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ハッピー・マンデーズの伝記映画のニュースを知って思い出したショーン・ライダーのかつての犯罪自慢

注意:以下、犯罪行為の話など不愉快な内容を含みます。

ハッピー・マンデーズの伝記映画が作られるとのことである。Kingink さんは「ショーン・ライダーの伝記映画って…世も末だ」と吐き捨てていたが、「マッドチェスターのパーティーシーンの重要人物になるまでのライダーの軌跡」を描くそうである。映画『24アワー・パーティ・ピープル』において、曲者ぞろいの登場人物の中でも完全に単なるゴロツキ扱いだったショーン・ライダーのロクデナシぶりをどこまで描けるのだろうかという不安がある。

そういうわけで、1989年から2004年までの15年間読者だった(実際には2008年ぐらいまで不定期で買っていた)雑誌 rockin' on から引用するコーナー「ロック問はず語り」を久しぶりにやることにする。

今回紹介するのは1996年9月号(表紙はセックス・ピストルズ)で、そこの通常のインタビュー記事ではなく、なぜか海外情報のページに掲載されていたショーン・ライダーのインタビューである。この当時はハッピー・マンデーズは解散しており、ショーン・ライダーがその後結成したブラック・グレープのファーストアルバムが大ヒットしていた。

そのインタビューは、ショーン・ライダーがハッピー・マンデーズのキャリア初期においてもガンガン犯罪行為をやっていた話を堂々と開陳するものである。およそ20年ぶりに読んだが、やはり時代を感じる。今これをやったら炎上間違いなしだろう。作品とクリエイターの人格は分けて考えるべき主義の強硬な支持者であるワタシもひるんでしまうくらいだ。

ケン・ローチ『天使の分け前』など、イギリスの映画を観て引いてしまうときがあって、そういえば『T2 トレインスポッティング』を観たとき、そうだこいつらひっでぇ奴らだったなと思ったものだが、ショーン・ライダーの話はそうした感覚を理解する助けになる……のかな?

とにかく、二百ポンドの給金をもらいながらバスでドイツ中走りまくって、荒しまくりのギッパリまくりってもんよ。あの時点じゃさ、ツアーなんて表向きのもんで、革ジャンだろうが靴だろうがもう何でもかんでも盗みまくりってもんだった。つまり、俺たちの稼ぎはせしめたものの合計ってなわけだ。特にスイスなんかに行くとアホみたいにせっせと万引きだとかクレジット・カードを細工する必要もなくて、ただレストランに入って玄関のところにかけてあるどっかのうすらばかのコートを持ちだしちゃえばそのコートだけで七百ポンドにはなるし、懐をみりゃお大事にその馬鹿の財布まで入ってるわけよ。俺たちなんてさ、そんなもんだったんだ。そうやって食ってたわけだ。

言っておくが、この前後にもドラッグ絡みの話などこってりしていて、そのあたりは割愛させてもらった。ここでの話は、かつての悪行自慢のため、いわゆる「ふかし」込みの可能性があることはご留意いただきたい……ってなんでワタシがフォローしてるんだよ。

さて、『24アワー・パーティ・ピープル』におけるショーン・ライダー登場場面の描写に関係する話もしている。あの話は実話だったんですね……。

おれとある連れとで、鼠退治用の劇薬を持ち歩いてマンチェスターをうろついていたことがあってさ。で、俺たち、鳩がとんでもなく嫌いだったんだ。ピカデリー・ガーデンじゃどこらじゅう鳩だらけで、バタバタしていて落ち着いて飯のチキンも食えないんだからさ。ま、今はさすがに俺もそこまで悪いことはしないけど、若かった頃はさあ……。あそこの鳩ときたら俺の食いもんまでひきちぎってくんだからよ! それで鳩に毒入りのパンを食わせたんだ。そうしたら、翌日には「デイリー・ミラー」紙にまで載ってたよ。"変質者、鳩に毒盛り!"とかね。空から鳩が落っこちてくるっていう。

そうそうチキンと言えば、『24アワー・パーティ・ピープル』でメジャーレーベルと契約の話をしているときにショーン・ライダーがバックレてしまう場面があったと思う。あのとき彼は「ケンタ行ってくるわ」と言って席を立ったのだが、彼の言うケンタとは KFC ではなくヘロインの隠語なのをスタッフは皆知っていたので、「もうこれはダメだ。帰ってこない」と分かっていたそうな。

