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WirelessWire News連載更新(ソーシャルメディアは死なない。ただゾンビとして残るだろう)

wirelesswire.jp

WirelessWire Newsで「ソーシャルメディアは死なない。ただゾンビとして残るだろう」を公開。

今回は申し訳ないが長い。その自覚がある。意識的に3回分の内容を1回にぶちこんでいるからだ。

正直、連載で AI メインの文章は疲れたのだ。2026年に技術系の文章を書くなら、AI の話題は避けられないのだが、それがメインの文章ばかりを書くのもどうかという気になるのだ。

そこで前回はオープンソースをネタにして難を逃れたが、今回はどうしたものかと思ったら、先週末に Amazon を検索していて『ケアレス・ピープル』の刊行を知り、驚いたのが契機になった。

でも、読めば分かるが、それが話の中心ではない。

最後にダナ・ボイドの論文をねじこんだが、今年の秋に『つながりっぱなしの日常を生きる: ソーシャルメディアが若者にもたらしたもの』以来となる Data Are Made, Not Found が出る。

彼女の本は10数年ぶりになるが、その間停滞状態にあったわけではない。むしろ逆で、結婚して三児の母となり、独立した非営利の研究機関である Data & Society を設立している。ここについては以前も触れている

WirelessWire News 連載は、一昨年くらいからほぼ毎回、書き終わったときにこれが最後ではないかという気になっている。今回も例外ではないが、2022年5月に連載を再開して以来、ついに5年目に突入したことになる。ひとつの連載が4年以上続いたのは、ワタシの場合、初めてではないかな。

ドワルケシュ・パテル『AIは世界をどう変えるのか?』はAI分野の最重要人物たちが語る貴重なオーラルヒストリー

ドワルケシュ・パテルというと、Dwarkesh Podcast で AI 分野の最重要人物たちにインタビューしている人なのだが、『AIは世界をどう変えるのか? 「AIをつくった人たち」の証言から読み解く未来』が来月に翔泳社から出るのを知る。

これは The Scaling Era: An Oral History of AI, 2019–2025 の邦訳なんだろうな。昨年秋に出た本なので、それから一年足らずの邦訳刊行はかなり急いだ仕事だったと思われる。

前述の通り、ドワルケシュ・パテルは AI 分野の最重要人物にインタビューしてる人であり、それはこの本の「主な登場人物」として、ダリオ・アモデイ、デミス・ハサビス、イリヤ・サツケバー、マーク・ザッカーバーグの名前が挙がっているのを見ても分かる。そりゃ、セールスポテンシャルに期待して刊行を急ぐわな。

でも、思えば彼ってまだ25歳なんだよね。どうして AI 分野のポッドキャスターの第一人者になれたのか、ワタシはよく知らなかったりする。

アンドルー・ペティグリーのすごく面白そうな本『戦争×書物』が出るのだが……

yamdas.hatenablog.com

およそ4年前に、図書館の歴史を語り尽くすといういかにも面白そうな本が出たのを紹介しており、これはいずれ邦訳が出るに違いないと楽しみにしていた。

で、その著者であるアンドルー・ペティグリーの本の邦訳が出ると聞き、これは図書館歴史本に違いないと思ったら、『戦争×書物』とのこと。図書館本の次に出した本の邦訳だった。

戦争と書物の関係、戦争で破壊される大量の本など、これはこれですごく面白そうである。そうなのだけど、図書館の歴史を語り尽くす本も面白そうじゃないですか。

題材的に数年で古くなるようものではないので、図書館歴史本もどこか邦訳を企画してくれないかしら。

いかにしてシルヴェスター・スタローンはお蔵入りの危機にあった『ランボー』をよみがえらせたか

www.openculture.com

映画『ランボー』は言うまでもなくシルヴェスター・スタローンの代表作だが、制作当時、スタローン自身これで俺のキャリアが終わりだ、とネガフィルムを買い取って燃やしてしまいたいと思いつめるくらい出来が悪く、映画はお蔵入りの危機にあった、というのは知らなかったな。

