当ブログは YAMDAS Project の更新履歴ページです。2019年よりはてなブログに移転しました。

Twitter はてなアンテナに追加 Feedlyに登録 RSS

レンタル・ファミリー

本作の HIKARI 監督が手がけた作品では、『TOKYO VICE』や『BEEF/ビーフ』といったドラマを既に観ており、その手腕は承知しているつもりだ。彼女が全編日本で撮ったブレンダン・フレイザー主演の映画というので期待して観た。

やはり、ブレンダン・フレイザー良かったなぁ。彼のことは嫌いになれない。

フレイザー演じる主人公が、「レンタル家族」として他人の人生の中で仮の役割を演じる仕事をやるという設定から割と予想できる展開が見られて、これ好きだけど想定内に収まる映画かもと思ってたら、途中、平岳大演じるレンタルファミリー社の社長の家庭に関するくだりがツイストになっていて、作品を引き締めている。また、「レンタル家族」として依頼主の家族の信頼を得ることが、お互いにとっての悲しみにつながりうるところも描かれている。

柄本明演じる老優の家を意を決して尋ねる「弁護士」二人、そしてそこに現れる「警察」のくだりが意外なクライマックスになっている。

昨年末観た『殺し屋のプロット』に似た構図の登場人物が出てくるところなど、ストリップ含めたセックスワークの扱いにオリエンタリズムを感じてしまうところがなくはなかった。が、主人公の白人俳優が出演する歯磨きのコマーシャルの質感が実に「日本的」で、このあたりしっかり作っていると感じた。

あと余談だが、主人公の素性がバレるところ、あれくらい扮装してて分かるかぁ? と正直思った。

「P2Pとかその辺のお話R」の久方ぶりの更新、そして「ポスト・アメリカのインターネット」

p2ptk.org

皆の者、P2Pとかその辺のお話Rがおよそ9か月ぶり? の更新だぞ!

ワタシは某所で heatwave_p2p さん(通称:熱波ちゃん)らと歓談する機会が定期的にあり、お元気されているのは存じていたのだが、やはり氏の翻訳読みたいなぁというのはずっと思っていた。

今回訳された文章は、ワタシも「監視国家化・権威主義化する米国、テクノオリガルヒ、ポストアメリカ的インターネットの可能性」で紹介したコリイ・ドクトロウの講演である。

そうした意味で、個人的にもとてもありがたい文章と言える。みんなも読もうな!

テクノロジーのメタクソ化――我々が依存するプラットフォームやシステムの劣化――には多くの原因がある。競争の崩壊、規制の虜、テック労働者の力の粉砕。だが何にもまして、メタクソ化は迂回禁止法による相互運用性の禁止の結果なのだ。

相互運用性を阻止し、汎用コンピュータに宣戦布告することで、我々の政策立案者はメタクソ化を促進する環境を作り出し、企業がクソになることに報酬を与え、すべてがクソになるメタクソ世(エンシティセン)を招き入れた。

メタクソ化に終止符を打とう。計算手段を掌握しよう。我々が依存するサービスやファームウェアの、互換性のある、フリーでオープンで監査可能な代替手段を構築しよう。

ポスト・アメリカのインターネット » p2ptk[.]org

さて、コリイ・ドクトロウ『Enshitification』の邦訳は今年出るかねぇ。

Spotifyの終焉――音楽ストリーミングが廃れるまで秒読み段階なのか?

joelgouveia.substack.com

著名な起業家をインタビューするデヴィッド・センラの人気ポッドキャスト Founders Podcast の第391回に音楽プロデューサー、インタースコープ・レコードやビーツ・エレクトロニクスの共同創業者として知られるジミー・アイオヴィンが登場し、Spotify や Apple Music について「ストリーミングサービスは、私から見れば、廃れるまであと数分といったところだ」と断言したという。

この言葉に Joel Gouveia は衝撃を受けたが、アイオヴィンの話を聞くうちに彼の主張は完全に正しいと気づいたという。

まず、最初に率直に語るのは、音楽業界のほぼ全員が(そこで働く人々を除いて)Spotify を嫌っているという事実である。このプラットフォームはアーティストからあらゆるものを搾り取り、コミュニティ形成を積極的に阻害している。なのに、健全な利益率を維持するのに苦戦している。

