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YAMDAS更新

yomoyomoの読書記録サイモン・シン『フェルマーの最終定理』を追加。今更ですが素晴らしい本でした。

ゴールデンウィーク中の話題としては、CD輸入権シンポジウムの話が欠かせないわけだが、本筋の話はいろんな人がしていて異存はないので(もちろん何かしらワタシにできることがあればしたい)わき道の話だけしておくと、ピーター・バラカンは、半ば趣味的な世界に入ってしまった人というか、現役の音楽評論家でなくなった(もちろん当人は、自分ははじめから「音楽評論家」ではないと言われるだろうが)という意識があるのだが、その彼が表に立ってこういうイベントを行ったというのは意外であり、同時にその危機意識は十分に伝わった、と氏が YMO の作詞家をやっていた頃(20年以上前やで!)から知っている当方は思う。

一方で rockin' on の不甲斐なさ、というかその腑抜け具合には長年の読者として笑ってしまうしかない。

のんきなことを書くようだが、ワタシのように田舎に隠棲する人間も、件のシンポジウムの音声ファイルを音楽配信メモからダウンロードし、じっくり聞くことができるわけである。良い時代だよな、と素直に思う。

あと関係ないが、3月に録音したベンジャミンとの対談を今回の帰省時にようやく聞いたのだが、多分これ使うと思います。お互い泥酔状態ですが、二本立てで。もっとも一本はベンジャミンから拒否されるかもしれない。

ゴドレー&クレーム再び

「スパイク・ジョーンズからゴドレー&クレームに」を書いたときには、ゴドレー&クレームの名前を出しても分かる人おるのかねと不安だったのだが、コメントを見ると同じように思っている人がいるようで嬉しかった。

……と思っていると、嶋田丈裕さんが偶然にも同じようなことを書いていてニヤリ(ニューオーダーへの言及も!)。

ちなみに前回の文章でもリンクした、二人のディスコグラフィーから辿ると、80年代末にコンビを解消してからも、それぞれ(主にゴドレー)U2 やスティングなどのビデオを手がけており、ビートルズの "Real Love" のビデオは、二人にとってのリユニオンでもあったようだ。

「スクール・オブ・ロック」再び

後から考えてみると、ストーリー的にはどうでもいいような話に思えて仕方ない映画なのだが、それで滅茶苦茶盛り上がったのは、やはりロックマジックなのだろう。

『あの頃ペニー・レインと』では「天国への階段」の使用を拒否されたはずだが、こちらではちゃっかり「移民の歌」を使っているということは、その辺努力したのだろうな。

ネットの感想を見ると、「ロックの歴史の講義を受けたい」というのをいくつかあったが、アレならワタシできます……というのはどうでもよくて、劇中黒板に書かれていたツリーは、MSN の特設ページで見れます。

『iPod』のシャッフル再生で音楽の聴き方が変わる

さて、少し前に話題になったこの記事など良い題材である。70年代ロックを知る人間は、「私は未来を見た。その未来とはシャッフルだ」という文章だけでニヤリとするのである。

原文を見ると言い回しが少し違うので確証はないが、やはりジョン・ランドゥの「私はロックンロールの未来を見た。その名はスプリングスティーン」をもじっているのではないか。

ちなみにその名言を書いたランドゥは、その後当のスプリングスティーンのマネージャー兼プロデューサーになるのだが、それまでその地位にあったマイク・アペルは……(以下、延々と昔話が続く)

深夜のアイデア

実家で、久しぶりに『映画術 ヒッチコック/トリュフォー』を読んで大層面白かったのだが、ヒッチの話でひっかかるものがあった。以下、第13章 p.269-270から引用(ワタシが持っているのは、初版第……ごめん、書き留め忘れた)。

ところで夢といえば、こんな小話がある。むかし、ひとりのシナリオライターがいた。彼の頭の中には、真夜中になると、すばらしいアイデアが浮かぶ。ところが、朝、目がさめると、すっかり忘れてしまっている。たしかに夢のなかでいい話を思いついたはずなのだが、どうしても思いだせない。そこで、ある日、彼はこう考えた――「そうだ、枕元に紙と鉛筆を置いといて、真夜中にアイデアが浮かんだら、すぐ起きて書いとけばいいんだ」。そう心に決めて、彼は眠りに就いた。いつものように、深夜になって、すばらしいアイデアが浮かんだ。彼は起き上がって、忘れないうちに、そのアイデアを書きとめた。そして、安心して、またベッドに入った。翌朝、彼は目をさましたとき、何もかも忘れていた。(中略)だが、すぐ、それを書きとめたことを思いだした。彼は寝室に走りこみ、枕元のメモ用紙を取った。たしかに、そこにはすばらしい〈深夜のアイデア〉が書きとめられていた――「ボーイ・ミーツ・ガール」とね!

ワタシはこの話を著名な映画監督、脚本家の体験談として複数バージョン聞いた覚えがあるのだが、ヒッチコックがおよそ30年前に昔話の小話として語っているということは、要は映画界の古典的なフォークロアということなのだろうか。

キル・ビル Vol.2

はい、観てきました、キル・ビル。前作同様、他の人の感想・批評を読まないようにするのは大変だったよ(今もほとんど見てない)。

前作の段階でこれに何を期待していいか、というより何を期待しちゃダメかというのは分かっているので、もうどうにでもしてくれ状態で観させてもらったが、腐ってもタランティーノである。かなり楽しめた。純映画的(なんじゃそりゃ)に言えば、前作より明らかに上だろう。例によって二時間半と長いわけだが、ちゃんと緊張感は保たれていた。

役者は、カンフーのオヤジ以外みんなそれぞれ持ち味出していてよかった。特にデビッド・キャラダインのかっこいいジジイぶりは特筆すべき。

ただねえ、映画の節々で笑いそうになるのだが……というか実際笑ってしまったのだが、例のウィークエンダーのアレが大音量で流れた瞬間、大笑いしながらガッツポーズとりたくなったのは、もう既にまともな批評眼を失っている証拠かもしれない。

そしてやはりね、長いよ。別に二つに分けるのは諦める(ホントはダメだけど)。しかし、Vol.2は自白剤うんぬんとか要らない場面が多い。誰かちゃんとタランティーノを仕切らないとねぇ。

元々観るつもりでまだ観ていない人はあまりいないだろうが、その人たちのために書いておくと、最後の最後まで席を立たないこと。どうでもいい場面が観れて、後味が悪くなります(笑)。

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