このインタビューの最後、犯罪歴を持っていることが音楽業界に入って役に立ったと思うかという問いに対する回答は最高である。

わかんないなぁ。でも、業界にカモられる以上に俺たちの方がカモにしてやったとは思うよ。

果たして、「荒しまくりのギッパリまくり」だったキャリア初期をどう映画化するんでしょうか。

Greatest Hits

Greatest Hits

『三体』を読み終えたところで『折りたたみ北京』文庫版が出ると聞いて喜んだが……

3か月以上前に書いたエントリだが、なぜか今頃はてなブックマーク数が増えている。

このエントリは、『もうすぐ絶滅するという開かれたウェブについて 続・情報共有の未来』の主題にも実はかなり密接な内容を含む話だったりする。

さて、件のエントリを書いたときは、劉慈欣『三体』はまだ刊行前だったが、先週ようやく Kindle 版を読み終えた。

三体

三体

三体

三体

いやぁ、面白かったねぇ。早く続編を! と言いたくなる次への期待を高める終わり方だったが、そんなに早くの続編刊行がさすがに無茶なことはワタシにも分かる。Twitter のタイムラインを読んでいて、『折りたたみ北京 現代中国SFアンソロジー』が文庫化されるという情報を小耳に挟み、これはありがたい、と喜んだ。

……のだが、Amazon にページはできているものの、発売日もよく分からないんだよね。

文庫版が出ると知ると単行本には手が伸びないが、今の自分の中の熱を活かさないのももったいない。このまま発売日がはっきりしないなら、ケン・リュウの短編集でも買おうかな……。

半世紀前のアメリカで女性ができなかった9つのこと

Twitter ユーザ @WPCelebration が、1971年のアメリカで女性ができなかったことを連投していて面白い。

簡単にリストをまとめておく。各項目の最後にカッコ内は、それが変わった年。

  1. 自分の名義でクレジットカードを持つ(1974年)
  2. 妊娠したからといって解雇されない(1978年)
  3. 陪審を務める(ユタ州では1879年からだが、アメリカすべての州となると1973年)
  4. 戦闘で前線に立つ(1973年より前は看護婦か補助スタッフしか認められなかった)
  5. アイビーリーグの大学で教育を受ける(エールやプリンストンは1969年、ハーバードは1977年まで女子生徒を受け入れなかった)
  6. 職場でのセクシャルハラスメントに対して訴訟を起こす(1977年)
  7. 夫が求めてもセックスに応じない(アメリカ全州で配偶者へのレイプが犯罪となったのは1993年!)
  8. 男性と同じ利率で医療保険を受給する(医療保険における性差別が違法となったのは2010年)
  9. 避妊のためのピル服用(これの歴史は長い議論になる)

今では至極当たり前に思えることでも、その権利を勝ち取るまで歴史があり、それが認められたのはそんな大昔ではないというのが分かる。なお、Ms. Magazine が2013年に似た趣旨の記事を公開している。

ボストンマラソンを走ることも半世紀前の女性には認められてなかったとな。

ネタ元は kottke.org

アメリカの女性の歴史【第2版】 (世界歴史叢書)

アメリカの女性の歴史【第2版】 (世界歴史叢書)

1999年は映画史上(最後の)最高の年だったか?

Twitter のタイムラインで Brian RafteryBest. Movie. Year. Ever. という本を知る。

Best. Movie. Year. Ever.: How 1999 Blew Up the Big Screen

Best. Movie. Year. Ever.: How 1999 Blew Up the Big Screen

Best. Movie. Year. Ever.: How 1999 Blew Up the Big Screen (English Edition)

Best. Movie. Year. Ever.: How 1999 Blew Up the Big Screen (English Edition)

タイトルを見れば分かるように、1999年は映画史上最高の年であることを論じた本である。

あれっ? と思ったのは、少し前に同様の趣旨の記事を読んだ覚えがあったから。記憶を辿って以下の記事だと思い当たった。

ただこの記事自体は2014年に書かれており、Brian Raftery の本の話は当然ながら出てこない。

ロジャー・イーバートの評点によると映画最良の年は1974年らしいが、確かにこの記事で名前が挙がる映画のリストを見ると、内容的に優れているだけでなく、後の影響力が大きい作品が並ぶ。

他にも名前が挙がってる作品はあるが、映画自体ワタシがよく知らないもの、単なる駄作だと思うものは外している(炎上したくないので具体的に名前を挙げるのは避けるが、『ファントム・メナス』のこと)。

しかし、1999年ということは、ちょうど20年前ということなんですね。当時はアメリカ映画もアメコミのヒーローものの映画化ばかりでも、過去のヒット作の続編/リメイク/リブート作ばかりではなかった。