その危機をどうスタローンが救ったかという話だが、スタローンは編集で主人公である自身の台詞を大幅にカットすることを提案したという。主人公を寡黙にして場面に緊張感を与え、ベトナム帰還兵として警察から不当な扱いを受けるランボーというキャラクターの悲劇性を高めた。

それだけで3時間半もあったフィルムを93分まで刈り込めるとは思わないが、ただのマッチョなアクション映画ではなく(意外に知られてないが、第一作でランボーは誰も殺してない、よね?)、「社会に拒絶された男の悲劇」として評価されることになったのである。

原作並びに最初の脚本では、ランボーは死ぬ設定だった。↑の動画にもその削除されたエンディングが含まれているが、テスト試写で観客に極めて不評で、スタローン自身も戦争の後遺症に苦しむ帰還兵たちに対して「死が唯一の出口である」という絶望的なメッセージを送りたくないと考え、結末に変更したそうな。

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映画『残響のメロディ 魂の放浪者ニコ、最後の旅路』公開を機に『ニコ/ラスト・ボヘミアン』が復刊しないかしら

natalie.mu

旧聞に属するが、ニコの晩年を描く映画『残響のメロディ 魂の放浪者ニコ、最後の旅路』が7月に日本でも公開されることが報じられた。

ワタシがこの映画をブログで取り上げたのは2018年秋だったりする。それから随分経ったが、映画が日本でも公開されることになりよかった、よかった。

でも、なんでこのニュースを今更取り上げたのかというと、ニコの晩年について書かれた本を思い出したからである。それはジェームス・ヤング『ニコ/ラスト・ボヘミアン』である。

著者のジェームス・ヤングは、キーボードプレイヤーとして晩年のニコのレコーディングやライブに参加している。彼の筆致は率直かつ辛辣で、ニコを聖人化などしていない。

今回調べて驚いたのだが、これの翻訳者、柳下毅一郎さんだった!

ニコの晩年を描く映画の公開にあわせ、やはりその晩年について書かれた本の復刊などどこか企画しませんか?

プラダを着た悪魔2

今日の更新は、ゴールデンウィーク中に観た映画の話が主になる。いずれの作品についてもその内容に触れるので、未見の方はご注意ください、と予め書いておく。

『プラダを着た悪魔』はもちろん観ているが、映画館ではなく、後に地上波テレビで放送されたときだった。ワタシが一人でバンバン映画館に行くようになったのは、2007~2008年あたりのはずで、『プラダを着た悪魔』はその前の映画である。

しかし、前作から20年経って、主要キャスト4人が誰一人欠けることなく揃ったのはお見事だし、それ以上に見事なのは、その4人のキャラクターを掴みながらも、しかるべき変化を見せる脚本である。

そして何より、映画としてシャープなのが良かった。メリル・ストリープ演じるミランダや、アン・ハサウェイ演じるアンディをはじめとする主役陣に忖度したもっさり感がない。スタンリー・トゥッチの安定感は変わらず、そして本作では立場が変わり、出番が少ないかと思われたが、存在感のある助演を見せるエミリー・ブラントも偉い(だって彼女、今や大作で主役張るクラスの俳優なんだから)。

本作が単なる自己模倣に陥っていないのは、雑誌文化の終焉やラグジュアリー産業としてのファッション業界におけるミラノ(イタリア)の位置づけといった本作の題材が時宜を得ているからだろう。いずれは雑誌は終わる。しかし、それは今日ではないと自らの引き際と戦うミランダの姿に、前作とは少し異なる悲哀と奥行を感じる。

ミランダのモデルが、昨年まで長年『ヴォーグ』の編集長だったアナ・ウィンターなのは基礎知識だが、本作には明らかにジェフ・ベゾスとマッケンジー・スコットがモデルと思われる登場人物が配されており、このあたりも今日的なのだけど、雑誌の広告モデルからパトロンモデルへの移行が可能かはどうだろう。しかし、それは雑誌というものが直面している難しさを強調しているのも確か。

本作をこどもの日に観たが、ワタシが住む地方都市のシネコン、しかもレイトショーにもかかわらず、客席はかなり埋まっていた。こんな風に埋まった客席で洋画を観たのっていつぶりだろう。どうして本作がそういう位置にあるのか、根本的にファッションというものに疎いワタシは不思議にも思った。

サンキュー、チャック

脚本がよく練られた緻密な人間ドラマが好きだ。回収される伏線も好きだ。あっと驚くどんでん返し、もちろん好きだ。そういうのが見られる映画が好きだ。しかし、ワタシは映画に何を求めているのか? 何が観たくて、安くない金を払い映画館に出向くのか?

