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将棋界の語り部、河口俊彦老師の死を悼む

とてもショックである。土曜日は、このニュースを目にしてから何も手につかなかった。

もちろん老師と言われるくらいだからご高齢なのは分かった話なのだが、健筆ぶりにそういうのはまだ先の話だろうと思い込んでいた。

ワタシの河口俊彦氏に対する想いは、『大山康晴の晩節』の解説に書かせてもらった。

 しかし、その将棋道場で個人的に大きな出会いがあった。道場に置いてあった将棋雑誌に連載されていた「対局日誌」を通じ、河口俊彦の文章に触れたことである。
 上位から下位まで棋士たちが一斉に戦う様を同じプロ棋士の目線で追いながら、対局者のちょっとした所作から感情の変化を読み取り、控室における検討陣の遠慮のない形勢判断を交え横断的に解説することで、深夜に及ぶ対局の興奮と勝負の酷薄さを時にドキリとさせる筆致で描くその文章に私は魅せられた。対局に現れるのは棋士たちの思考のごく一部、言うなれば氷山の一角であり、指されなかった読み筋のせめぎあいにこそプロ将棋の面白さがあることを教えてくれたのも河口俊彦だった。

ツイッターで見た中では、以下のツイートが氏の功績をよく表現していると思った。

昭和からの将棋ファンは、「河口史観」を通してプロ将棋に接してきたと言える。将棋界に河口俊彦という解説者がいたことの功績は、もっと評価されてよいと思う。

ワタシは『大山康晴の晩節』の解説を書いたおかげで、一昨年の末に老師にお目にかかることができた。一人では怖気づきそうなので cakes の加藤貞顕さんを誘い、筑摩書房の伊藤さんと四人でお会いしたのだが、老師は緊張しまくっているワタシを見るなり、「オレ、アンタみたいに自分の文章読んでるファンは嫌いなんだよ」と言われ、思わず笑ってしまったし、なんだか嬉しかったのを覚えている。

その日はかなりの時間老師の話を伺うことができ、長年疑問に思っていたことの答えを聞くことができたのは、ワタシにとって宝石のような思い出である。とにかく老師の話が楽しくてまさに時間を忘れる思いだった。惜しむらくは、感動と興奮のあまりワインを飲みすぎ、老師の「これ書いちゃダメだよ」という話がどれだったか思い出せないため伺った話について簡単に書けないことだが、いずれその中で問題ないものを何らかの形で書くつもりでいる。

その日の終わりには「今度は美味しい店に連れて行ってあげるから横浜においで」とのお言葉をいただいたのだが、その次に上京したのはほぼ一年後になってしまい、さすがに何の用事もないのに押しかけるのもな……と遠慮したことを今になって後悔している。こうなると分かっていれば、無理にでも用事を作って行く一手だったと筑摩の伊藤さんと悔しがったが、これこそ後の祭りである。

心よりご冥福をお祈りします。

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