この本の邦訳が待たれるところである。

アス

いやー、途中まで怖くて怖くてどうなるかと思った。以下、内容に踏み込むので、未見の人は観た後に読むのがよいです。

ジョーダン・ピールの監督デビュー作『ゲット・アウト』は、人種問題を非常にユニークな切り口で描いたホラー映画だったが、本作は持てる者と持たざる者の格差を背景として、持たざる者の復讐が文句なしのホラーとなって主人公家族(と観客)をいたぶる映画である。

本作では旧約聖書のエレミア書11章11節が何度も引き合いに出される。手元の新共同訳の聖書から該当部分を引用しておく。

 それゆえ、主はこう言われる。
「見よ、わたしは彼らに災いをくだす。彼らはこれを逃れることはできない。わたしに助けを求めて叫んでも、わたしはそれを聞き入れない。

この言葉の通り、本作は無慈悲な災いの話である。

とにかく観ている側の不安を喚起する演出がうまい。いやーな感じを増幅させていくところに『ヘレディタリー/継承』を思い出したくらい。主人公家族から遠慮なく収奪しようとする主人公家族の「影」たちという設定も現在的である。

最終的に主人公は自らの「影」と対決するのだが、実はここに至ってワタシの緊張感は切れてしまった。悪役が長々と自分の身の上を話すような演出はもはやクリシェであり、端的に詰まらないと感じるからだ。主人公もそんな話をいちいち最後まで聞いてないで、背中を向けてる相手にさっさとかかっていけよと思うし。

それに、そこで語られる「影」たちの存在理由というか設定が、あまりに荒唐無稽でクールダウンしてしまったところもある。『ゲット・アウト』のときは楳図かずおの『洗礼』を連想して想像力で補えたが、本作の場合、これだったら種明かしなんてしなくていいから、赤服の「影」たちがずーっと手をつないで並ぶ禍々しい画だけ見せてくれたほうがどんだけよかったかと思ったくらいである。

でも、本作は最後にヒネリがある。これも勘の良い人なら読める話だろうし蛇足と見る人もいるが、ワタシはここで、主人公が自らの「影」と対峙するまで、あの印象的な片側だけのエスカレーターをはじめ、地下の長い距離を迷いなくずんずん突き進めた理由、主人公の「影」である女性が「特別」だとみなされた理由などいろいろ一気に合点がいったし、本作の「持たざる者の持てる者に対する復讐」というテーマが再度浮かび上がり、これはうまいと唸った。

ただ上に書いたようにその時点でワタシ的にクールダウンしていたので、最終的にはちょうどよいくらいの感じだった(?)。

ブレイディみかこさんの新刊『ぼくはイエローでホワイトで、ちょっとブルー』にワタシが友情出演していたという話(誇大表現)

ブレイディみかこさんの新刊(の片方)『ぼくはイエローでホワイトで、ちょっとブルー』特設ページ)を先月読了したのだが、すごく良かった。

ぼくはイエローでホワイトで、ちょっとブルー

ぼくはイエローでホワイトで、ちょっとブルー

『ぼくはイエローでホワイトで、ちょっとブルー』は、その主人公であるケン君を通じて「エンパシ―(empathy)」という言葉の意味を考えさせてくれる本である。ワタシは2014年の春にケン君に一度会ったことがあり、あのとき喫茶店の床に転がりながらタブレットでサッカー動画を見ていたお子さんがもう中学生とは……と自分が歳を取ったことをなにより思い知らされてしまったりもした。

せっかくなので、ブレイディみかこさんにこの本でグッときたところはいくつか挙げるメールを送ったのだが、その中のひとつである、ケン君が友達のティムにリサイクルされた制服をあげる場面について、著者自身から、あそこに出てくるアレはお前からもらったブツだと指摘され、こっちが驚いた。

 息子はいつまでも窓の脇に立ち、ガラスの向こうに小さくなっていく友人の姿を見送っていた。ティムの手元でぶらぶら揺れる日本の福砂屋のカステラの黄色い紙袋が、初夏の強い光を反射しながらてかてかと光っていた。(p.114)

そう、ティムに渡された制服を入れた福砂屋の紙袋は、ワタシが以前ブレイディみかこさんにあげた長崎土産の福砂屋のカステラを入れていた袋だったらしい。それ以降で福砂屋の紙袋をイギリスに持ち帰った覚えはないから、と。

確かに福砂屋の紙袋なんてそうそうもらうものではない。しかし、ワタシがあの土産をあげたのは、2013年の正月だったりする。物持ちいいな! と思わず笑ってしまったが、それはともかく、ワタシがあげた福砂屋の紙袋が海を渡り、何年も経って彼女の息子さんの友人の手に渡るなんて素敵な話じゃないか。

そういうわけで、『ぼくはイエローでホワイトで、ちょっとブルー』にワタシが友情出演していた話である(正確にはワタシがあげた紙袋)。

8月後半にブレイディみかこさんは来日されていたが、ブックスキューブリックでのトークイベントなど、ワタシが福岡にいたなら絶対かけつけたのに、と未だに死んだ子供の歳を数えるようなことを考えてしまうのが悲しい。

さて、ここからは例によってワタシの宣伝だが、そのブレイディみかこさんに「ボーナストラックの長編エッセイに泣きました」と言わしめた『もうすぐ絶滅するという開かれたウェブについて 続・情報共有の未来』もよろしくお願いします!