ストリーミングビジネスモデルは根本的に破綻しているというわけだが、その終焉がなぜ避けられないのかについて解説している。

まず、かつて20世紀は、RCA、ポリグラム・レコード(親会社はフィリップス)、CBS(親会社はソニー)といったメジャーレーベルは、著作権だけでなくハードウェアも所有しており、音楽の消費手段の全てを支配していた。

しかし、今日では Apple、Google、Amazon、Spotify などのテック大手企業が流通網、ハードウェア、そして最も重要な顧客データを握っている。確かに主要メジャーレーベルは早期に Spotify の株式を取得する契約を結んだが、エコシステムを支配できるわけはなく、レーベルは流通経路を失い、ダニエル・エクのサーバー上でコンテンツを提供する存在へと格下げされてしまった。

レーベルがフォーマットの支配権を失うと、テック企業は製品をコモディティ化し始めた。

ここが動画配信との違いで、例えば Netflix における『ストレンジャー・シングス』のような他社との差別化になる武器が、音楽配信には欠けている。アイオヴィンは「今の音楽ストリーミングは公共サービスだ」「どのサービスも同じで、もし一社が価格を下げれば、他は終わりだ。独自の提供価値がないから」と語るが、今や音楽は水道水や電気と区別がつかないという。

そうなると、消費者は無意識にその価値を低く見積もるようになると Gouveia は書く。

そして、通常のテックビジネスは、固定費が比較的安定しているため、加入者が増えれば利益率が指数関数的に上昇するが、音楽配信は収益の約70%を権利者(レーベルや出版社)に支払うため、コストがユーザー数に比例して増加するという逆の仕組みになっている。

アイオヴィンは「ストリーミングサービスは厳しい状況だ。利益率はゼロで、まったく儲かっていない」と述べている。

このモデルを成立させられるのは、音楽配信がプライム会員を継続する道具になる Amazon や、スマートフォンを売るための手段である Apple や Google だけであり、一方で Spotify や独立系音楽ストリーミング企業はかなり厳しい状況にある。そして、プラットフォームの利益率が構造的に圧迫されると、アーティストが真っ先にその被害を被る。

アイオヴィンの音楽ストリーミングサービス批判の主眼は、それがアーティストとファンが交流できる「文化の拠点」となることに完全に失敗している点である。現実には、Spotify はアーティストがファンと関係を築くことを望んでいない。Spotify が望むのは、リスナーが Spotify と関係を築くことだけなのだ。

だから Spotify はリスナーデータを死守するし、アーティストは、スウェーデンのテック企業にとって無給の従業員に過ぎない、と Gouveia は辛辣に書く。

さらに悪いことに、音楽ストリーミングサービスの財務メカニズムは、中堅ミュージシャンに不利にできている。

現行の「比例配分」支払いシステムでは、すべてのサブスクリプション収入が巨大なプールに集められ、市場シェアの合計に基づいて分配される。そして、その大半は、単に世界で最も多くの再生数を誇るという理由だけで、トップ1%のポップスターに流れ込む。

本当にアイオヴィンが語るように Spotify が廃れる寸前であり、ストリーミングが最終形態でないというなら、何がそれに取って代わるのか?

音楽ストリーミングサービスが一夜にして消えるなんてもちろんありえないが、進化する音楽経済で生き残ろうとするアーティストやマネージャーにとっての答えは直接所有(direct ownership)だと Gouveia は書く。そして、ファンと直接つながる独自の「文化的拠点」を築くこと。

Spotify のプレイリスト掲載でわずかな収益を期待するのではなく、ファンを非公開 Discord サーバーへ誘導するなりして、高利益率のグッズやレコードやライブの指定席券で ARPF(ファンあたりの平均収益)に注力することですね。

我々は「マス・オーディエンス」の終焉と「マイクロ・コミュニティ」の誕生を目の当たりにしている、と Gouveia は書く。

音楽業界は過去10年、100万人に一度曲を聴かせるやり方に固執してきたが、次の10年は、1000人に永遠に愛される方法をアーティストが模索する時代となるだろう、と Gouveia は記事を締めているが、うーん、それ「千人の忠実なファン」論で、着地点自体は以前から言われている話ではある。

この記事で少し軽蔑的に語られる「音楽=水道水」という話は、およそ20年前に「水のような音楽」を唱えた『デジタル音楽の行方』を訳した人間として、複雑な気持ちにさせられるものがある。

ネタ元は Slashdot

80年代ニューヨーク文化のヒップスターだったジョン・ルーリーの回想録『骨の記憶』が今月出る

yamdas.hatenablog.com

ジョン・ルーリーの回想録を取り上げたのは2021年秋で、これ絶対邦訳出てほしいなぁと思いながら、正直諦めかけていた。

調べものをしていて、『骨の記憶 ジョン・ルーリー回想録』として今月邦訳が出るのを知った。

ありがとう、国書刊行会!

