当ブログは YAMDAS Project の更新履歴ページです。2019年よりはてなブログに移転しました。

『もうすぐ絶滅するという開かれたウェブについて 続・情報共有の未来』への反応 その18

『もうすぐ絶滅するという開かれたウェブについて 続・情報共有の未来』だが、実はずっと待っていた(笑)Spiegel さんから感想をいただいた。

個人的にはこの本についてもっとブログに書かれた感想や書評を読みたい! とずっと思っているのだけど、「50章は(長いとか多いとかじゃなくて)デカい! 読み終わった直後はクラクラしたですよ(笑)」と言われると、確かに分量はあるよねぇ、と今さらながら思ってしまう。

Wired Vision 連載を電子書籍化した『情報共有の未来』のときは連載から落とした文章がいくつかあったはずだが、『もうすぐ絶滅するという開かれたウェブについて 続・情報共有の未来』では WirelessWire 連載から落ちた文章は一本だけだからね(それが落とされたのは質的な問題ではなく、YouTube 動画へのリンクを多用する、電子書籍向けでないのが理由)。

なお,ボーナストラックの感想は書かない(多分)。 こちらは一言「泣ける!」とだけ記しておこう。

『もうすぐ絶滅するという開かれたウェブについて 続・情報共有の未来』を読む(ボーナストラック以外) — しっぽのさきっちょ | text.Baldanders.info

以前、ボーナストラックについて「テリー・レノックスの側から書いた『長いお別れ』」というアイデア、という言葉で表現したことがあり、それはこの文章の語り手の "Deacon Blues" 性について言ったものである。が、今にして思えばただそれだけではなく、「エモい文章」と言われるものにはとにかくしたくないという気持ちがあり、外的焦点化のパースペクティブを選択したという意味もあった。それを「泣ける!」と言われるのは、書き手としては不思議であるし、面白くもある。

書籍として『続・情報共有の未来』を読み通して最初に感じたのは「私ってインターネットを信用していないんだなぁ」ということだった。

私から見て初期インターネットの背景にはヒッピー文化があると思うが,結果としてその文化は市場経済に塗りつぶされた。 でも初期インターネットを夢想する「老害」たちは当時の「黄金時代」を忘れられず,かといって「ネットのテレビ化」も止められないという状況に陥っている。

これがこの本を読んで感じたインターネットに対する印象だ。 もしインターネットが「幼年期」を抜けて generativity に象徴される「成年期」に向かおうというのなら「開かれたウェブ」が「もうすぐ絶滅する」というのは,ひょっとしたら(痛みは伴うとしても)歓迎すべき事態なのかも知れない。

『もうすぐ絶滅するという開かれたウェブについて 続・情報共有の未来』を読む(ボーナストラック以外) — しっぽのさきっちょ | text.Baldanders.info

「初期インターネットを夢想する「老害」たちは当時の「黄金時代」を忘れられず,かといって「ネットのテレビ化」も止められないという状況」とは、ズバリと言われたものだなぁ(笑)。

さて、C++ などの著書でも知られる矢吹太朗さんには、大江健三郎やエミール=オーギュスト・シャルティエの本と並び(!)2018年の5冊に選んでいただいた。

矢吹太朗さんに国会図書館への納本を勧められ、調べてみるとワタシの本でも可能そうなので、特別版(紙版)を国会図書館に送ろうと思う。

新反動主義が本当に今アツい? それと関連して気になるマーク・フィッシャーの著書の邦訳

2018年最後の更新で木澤佐登志『ダークウェブ・アンダーグラウンド 社会秩序を逸脱するネット暗部の住人たち』の話題から新反動主義について触れたのだが、落合陽一と古市憲寿の対談並びにそれに関する議論で、この新反動主義という言葉への言及をいくつか見かけ、もしかして2019年、日本でも「新反動主義」が来るのだろうか? といささか頭を抱えたくなる。

さて、前回も取り上げた「オルタナ右翼の源流ニック・ランドと新反動主義」の中で、ワタシが「えっ?」と思ったのは、マーク・フィッシャー(Mark Fisher)への言及があったこと。