実は、彼女がある文芸誌に書き、ウェブでも読めるある書評にも、このボーナストラックの長編エッセイ「グッドバイ・ルック」の話が出てくるのだが、それに気づいたのって多分3人くらいじゃないのかな(笑)。

Rustこそがシステムプログラミングの未来(で、C言語はもはやアセンブリ相当)なら、Rustで書かれたドライバのコードをLinuxカーネルは受け入れるべきなのか?

Intel の主席エンジニアの Josh Triplett の Open Source Technology Summit 2019 での講演 Intel and Rust: the Future of Systems Programming を取り上げ、Rust こそがシステムプログラミングの未来であり、C 言語はもはやかつてのアセンブリ言語である。つまり、未だに OS などのシステムプログラミングの大部分で使われる C 言語は Rust に置き換えられるのではないかと見る記事である。

「Cを愛して…」という文章をワタシが訳したのももはや10年以上前、C が他言語に置き換えられる未来が遂に来るのかと遠い目になってしまう。もっともワタシ自身、4年近く C 言語でコーディングしてないんだよね……。

でも、本当にそうなるのだろうか? 手近なシステムプログラミングの現場である Linux カーネルの開発において、Rust で書かれたドライバのコードが受け入れられるのかという議論が起こるのは自然な話だろう。

これについては、件の講演者である Josh Triplett 自身がコメントを寄せており、Linux カーネルの有力開発者であるグレッグ・クロー=ハートマン(Greg Kroah-Hartman)と話をし、彼もドライバを Rust で書くカーネルフレームワークの受け入れに前向きとのコメントを得たらしい。

ただそれには条件があり、そのフレームワークはデフォルトでは有効にはならないし、そして C で書くよりも本当に優位性がないといけないとのこと。

リーナス・トーバルズはかつて C++ を「おぞましい言語」と呼び、「プロジェクトで使う言語を C に限定するのは、あのバカな「オブジェクト・モデル」のクソで台無しにしないためなんだよ」と悪態をついていたが、彼は Rust についてはどう思っているのだろう?

ネタ元は Slashdot

プログラミングRust

プログラミングRust

東京という都市に満ちている音について考察した研究書『Tokyo Listening』が面白そうだ

ニューヨーク州立大学でメディア研究と人類学の准教授である Lorraine Plourde が書いた『Tokyo Listening』という本が紹介されている。

Tokyo Listening: Sound and Sense in a Contemporary City (Music / Culture)

Tokyo Listening: Sound and Sense in a Contemporary City (Music / Culture)

この本は、人々が音楽を聴きに行く場所とデパートやスーパーなどいやおうなく BGM を聞かされてしまう場所の両方について東京という都市と音の関係を考察しているが、著者の興味をひいたのは後者のようだ。

この手の BGM、いわゆる Muzak はよくて大衆芸術、悪くて全体主義支配や監視の一種とまで言われてしまうが、その両方と違った考察を著者は行いたかったとのこと。

そうした東京の音を考察する研究が、ヴェイパーウェイブ(Vaporwave)などのサブジャンルにつながるわけだ。

この著者インタビューによると、著者は日本のスーパーや店舗で流れる音楽の制作企業に取材しており、そうした企業も快くインタビューに応じているようで、確かにそういう証言は読んでみたいな。邦訳出ないかな。

個人的にこのエントリを読んで驚いたのは、Onkyokei、つまり「音響系」のウィキペディアのページが、英語版はあるのに日本語版にはないこと。そういえば上でリンクした Muzak も日本語版ページはないんだよね。なんだかなぁ。

中国の一人っ子政策のおぞましさを描いた『One Child Nation』が気になる人はナンフー・ワン監督のTED講演「一人っ子政策の下で育つということ」を見よう

映画 One Child NationWikipediaRotten Tomatoes)だが、これはなかなか怖そうである。

Amazon Studios 配給なので、いずれは日本でも公開されるようだが、今のところそれがいつになるか分からない。と思ったら、この映画の監督であるナンフー・ワンが TED2019 で行った講演「一人っ子政策の下で育つということ」が日本語字幕付きで公開されている。