【本書に登場する人物(一部)】
ジャン=ミシェル・バスキア アンディ・ウォーホル ジム・ジャームッシュ トム・ウェイツ ヴィム・ヴェンダース ヴェルナー・ヘルツォーク デヴィッド・バーン ポール・オースター アート・リンゼイ マーク・リボー オーネット・コールマン マーティン・スコセッシ ウィレム・デフォー デボラ・ハリー ラメルジー ロバート・フリップ マドンナ ジャック・スミス クラウス・ノミ カズ・マキノ

骨の記憶 ジョン・ルーリー回想録|国書刊行会

このリストを眺めるだけでおおっとなるところがある。

『グッド・アンセスター』の著者が語る「日本はいかにして最大の都市を崩壊から救ったか」

kottke.org で知った TED-Ed の動画だが、『グッド・アンセスター わたしたちは「よき祖先」になれるか』(asin:4751530704)、『生活の発見 場所と時代をめぐる驚くべき歴史の旅』(asin:4845916045)の邦訳で知られるローマン・クルツナリックが、「日本はいかにして最大の都市を崩壊から救ったのか」を語っている。

これねぇ、先月知って日本語字幕がついたら紹介しようと思いながら、本文執筆時点で12言語の字幕がついているが、ついぞ日本語字幕がつかないので我慢できなくなった(笑)。

要は江戸時代の話で、一世紀におよぶ戦国時代という内戦の時代が終わった後、徳川幕府の統治により江戸は歴史上最も持続可能で効率的な都市の一つへと変貌を遂げたことを語るものである。

当然ながらこの動画は徳川幕府の政策を全肯定するものではないが、生態系崩壊の危機にあった江戸が、繁栄する文化の中心地へと変貌を遂げたことは、我々が消費と廃棄に突き動かされるのでなく、限られた資源を最大限に活用する経済を構築できることを思い出させてくれると説いているわけですね。

センチメンタル・バリュー

ヨアキム・トリアーの名前は、前作『わたしは最悪。』が評判になったので知ったが、しかし、『わたしは最悪。』はタイミングが合わずに観れなかった。本作も事前の評価が高いので、期待して公開初日のレイトショーに観に行った。

高名な映画監督である父親と、彼に捨てられたという意識がある娘たちとの葛藤が描かれる作品で、その父親の15年ぶりの新作映画の撮影がどうなるかが映画の本筋になる。つまり、本作は家族についての映画であり、映画についての映画である。映画についての映画は点が甘くなる傾向にあるのだけど、本作はそうした感動作から慎重に距離を置いているところがポイントだと思う。

映画監督を演じるステラン・スカルスガルドが、自然と出てしまう身勝手さ、仕事相手をも見切る冷酷さ、そして独特のチャーミングさを見事に表現している。

そして、特筆すべきは娘姉妹、父親から新作の主役を打診されて拒絶する俳優のノーラ演じるレナーテ・レインスヴェも、家庭を持つ母であるアグネスを演じるインガ・イブスドッテル・リッレオースも、いずれもとても魅力的に撮られている。この二人と娘たちと父の間の葛藤や愛憎だけでなく、姉妹の助け合いが描かれているところが良かった。

あ、これがラストシーンだと気づいてからは、その後に描かれる父娘の微妙な距離と表情まで息を詰めて見つめるしかないラストシーンは好ましかったが、全体として人間的な破綻に至らないウェルメイド作品に留まってるといえるかも。

誕生から30年になるポケモンがポジティブに世界を一つにするヒット作であり続けること

www.theguardian.com

この記事は、11歳の頃、2000年にシドニーで開催されたポケモンワールドチャンピオンシップスに出場することが夢だったという著者のケーザ・マクドナルドの回想から始まる……けど、ポケモンワールドチャンピオンシップスが始まったのって2004年じゃなかったっけ?