というのも、恥ずかしながらワタシは彼のことを音楽批評の仕事でしか知らなかったから。彼がニック・ランドの元教え子であることはもちろん、資本主義批評家としての彼の仕事はおろか、2017年に自殺していたことすら知らなかった。

気になって彼のことを調べたら、偶然にも彼の主著の邦訳が昨年出ており、そして今月も新たに邦訳が出ることを知った。

資本主義リアリズム

資本主義リアリズム

わが人生の幽霊たち――うつ病、憑在論、失われた未来 (仮) (ele-king books)

わが人生の幽霊たち――うつ病、憑在論、失われた未来 (仮) (ele-king books)

彼は「左派加速主義」あたりに分類されるようだが、厄介な「新反動主義」が注目される中で彼の著作の邦訳が揃うのは、タイミングがよいのかもしれませんね。

アンドリュー・キーン『ネット階級社会: GAFAが牛耳る新世界のルール』といういかにもな本が出るそうなのだが……

調べものをしていて、反インターネット論者の代表的存在であるアンドリュー・キーンの新刊が2月に出るのを知る。

ネット階級社会: GAFAが牛耳る新世界のルール (ハヤカワ文庫NF)

ネット階級社会: GAFAが牛耳る新世界のルール (ハヤカワ文庫NF)

副題に「GAFA」が入るあたり、いかにもな感じである。しかし、アンドリュー・キーンの現時点での「新刊」って、邦訳の刊行が期待される洋書を紹介しまくることにする(2017年版)で紹介した、昨年刊行の How to Fix the Future のはずである。

How to Fix the Future: Staying Human in the Digital Age

How to Fix the Future: Staying Human in the Digital Age

How to Fix the Future: Staying Human in the Digital Age (English Edition)

How to Fix the Future: Staying Human in the Digital Age (English Edition)

けれども、『未来の修復の仕方:デジタル時代に人間らしくいる』という原題の本が『ネット階級社会: GAFAが牛耳る新世界のルール』になるのは、なんかヘンだ。

それで新刊についての情報を見直して、これが「文庫」であるのに気づいた。

ということは、もしかしてこれは、2017年夏に刊行された『インターネットは自由を奪う――〈無料〉という落とし穴』の文庫化なのだろうか? 訳者が同じだし。

しかし、それにしてもちょっと題名が変わりすぎていてしっくりこないし、ちょっとあざといんじゃないと思ったりする。しかし、まさか2012年に刊行された未邦訳の彼にとっての2作目の邦訳ということはないだろうし、上記の文庫化なんだろうな。

キング・クリムゾン50周年を祝して、ロバート・フリップの10の名言(迷言?)を訳してみる

今年はキング・クリムゾン結成50周年ということで、毎週1曲ずつレア曲を公開する企画「キング・クリムゾン50」が始まり、精力的なツアーや再発が告知されている。

昨年末にはキング・クリムゾンの来日公演に2日行き、我がキング・クリムゾン人生に悔いはなしの思いを強くしたものだが、ワタシも何か協力(?)したいということで、たまたま見つけたロバート・フリップの10の名言(迷言?)を訳してみることにする。

元ページには出典がなく、ワタシも横着して一切それを調べなかったので、文脈を取り違えた、あるいはロバート・フリップ先生のウィットを解し損ねた誤訳があると思うので申し訳ない、と予め書いておきます。

社会について

40年経って何が変わったって? とても簡単だよ。40年前は市場経済があった。それが今日では市場社会だ。今では、倫理を含むあらゆるものに値段がついている。

これだけは出典が分かる。Financial Times のインタビューですね。

失敗について

失敗はいつだって許せるものだが、言い訳がたつことはめったにないし、いずれにしても受け入れられない。

音楽について

人はたいてい、音楽家が音楽を作ると考えるが、現実には音楽こそが音楽家を作り上げるのだ。

これはロバート・フリップの言葉の中でワタシも特に好きなもので、作品と作家の関係全般にも言えると思う。

私はギター・クラフトの生徒に、どうしてもというのでなければプロのミュージシャンになるのを勧めない。「音楽を愛するのなら、電気掃除機を売るなり、配管工になることだ。人生で役に立つことをしたまえ」と言ってるよ。

