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2022年上半期にNetflixなどで観た映画の感想まとめ

2021年上半期下半期Netflix で観た映画の感想まとめをやったので、今年の上半期もまとめて書いておきたい(まだ数日残っているが)。

今回、「Netflixなど」となっているのには理由があるが、それについては後述する。

jeen-yuhs カニエ・ウェスト3部作(公式サイトNetflix

この計4時間半に及ぶ三部作を「映画」ととらえていいのか正直分からないのだが、まぁ、ドキュメンタリー映画ということで。ワタシは必ずしもカニエ・ウェストの熱狂的なリスナーではないが、『Donda』まで結局ずっと作品は聴いてきたわけで。

三部作ということで、こってり彼のキャリアを追ったものかと思いきや、第一部はラッパーとしてレコード契約を果たすまで、第二部はデビューして『The College Dropout』が成功を収め、グラミー賞受賞まで、そして第三部はそれ以降、という単純にキャリアを三分割したものではまったくない。でも、それがいい。

その理由は、まぁ、観て下さいとしかいいようがないのだけど、ワタシはヒップホップの世界を分かってないからだが、売れっ子トラックメイカーでプロデューサーでも軽くみられるので、とにかくカニエがラッパーとしてのデビューを必死に目指すあたりにそんなものなんだ、と思ったりした。

第一部では彼の母親のドンダさんが地に足のついた言葉で温かくカニエを諭す場面がすごい説得力で、彼女を喪ったカニエの迷走をみるにつけ、彼女に代わって彼にそうした言葉をかけられる人間はいないんだろうなと思ってしまった。

第二部の最後あたりに既にその兆候があるが、第三部にいたって、本作の監督であるクーディと乱気流ライフの色を濃くしていくカニエの間にどんどん距離ができるあたりの描写がなんとも切ないものがある。

第二部あたりまでがとにかく濃密というか、とにかく21世紀のヒップホップ史に残る映像というか、歴史的な面々が当たり前のようにさらっと映り、カニエと軽口を交わしてたりしてるんだよな。すごいよね。


ようこそ映画音響の世界へ(公式サイトNetflix

これはコロナ禍のために映画館で観れなかったので、Netflix に入っていると知って喜んで観た。

が、実はワタシはこれを「映画音楽」についての映画だと勘違いしていた。飽くまで「映画音響」の映画なんですね。

まぁ、ためになったのは間違いないのでよしとする。映画における「音」は、Voice、Sound Effects、Music の三つからなるわけだが、その信頼の輪の重要さを再確認。

もっとも近年は役者の台詞が聞き取りづらいというのも言われるが、映画におけるより良い「音」の追求も進んでほしいですな。


パワー・オブ・ザ・ドッグ(Netflix

オスカー最有力と言われながら、みんな大好き『Coda コーダ あいのうた』にもっていかれちゃった映画である。

しかし、Netflix はなんで『ROMA/ローマ』といい、『アイリッシュマン』といい、本作といい、映画館で観るべき、しかし、あんまり好感度の高くない映画ばかり力を入れるのか。

本作には嫁入り苦労譚なのだが、映画的にはベネディクト・カンバーバッチとコディ・スミット=マクフィーの絡みがすべてというか、キルスティン・ダンストはすっこんでろとしか思えなくて、本作はあまり高く評価できない。のだけど、同性愛の色濃い文芸映画かと思ったら、サイコパスによる殺人の完遂をみせられるだけという肩透かし加減は面白く感じた。


私ときどきレッサーパンダ公式ページディズニープラス

事情があって、ひと月だけディズニープラスに加入した。が、『ザ・ビートルズ:Get Back』を観るだけでほとんど時間切れになり、慌てて最新のピクサー映画を観た次第である。

本作もコロナ禍のため映画館に観に行けなかった作品だが、正直まったく面白くなかった。

ピクサーには多大な信頼の蓄積があり、初めてアジア系の主人公というのにも興味があったのに、びっくりするくらいワタシには刺さらなかった。世評は非常に高いので、ワタシの感性がおかしいのだろうが、主人公やその家族にイライラしてしまってどうしようもなかった。

