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Jackson Browne / Pretender

Pretender

Pretender

本文章は随分前にAmazon980円劇場用に書いたものだが、公開しようとしたらディスクの値段が980円でなくなっていて慌ててひきあげたものである。ワタシは書いた文章をムダにするのが何より嫌いなタチ(ケチ)なので、先日帰省した折にベンジャミンとこのアルバムについて話をしたのを機に加筆修正したものを公開させてもらう。

かつてジャクソン・ブラウンはインタビューで、自分がウェストコーストのミュージシャンであるというだけで、ハッピーソングを歌っていると見られると不満を漏らしていた。その記事を読み、ワタシは冷たく笑った。結局あんたの80年代以降の「社会派」的方向性は、コンプレックスの裏返しだったのか? またその社会派ブリッコのせいで、あんたの歌を支えていたパーソナルな視点が希薄になり、作品が低調になったのが分かってないのか?

本作は、ジャクソン・ブラウンの作品の中で最も重く暗いものとされている。そしてそれは、本作の制作中に起こった彼の妻の自殺という事件とともに語られるのが通例となっている。しかし、これについても正直ピンとこない。これは「重く暗い作品」の基準が違うせいで、それこそ聴き通した後に手首を切りたくなるような音をかつて好んで聴いていた人間からすれば、本作を聴いても特段そう思えないのだ。

何か悪口ばかりを書いているようだが、本作は紛れもなく優れたアルバムである。『Late For The Sky』『Running On Empty(孤独なランナー)』など、彼のこの時期の作品はもっと聴かれてよいと思う。そしてその最盛期の作品の中でも、ワタシは本作が一番好きだ。

確かに本作は、彼の作品中最もヘビーなものである。一曲目の "The Fuse" のヒリヒリする感触、特にビル・ペインのピアノとデヴィッド・リンドレーのギターが絡み合い不安を掻き立てながら上り詰めていく間奏部には、彼のそれまでの作品にはなかった不穏さがある。本作のプロデューサーは、ブルース・スプリングスティーンでおなじみジョン・ランドゥーだが、音を的確かつゴージャスにまとめている。

本作は、彼のファンも複雑な感慨を持つ作品らしい。ワタシが購入した日本盤にも、戸惑ったような文章のライナーがついていたし、特にタイトル曲は好悪が分かれるようだ。しかし、この曲はまさしく本作の最後を飾るに相応しい重さを持った曲であり、彼のソングライターとしての一つの到達点であるとワタシは思う。

他の人はどうか知らないが、個人的には、本作、特にタイトル曲は、夏の記憶と分かちがたく結びついている。朝、強い日差しを浴びて仕事にでかけるとき、この曲の歌詞の最初の部分が頭に浮かぶし、夕闇が迫り外気に少しでも涼しさを感じると、自然と "Out into the cool of the evening / Strolls the pretender" のところが口をついてでる。

すべての希望と夢は、そこで始まり、終わる

この曲の意味するところを実感できるようになったのは、ここ数年のことだったりする。挫折、諦め、そして何より一生活者としての日常――ワタシはポップミュージックの歌詞にあからさまに宗教的な(つまりキリスト教と置き換えていい)表現が出てくると嫌悪感を覚えることが多いのだが、この曲にはそれを感じないのは、最後の "I'm going to be a happy idiot" 以降が、その日常を生きていくしかないという意思表示であるとともに、例えばニール・ヤングの "Rockin' In The Free World" ほどではないにしろ、ロックに対する、また人生に対する一種の呪詛になっているように思えるからである(もちろん、これは当方のまったくもって勝手な解釈でしかない)。

昨年 NHK で放映されて話題となった「フリーター漂流 〜モノ作りの現場で〜」を見たとき、この曲の最後を思い出し、現在の自分自身もそれと地続きであるのに思い当たった。

主よ、そこにおられるのですか
自分を偽る者をお救いください
若く、力強く人生を踏み出したものの
結局はあきらめてしまった者を

しかし、このアルバムが発表されて30年経ったんだね。

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