音楽とは沈黙のワインが入ったカップだ。音がそのカップだが、中身は空だ。ノイズもカップになりうるが、それだと割れている。

音楽は決してなくなることはない。音楽はいつだって利用できるが、我々が必ずしも音楽の手の届くところにあるとは限らない。

音楽は、ときに思いもよらない人に発言権を与えるべく聞かれるのを特に望む。

音楽ビジネスについて

プロのミュージシャンになるからといって、一日12時間音楽を演奏するようにはならない。一日12時間をビジネスの面倒を見て、君の利益を盗もうとするいろんな人たちからの訴訟を処理し、バンドの前のメンバーからの敵対的な告訴をかわすのに費やすというのが正しい。

パーティについて

私と本の関係はパーティのようなものだ。そこに一杯のコーヒーが加わると、さしずめ乱交パーティだね。

幸運について

ビギナーズラックは、初心者にこそふさわしい。

ロバート・フリップのファンならご存知のように、この人はいかにもイギリス人らしいねじれたユーモアのある人なのだが、その片鱗がうかがえるだろうか。

Meltdown: King Crimson, Live In Mexico (3CD+Blu-Ray)

Meltdown: King Crimson, Live In Mexico (3CD+Blu-Ray)

遂にはてなダイアリーからはてなブログに移転した

昨年末の更新時に宣言した通り、はてなブログに移行した。

さすがに15年以上の蓄積があったためか、移行には数日を要したが、システム上は無事完了した(はずである)。

正直、どこまでちゃんとインポートできているか自信がない。というか、はてなダイアリー利用初期に多用していた、エントリタイトルにそのままリンクを入れる形式は、エントリタイトル自体がリンクになるため全滅というか意味が分からないものになってしまっているのに気づいたが(意味分かってもらえますかね?)、そのあたりはもう仕方ないのだろう。

あと過去日付におけるエントリの順番がこちらの意図と完全に逆になっているのもなんだかなぁと思ってしまうのだが、これも仕方ない……んですかね?

インポートしたエントリの表示などおかしなことになっていることに気づいた方がいましたら、指摘していただけるとありがたいです。対応できるか保証はないのですが……。

さて、ほぼ初めてはてなブログを更新するわけだが、はてなダイアリー時代のように、(はてな記法で)テキストファイルに複数のエントリを書いて保存し、それを一度に編集欄にはりつけて更新することができないため(これをやる方法はないですよね? ご存知の方はぜひ教えていただきたい)、ワタシのような一度の複数のエントリを更新していたスタイルの書き手には正直かなり苦痛である。

詳細設定において、「記事URL」でダイアリー(はてなダイアリー風のフォーマット)を選択したため、ダイアリーからインポートした過去エントリに関しては、yamdas.hatenablog.com/entry/(日付)/(はてなダイアリーで指定したエントリ名) になっているのだが、新規エントリで「カスタムURL」を選ぶと上記 URL 形式における(日付)が入らない? ダイアリー時代は一日に更新するエントリ内でエントリ名(URL)をユニークにすればよかったのだが、はてなブログではすべてのエントリでユニークにしないといけないのか……ああ、書いてるうちにどんどん不満点が頭をもたげてきた。

また、はてなダイアリー時代と同じくらいにはブログの外観をコントロールしたいと思うのだが、今はもっとも標準的なテーマをほぼそのまま使っているだけという体たらくである。また「はてなキーワードの下線を消す CSS の設定」について検索するところからひとつひとつやらなければならないのかと考えると気が遠くなるが、さすがにコントロールできないわけはないだろうから、小さなことからこつこつやっていきたい。

それでもブログカード形式のはりつけなど、はてなダイアリーではできず、はてなブログで可能になった機能などぼちぼち取り入れていきたいと思う。

まだこのブログ自体、『もうすぐ絶滅するという開かれたウェブについて 続・情報共有の未来』のプロモーションのために更新する基本活動停止状態なのだが、そういえば特別版(紙版)のために書いた新作文書を電子書籍のほうに取り込んだアップデートを行いたい。それがあったらもちろんここで告知させてもらう。