サマー・オブ・ソウル(あるいは、革命がテレビ放映されなかった時)(公式ページ

これも例によってコロナ禍のため、映画館で観れなかったので、ディズニープラスの契約期間終了間際に慌てて観た。

スティーヴィー・ワンダー、スライ&ザ・ファミリー・ストーン、ニーナ・シモンB.B.キング、グラディス・ナイト、ステイプル・シンガーズ……と書いていくだけでスゴい面々が参加したハーレム・カルチュラル・フェスティバルの映像が、同時期に開催されたウッドストック・フェスティバルと正反対に半世紀ほぼお蔵入り状態だったというのが信じられない。

参加したアクトそれぞれに立ち位置の違いがあり、スティーヴィー・ワンダーデヴィッド・ラフィンのようなアイドル期を終えたモータウン組、白人向け視されてたためこうしたフェスに出れたのがとにかく嬉しそうなフィフス・ディメンション、当時はまだグイグイ盛り上げるスライ&ザ・ファミリー・ストーン(しかし、この時点でもうドタキャンもおかしくない存在だったんだな)、そして明確に好戦的で攻撃的なニーナ・シモンが共存しているのが面白い。

この映像をまとめあげたクエストラヴに感謝したいが、よりにもよってアカデミー長編ドキュメンタリー映画賞を受賞というそのクラマックスといえる晴れの舞台を、クリス・ロックに台無しにされたのがひたすら気の毒でならない。


アポロ10号 1/2: 宇宙時代のアドベンチャーNetflix

リチャード・リンクレイターの新作ということで、これは観ないわけにはいかない! と意気込んで観たら……彼のアニメーション映画では『スキャナー・ダークリー』以来になるが、あれほどの痛切さはない。

タイトルからアポロ計画が絡むことは予想でき、それにフェリーニの『8 1/2』な捻りがあるんだろうと期待していたら、じきに宇宙の話は後ろに退き、それよりなによりリンクレイターの子供時代の描写が主眼の映画だった。ワタシはこうした昔のアメリカの少年時代を描いた作品とか好物なので、そうした意味で本作は楽しめたのだけど、本当に淡々とし過ぎなんだよな。

『スクール・オブ・ロック』『バーニー みんなが愛した殺人者』以来のジャック・ブラックの起用だが、声芸を発揮するチャンスもほぼない、ひたすら徹頭徹尾淡々としたナレーションで、言われなければ彼と気づかないくらい。

ジョン・ハンケが語るWeb3、ティム・バーナーズ=リーが懐疑的なブロックチェーン

www.techno-edge.net

さきごろ創刊したテクノエッジの最初の目玉コンテンツと言える Niantic のジョン・ハンケのインタビューだが、ワタシは IngressポケモンGOもまったくたしなまないという奇特な人間なので、そちら方面の話題には実は興味がなく、「メタバースはディストピアの悪夢です。より良い現実の構築に焦点を当てましょう。」の話も、まぁ、そうでしょうなという感じだった。

それならなぜこのインタビューを取り上げているのかというと、今月はじめに「Web3の「魂」は何なのか?」という文章を公開したワタシ的には、彼が Web3 についてコメントしているからだ。

彼はまず「わたしにとっては、Web3はすなわちブロックチェーン技術という意味です」と明確に語っており、オレオレ Web3 定義をかますことはないあたりさすがである。

もうひとつは、ウェブを非集権化 / 分散化すること。現在のウェブは、決済やアイデンティフィケーションについてとても集権化しています。App StoreGoogleログイン、Facebookログインのような、ごく少数のサービスに依存する仕組みです。

ブロックチェーン技術で決済を分散化する、つまり暗号通貨を使うのは分かりやすい例ですが、もうひとつ、いわゆるSSI (Self Sovereign Identity、 自己主権型ID)を可能にする使い方もあります。

