渋谷陽一の最後の単行本が、彼の誕生日である6月9日に二冊同時刊行と聞いて驚いたが、考えてみれば、今年の6月9日は、彼が亡くなって初めて迎える「ロックの日」なんだな。
ワタシは『音楽が終った後に』、『ロック微分法』、『ロックミュージック進化論』、『ロックはどうして時代から逃れられないのか』といった彼の本を既に持っている人間なので、正直、新たにこの二冊を買う意味あるのかと思うところもあるが、少なくとも「1997-2025」のほうは買うだろう。
そういうわけで、久しぶりに「ロック問はず語り」をやりたいのだが、今回はロック評論ではなく、少し変わった渋谷陽一の仕事を紹介したい。
それは、雑誌「CUT」1991年1月号(No.7)に収録されている筒井康隆インタビューである。
「CUT」は1989年創刊の雑誌で、この号の表紙がマイク・タイソンというのもそうだし、今回取り上げる筒井康隆のインタビューもそうと言えるが、現在の同誌とはかなり性質が異なっている。
このインタビューは当時ベストセラーになっていた『文学部唯野教授』を受けたもので、ただのインタビューではなく、筒井康隆が唯野教授になりきって筒井康隆について語るというややこしいインタビューである。
最初の質問とその答えを引用させてもらう。
●まずは本誌のような訳のわからぬ雑誌で「唯野教授、筒井康隆を語る」などという、すべての出版社が“オイシイ“とヨダレをたらしそうなテーマでのインタビューをお引き受け頂いたことを感謝します。
とんでもない。たった一時間のインタビューであなた、四十万円も頂けるとなりゃ誰だって自己凌辱的にOKします。オイシイのはこっち。しかし「CUT」って雑誌はお金あるんだね。どこから出てるの。まさか代々木じゃないだろうね。ううん。ゼミじゃなくて共産党のこと。
この当時の『文学部唯野教授』のベストセラーとしての勢い(日本でベストセラーを出すと、当然のようにバカにされるとこのインタビューで筒井康隆はうんざりしている)、既にバブル景気は弾けていたはずだが、一時間で40万円もの謝礼を出すことができた雑誌――と、これだけのやりとりなのに情報量が多い。
しかも、このインタビューは「わたしが考える唯野教授」のイラスト付きで、それを描いているのは江口寿史だったりする。
筒井康隆というと、読売新聞のインタビューが話題になったが、ワタシの父親と同年生まれの彼が高齢者施設に入りながらも未だ書き続けているのもすごい話である。