ナイスタイミングだし、6分足らずの長さなのでさくっと見ることができる。この映画に興味を持った人はひとまずこれを見ておくのがよいだろう。

中国「絶望」家族: 「一人っ子政策」は中国をどう変えたか

中国「絶望」家族: 「一人っ子政策」は中国をどう変えたか

ワンス・アポン・ア・タイム・イン・ハリウッド

ストーリーに踏み込んでしまうので、未見の人は観た後に読んだほうがいいです。

クエンティン・タランティーノの映画は必ずしもワタシの体質には合わないとずっと思ってきたのだけど、本作は素晴らしかった。多分彼の最高傑作ではないだろうが、もしかしたら彼の映画でもっとも好きな一本かもしれない。彼の善心と悪意が両方あふれ出た傑作である。

本作を観るにあたり、シャロン・テート殺害事件、そしてそれを実行したチャールズ・マンソンのファミリーについての基本的な知識は必須である。ハリウッドが舞台だから、1960年代のテレビドラマ、映画界についての知識もあったほうがもちろんよいが、それに関してはワタシも大したレベルではない。その上で、タランティーノの旧作との関連とか読んでしまうと興が削がれる種類の作品なので、シャロン・テート殺害事件について分かっている人は、それ以上の事前知識なしに観るほうが間違いなく楽しめるだろう。

本作はある意味ストーリーがあってないような映画なのだけど、観客が本作から目を離すことができないのは、本作の登場人物でもあるシャロン・テートがどうなるか知っているからだ。本作では、ずっと場面ごとに日付が入り、ナレーションまで入ってくる。これは言うまでもなくドキュメンタリーっぽく見せかけているわけだ。本作は楽観的で、呑気ですらある空気が基調になっていて、ストーリーがどう転ぶか読めないが、一方で観客は自分たちが知ってしまっているカタストロフィに徐々に向かっていることに緊張の度を強める仕掛けになっている。

タランティーノはデビュー以来、音楽の使い方がうまいと言われてきた。本作はストーリーがない代わりにえんえん音楽が鳴りっぱなしで、それだけでちょうど半世紀前、1969年を表現してしまう。いかにもこれイケてるでしょ? みたいな目配せなしに雰囲気を作るところが本当にうまい。十年以上ぶりに聴いたストーンズの「アウト・オブ・タイム」がこんな気持ち良い曲だったなんて!

上で本作の仕掛けについて書いたが、(どうしてもある旧作の展開を思い出してしまう)クライマックスにいたり、それが一種のトリックであることが分かり、そしてこのつかみどころのない映画って結局なんなんだろうとなるのだが、シャロン・テートという一人の女性を肯定する作品なのだとワタシは思いますね。彼女自身は別に映画史に残る女優ではない。おバカな映画でおバカな役をやっていたりする。そのハリウッド的な日常における彼女を描くことで、彼女をしっかり肯定している。

彼女を演じたマーゴット・ロビーの台詞が少ないと難癖をつけたニューヨーク・タイムズの女性記者に対してタランティーノが回答を拒否したのは、なんでこの映画の意図が分からないんだと憤怒の念を抑えきれなかったのではないか。

クエンティン・タランティーノは、昨今の MeToo 運動で確実に痛手を負った。なにせ彼の作品の製作を一貫して手掛けてきたのはハーヴェイ・ワインスタイン(ワインスティーン)だし、ユマ・サーマン『キル・ビル Vol.2』でスタントなしに運転させられ、結果木に衝突して怪我を負わされたことを糾弾されてもいる。

しかし一方で、タランティーノ自身はうまく逃げおおせたと感じている人も少なからずいるのかもしれない。件の女性記者の質問の背景にもそういう感情があったのではないかと邪推する。そうした意味で、本作はタランティーノの反省があらわれている――なんていうお道徳的に都合のよい話にはならない(笑)。

本作では、ブラッド・ピット演じる主人公のスタントマン役のクリフ・ブースは(ロマン・ポランスキー役もそうだけど)、狭い坂道のシエロ・ドライブを不安を感じさせる速度でくだっていく。クリフ・ブースの愛車カルマンギアは、ユマ・サーマンが事故を起こしたのと同じモデルである。これはおそらく、あの記事に対するあてつけだろう。

そして、本作のクライマックスで、クソヒッピーどもは大変な目に合うのだが、女房殺しの疑いがあるクリフ・ブースという人物、しかも彼が LSD でラリっているという予防線が張ったうえで、女たちを完膚なきまでにボコボコにさせていて、上のあてつけも含め、タランティーノの悪意を感じる。それを不快に思う人もいるだろう。ワタシはどう感じたかと言うと、本作のクライマックスは最高でした、ハイ。