それは映画の種類による、というのが無難な回答だが、本当はそうではない。夢のような、魔法のような時間ではないのか? そうした意味で、トム・ヒドルストンらのダンスの場面だけで、本作は100点満点の映画なのである。

Netflix のドラマ『ザ・ホーンティング・オブ・ヒルハウス』に衝撃を受けて以来、マイク・フラナガンをフォローしているが、本作は『ジェラルドのゲーム』、『ドクター・スリープ』に続くスティーヴン・キング原作の映画化にして、ようやく彼はこれぞ映画という傑作を作ってくれた(ただ、『ミスト』の再映画化はちょっと心配……)。

彼の作品には「フラナガン組」というべき常連の演者が何人も登場し、本作も例外ではないが(ダンス・モンスター!)、その一人に加わったと言ってよいであろうマーク・ハミルが素晴らしい。

本作は三幕構成で、第三幕から第一幕まで時間を遡るという変わった構成になっているが、第一幕まで見ると、最初の第三幕で描かれる世界の終わりが、チャールズ・クランツという人物の「宇宙」の終わり、つまりその死の表現なのが分かる仕掛けになっている。

人間ひとりひとりが「宇宙」であるという考え方は、チャップリンがそうしたことを言っていたので初めて知ったっけ、いや、これは一次情報ではなく、誰かが書いていたので知ったので、本当はチャップリンはそんなこと言ってないかもしれない。

ともかく、ホィットマンの詩における「私の中には多数の人間がいる」というフレーズが印象的だが、「チャック」に限らず、誰もがが一人一人特別な生を送り、それぞれ「宇宙」であるという感覚は、個人的に落ち込むことが続いているワタシにとって胸にくるものがあった。

本作の主人公は39歳で亡くなっており、ワタシよりも10歳以上年少になる。しかし、その終わりの半年前のはずの第二幕も、チャックと踊る女性の服装などの構成要素に微妙にレトロな感触があり、そのあたりどこまで意識的だったのかは気になった。

オールド・オーク

ケン・ローチ最後の作品と聞いて、これは見届けないといけないなと観に行った。彼の映画は、『わたしは、ダニエル・ブレイク』以来になる。

本作は英国の北東部にあるかつての炭鉱の町、そして、そこに一軒だけあるパブ「オールド・オーク」が舞台である。

そのパブは、店主の TJ・バランタインと同年代の炭鉱仲間だった面々が常連である。本作では、住民にとっての公共を担う場所がどんどん閉鎖されてきたことが語られており、オールド・オークは住民にとってある意味最後の砦というかより所のような場所なのだが、町がシリアからの難民を受け入れだしたことで、店が新旧の住民にとっての摩擦の場にもなってしまう。

本作は紛れもなくケン・ローチの映画であり、労働者階級の厳しい環境と生活を描き続けてきた実に彼らしい作品である。今では労働者階級の人たちが、シリア難民に罵詈雑言を投げる姿も描かれているが、虐げられてきた彼らからすれば、難民は下に見れて叩いてもよい恰好の存在なのが分かる。

英国の移民政策に関しては、2025年のスターマー労働党政権による移民白書でも「Britain’s failed immigration system(英国の失敗した移民制度)」と明記されているわけだが、2016年を舞台にする本作にも、そりゃ元からの住民は猜疑心を持つわなという行政の不作為もある。

オールド・オークの店主のバランタインは、苦しい商売の頼りであり、かつて炭鉱の仲間だった店の常連たちと、そのカメラを修理することで知り合ったヤラとその家族をはじめとする難民たちとの板挟みになってしまう。