Niantic創業CEOジョン・ハンケ氏インタビュー:『メタバースは悪夢』の真意とWeb3の可能性(後編) | TechnoEdge テクノエッジ

そしてやはり decentrization なんですよね。これもまた明快であり、ズレてない。そして、以下のくだりが個人的には最も興味深かった。

現在のようにGoogleFacebookなどにログインやアイデンティフィケーションを依存すると、多くの場合は行動履歴が収集・集約されることになり、プライバシーにとって良いとはいえません。現在の集権化したログインの仕組みでは、オンラインの活動を監視したり、履歴を蓄積してどんな人物かプロファイルを作ることができてしまう。SSIを使うことで、ユーザーはどの企業にどの情報を渡すか自分でコントロールできるようになります。

Niantic創業CEOジョン・ハンケ氏インタビュー:『メタバースは悪夢』の真意とWeb3の可能性(後編) | TechnoEdge テクノエッジ

当たり前のこと言ってるだけじゃん、と思われるかもしれないが、ジョン・ハンケはショシャナ・ズボフ『監視資本主義』において、「監視資本主義」の重要人物として糾弾に近い書かれ方をしていて、その彼が行動履歴とプライバシーの関係を語っているのが興味深かった。

ここで『監視資本主義』の書名をジョン・ハンケにぶつけたらさらに貴重なインタビューになったはずだが、日本のジャーナリストにそれができる人はいないか。

thenextweb.com

いっぽうで World Wide Web の発明者ティム・バーナーズ=リーは Web3 をこきおろしている。彼もビッグテックから人々の手にデータを取り戻すというビジョンは共有していて、それは例えば彼の以下の文章を読んでも分かるだろう(と翻訳の宣伝)。

しかし、彼はブロックチェーン技術には懐疑的だ。彼が推す Solid のプラットフォームなら、うまく機能しないブロックチェーンなしでも脱中央集権化したインターネットは可能だよ、というわけ。

ティム・バーナーズ=リーは偉大な発明者だが、近年手がけるものは Solid を含め成功と言えるものはないので、そうした意味では彼の未来予測の精度は高いとは言えないのだけど、加藤和良さんが「Re: Web3の「魂」は何なのか?」で紹介していた、ティム・ブレイ、ミゲル・デ・イカザ、コリィ・ドクトロウ、ブルース・シュナイアーといった錚々たる面々が署名した Letter in Support of Responsible Fintech Policy に彼の立場も近いのだろうな。

遂にLinuxカーネルにRust言語のコードが取り込まれるとな

venturebeat.com

Linux をてがけて30年経った今なお、リーナス・トーバルズは自身が作ったオープンソースオペレーティングシステムとそれがこれからもたらすイノベーションの見通しに夢中である」という文章で始まる記事だが、先日開催された Open Source Summit North America を取材した記事である。

いろいろ読みどころはあるだろうが、やはりもっとも目を惹くのは、「Rust is coming to Linux」の見出しである。

実は、ワタシもこの話題を何度かこのブログで取り上げている。

どうやら2022年が Linux カーネルにおける Rust 元年になりそうだ。

www.phoronix.com

こちらはその話題にフォーカスした記事である。2020年のときと同様、おなじみ Dirk Hohndel との対談でリーナス・トーバルズが、もう直近のリリース、つまりはバージョン5.20で Rust のインフラストラクチャが Linux カーネルにマージされるだろうよと語っている。

news.mynavi.jp

これまた先日公開された Stack Overflow の開発者調査でも、Rust はもっとも開発者に愛されるプログラミング言語、もっとも使いたい言語に選ばれており、Linux カーネルが受け入れるのも自然な時の流れなのだろうか。