「彼の善心と悪意が両方あふれ出た傑作」というのはそういう意味である。映画はお道徳の教科書ではない。ワタシは本作を支持する。

「邦訳の刊行が期待される洋書を紹介しまくることにする(2019年版)」で紹介した本のうち三冊の邦訳が出る

今年のゴールデンウイークに公開した「邦訳の刊行が期待される洋書を紹介しまくることにする(2019年版)」だが、週末調べものをしていて、ここで紹介した本三冊の邦訳情報を知ったので、まとめて取り上げておく。

まずは、未翻訳ブックレビューで知った李開復(カイフー・リー)の本。

AI世界秩序 米中が支配する「雇用なき未来」

AI世界秩序 米中が支配する「雇用なき未来」

ちょうど出たばかりですな。正直これは絶対邦訳が出るだろうと予想していたので意外性はない。中国×AI という読者の興味を惹くトピックを二つも備えているので売れるでしょうな。

続いて同じく AI がテーマのメレディス・ブルサード『AIには何ができないか データジャーナリストが現場で考える』が先月出ていた。

AIには何ができないか: データジャーナリストが現場で考える

AIには何ができないか: データジャーナリストが現場で考える

李開復の本とは逆に、著者の日本での知名度が低いし、難しいかなと思っていたのだが、やはり AI がテーマだと面白い本は出るんでしょうな。『Artificial Unintelligence』という原題の面白さは邦題には受け継がれていないのは残念だが、これは仕方ないか。

最後にこれは驚いたのだが、スコット・ギャロウェイの新刊の邦訳が10月に出る。

ニューヨーク大学人気講義 HAPPINESS: GAFA時代の人生戦略

ニューヨーク大学人気講義 HAPPINESS: GAFA時代の人生戦略

こちらについては、「自己啓発本の路線らしいのが難しい」と書いちゃったけど、原書が出たのが今年の春であることを考えるとかなりのスピードで邦訳が出ることになる。

副題に「GAFA時代の人生戦略」と入れていることからも分かるように、それだけギャロウェイの『The Four GAFA 四騎士が創り変えた世界』(asin:4492503021)が日本でヒットしたので、彼の新刊なら当たるという目算があってのことだろう。新刊の内容はあんまり GAFA 関係ないと思うんだけど……。

そうそう、このブログの存在意義である宣伝を例によって入れておきます。どうかよろしくお願いします。

そうそう、ブレイディみかこさんから(ワタシだけが)あっと驚く話を聞いたので、次回の更新があれば、そのとき触れさせてもらおう!

音楽を救うニール・ヤングの孤独な探求:低品質なストリーミング配信は我々の楽曲と脳を傷つけていると彼は言う。彼は正しいのか?

「邦訳の刊行が期待される洋書を紹介しまくることにする(2019年版)」でも紹介した本が出ることを受けてか、ニール・ヤングが低品質なストリーミング音楽配信への憎悪と高音質へのこだわりについてインタビューを受けている。

この長文記事の冒頭を訳してみる。

ニール・ヤングは蜂に刺された世捨て人より変わっている。彼は Spotify が嫌いだ。彼は Facebook が嫌いだ。彼は Apple が嫌いだ。彼はスティーブ・ジョブズが嫌いだ。彼は、デジタル技術が音楽に対して行っていることを嫌っている。

ニール・ヤングシリコンバレー人種を嫌っており、シリコンバレーが生み出すものは有害で反人間的だと考えている。巨大テック企業のことを考えると、彼はもう音楽を作りたくないというところまで来たのを認めている。

記事中やたらと [expletive] という表記があるのだが、ここは元は四文字言葉であるという意味である。

記事はニール・ヤングをどこか時代遅れの老人、ドン・キホーテのように見せているところがあるが、ニール・ヤングを他の仲間のロックスターと分けたのは、彼がオーディエンスが聴きたいものに迎合するのを一貫して拒否し、何か素晴らしいことをやり遂げたら、そのスタイルを棄て、彼にとってよりリアルに思えるものを追求してきた彼の気質にあることもちゃんと書いている。

彼は変人呼ばわりされるのは気にしておらず、ストリーミング配信音楽は、モンサント遺伝子組み換え作物が食品について行っているのと同じように我々の脳に害を与えていると信じている。