本当に皆、経済的な弱者であり、暮らしがキツキツなのだ。みんな生活は苦しくて余裕はない。地元の子供たちもろくに飯を食えてない。それなのに分断が進み、排斥の空気がある町にどんな連帯や団結がありうるのか、その中で主人公が閉ざしていた心を開いていくところが描かれている。こういうときに最初に手を差し伸べるのは、やはり女性であるというのも納得感があるが、それでハッピーエンドで終わるわけがないのもケン・ローチのリアリズムなのである。

そこで主人公は、俺達は難民が来る前から負けっぱなしだったじゃないか、難民にその責任を押し付けるな、とかつての仲間にしっかりと一線を引く。

最終的に消極的な融和がもたらされるのが、避けられない究極の不幸、つまり人の死があったからというのはとても悲しいが、そこで終わらず、ローチは一歩踏み込んで団結や抵抗の可能性を見せる。それが彼の最後のメッセージなのだ。

PHPプログラマーのベテランが引退したら、誰がウェブをメンテナンスするのか?

thenewstack.io

今年の PHP Landscape Report によると、PHP は今もウェブプログラミング開発における人気のプログラミング言語だが、ジュニア開発者で PHP の知識を持つ人が減少しており、熟練した PHP の知識を持つ人材を確保するのが今後難しくなるのではとのこと。

「開発者の間では PHP は成熟した技術と見なされており、新たに学ぶ開発者はほとんどいません」というアナリストの発言には、ホントかよと思ってしまうが、重要なのは、このジュニア開発者の減少(と技術的負債の増大)は PHP だけの問題ではなく、オープンソース全体に言える話かもしれないということ。OSS エコシステム全体において、熟練人材へのアクセスが懸念事項であることが示唆されている。

今も PHP はウェブを支え続けているが、企業が新規の大規模アプリケーションに PHP を採用しない傾向があることも語られており、つまりは、PHP 開発の大部分は、大規模な新規アプリケーションではなく、既存のプログラムの微調整や PHP の新しいバージョンへの対応が中心になることが予想される。

この記事を受けて、O’Reilly Radar でマイク・ルキダスは、「PHP は新たな COBOL なのか? オープンソース自体そうなのか?」と問いかけているが、これもワタシが「「Just for Fun」から遠く離れて」で書いた OSS 開発の AI 依存が強まる時代の流れに合致するのかもしれない。

エリック・リースが新刊で訴える「腐敗しない組織」、そして『リーン・スタートアップ』の新装版刊行

longnow.org

エリック・リースというと、なんといっても『リーン・スタートアップ ムダのない起業プロセスでイノベーションを生みだす』で知られるが、その彼が新刊『Incorruptible』を受けて、ロングナウ財団で講演を行っている。

その動画も全編公開されてるよ。

彼の新刊の副題は、「なぜ良い企業がダメになり、偉大な企業は偉大なままなのか」で、これだけ見るとジム・コリンズ『ビジョナリー・カンパニー2』(asin:4822242633)っぽい。でも、あの本で題材となった企業の多くが後にダメになった話がダニエル・カーネマン『ファスト&スロー』(asin:4150504105)にあったよなー、とか思ってしまった。

エリック・リースが新刊で書くのは、「腐敗しない(Incorruptible)組織」が偉大な企業の条件であるという話のようだ。

彼は、多くの企業が官僚的になったり、その使命を見失う原因を、「金融重力(Financial Gravity)」という言葉で表現しており、その背景には株主至上主義や、多くの企業が採用する「ベストプラクティス」が企業の長期的価値を損なっていることを指摘する。

企業は単なる収支としての利益ではなく、人類にとっての繁栄を最大化することを目指すべきであり、それを実現するために組織の設計時点で Incorruptible にしないといけないとリースは訴えている。

なるほどねぇ。果たしてこの本の邦訳は出るでしょうか。

さて、上でエリック・リースといえば『リーン・スタートアップ』と書いたが、来月にはこの本の新装版が出るのね。もはや、一種のテック系読み物の古典といってよいだろう。

邦訳の刊行が期待される洋書を紹介しまくることにする(2026年版)