ロバート・スキデルスキー『経済学のどこが問題なのか』が出ていた

yamdas.hatenablog.com

実に2年以上前にロバート・スキデルスキーの新刊を取り上げていたのだが、調べものをしていて、この邦訳『経済学のどこが問題なのか』が今月出ていたのを知る。

正直、「邦訳の刊行が期待される洋書を紹介しまくることにする(2020年版)」で取り上げた本の邦訳が今頃出るとは思わなかったねぇ。

allreviews.jp

ALL REVIEWS で訳者あとがきを読めます。それで知ったが、彼の前作は今年文庫入りしてるんだね。

ヴェルナー・ヘルツォークが小野田寛郎を題材に小説を書いていた

www.openculture.com

恥ずかしながらワタシはこの記事で知ったのだが、ドイツを代表する映画監督であるヴェルナー・ヘルツォークが、初めての小説 The Twilight World を書いてたんですね。ドイツ語版から翻訳された英語版が出ていた。

近年もドキュメンタリーを撮ったり映画制作のオンライン講座で教鞭をとったり、精力的に活動しているのは知っているが、それでも80歳近くにして初めての小説とはすごいねぇと素直に思う。

で、気になるのは、この小説が「降伏を拒否した有名な第二次世界大戦日本兵」を扱ったものであること、そう、小野田寛郎のことである。

なんでもヘルツォークは1997年にオペラ(おそらく『忠臣蔵』だろう)の演出のため東京に滞在していたのだが、そこで会いたい人は誰かいるかと問われ、即座に小野田寛郎の名前を挙げたという(そのときはまだ彼は存命だったんだな!)。この小説自体、長年温めていた題材なのかもしれない。

小野田寛郎というと、昨年『ONODA 一万夜を越えて』という映画が公開されている。

小野田寛郎はいろいろと論議のある人物であり、なんで今彼なのかというのは思ったりするが、ヴェルナー・ヘルツォークの小説となればさすがに邦訳が出ると思うので、楽しみではある。

「BRIAN ENO AMBIENT KYOTO」を見てきた

ambientkyoto.com

ブライアン・イーノによる音と光の展覧会「BRIAN ENO AMBIENT KYOTO」のことを知ったときは、これは行きたいぞ! という気持ちと、その頃コロナがどうなってるかねぇという気持ちが交錯したが、これに行かずして、何のための人生か! と自らを鼓舞してチケットをおさえた。

ワタシはこうしたヴィジュアルアートを賢しらに語る語彙を持たない人間なので、とりあえず行ったぞ、と写真だけはってお茶を濁させてもらう。ちゃんとした情報を欲しい方は Tokyo Art Beat のレポートなどをどうぞ。

京都中央信用金庫 旧厚生センターに来たのは初めてである。建物ごとイーノ展という趣向には唸った。もちろん、もっとでかい建物でもっといろいろ見たかった、という気持ちもあるが。

ワタシの iPhone では、なんとも茫洋とした写真しか撮れず、申し訳ない。これは「Light Boxes」だが、あとになって「77 Million Paintings」の写真を一枚も撮ってないのに気づいて頭を抱えた。

おおっ、これもイーノ先生の作品か! と思わず写真を撮ったが、冷静に考えて、そんなわけはない。

「Face to Face」が一番面白くて、実在する21名の人物の顔を、特殊なソフトウェアを使い、別の顔へとゆっくりと変化させていくもの。この変化時に顔が微妙にホラーっぽくなったり、さっきまで女性と思ってたものが男性に変わっていたりする。

左側がちょっとホラーっぽいでしょ。あと、中央はイーノ先生だよね?

「The Ship」は他と違い、ライティングがほぼない部屋で音と向き合うことになる。ワタシが入室して間もなくイーノ先生が歌うヴェルヴェット・アンダーグラウンドのカバー「I'm Set Free」が流れたので、もう一度「I'm Set Free」を聴くまで部屋で音に浸っていたら、一時間ほど経っていた。

こういう機会はそうそうない、と貧乏人のワタシも奮発してカタログを購入したが、「アーティストの希望で、袋はありません」と言われ、この日文字通り手ぶらで会場に来たワタシは、カタログを手で持ったまま移動することになり参った(笑)。