映画『2001年宇宙の旅』本の決定版『2001:キューブリック、クラーク』が遂に発売

映画『2001年宇宙の旅』は、今年公開50周年ということで、ワタシも少し前に IMAX 版を観て、オールタイムベストの一本にも関わらず、新たな感動を体験できた。

この映画については既にいろんな本が作られているが、その決定版といえる『2001:キューブリック、クラーク』が発売になった。

2001:キューブリック、クラーク

2001:キューブリック、クラーク

600ページ超の文句なしの分量である(価格も五千円)。監修者を務めた添野知生氏のあとがきを読むだけでも多くの関係者の仕事をとらえた厚みのある本であることが分かるが、特に以下のくだりがぐっときた。

 そして、SFファンの多くが長年おそらくそうであろうと思っていた、アーサー・C・クラークセクシャリティについて、ここで明確に書かれたことも大きい。アラン・チューリングの死が、クラークがセイロンへの移住を考えるきっかけになったという証言は重く、クラークの楽天性を支えたものが何だったのか、もう一度考えたくなる。
 スタンリー・キューブリックもまた『2001年』のあと、生まれ育ったニューヨーク市と永遠に訣別してイギリスに移住した。本書を読むと、それは『2001年』のプレミア上映でニューヨークが彼にした仕打ちと無関係ではないように思える。クラークとキューブリックの物語は、やはり二人の国外移住者の物語だったのかもしれない。

https://www.hayakawabooks.com/n/na813ed5a9e22

今年アメリカで発売された表紙カバーが優れた本(で日本人の著者のもの)

2018年に発売された本で表紙の装丁が優れた本を識者から募ったものだが、2007年2009年に取り上げたブログとは違うところだね。

ともかく、75冊選ばれたものの中に日本人が著者の本が4冊取り上げられている。

Amazon | The Frolic of the Beasts (Vintage International) | Yukio Mishima | Self-Help & Psychology

三島由紀夫の『獣の戯れ』(asin:4101050120)ですね。

On Haiku

On Haiku

佐藤紘彰の本なのは間違いないが、俳句の本となると……『英語俳句―ある詩形の広がり』(asin:4377507648)の英訳?

The Emissary

The Emissary

多和田葉子『献灯使』asin:406293728X)の英訳で、この本は今年の全米図書賞において翻訳文学部門を受賞している。

あと村上春樹の『騎士団長殺し』の UK スペシャルエディションもリスト入りしているのだが、Amazon のリンクを見つけることができなかった。

正直、これだけ見ているとどこが優れているの? と思うブックカバーもあったりするが、そのあたりの感覚の日本人との違いも面白いところである。

ネタ元は Boing Boing

将棋と文学研究会が気になる

将棋と日本文学の関係について幅広い観点から明らかにしていくことを目指す将棋と文学研究会なるものがあるのを今さら知った。来年1月5日、6日に「将棋と文学シンポジウム」を開催するとのこと。

第159回芥川龍之介賞を受賞した高橋弘希のインタビュー「小説と将棋は似ているかもしれない」あたりがシンポジウムの一つの起点なのかなと思うが、高橋弘希の対談参加も予定されている。

将棋と文学の関わりというと、昔は作家の多くが将棋の観戦記を書き、実際新聞の将棋欄も今よりずっとスペースがあったため健筆を奮い――という話が個人的にはまず浮かぶ。今でも新聞の将棋欄で作家がタイトル戦の観戦記を書くことはそれほど珍しくないが、昔は山口瞳名人戦の第一局の観戦記を書くことが通例だったわけで、そこまで将棋界に深く関わる作家は現在いない。

ここで横道にそれるが、河口俊彦老師に一度だけお目にかかった際、米長邦雄名人戦に初めて挑戦者になったとき、山口瞳の観戦を一度拒否した理由について、『血涙十番勝負』を読んでも山口瞳が米長のことを大いに買っていることは明らかで(それにこの本の文庫解説を書いているのは米長なのだ)、そのあたりについて米長の説明を読んでも理由がよく分からないという話をワタシがして、老師にそのあたり解説していただいたことがある。

