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かぐや姫の物語

本作のことを知ったのは、他の映画の上映前に流れた予告編でだった。その予告編は、女性が衣を跳ね除けながら疾走する場面のみで、それを観たときの正直な感想は、「なんだこれ? これがかぐや姫の物語って?」で、これは観ることはないだろうなと思った。

しかし、おそらくこれは高畑勲の最後の長編作品になるだろう、『風立ちぬ』と同じく、やはり映画館で観ておこうと考え直した。

正直今更かぐや姫の物語? それが映画になるの? と懐疑的な気持ちが強くどうなんだろう、予告編の印象もあり、癖のある話を見せられるのかなとも思っていたが、これはまさにかぐや姫の物語であった。剛速球で『竹取物語』だった。そして大傑作だった。

金曜夜のレイトショーで観たのだが、両側をカップルに挟まれてしまい、しまったと思ったが、最後あたり手が震えたり、ポテトが入っていたカップを口に持っていったり挙動不審になったのを怪しく思われなかったか不安である。暗がりで気付かれなかったのを願うばかりだ。

高畑勲の映画では、大コケした『ホーホケキョ となりの山田くん』もワタシは結構好きで、予告編をみてあんな線画になるのかなと思っていたら、現在のアニメの主流からは確かに離れながらも、日本画の影響色濃いとても濃密な画を観ることができて、カット毎に主人公が成長していくあたりからまったく目を離せなかった。そういえば冷泉彰彦が「苦言」とやらを書いていたが、アンタ映画については書かないほうがいいと思うよ。

高畑勲の代表作というとやはり『火垂るの墓』になるだろう。『火垂るの墓』の主人公である清太の行動原理が戦時中の少年というよりは現代的なことを高畑勲自身語っていた覚えがあるが、本作『かぐや姫の物語』も主人公であるかぐや姫を現代的な女性として描くことで、女性の幸せを矮小化する男たちの愚かさと人間の原罪に気付いた自立的な主人公をその強烈な怒りの描写で際立たせている。

宮崎駿が『風立ちぬ』を作るとき、題材的に『火垂るの墓』のことは何かしら意識していただろう。海軍大尉の子供が飢え死にすることはないのであれは嘘だという彼の『火垂るの墓』批判は有名だが、『風立ちぬ』で『火垂るの墓』とは違った戦争の描き方をできたという達成感が宮崎駿があったかもしれないが、女性の描き方という意味で高畑勲はずっと優れた作品を作って先を行ったように思う。

事前に予想していたのとまったく異なる次元の傑作だった。上にも書いたが、最後は震えまできた。こんなことを思うのはワタシだけかもしれず笑われるかもしれないが、『2001年宇宙の旅』といった作品と同列に並ぶレベルの映画ではないか。

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