ここには写真を載せられないが、そのカタログの中に女性のヌードがあり、これが昔、渋谷陽一が『ロック―ベスト・アルバム・セレクション』で書いていた、イーノのビデオに延々女性の裸が写し出されるものがあるってのはこれのことか! という感慨があった(何も調べずに書いているので、違ってたらすいません)。

偶然にも個人的な事情が重なったのもあり、思い出深い機会となった。

ダニエル・J・ソローヴ先生が選ぶプライバシーについての本5冊

shepherd.com

ワタシも「社会的価値としてのプライバシー(後編)」で取り上げ、『プライバシーの新理論―― 概念と法の再考』(asin:4622077655)、『プライバシーなんていらない!?: 情報社会における自由と安全』(asin:4326451106)の邦訳もあるダニエル・J・ソローヴ先生が、プライバシーについての本を5冊選んでいる。

最近出た本では、まずは Neil Richards の Why Privacy Matters がある。

ソローヴ先生はこの本について、プライバシーは死につつあるとか不気味なものといった俗説を斥け、プライバシーが我々のアイデンティティや自由にいかに重要かを論じていることを評価している。

あともう一冊、Ari Ezra Waldman の Industry Unbound も昨年出た本である。

ソローヴ先生はこの本について、プライバシー法がどんどん可決され、企業によるプライバシープログラムが広まり、我々は一見プライバシーの黄金時代に生きているように錯覚するが、実はそうしたプライバシープログラムは骨抜きにされており、無意味な紙の記録を作るだけで、お粗末な現実の表面を覆い隠しているだけなのを論じていることを評価している。

ソローヴ先生が選んだ5冊の中で既に邦訳があるのは、ダニエル・キーツ・シトロンの『サイバーハラスメント』だけかな。

今年がカート・ヴォネガット生誕100周年なのを新刊情報で思い出した

というわけで、フィルムアート社からカート・ヴォネガット『読者に憐れみを ヴォネガットが教える「書くことについて」』が今月出るのを知ったわけだが、「生誕100年を記念し、待望の邦訳!」と書いているのをみて、今年がカート・ヴォネガットの生誕100年なのを思い出した。

カート・ヴォネガットといえば、彼の伝記映画『Kurt Vonnegut: Unstuck in Time』を昨年取り上げたが、生誕100年ということで、これの日本公開も実現しないかねぇ。

クエンティン・タランティーノの新作は映画ではなく今年10月に出る本

www.indiewire.com

クエンティン・タランティーノは以前より、10本映画を作ったら監督は引退と公言しており、果たして10作目となる次作は何なのか気になるわけだが、その前に Cinema Speculation という本が10月に出るのを知る。新作は映画ではなく本というわけだ。

当代もっとも有名な映画監督というだけでなく、最大の映画愛好家としても知られるタランティーノの本なので、(少年時代の彼が観た)1970年代の主要なアメリカ映画を中心に構成された、映画批評、映画理論、ルポルタージュ、そして個人史でもある本ということで、彼が愛する映画について語り倒す、つまりは彼のファンが彼に書いてほしいと思っていた本ということで間違いなさそう。

来年には邦訳も出てほしいところ。

ジョン・ライドンと結婚しそこねたクリッシー・ハインドの話など

kingink.biz

ティーヴ・ジョーンズの自伝を原作とし、ダニー・ボイルが監督した(そして、ジョン・ライドンが訴訟を起こしたりして揉めた)Pistol をワタシは観ていないのだが、このドラマ評で「ヒロイン(?)役として登場するのがなんとクリッシー・ハインド」というくだりで思い出した話がある。そう、彼女もセックス・ピストルズ関係者の一人だったんだよな。

というわけで、1989年から2004年まで読者だった雑誌 rockin' on のバックナンバーから記事を紹介する「ロック問はず語り」、今回紹介するのは、1992年4月号(表紙はティン・マシーンのデヴィッド・ボウイ)に掲載されたジョン・ライドンのインタビューである。