将棋と文学研究会もそうした将棋界と文人の関わりの話もカバーするのだろうが、カバーする内容はそれにとどまらない。

シンポジウムで配布予定の論集『将棋と文学スタディーズ』の目次・巻頭言「文学と将棋は似ているか?」(pdf)と小谷瑛輔「日本の近代小説は将棋から始まった?」(pdf)が公開されていて、後者の大それたタイトルに最初のけぞったが、東京朝日新聞が将棋の棋譜を初めて掲載した日は、夏目漱石が『彼岸過迄』を連載するにあたり、漱石の挨拶(序文)が掲載された日でもあり、それだけでなく両者は同じページの上二段を占めるように掲載されたなんて知らなかったな。後半の坂口安吾に関する話も、安吾ファンとしては嬉しかった。

ワタシは地方在住のためシンポジウムに参加できないのは残念なのだが。

送り火

送り火

木澤佐登志『ダークウェブ・アンダーグラウンド 社会秩序を逸脱するネット暗部の住人たち』がかなり禍々しい本みたいで楽しみだ

ワタシも Facebook柳下毅一郎さんが紹介してなければ存在自体知らなかった本なのだが、木澤佐登志氏の『ダークウェブ・アンダーグラウンド 社会秩序を逸脱するネット暗部の住人たち』という本が来年のはじめに刊行される。

この本の書名だけ見ただけなら、ワタシはあまり興味を持たなかったろう。しかし、この本の著者が「オルタナ右翼の源流ニック・ランドと新反動主義」を書いた人と知ると、途端に前のめりになった。

「ダークウェブ」をテーマにした本となると、『闇ウェブ』(asin:4166610864)という優れた先行者があるが、ワタシは新反動主義周りの話が入っているのではと目次を見てみるとちゃんと入っていて(第5章 新反動主義の台頭)、俄然期待が高まる。

新反動主義の話を最初に知ったのは八田真行の文章が最初だが、この話を「ダークウェブ」を冠した本にぶちこんでくるところにこの著者らしさがあるように思う。

実はワタシも『もうすぐ絶滅するという開かれたウェブについて 続・情報共有の未来』特別版に収録した書き下ろし技術コラム「インターネット、プラットフォーマー、政府、ネット原住民」で、新反動主義の話を援用させてもらった。

新反動主義の親玉というとニック・ランドだが、現代思想2019年1月号で「加速主義/新反動主義」が取り上げられるようで、ニック・ランドの文章の翻訳が載るみたい。

現代思想 2019年1月号 総特集=現代思想の総展望2019 ―ポスト・ヒューマニティーズ―

現代思想 2019年1月号 総特集=現代思想の総展望2019 ―ポスト・ヒューマニティーズ―

現代思想2019年1月号 特集=現代思想の総展望2019――ポスト・ヒューマニティーズ

現代思想2019年1月号 特集=現代思想の総展望2019――ポスト・ヒューマニティーズ

ワタシ自身はまったく肩入れする気はないが、「新反動主義」が2019年日本でも注目されたりするんだろうか。

2018年、そしてはてなダイアリー最後の更新

2019年春にはてなダイアリーが終了とのことで本ブログの対応について既に書いているが、今回の更新、つまり2018年最後の更新をもって本はてなダイアリーの更新を最後とさせてもらう。

移転先として、正直 note や Medium なども考えたのだが、ワタシのように一回の更新で5個前後のエントリをどぱっと公開するタイプのブログには向かないように見え、そうなるとはてなブログに移転するのが無難に思える。

そういうわけで、おそらくは2019年に入ってはてなブログへの移転を開始し、2019年最初の更新はそちらからになると思う。ただ、そのための準備はまったくしていないので、はてなブログへの統合スケジュールにバッティングしないようにしたいものだ。

ただこのブログが基本的に無期限活動停止であり、更新は『もうすぐ絶滅するという開かれたウェブについて 続・情報共有の未来』関係などのトピックがあるときのみという方針に変わりはない。

あと書くのが遅れたが、せっかく2018年最後の更新なので、特に意味なく今年撮った写真の中で個人的に印象深いものを載せさせてもらった。

マイケル・ペイリンが北朝鮮に旅した「発見!北朝鮮の歩き方」が日本でも放送される

モンティ・パイソンマイケル・ペイリンは、最近では『スターリンの葬送狂騒曲』で久方ぶりにコメディ俳優としての仕事をしてくれたが、本国ではもはや旅行番組のプレゼンターとしてのほうが有名である。

