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糸谷哲郎新竜王誕生に寄せて

Twitter などで既に書いたが、折角なのでブログにも書き残しておく。

結果として今回の竜王戦は、4勝1敗で糸谷哲郎七段が森内俊之から竜王位を奪取したわけだが、正直第三戦の時点でワタシは糸谷勝ちだと見ていた。

今回の竜王戦を見ていて思い出したのは、昭和60年前後に「花の55年組」と呼ばれた人たちが登場した一連のタイトル戦で、ワタシのようなロートル将棋ファンは河口俊彦老師の文章でよく読んだものである。具体的には内藤×高橋の王位戦、中原×中村の王将戦、米長×島の竜王戦である。

いずれも当時将棋界の中心にいた指し盛りの中年棋士たちが、どうも人間的に噛み合わない若い世代に対して苛立ち負けたわけだが、今回の森内が当時の中原や米長に重なって見えた。

ワタシが第三戦の時点で糸谷勝ちと思ったのは、糸谷七段が昼食休憩5分前に離席し、そのまま昼食休憩に入った際の森内の不愉快そうな表情を見たからである。

今回の竜王戦で糸谷七段が対局中頻繁に席を外したことが一部で話題になったが、森内は耳栓を着用して対局していたそうで、これはダメだと思った。

将棋の場合、片方がイライラし、もう片方は知らん顔の場合、腹を立てたほうが大抵負けるのである。逆に言うと、好きなように振舞った人間が勝つのだ。今回の糸谷はまさにこれに当てはまる。これは大物になる大変な資質である。

森内は糸谷の(一部マナー違反に見える)対局態度に不満があったのに、相手にそれを言えずに鬱憤を内に溜め込んでいたのが容易に想像できる。

いや、そういうのは普通言えないだろう、というのは必ずしも正しくない。かつて名人戦で森内は、挑戦者の郷田九段の扇子の音に抗議したことがあった。それが言えたから、だけではないが、そのときの名人戦は森内が勝ち、永世名人位の資格者となれたのだ。今回の竜王戦は、それが言えなかった時点で気持ちの上で負けていた、とは言いすぎだろうか。

ロートルな将棋ファンとして感慨深いのは、上で挙げた55年組のさらに後輩にあたる羽生世代の森内さんが、相手に苛立ち負ける中年側になっていたことである。

しかし、かつてチャイルドブランドと言われた羽生世代も四十代半ば、思えば同じく上で挙げた内藤や米長の当時の年齢とほぼ変わらないわけで、別におかしなことではない。誰もが等しく歳をとるのである。

もう一つ付け加えておくと、糸谷新竜王は森信雄の弟子で、森信雄門下から遂にタイトル保持者が出たかとこれまた感慨深い。

森にとって最初の弟子だったのが、30歳前に夭折した天才棋士村山聖で、彼について書かれた大崎善生『聖の青春』を読むと、森も村山聖ほどではないが十分に変人で、しかも情愛に溢れた優れた師であったことがよく分かる。後に森門下は「平成の名門」と呼ばれるまでになった。

その森さんの糸谷新竜王誕生を受けたブログ投稿を読み、最後の「村山聖九段も微笑んでくれていると思う。」の一文に、胸が熱くなるものを感じた。

いつまでも羽生世代がタイトルを握っていては将棋界の未来は暗いわけで、糸谷新竜王の誕生は喜ばしいことである。森門下であれば山崎隆之さん、あと中村太地さんなどもっとタイトル戦に出てほしい人が何人もいる。しかし、(矛盾するようだが)同時に羽生世代の森内さんや佐藤康光さんの捲土重来も見たい気持ちがある。

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