このインタビューは、確か NME の記者のインタビューを受けるにあたり、ジョン・ライドンが君の部屋でやろうと言い出して本当に記者の部屋で大量のビールを飲みながら行われたものである。その放言だらけのインタビューの中でクリッシー・ハインドの名前も出てくる。

「クリッシー・ハインド! ひっひっひ!」(中略)
「全く強い女だよな、クリッシーは。おまけに結婚してやらなかったもんだから今でも俺につらく当たるんだよ。っていうのはまぁ、セックス・ピストルズをやっている時分に出会ってね、イギリスに住みたいって言うから、永住権を手に入れられるように結婚してやらぁってことになったんだ。でも、当日になったらやっぱり嫌んなっちゃってきてさ、それですっぽかしてシド・ヴィシャスを代わりに行かせたわけ。『シド、こりゃあやっぱり俺にはできんわ。ひとつよろしく頼むよ』って言ったら、あいつも『おう、まぁいいけど、俺着るもん持ってねぇよ』って言われて、それで俺が服借りてきてやったんだよ」

そんなことを友人、しかもシド・ヴィシャスに頼むって……しかも、シドもそれを軽く受けるなよ!

なお、クリッシー・ハインドの希望でジョン・ライドンと結婚しかけた話は本当らしいが、彼女側の証言とはかなり状況が異なるので、飽くまでジョンの話ということでご理解いただきたい。

この話を聞いた記者の感想も奮っている。

 それにしてもすごい話ではないだろうか。教会(というより役所)で花嫁が花婿の到着を待っていても現れないのである。でも、待てよ、鼻を鳴らしながら足を引きずってこちらに来るあの変なのは誰だ? シド・ヴィシャスだ!
 このあくどい企みの張本人はこの思い出に思い切り耳障りな笑い声を上げる。「かわいそうなシドニー!」と叫ぶその声はかつて世代をひとつまるごとひっくるめて震撼させたあの当時のままである。

このインタビューで、セックス・ピストルズを再結成すれば、短期間で大金を稼げるし、そのオファーも多いだろうに、と水を向けられたジョン・ライドンの発言は以下の通りである。

「それは徹底的に恐ろしく、シニカルで、低劣で、俺はきっと地獄のような罪悪感にさいなまれ、きっと鏡で自分の顔さえ凝視できなくなるだろうよ。それは俺の感情を破滅に招くようなことだよ。そういうわけだから、俺はもう誰のためにもあのジョニー"悲喜劇"ロットンっていうキャラクターを演じるつもりはないんだ」

しかし、現実にはご存知の通り、セックス・ピストルズは再結成した。ワタシとしては、上に引用したジョンの発言も理解できるし、これまで搾取された金を取り戻すために再結成した。パンクだから清貧なんておかしいだろ、という再結成時のジョンのコメントもやはり理解できるのである。

そういえば、樫原辰郎さんはこのピストルズの再結成を以下のように評している。

つまり、セックス・ピストルズの再結成とは、セックス・ピストルズの完全否定だったわけである。ロックの歴史上、ここまで完璧に伏線回収したバンドはおそらくない。見事である。歴史上、ロックは死んだという発言をした人は何人かいるのだが、ライドンは具体的にロックが死ぬところを演劇的に再現し、それをワールドツアーで公演して回ったのである。

第15回 文明化と道徳化のロックンロール – 晶文社スクラップブック

それからも時が流れ、ジョン・ライドン「アナーキーはひどい考えだ」、スティーヴ・ジョーンズが「俺はスティーリー・ダンが好きなんだ。悪いか?」と語るのも、時の流れを感じる。

このインタビューは後に『ROCK GIANTS 80’S』という本にも収録されたが、当然ながらそちらも絶版である。ジョン・ライドンの自伝は読んでいないので、クリッシー・ハインドの件がどう書かれているのかは知らない。

WirelessWire Newsブログ更新(Web3の「魂」は何なのか?)