その彼もさすがに高齢なので、もはや身体をはって旅行なんてしないのかなと思っていたのだが、今年 Michael Palin In North Korea という2回の番組を英国 Channel 5 でやってたんだね。今年の5月に2週間北朝鮮を旅行したとな。

それが2019年のはじめに「発見!北朝鮮の歩き方」として放送される。

マイケル・ペイリンの旅行番組が放送されると、その旅行先が人気になるのが "Palin effect" と言われたりしたが、さすがに今回の旅行先は難しいかも(笑)。

旅行先としての危険度だけを見るなら、これが最高ではないか? ともかく、マイケルもお元気そうでなによりである。

2019年秋には、この番組での経験を本にして出すみたい。

North Korea Journal

North Korea Journal

North Korea Journal (English Edition)

North Korea Journal (English Edition)

天才ネイサン・ミアボルドの驚異の料理科学本のコンパクト版(しかし、値段は規格外)の邦訳が出ていた

ネイサン・ミアボルドがマイクロソフト退職後に出した料理本のことは2011年に取り上げているが、その邦訳が9月に出ているのを知ってのけぞった。

Modernist Cuisine at Home 現代料理のすべて

Modernist Cuisine at Home 現代料理のすべて

しかし、よく見ると書名に at Home がついている。正確には知らないのだが、おそらくは全2400ページにもおよぶ原著のコンパクト版(家庭向け版)の邦訳らしい。

しかし、いくらコンパクト版とはいえ、456ページなのだから堂々の大著だし、値段が16,200円なのだから、料理本として規格外なのは間違いない。

いずれにしてもこれは大変なチャレンジであるし、その意気は買いたい。

『テクノロジーが雇用の75%を奪う』や『ロボットの脅威』で知られるマーティン・フォードがAI分野の重要人物へのインタビューをまとめた本を出していた

マーティン・フォードというと、ロボットに代表されるテクノロジーによって人間の雇用は奪われるよという話で名前を売った人という印象があり、ワタシもこのブログで何度か取り上げている(その1その2)。

テクノロジーが雇用の75%を奪う

テクノロジーが雇用の75%を奪う

『ロボットの脅威 人の仕事がなくなる日』のほうは今年文庫入りしたのか!

さて、そうした指向性を考えれば、彼が AI をテーマにするのは自然なことなのだが、新作はそれで人間の仕事は奪われるよという話よりも、この分野の最前線で研究を重ねている研究者や政策立案者などにインタビューした本ということで、これも邦訳が来年出るのは間違いないでしょうな。

Architects of Intelligence: The truth about AI from the people building it

Architects of Intelligence: The truth about AI from the people building it

Architects of Intelligence: The truth about AI from the people building it (English Edition)

Architects of Intelligence: The truth about AI from the people building it (English Edition)

『データ・ジャーナリズム・ハンドブック』第2版のベータプレビュー版が公開されている&データジャーナリズムの第一人者の本の邦訳が出ていた

Yuta Kashino さんのツイートで知ったのだが、Data Journalism Handbook の第2版のオンラインベータプレビュー版が公開されている。

この Data Journalism Handbook のことを最初にここで取り上げたのは、2002年のことだが(同じ年にそれに触発されて「ネット×ジャーナリズムの歴史とその最新潮流としてのデータジャーナリズム」という文章を書いている)、ワタシも少しだけ翻訳に携わり2016年には日本語翻訳版が完成している。

第2版は2019年の春から夏の完成を目指している。第1版のときは、「データ・ジャーナリズム」という言葉自体が目新しかったが、あれから7年経ち、データ活用の突っ込んだ実践について論じるもののようだ。

編者は第1版のときと同じだが、今回は Google News Initiative が主催に名前を連ねているのが面白い。

これまで GoogleFacebook は、自分たちはニュースメディアではなくプラットフォームでしかないというのを逃げ口上に使ってきたが、Google は現代的なニュースジャーナリズムにコミットしようとしているのか。

