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澁川祐子『味なニッポン戦後史』をご恵贈いただいた

澁川祐子さんから新刊『味なニッポン戦後史』集英社インターナショナル)をご恵贈いただいた。

澁川さんからは前著(後に『オムライスの秘密 メロンパンの謎』(asin:4101206813)として文庫化)もご恵贈いただき、「集合知との競争、もしくはもっとも真摯な愛のために」という文章を書いている。そしてその後、澁川さんにお願いして、渋谷のちゃんぽんの美味しいお店に連れて行ってもらったりした(てへっ☆)。

さて、本書はサイゾー連載に大幅な加筆・修正を行い、新章を書き下ろしたものだが、塩味、甘味、酸味、苦味、そしてうま味という五つの味覚に加え、何度もブームが寄せては引く辛味、そして第六の味覚として有力視されている脂肪味を通し、味覚と社会の接点をつなぐことで戦後日本の食のありようと社会の姿を浮き彫りにすることを目指す「ニッポン戦後史」である。

ワタシは脂肪味が新たな味覚として有力視されていることも知らなかったくらいだが(やはり、コク味ではないんですね)、やはり著者と同年代なので、同じ時代を共有して生きてきたことによる分かる感じが多い本だった。そして、それがない若い世代の人が読んでも、そうした共感とは別の新しい発見がある本だと思う。

本書はなんといってもインパクトのある帯が印象的だが、これは単なるギミックではなく、「うま味」についての第一章で書かれる味の素の受容と忌避の歴史が、戦後日本における味覚と社会の接点の典型的なサンプルだからだ。

味の素に関するくだりを読んでいて、村上龍の『長崎オランダ村』で、長崎の餃子店で鍋の底に大量の味の素があるのをみて、語り手が子供の頃、それこそごはんにも味の素をかけて食べていたことを思い出す場面が浮かんだが、彼の世代が子供の頃は中華料理だけでなくいろんな料理の味の調整役として重用されていた味の素は、「化学」の先進的で良いイメージにより化学調味料と呼ばれ、その後一転してその呼称が安全性をめぐる不信をまきおこしてしまう。

この「化学(人工)」と「自然」の対立は、塩味についての第二章でも、「専売塩」「化学塩」と「自然塩」の二項対立として書かれており、同じような構図が本書を通じてでいくつか見られる。

自然食、自然栽培といった言葉があるように、言うまでもなく食と「自然」との相性はいい。私も含め多くの人は、自分の口に入るものが工場内で水と光を管理されて生産されるより、大自然の景色のなかで育まれている景色を好むのではないか。たとえそこに実態はなくとも、言葉から喚起されるイメージ、その背後にある物語に人は弱い生き物なのだ。(pp.208-209)

この化学不信と自然信仰には、冷静に見ればそれぞれツッコミどころがあるのは明らかである。が、やはり口にするものは時代の気分ではっきり売り上げに変わりが出るし、今生きる自分にしても、そうした「気分」と無縁と言い切れるわけはない。

脂肪味についての第7章における「バターvsマーガリンから始まった善悪二元論」にもあるように、我々は科学の進歩にも振り回されてきたわけで、後から俯瞰してみればただ滑稽かもしれないが、それもその時代に生きた証とも言える。

そして、一貫して食を通じて欲望に忠実な人間の姿も見てとれる。

 カロリーを直接想起させる砂糖や炭水化物は排除されがちな反面、体にいいとされる果物や野菜には甘さを追求してやまない。それは、もはや強迫観念に近い健康志向の現代にあって、罪悪感なしに「甘い=うまい」を享受したいという、身勝手な欲望の発露なのかもしれない。(pp.95-96)

本書にも著者の安易な「良い逸話」に飛びつかないストイックさが出ているが、各章がそれぞれの味覚を題材としたストーリーテリングのうまさが出ているようにも感じた。

今の自分の食生活に慣れすぎて、ともすればそれがずっと前からあったように思い込んでしまうところもあるが、前述のバターvsマーガリンではないが、食の常識はいつの間にか変わっていたりする。かつてスパイスに似た存在だった油を日常的に使ってもらうために「一日一回フライパン運動」が1960年代に呼びかけられたことなど、知らなかった逸話も本書にはいくつもあり、そうした意味でもためになった。

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