WirelessWire Newsブログに「Web3の「魂」は何なのか?」を公開。

月一のペースを考えると少し早めの復帰2回目の公開だが、それには理由がある。今月から来月にかけてひどく忙しくなるのが見えており、書けるうちに書いておかないといけないと思った次第である。

なので、次回の WirelessWire 原稿はひと月後といかない可能性が高く、最悪一回飛ばしになるかもしれない。

タイトルは、ルー・リードの "Coney Island Baby" の歌詞からとった「Web3のサーカス、もしくは下水道」としていたのだが、編集長から長いタイトルを提案され、それが嫌だったので、提案されたタイトルの前半部だけにしてもらった。はっきりいってまったく気に入ってないが、元々の案が認められなかった以上どうしようもない。

正直に書くと、2007年に「Web 2.0は満員の洞窟」と書いた小関悠さんに倣って「Web3は~の洞窟」というタイトルにしたかったのだが、うまいのを思いつかなかった。このように不本意なタイトルになるくらいなら、この方向でもう少し考えてみるべきだった。

ウィキメディア財団が手がける13のプロジェクトをすべて言えますか?

wikimediafoundation.org

この記事自体は、ウィキペディアの技術をもっと公平なものにしようという取り組みの話で、この関係ではワタシもウィキペディアのバイアスの問題についての文章を訳したり、黒人や多様な歴史に光を当てるプロジェクトについて既に取り上げている。

が、ここでワタシが注目したのは、本筋から離れたところ。

In my early years at the Foundation as a Technical Program Manager, I became familiar with the breadth of 13 Wikimedia projects spanning 300 languages, edited by hundreds of thousands of volunteers from all over the world.

The journey to make Wikipedia’s technology more equitable – Wikimedia Foundation

ここでリンクされている「13のウィキメディア(財団)のプロジェクト」を、リンク先に飛ぶ前に挙げてみようと思ったわけである。Wikipedia をはじめ、Wikimedia CommonsWikibooksWikinewsWikiquote、あと MediaWiki の開発もそうだよな……と挙げていったが、13個全部は言えなかった。

具体的には Wikispecies の存在自体知らなかった。あと、Wikivoyage のことは開始当時ブログで取り上げていたのに忘れてしまっていた、など。

皆さんはどうだろう?

デヴィッド・グレーバーの遺作(今度こそ)『海賊の啓蒙、もしくは真のリバタリア』が来年はじめに出る

yamdas.hatenablog.com

このとき「デヴィッド・グレーバーの遺作」と書いたのに、調べものをしていて、Pirate Enlightenment, or the Real Libertalia という本が来年のはじめに出るのを知る。

「The final posthumous work」とあるので、この本が今度こそ最後の遺作になるはずである。

最初、これまで書籍に収録されていない短い文章をかきあつめた本じゃないかと思ったのだが、グレーバーは大学院時代にマダガスカル民族誌的な現地調査を行い、それを基に博士論文を執筆している。彼の人類学者としてのキャリア初期の仕事の書籍化ということかな?

内容的には彼が遭遇したの海賊の子孫の混血からなる民族であるザナ・マラタ族を研究したものらしいが、「海賊」という存在が長年フィクションでファンタジー化してきた理由である、その自治オルタナティブな社会形成は、いかにもアナーキストとしてのグレーバーが興味を持ちそうに思える。

なお、書名にある「リバタリア」だけど、てっきりリバタリアンの誤記かと思いきや、『海賊史』に登場する海賊のユートピアの名前なんですね。

海賊についての本というと、一年近く前にここでも取り上げたティーブン・ジョンソンの『世界を変えた「海賊」の物語』があるが、こちらは「グローバル資本主義の誕生」の話である。

ページ数は200ページちょっとで短いので、『The Dawn of Everything』よりもこちらの邦訳が出るほうがもしかすると先かもしれない。

デヴィッド・クローネンバーグがビデオショップで愛する映画について語り倒す動画

www.openculture.com

フランスの Konbini というサイト(日本語の「コンビニ」から名前をとったのかな?)がやってる、著名な映画監督がビデオ店で愛する映画について語り倒す動画シリーズが既に話題になっている。本文執筆時点でデヴィッド・クローネンバーグが最新で、これが実にいい。