第1版はクリエイティブコモンズの表示 - 継承ライセンスで公開されたため自由に翻訳できたが、第2版のライセンスもそれに倣うのかが注目される。

さて、「データ・ジャーナリズム」という言葉を聞いて、ワタシ的に最初に浮かぶ名前はサイモン・ロジャース(Simon Rogers)なのだが、5年前に出した本は結局邦訳されず、その後どうしてるんだろうと久しぶりに調べたら、彼の本は既に何冊も邦訳出てるんだね。

ライオンはなぜ、汗をかかないのか?―絵と図でわかる「動物」のふしぎ (創造力と直観力のインフォグラフィックス)

ライオンはなぜ、汗をかかないのか?―絵と図でわかる「動物」のふしぎ (創造力と直観力のインフォグラフィックス)

人類は宇宙の果てを見られるか?―絵と図でわかる「宇宙」のふしぎ (創造力と直観力のインフォグラフィックス)

人類は宇宙の果てを見られるか?―絵と図でわかる「宇宙」のふしぎ (創造力と直観力のインフォグラフィックス)

脳の指令は新幹線よりも速い!―絵と図でわかる「人体」のふしぎ (創造力と直観力のインフォグラフィックス)

脳の指令は新幹線よりも速い!―絵と図でわかる「人体」のふしぎ (創造力と直観力のインフォグラフィックス)

データジャーナリズム本流の本ではなく、その手法を応用した小学生向けのインフォグラフィックスの手法を使った本みたい。

キング・クリムゾンの来日公演に2日行ってきた

キング・クリムゾンのライブは、1996年、2003年、そして2015年と見ているのだが、3年ぶりの来日公演行ってきました。出不精のワタシがライブに行くこと自体まれなので、感想を書き残させてもらう。日本でのすべての公演が終わったので好きに書かせてもらう。

今回は2回行ったのだが、これは実ははじめからそのつもりではなかった。(前回2015年のときもそうだったのだが)チケットの発売日をうっかり忘れていて、慌てて予約をしたら意図しない日のチケットを押さえてしまい、後でそれに気づいて元々行くつもりだった日も予約をした。

意図しない日のチケットは合法的に売り払うつもりだったが、それも面倒くさくなり、それに今回が最後かもしれないじゃないか(前回も同じようなことを書いているが……)、ロバート・フリップ先生の雄姿を目に焼き付けようとスケジュールを調整して二日続けて行くことにした。

以下、箇条書き。

12月9日、グランキューブ大阪セットリスト

  • 何しろ結成50周年のバンドであり、基本的に客は自分より年長なのがデフォなのだが、意外に自分よりも若い人が多かった。実は新陳代謝している?
  • メンバーがステージに登場し、『アイランズ』ラストの SE が流れる中楽器を軽く鳴らし、1曲目は「太陽と戦慄パート1」で、これは3年前に観た大阪公演とまったく同じ。メル・コリンズが途中で「君が代」を挟むのも同じで、思わず失笑(誤用)
  • 60年代、70年代の曲を多くやるようになった3年前のライブでも期待できなかった『リザード組曲、というか「ボレロ」をやってくれたのが嬉しかった
  • ジャッコ・ジャクスジクがヴォーカルをとるようになり、80年代以降の曲は前回の来日公演は皆無だったが、今回やってくれた「インディシプリン」もどうも違和感しかないなー、と思っていたら、最後の「I like it!」がまったく違うフレーズになっていて、なんだ? と思ったら、「イイね!」と日本語でシャウトしてたのに気づいて脱力。Facebook かよ
  • ずっとライブで聴きたいと願っていた、クリムゾン史上もっとも美しい曲だと今も思う「アイランズ」を聴けた
  • 40年以上たって昔のバンドに再加入と書くとなかなかすごいメル・コリンズは、3年前のライブでもよくやってると思ったが、今回は一曲の中でもフルートやサックスをとっかえひっかえ吹きまくり、まれに入りを間違えたりしていて存在感を発揮していた
  • この日は一階席のほぼ最後尾だったためライブ中は気づかなかったのだが、「コンストラクション・オブ・ライト」の途中、フリップ先生が文字通りお手上げのポーズをとったらしい。フリップ先生でも演奏できなくなることがあるんだ
  • クリムゾン・キングの宮殿」は当然盛り上がり、大歓声……と思ったら、通常省略することが多いコーダ部分をやったのに驚いた
  • フリップ先生のギターから始まるものだから、最初よく分からなかったラディカル組曲から「レベル5」改め「太陽と戦慄パート5」が竜巻のようなすさまじい演奏で、曲が終わったときに客席から「おおっ……」と声がもれていた。ここで本編終了
  • アンコールは「スターレス」1曲だけだったが、これがこの曲があるべき壮絶さだったので満足
  • 終わってみれば、「太陽と戦慄パート2」「レッド」「21世紀の精神異常者」という定番曲をやってないのだが、それでこの満足感はすごいことである。しかし、思えば「太陽と戦慄パート2」「レッド」をやらないライブって長らくなかったのでは
  • ライブが始まる前に何人もの係員が脅迫的に「スマホの電源をオフにしろ」と延々繰り返すので、ワタシは意地でも従わないのだが、演奏が終わってトニー・レヴィンがカメラを取り出す瞬間からスマホでの撮影が可能になるという理不尽な設定である。前述の通り最後尾の席のため、トニーがカメラを取り出したのがよく分からずに撮影するタイミングを逃してしまった