記事の冒頭に「彼はスティーブ・ジョブズが嫌いだ」とあるが、ニール・ヤングは、スティーブ・ジョブズが大の音楽ファンであり、本物の音楽を聴くべくレコードをかけていたことを認めている。ヤングはジョブズに、Apple iTunes を(ヤングからみて)マシな音楽プラットフォームにするようもちかけたそうだが、当然ながら両者は折り合わなかったとのこと。

以前にも書いたことがあるが、ワタシはニール・ヤングの衰えない創作欲にも、Neil Young Archives への取り組み(100万ドルをこえる資金を投じているらしい)も高音質へのこだわりにも敬意を払っているが、一方でニール・ヤングのファンってそれほど音質にこだわっているかなというのが少し疑問だったりするのだが、この記事を読むとヤングが幼いときに患ったポリオ、そして彼の子供たちが患う脳性麻痺という病気が関係しているように思う(記事中、天才が意図的に作った(でも実はそれほどひどくない)クソアルバムの代表とされる『Trans』のことが、子供たちの脳性麻痺と絡めて触れられている)。

ワタシ自身は、コンポは持っているがそちらで CD を聴くことはなくなり、普段はほぼ PC で音楽を聴いている。もっとも多いのは Apple Music であり、その次が YouTube か。いずれにしてもストリーミング配信の音楽である。将来、脳についてもっと解析が進み、ヤングが主張するようにそれらは脳に有害だと判明するかもしれないが、どうだろう。

ネタ元は Boing Boing

To Feel the Music: A Songwriter's Mission to Save High-Quality Audio

To Feel the Music: A Songwriter's Mission to Save High-Quality Audio

To Feel the Music: A Songwriter's Mission to Save High-Quality Audio (English Edition)

To Feel the Music: A Songwriter's Mission to Save High-Quality Audio (English Edition)

こないだ「グレタ・トゥーンベリ効果」を取り上げたと思ったら、来月には彼女の本の邦訳が出るのを知る【追記あり】

こないだ「グレタ・トゥーンベリ効果」を取り上げ、彼女の本について「知名度が日本でも上がれば邦訳が出るかも」みたいに書いたのだが、調べてみたら来月出るじゃん!

グレタ たったひとりのストライキ

グレタ たったひとりのストライキ

でも、共著者にグレタ・トゥーンベリの母親であるマレーナ・エルンマンが名前を連ねているということは、『No One Is Too Small to Make a Difference』の邦訳ではなく、原書が10月に出る本の邦訳だろうか?

Our House is on Fire: Scenes of a Family and a Planet in Crisis

Our House is on Fire: Scenes of a Family and a Planet in Crisis

  • 作者: Malena Ernman,Greta Thunberg,Beata Thunberg,Svante Thunberg
  • 出版社/メーカー: Particular Books
  • 発売日: 2020/03/05
  • メディア: ハードカバー
  • この商品を含むブログを見る

Our House is on Fire: Scenes of a Family and a Planet in Crisis (English Edition)

Our House is on Fire: Scenes of a Family and a Planet in Crisis (English Edition)

そうなると原書と邦訳がほぼ同時刊行ということになるが、本当だろうか。

版元はオーウェン・ジョーンズなど面白い本の邦訳をいくつも出している海と月社とな。さすがである。

[2019年8月26日追記]:本エントリについて、海と月社の公式 Twitter アカウント(担当は代表の方!)からご教示いただいた。

そういうわけで、2冊分の内容を1冊にした、とてもお得な内容になるそうです。

スティーヴン・キング原作の映画ランキング(1位はそれかよ!)

スティーヴン・キング原作の映画をランク付けした記事だが、『IT』のチャプター2の公開と『トム・ゴードンに恋した少女』の映画化決定を踏まえた記事らしいが、『ドクター・スリープ』のこと忘れてないかい?