今年も私的ゴールデンウィーク恒例企画である「邦訳の刊行が期待される洋書を紹介しまくることにする」を公開する時期となった(過去回は「洋書紹介特集」カテゴリから辿れます)。

過去一年で本ブログでとりあげた洋書(で未だ邦訳が出ていないもの)をまとめるものだが、今回は全30冊の洋書を紹介させてもらう。というか、ちょうど30冊になるよう調整させてもらった。

既に邦訳が出ていたり、またこれから出るという情報をご存知の方は、コメントなりメールなりで教えていただけると幸いです。

ジェイク・タッパーAlex ThompsonOriginal Sin: President Biden's Decline, Its Cover-up, and His Disastrous Choice to Run Again

まぁ、こうやって取り上げておいてなんだが、この本の邦訳は出ないだろう。大統領としてのジョー・バイデン並びにドナルド・トランプの評価とは別に、狂王トランプについての本は、今もこれからも翻訳され続けるだろうが、バイデンの本はそうもいくまい。

それ自体、不幸なことなのかもしれないが、それは少なからずバイデン自身の責任でもある。

スティーブ・ウィルソン『The Developer's Playbook for Large Language Model Security: Building Secure AI Applications』

著者については@IT の(PR)記事がまとまっている。書籍版が出るまで待てない方は、オライリー本家のサイトの AI 翻訳「大規模言語モデルのセキュリティに関する開発者のプレイブック」を読まれるのがよいでしょう。

Daniel de Visé『The Blues Brothers: An Epic Friendship, the Rise of Improv, and the Making of an American Film Classic』

単体の映画についての本の邦訳は難しいと思うが、未だ好きなんだよなぁ、『ブルース・ブラザーズ』。

そうそう、『ブルース・ブラザーズ』といえば、3月には開業25周年の USJ でブルース・ブラザーズが17年ぶりに再登場なんてのもあったらしいね。

Len Noe『Human Hacked: My Life and Lessons as the World's First Augmented Ethical Hacker』

「世界初の拡張現実エシカルハッカー」とか中二病心をくすぐるじゃないですか!

この本の詳しい情報については本の公式サイトをあたってくだされ。

Sam Cole『How Sex Changed the Internet and the Internet Changed Sex: An Unexpected History』

これの邦訳はさすがに難しいかなと思うが、そういえば彼女が結婚式をあげるにあたり、結婚式についてネットで調べた途端に「ブライダル・アルゴリズム」に飲み込まれたという記事が面白かったな。

ニック・クレッグ『How to Save the Internet: The Threat to Global Connection in the Age of AI and Political Conflict』

ポジショントークそのものというべき主張とも言えるので邦訳は難しいだろうが、前にも書いたように先進国の副首相と世界有数のビッグテック企業の国際問題担当社長の両方を務めた人物となると他にいないわけでね。

なお、ニック・クレッグは今年3月、英国のデータセンター企業の NScale の取締役会に加わったとな。

ジミー・ウェールズ、ダン・ガードナー(Dan Gardner)『The Seven Rules of Trust: A Blueprint for Building Things That Last

やはりワタシは Wikipedia のジミー・ウェールズの本ということで注目するわけだが、共著者が『リスクにあなたは騙される』(asin:415050413X)、『専門家の予測はサルにも劣る』(asin:4864101663)の著者であり、また『BIG THINGS どデカいことを成し遂げたヤツらはなにをしたのか?』(asin:476314037X)、『超予測力:不確実な時代の先を読む10カ条』(asin:4152096446)と本書のような共著経験も豊富なダン・ガードナーとのことで、かっちり読みやすい本に仕上がってると思うわけです。

マーカス・デュ・ソートイ『Blueprints: How Mathematics Shapes Creativity』

ちょうど今日『世界のエリートが学んでいる数学的思考法』(asin:4815630445)が出たばかりの著者の最新刊で、これは黙っていてもいずれ邦訳が出るでしょう。結城浩さんもそうだが、数学をネタに面白い本を書ける人は強いなぁ。