こういうのって、やはり最初に挙げる映画が一番グッとくるね。ざっと訳してみる。

私が子供の頃、住んでたトロントでは毎週土曜に子供たちが大勢劇場にやってきて映画を観てたんだ。映画館の名前は「Pylon」で、子供向けにカウボーイ映画やディズニー映画とかやってた。

ある日「Pylon」を出ると、通りの向こうにも映画館があって、名前は「Studio」なんだけど、そこはイタリア映画しかやってなかった。「Studio」から出てきた人達は、全員で大人で子供は一人もいなかったんだけど、涙を流して泣いてたんだ。すすり泣いていた。私はそれに衝撃を受けた。だって、子供の頃、大人が通りで泣いてるのなんて見たことなかったから。

これはすごいと思い、私は通りを渡って、彼らがどんな映画を観たのか確かめに行ったんだ。それはフェリー二の『道』だった。

これが、映画の力を知った最初の映画なんだ。子供向けの娯楽作品や冒険活劇でなく、感情を揺さぶるとてもパワフルな映画だった。だから、『道』やフェリー二が、私にとって映画作りの入り口になったんだ。

ありがちかもしれないが、ワタシにとっても『道』は、一番泣いた映画なんですよ。

他にもイングマール・ベルイマンポール・バーホーベンリドリー・スコットから息子のブランドン・クローネンバーグにいたるまで、いろんな映画(と自分の作品の関係)について語ってるよ。

さて、デヴィッド・クローネンバーグというと、新作『Crimes of the Future』がかなりの衝撃作らしい。

上の動画でもクローネンバーグは、ジュリア・デュクルノーの『TITANE/チタン』を賞賛しているが、こうした奇想と変態美の映画のオリジネーターである彼が本領を発揮してそうで楽しみである。

cakesのサービス終了に寄せて

cakes.mu

先週、cakes のサービス終了のニュースが、同日に発表された SlowNews のサービス停止とあわせてネットユーザの波紋を呼んだ。

たとえば、今回のサービス終了に関しても、書き手が真っ先に思うのは「自分の原稿はどうなるの?」っていうことで。そこへのアナウンスが「追記」としてなされている(たぶん問い合わせが沢山舞い込んで慌てて対応したんだと思う)ということにも、「えー?」と思ってしまう。普通に考えたら、「だれもが創作をはじめ、続けられるようにする」ことをミッションに掲げ「クリエイター支援」を標榜する会社が、まず大事にすべきは書き手が安心して参加することのできるブランディングであると思うのだけれど。それを毀損してしまってない?とも思ったり。

cakesサービス終了と、この先の不安 - 日々の音色とことば

やはり、閉鎖後に記事はどうなる? というのは真っ先に出る疑問である。西田宗千佳さんの「「Web上に記事が残らない」ことは何が問題なのか」も改めて参考になる。

そしてクローズアップされるのは、クリエイターが作品を守るために必須の機能としてのエクスポートだが、これに関して note は意図的に目を背けていると言われても仕方ないと思っており、特に期待はしていない。

cakes にはワタシも「ネット×ジャーナリズムの歴史とその最新潮流としてのデータジャーナリズム」を寄稿している。これ一本だけだし、手元にテキストデータは残っているので、自分のサイトに原稿を復元するのは全然難しいことではない。(10年前の文章で、今更読む価値がある文章かは考えないことにして)いずれやります。

yamdas.hatenablog.com

これを書いてから10年になるんだね。ワタシ自身は加藤貞顕さんが好きだし、経営者として尊敬もしている。cakes にも面白い文章をいくつも読ませてもらったという感謝の気持ちがあるので、上にいろいろ書いたが、今は良い思い出だけ考えることにしたい気持ちがある。

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