それはともかく、ポケモンはこの人の子供時代で大きな位置を占めていたわけだ。そして、26歳の誕生日にジャーナリストとして取材するためにワシントン D.C. を訪れたときにその夢を叶えることができて深く感動した、と書いていて微笑ましい。会場には巨大なピカチュウのバルーンが天井から吊るされ、出場者と観客は、信頼、友情、そして努力というメッセージを伝えるこのゲームへの無意識的な愛で一つになっていたと書く。

1996年2月、つまりちょうど30年前にオリジナルの「ポケットモンスター 赤・緑」(アジア以外では緑じゃなくて青だったのをこの記事で知った)が発売されたが、現在までにポケモンは児童文学の巨匠たちの仲間入りを果たしたと言い切る。

ポケモンは20世紀末の流行と言われるが、テレビシリーズ、グッズ、トレーディングカード、ゲームなどで、今の方が史上最高の興行収入を誇るエンターテイメント・フランチャイズとなっている(『スター・ウォーズ』や MCU を上回ると聞くと驚くよね)。

この記事は、この世界的な現象のルーツを、ポケモンの生みの親である田尻智が1965年に生れた東京郊外の町田市にまでさかのぼる。幼い頃の田尻智は虫集めに熱中し、同級生から「昆虫博士」と呼ばれていた。

そして、記事は彼がポケモンを生み出すまでの苦闘と、その驚異の成功についての話になるが、現在、彼は隠遁生活を送っている。彼について英語圏の人間が知ることはほぼすべて、1999年にタイム誌が行ったたった一度のインタビューから来ている。

タイム誌のインタビューは無礼で人を傷つける口調が見られ、その論調は「衝撃的なほどに軽蔑的」だったとケーザ・マクドナルドは書く。ポケモンシリーズを「有害なポンジースキーム」と断じ、ポケモンが若者を犯罪などの非行に導いており、そのブームもじきに冷めるだろうてな感じで書いているのだからそう言われても仕方ない。

しかし、そういう「軽蔑的」な見方は珍しいものではなかった。ポケモンが引き起こした道徳的なパニックには、外国人排斥的な意味合いがあったと著者は分析する。ポケモンは恐ろしい日本から子供たちを誘惑するために海を渡ってやってきた邪悪なモンスターだというわけだ。この記事では、アメリカのキリスト教牧師たちの中にはピカチュウを悪魔だと断言し、テレビ番組の放送禁止を求める動きすらあったことが書かれている。

それも今や昔、この10年は「ポケモンGO」の成功がポケモンの生命を保たせた。この記事の最後の段落は力強く、感動的ですらある。

「昆虫博士」はかつてほどは関与していないかもしれないが、彼がポケモンに吹き込んだ牧歌的な雰囲気は、この30年間を通してずっと受け継がれてきた。人間とポケモンの相互関係は、ゲーム、映画、テレビ番組の感動的な核を形成しており、その物語には環境保護主義に類似した側面さえある。ポケモンは何といっても、進化と自然界と調和をテーマとするゲームである。この1000億ドル規模のフランチャイズが露骨な冷笑主義や搾取を感じさせないのは、自然との共鳴があるからこそである。ポケモンの物語は、ビデオゲームが持つ重要な真実を語っている。それはつまり、ゲームは人々を結びつける強力な媒介であるということだ。一人の少年の自然界への愛から生まれたこの架空の生き物たちは、何百万人もの人々を結びつけている。

この記事の著者ケーザ・マクドナルドは、Super Nintendo: How One Japanese Company Helped the World Have Fun という本を今月を出している。

こういう文章を読むと、早く邦訳が出るといいなと思ってしまう。

アディ・オスマニがティム・オライリーと語る「開発者が今本当に知っておくべきこと」、そして早くも出る彼の新刊『The Effective Software Engineer』

www.oreilly.com

ティム・オライリーが、「AI を活用したソフトウェアエンジニアリングの現状について話すのに最も適した人物」としてアディ・オスマニを紹介しているが、現在から近い将来までのソフトウェア開発についていろいろ語っている。

二人とも「若者はソフトウェア業界に進むべきだ」と力強く語っており、ソフトウェア開発者の仕事はなくならないと見ているわけだ。

オスマニの「ソフトウェアエンジニアリングを始めるのにこれほど良い時期はない」、オライリーの「私は71歳で、この業界に45年携わっているが、今が一番ワクワクしている。初期のウェブやオープンソースのときよりワクワクしている」という言葉に勇気づけられる人もいるのではないか。

そうそう、オスマニといえば、昨年末に『バイブコーディングを超えて』の邦訳が出て、やはり昨年にはそれに続く本が出ている話をここでも取り上げているが、来月には The Effective Software Engineer という新刊が早くもオライリー本家から出るのをこれで知り驚いた。ホント、仕事速いな!