12月10日、グランキューブ大阪セットリスト

  • ステージで前列にドラムキットが3つ並び、それ以外が後列という構成は前回同様だが、今回は後列組にビル・リーフリンが加わり人数が奇数になったのに、リードボーカルをとるジャコを中央にせず飽くまで自分の隣に置いておくフリップ先生(多分)は強情だ
  • 2曲目でいきなり「ディシプリン」が聴けて満足。あとは「Fracture」におけるフリップ先生の運指運動が見れれば言うことなかったのだが、残念ながらそれはかなわず
  • 「太陽と戦慄パート2」が始まる際に「トーキング・ドラム」のコーダ部分を SE で流していて、逆に違和感があった。「21世紀の精神異常者」のイントロも SE を使っていたが、これはあまりよいことと思わない
  • 昨日は第2部のラストだったラディカル組曲で第1部が終わったのだが、フリップ先生が退場する際に客席に向かって指で「それはやるな」という感じの合図をしたのが気になった。誰かスマホで写真でも撮ったのだろうか(伏線)
  • アンコールは「21世紀の精神異常者」だったが、間奏部でメル・コリンズがまだソロをとっているのにフリップ先生がいきなりヒステリックなまでのけたたましいギターを弾き始めてびっくりしたのだが、よほどエキサイトしていたのか
  • この日は終演後の撮影タイムでちゃんと写真が撮れた。これでも前日よりは遥かに前の席だったのである


  • ワタシは気づかなかったのだが、この撮影タイムに最前列の席に結構な器材を持ち込んで録音していた爺さんがセキュリティに3人がかりで取り押さえられていたらしい。その話を知り、第1部終了後のフリップ先生のジェスチャーの意味が分かった。あれだけ脅迫的にライブ中の録音撮影録画はやるなと大連呼されるライブでやらかすジジイの神経が分からんよ
  • ライブが終わって気づいたのだが、完全インプロビゼーションの「Providence」を除くアルバム『レッド』の全曲をやってくれたことになる。これは貴重なライブかも
  • 前日はやらなかった「太陽と戦慄パート2」「レッド」「21世紀の精神異常者」をやってくれたので、前日と補完関係にあるこの日の選曲だった。あとは「Fracture」さえ聴けていたら……

今回は20分の途中休憩を含む3時間のライブとは聞いていたが、2日間ともオンタイムに始まり、80分したら第1部終了、20分の休憩、そしてその後アンコール含め80分とかなりきっちりしていた。休憩時間を除いても2時間半のライブ、またその中では各人のソロパートも含むライブでこの時間管理は驚異とすら言える。

そういうわけで思わぬ形で2日連続でライブに行くことになったが、上述の通り2日セットで満足できる内容だった。高校二年生の夏休みにアルバム『太陽と戦慄』を聴いて衝撃を受け、以来キング・クリムゾンを聴き続け、またライブに行けて本当によかった。

Meltdown: King Crimson, Live In Mexico (3CD+Blu-Ray)

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