それはともかく、そもそもキングの小説で映画化されたのって全部でいくつあるんでしょうね。

この記事のランク付けは以下の通り。

  1. デヴィッド・クローネンバーグ『デッドゾーン』asin:B00005HXXS
  2. ブライアン・デ・パルマ『キャリー』asin:B079VZTMZN
  3. スタンリー・キューブリック『シャイニング』(asin:B003GQSYMG
  4. フランク・ダラボン『ショーシャンクの空に』asin:B003GQSYHQ
  5. ロブ・ライナーミザリー』(asin:B079VZ31DR
  6. ロブ・ライナースタンド・バイ・ミー』(asin:B018S2FN80
  7. ミカエル・ハフストローム『1408号室』(asin:B006NZ7Q1C
  8. アンディ・ムスキエティ『IT/イット “それ”が見えたら、終わり。』asin:B07DVRK8P1
  9. フランク・ダラボン『ミスト』asin:B019GQN33O
  10. マイク・フラナガン『ジェラルドのゲーム』
  11. ポール・マイケル・グレイザーバトルランナー』(asin:B07WFP6HSG
  12. ジョン・カーペンター『クリスティーン』(asin:B00MN8TR0G
  13. テイラー・ハックフォード『黙秘』(asin:B00CPC0HRC
  14. フランク・ダラボングリーンマイル』(asin:B00NITX0C0
  15. ケヴィン・コルシュ、デニス・ウィドマイヤー『ペット・セマタリー』(今年公開のリメイク版のほう)
  16. マーク・パヴィアナイトフライヤー
  17. ジョージ・A・ロメロクリープショー』(asin:B07G8FC31J
  18. フリッツ・カーシュ『チルドレン・オブ・ザ・コーン』(asin:B00005TOP2
  19. デヴィッド・コープ『シークレット ウインドウ』(asin:B00XP97IXU
  20. スティーヴン・キング『地獄のデビル・トラック』(asin:B00M9U83IU

キング自身が監督して、「この人、映画分かってないんじゃない?」と呆れられた(傑作と推す人もいる)『地獄のデビル・トラック』が20位とはいえ入っていたり、失敗作とされる『クリスティーン』が結構上に入っていたり、なんといっても多くの人が1位だと思う『ショーシャンク』がトップ3にも入ってないのに(しかし記事のキャッチ画像は『ショーシャンク』!)英国人の底意地の悪さが光っている、とかいろいろ物言いをつけたくなるランキングかもしれない。クリストファー・ウォーケン様の『デッドゾーン』はワタシも好きだけどさ……。

というか、恥ずかしながらこれで初めてタイトルを知った映画がいくつかあったりした。

10位に入っている『ジェラルドのゲーム』は、先日ワタシが『ザ・ホーンティング・オブ・ヒルハウス』での仕事を激賞したマイク・フラナガン監督作で、Blu-ray や DVD は出ていないが、Netflix で観れるので、近いうちに観ようと思う。

キングの小説は当然ながら長編が多いので、実は映画よりもテレビドラマのほうが向いていると思う。そうした意味で、キング原作のテレビドラマのランキングも誰かやらんかなとは思う。

さらば愛しきアウトロー

行きたいと思っていたが、繁華街の映画館でしかやっていないため足が向かなかった映画である。が、気が付くとワタシの行きつけのシネコンで上映になっており、喜んで上映時間を見たら、開始時間が朝8時半前の上映が1回のみだった……。

「午前十時の映画祭」にも行けなかったワタシにこの上映時間は拷問に近いものがあるのだが、なんといってもロバート・レッドフォードの俳優引退作である(ここで『アベンジャーズ/エンドゲーム』のことは考えない方向で)。土曜日に平日とほぼ同じ時間に起きて出向いた。

こんな時間から観る人ワタシの他にいんのかいと思ったのだが、ワタシも含め十名くらいの客入りだった。

さて、本作は70歳過ぎまで銀行強盗を繰り返したフォレスト・タッカーを主人公とする映画だが、そうした高齢のアウトローについての記事を原作とする点、そのアウトローの主人公が不思議な人間的な魅力を持っている点、その主人公と若い刑事の追跡劇である点、そして主役を演じる名優にとってその俳優人生におけるおそらく最後の主演作となるであろう点で、本作は『運び屋』と共通点がある映画である。

劇中何度もテレビでかかる映像からも本作が一種の西部劇であることが示されるが、これぞアメリカ映画と言いたくなる感じがあった。

本作と『運び屋』の一番の違いは、シシー・スペイセク演じるジュエルの存在である。子供の頃に『キャリー』をテレビで観てトラウマを植え付けた彼女も老女の役をやるような歳になったのかと思ってしまうが、思えばあれは40年以上前の映画なのだ。

それにしてもシシー・スペイセクが馬に乗って主人公の前に現れる場面の、陽に照らされた彼女の美しさと言ったら! 宝石店から引っ張り出した主人公を店に引き戻す場面の緊張感、認めたくはないが蓮實重彦がコメントするように、本作はシシー・スペイセクの存在をもって『運び屋』よりも優れていると言えるのかもしれない。

もちろんロバート・レッドフォードの演技もよくて、子供の頃から強盗をやっては人生のかなりの時間をムショ暮らしだったフォレスト・タッカーが、本作に描かれるような気品があったのか疑問も感じるが、レッドフォードが立ち振る舞いだけで納得させられてしまう。

あと本作はダニエル・ハートの音楽がとても良かった。主旋律が楽器を変えて繰り返される本作のサントラ をApple Music で繰り返し聴いている。

さらば愛しきアウトロー

さらば愛しきアウトロー

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