を探しているのではないかという「ブロックチェーンは、技術としても未来像としても残念なものである」という指摘にほうに肩入れすらしたくなる。
しかし、それでも書いておきたいのは、ティム・バーナーズ=リーが書くように、ウェブを固定的なものとしてではなく、ユーザである我々が変えられるという気持ちを失ってはいけないということである。データ分散経済到来の日は近いかはともかくとして、現在のプラットフォーマーからプライバシーなど個人データのコントロールを取り戻す努力は必要である。
ティム・バーナーズ=リーの議論は、ドク・サールズ『インテンション・エコノミー 顧客が支配する経済』と親和性が高い。しかし、この本で紹介されている試みも、現時点で評価すると死屍累々というのが妥当なことは書いておかなくてはならない。
ただ、武邑光裕が少し前に「「新たな西部」対「欧州委員会」」という面白い文章で、データ主権を個人にもたらすための欧州委員会のプロジェクト DECODE のことを肯定的に紹介していたが、このプロジェクトが成功すれば、インターネット自体の勢力地図や力学に少なからぬ影響があるのではないか。