あと、オライリーとオスマニは、やはり来月開催される AI Codecon の共同ホストを務めるとのこと。

Polymarketなどの予測市場の有害性とニュースレター大手のSubstackからの離脱

davekarpf.substack.com

デヴィッド・カープが、ニュースレター配信プラットフォームの Substack から離脱することを宣言している。

彼は以前からその意思を示していたが、「世界最大の予測市場」を謳う Polymarket との提携の発表が最後の一押しになったようだ。

Substack がメディアの未来なら(違うけど)、メディアの未来はギャンブルになる(でも、それは悪いことだ。なんでかは分かるよね?)。

このあたりは米国のネットユーザには自明かもしれないが、日本のネットユーザーにはピンとこないかもしれない。予測市場という建前の Polymarket が投資を装ったギャンブルである、というスコット・ギャロウェイの記事が参考になるかな。

米国でスポーツにオンラインギャンブルが深く根付いており、そしてそれが社会に悪影響を与えているという記事を少し前に読んだ覚えがあるのでここで参照したいのだが、すいません、思い出せませんでした。

Substack はニュースレター配信プラットフォームの最大手だが、以前から白人至上主義を取り締まらないことなどで批判されてきた。

www.theguardian.com

これは今月の記事だが、白人至上主義やネオナチや反ユダヤ主義のコンテンツで収益を得ていることを批判されている。

それに加えて、予測市場という名のギャンブルへの傾倒で、Substack はメタクソ化するとデヴィッド・カープは見ており、以前から空気悪かったしもう耐えられんわ、ということのようだ。

空気の悪さという点では、ドク・サールズが書いていたことも関係するかもしれない。

乗り換え先は Ghost、Beehiiv、Buttondown、Patreon あたりになるが、有料になってしまうので少し検討が必要なようだ。

果たして Substack からの離脱の動きはどこまで広がるだろうか。Substack は日本語対応に積極的でないため、日本人のユーザーは少ない印象があり、その方面での影響は少ないだろうが。

『The Office』のマッケンジー・クルックが作った『Small Prophets』が素晴らしいようなので観たいのだが

www.theguardian.com

ハリウッド的には『パイレーツ・オブ・カリビアン』シリーズの義眼の下っ端海賊で知られ、ワタシ的には未だ『The Office』(本国版)のギャレス役なマッケンジー・クルックが脚本、監督、出演を務めるシットコム『Small Prophets』が好評なようで、Guardian でも激賞されている。

ワタシが知らなかっただけでマッケンジー・クルックは優れたコメディドラマの作り手に成長していたようで、『Small Prophets』は『Detectorists』以来最高の英国コメディだと称えられており、その『Detectorists』も彼の手によるもの。

ワタシが『Small Prophets』が気になったのは、なんといってもマイケル・ペイリン先生が出演しているからだが、彼は以前からクルックのドラマに出演しており、彼の手腕を認めているのだろう。

二人でテレビのインタビューも受けている(今、こんな感じで自動的に日本語吹替が入る設定にもできるのか)。

ワタシの周りで『Small Prophets』を観てるのは kingink さんくらいだが、これ日本で観れるようにならないかなぁ(ワタシ的には、できれば Netflix で)。

そういえば少し前の中尺思考で、ブレイディみかこさんが「Z級ゴシップライター」だった頃について語られていて懐かしかった。思えばワタシが彼女のデビュー作『花の命はノー・フューチャー』を読んだのは20年以上前になるが、当時彼女は英国のテレビ番組についても、リアリティ番組を中心にバシバシ書かれていたっけ。

今、英国のテレビ番組について日本語で精力的に書かれている方をご存じありませんか?

