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ジョン・ギルモア対アッシュクロフト裁判始まる

ハッカー界の重鎮という言葉では説明しきれないほどの偉人であるジョン・ギルモア(John Gilmore)が、「テロリスト容疑者」バッチのために搭乗拒否された件で、(『華氏911』でも美声を披露していた)アッシュクロフト司法長官らを訴えているが、その裁判が今月半ばに始まっている。

裁判にいたる経緯や、ギルモアが訴えていることなどについては、FreeToTravel.org やそのままズバリな Gilmore v. Ashcroft にまとまっている。

この一件については、(EFFの理事仲間である)レッシグ教授のブログで断続的に取り上げられてきたので、そちらも参照するとよい。

注目すべきは最後に挙げた「クシニッチ議員」におけるレッシグの分析。

 彼のジョン・ギルモアについての記事がその例だ。この出来事を巡る論争には大いに驚かされてきた。論争を読んだ私は、市民の権利の問題に対する態度によって、2つのタイプの人々が存在することに気づいた。われわれを分かつのは市民の権利自体を支持するかどうかではない――もちろん誰もが(話題にするほどの価値がある人間なら)これを支持している。問題はそれをどのように支持しているかだ。
 (1)一方の人々は、意図的か過失かを問わず、人々の権利が侵害されたときは、それに抗議することは侵害された側の権利(あるいは義務)であると考える――その抗議が招く結果に関わらずに。
 (2)もう一方は、少なくとも過失による場合は、権利の侵害があったとしても、その場やもたらされる結果を考慮したうえで、侵害に対して抗議するかしないかを決める人々だ。

もちろんリバータリアンであるギルモアは前者のタイプなのだが、自分に置き換えて考えた場合、やはり後者のタイプなんだろうなあと思う。というか、日本人だと後者が多いように思う。ジョン・ギルモアの主張を読んでいくと共感するところが多い、というかお手本のように考えてしまうところもあるのだけど、一方でどうしてもついていけないというか、そこまでワタシは強くなれませんぜと思うところもある。

さて、そのジョン・ギルモアの現況を知るのに良いインタビューが GrepLaw に掲載されており、今回の裁判周りの話はもちろん、テロリズム、麻薬対策、EFF などを語りまくったとても面白いインタビューになっている。

でもさ、このインタビューの冒頭で自己紹介を求められ、

I'm a civil libertarian millionaire eccentric.

なんてさらっと言っておるわけだよ。カッコいいよなぁ。絶対真似できん。

ギルモアの裁判に関係する空港セキュリティ、ナショナルID周りの話は、Bruce Schneierの『Beyond Fear』あたりに詳しいと思うのだけど、やっぱり邦訳は出ないのかねぇ(思えばギルモアとシュナイアーは、「キーリカバリ、キーエスクロウ、第三者信託方式による暗号のリスク」の著者に名前を連ねてますね)。また、このセキュリティ問題を都市のレベルまで広げて考えると、五十嵐太郎『過防備都市』あたりも入ってくるのだと思うのだけど、こっちも未読。ダメだなぁ……

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