当ブログは YAMDAS Project の更新履歴ページです。2019年よりはてなブログに移転しました。

Twitter はてなアンテナに追加 Feedlyに登録 RSS

Paul Simon "Still Crazy After All These Years"

CDジャケット

二年前の夏、海外留学のために一時的に帰省していた高校の同級生に会いに行った。この機会を逃せば、もう二度と会えない予感がしたからだ。

彼女に促されて入ったのは、生のピアノ演奏のあるコーヒーショップだった。二人の会話は、ほとんど僕が聞き役だった。相手は目標と将来の展望を持ち、一方で僕は、語ることが何もなかったからである。それでもこの上なく楽しいひとときだった。

自然と会話が止まった。正直なところピアノ演奏をいささか耳障りだと思っていたので、無意識のうちに歌詞を口ずさむまで、流れているメロディが、"Still Crazy After All These Years" であることに気付かなかった。

曲のことを説明しようと口を開きかけ、それがひどく野暮なことに思い当たり、しばらくただ聞き入った。流れている曲の歌詞が二人の関係に合致するところはない。ただ昔、僕が一方的に彼女に熱を上げ、そしてふられただけである。「すっかり女嫌いになってしまったが、今でもあなたのことは好きなようだ」と言うと、相手はその手はくわないとただ笑うだけだった。

未だにサイモン&ガーファンクルのイメージが強いが、ポール・サイモンがソングライターとしての本領を発揮するのは、ソロになった後である。本作はそのキャリアの頂点の一つをなすものである。1975年のグラミー賞を受賞し、「今年アルバムを出さなかったスティービー・ワンダーに感謝します」とスピーチしたのは有名な話である。

久方ぶりの S&G 再結成となった "My Little Town"、ソロでは唯一の全米1位シングル "50 Ways to Leave Your Lover(恋人と別れる50の方法)" など聴きどころは多いが、やはりタイトル曲にこのアルバムの魅力は集約される。「時の流れに」という演歌のような邦題がついているが、"Still Crazy After All These Years" という言い回し自体、慣用句化したところがある。

最近映画化された村上龍『69』でも、この曲は主人公たちのその後を象徴する曲として使われている。『69』は痛快極まりない青春小説だが、この曲がそれに大人の疲労感と、苦くも柔らかい感触を作品に加えている。

「大人のアルバム」と書くと何か気取っているようだが、30代という紛れもない中年前期を迎え、疲労感と諦めを自覚しながらも、それでも自分はかつての crazy さを抱え続けているんだよというささやかな自負は、これは歳をとってはじめて共感できるものである。紛れもなく70年代のニューヨークが準拠枠となった作品だが、ポール・サイモンの才能はそれを普遍的なものにしている。

もう二度と会えないという予感はあっさりと外れ、先日二年ぶりに女友達とお茶する機会を持てた。自分自身については言うまでもなく、相手にしてもやはりどこか crazy なことに気付いた。

[YAMDAS Projectトップページ]


クリエイティブ・コモンズ・ライセンス
YAMDAS現更新履歴のテキストは、クリエイティブ・コモンズ 表示 - 非営利 - 継承 4.0 国際 ライセンスの下に提供されています。

Copyright (c) 2003-2023 yomoyomo (E-mail: ymgrtq at yamdas dot org)