WirelessWire News連載更新(AIによる民主主義の巻き返しは可能か)

WirelessWire Newsで「AIによる民主主義の巻き返しは可能か」を公開。

最初、この文章のタイトルを「Is There Still Anything That AI Can Do (for Rewiring Democracy)」にするつもりで、これを思いついて笑ってしまったのだが、怒る人もいるかなと思い直して自重した。

実は今回の文章は、一週間前に公開してしかるべきものだった。しかし、一週間前はちょうど衆議院選挙の結果が出たばかりのタイミングである。

今回の文章は政治がテーマなのだけど、日本の政局には基本的に関係なかったりする。衆議院選挙の結果には思うところがあるし、もちろんワタシも投票しているのだけど、こっちとしては無関係な意識で書いた文章が雑にそのあたりに結び付けられることへの忌避感があり、公開をおよそ一週間先延ばしにした。

『Rewiring Democracy』について書くにあたり、通り一遍の内容紹介ではつまらないので、「みんなかえってクソして寝るまでの希望」のときと同じく、批判的書評を取り上げて論じている。

最近もフランス政府による国産ツールの「Visio」の取り組みとかヨーロッパで独自のデジタル決済システムを推進する動きが報じられているが、これもデジタル主権や経済検閲の問題へのリアクションなんですね。

『Rewiring Democracy』はアメリカ人著者による本なので、そのあたりについての意識は特に強くないのでワタシが補足させてもらって今回の文章の結論になった。

あなたの生涯で最大の発明はインターネット?

om.co

ベテランジャーナリストのオム・マリクが、「あなたの生涯で最も重要な発明は何か?」という問いについて書いている。

そもそも発明とは何か? 最初に浮かんだのはマイクロプロセッサで、いや、PC かな、いやいや、スマートフォンかなと考えたが、1966年生まれの彼が物心ついた後、10代以降に発明されたものを選ばなければと思いを巡らせた後、やはりインターネットだという結論にいたっている。

インターネットが発明されたのが何年かによってはマリクの条件に合わない気もするが、ともかく、彼は車輪、蒸気機関内燃機関と同じくインターネットが時間と距離を圧縮したことを評価している。

なので、そう、インターネットこそまさに我が時代の最大の発明である。それは今、種としての我々の中心にある。そして、それ以外のすべての発明も、何らかの形でインターネットを通過したものである。

ネタ元は Scripting News だが、デイヴ・ワイナーもマリクに同意している。

「物心ついた後の10代以降に発明されたもの」を条件にすると、ワタシの場合、インターネットは選べないことになる。そうなると、ワタシの時代における最大の発明は……ワールド・ワイド・ウェブかなぁ?

エリーザー・ユドコウスキー『AIの進化が続けば、我々は絶滅する』が4月に出る

yamdas.hatenablog.com

エリーザー・ユドコウスキーの新刊を取り上げたのは昨年の9月だが、それから半年あまりで邦訳『AIの進化が続けば、我々は絶滅する』が出るのを知る。

早川書房、仕事速いねぇ~。

この本については、スティーブン・レヴィも「「誰かがつくれば、みんな死ぬ」──AIが人類を絶滅させると主張する終末論者たち」という記事を書いているので参考まで。

「AI 加速主義者も AI 破滅論者も同じ穴の狢」とか「LessWrong は合理主義カルト」とか言ってるワタシはこの本の良い読者ではないだろうが、邦訳が出るべき本なのは間違いない。どういう反応を得るのか気になるところではある。

速水健朗さんの新刊『機械ぎらい 機械音痴のテクノロジー史』が来月出るぞ

shirasu.io

ワタシはこの動画の無料部分しか見ておらず、そこでは新刊についてはまったく触れられていないのだが(笑)、速水健朗さんの新刊『機械ぎらい 機械音痴のテクノロジー史』が来月出る。

これは集英社新書プラスでの連載「21世紀のテクノフォビア」を基にしていると思われるが、この連載を毎回面白く読んでいたので楽しみである。

「2年ぶりの新刊」とのことだが、前作はポッドキャストの書籍化なので、その前となると単著としては『1973年に生まれて』になるんだな。

21世紀でもっとも過小評価されている映画50選

time.com

TIME が21世紀でもっとも過小評価されている映画を50本選んでいる。

こういうのは気になるので、リストを紹介しておく。以下、順不同ですね。

やはり、観たことない作品ばかりですな。観たことあるのは5本ぐらいだが、中には「ちゃんと評価されてるよね?」と思うものもある。Netflix 配信作は観ないといかんなぁ。

ネタ元は kottke.org

[YAMDAS Projectトップページ]


クリエイティブ・コモンズ・ライセンス
YAMDAS現更新履歴のテキストは、クリエイティブ・コモンズ 表示 - 非営利 - 継承 4.0 国際 ライセンスの下に提供されています。

Copyright (c) 2003-2026 yomoyomo (E-mail: ymgrtq at yamdas dot org)