Dan WangBreakneck: China's Quest to Engineer the Future

これは今、絶賛翻訳中だと期待するが、果たして今年中に邦訳出ますかね。

そうそう、少し前にジョゼフ・ヒースが「文明の2つの極:アメリカと中国は人類の未来を示しているのか」でこの本における米中の比較について、「ワンには最大限の敬意を表したいが、この比較は私には表層的に思える」と率直に書いていた。

ジーン・トウェンギ(Jean Twenge)『10 Rules for Raising Kids in a High-Tech World: How Parents Can Stop Smartphones, Social Media, and Gaming from Taking Over Their Children's Lives』

子供のスマホやソーシャルメディアの利用を年齢で制限したいという欲望は世界的潮流で、それ自体は理解できないでもない。ただ、現実には子供たちは抜け穴を見つけるし、年齢確認のために収集した情報もハッカーのターゲットになるなど問題も多いので、難しいには違いない。そうした意味で、親視点に寄り添い、指針を与えるこの本はうまいところを狙ったと思う。

Blaise Agüera y Arcas の本

彼ぐらいのキャリアの人が『生命とは何か?』、『知能とは何か?』という本質的な主題に見える本を書いたとなると内容が気になるところで、しっかりした翻訳で読みたいところである。

昨年秋に来日した彼が行った講演については、「生命はなぜ、生まれざるをえなかったのか」も参考になる。

ティム・バーナーズ=リーThis Is for Everyone: The Unfinished Story of the World Wide Web

Word Wide Web の父の本なんだから、来年には邦訳が読めると期待していいよね?

そういえば、この本についてはニコラス・カー先生が辛辣な書評を書いていて、カー先生らしいなと思ったものである。

Hagen Blix、Ingeborg Glimmer『Why we fear AI: On the Interpretation of Nightmares』

これはブライアン・マーチャントによるインタビューが異様に面白かったので俄然読みたくなった本だが、さすがに邦訳は難しいですかねぇ。

マイケル・ペイリンMichael Palin in Venezuela

いや、正直、今更マイケル・ペイリンの旅行本は邦訳が期待できないことくらい分かっていた。が、今年のはじめに米国がベネゼエラを攻撃し、マドゥロ大統領を拘束というビックリな事態になってみると、途端に彼のベネゼエラ旅行本が注目されるのではという気になったわけである。実際、番組撮影中にマイケルは撮影クルーと共に武装民兵に拘束されるといういかにもトラブルに巻き込まれている(なにせ、世界で最も一人旅が危険な国だから)。

しかし……その後、ドナルド・トランプがあっちゃこっちゃと世界にトラブルを引き起こし続けてしまうと、ベネゼエラへの注目も失せてしまった。残念な話である。

ビル・マッキベン(Bill McKibben)『Here Comes the Sun: a Last Chance for the Climate and a Fresh Chance for Civilization』

ビル・マッキベンというと、『ディープエコノミー 生命を育む経済へ』(asin:4862760295)以降15年以上邦訳が出てないが、まさかまた彼の仕事が注目されることになるとはね。しかし、資源に乏しい日本で再生可能エネルギーを巡る状況は明るくないというのは不幸な話に違いない。

デーヴィッド・マークス(W. David Marx)『Blank Space: A Cultural History of the Twenty-First Century』

デーヴィッド・マークスの本となれば、いずれは邦訳が出るのだろうが、まぁ、来年以降でしょうな。

ティム・ウー(Tim Wu)『The Age of Extraction: How Tech Platforms Conquered the Economy and Threaten Our Future Prosperity』

本来ならこの本の邦訳は、コリイ・ドクトロウ『Enshitification』との比較で論じられてほしいので、両方が同じ時期に出てほしいのだが、そう都合よくはいかないだろうな。しかし、『Enshitification』の邦訳の話もまだ聞かないなぁ……。

Keza MacDonald『Super Nintendo: How One Japanese Company Helped the World Have Fun』

著者は Guardian のゲーム担当記者で、任天堂本社に取材して書かれた本ということで邦訳を期待したくなる。ワタシが引用した箇所も感動的ですらあったし。

ジーン・キム、Steve Yegge『Vibe Coding: Building Production-Grade Software With GenAI, Chat, Agents, and Beyond』

書名が直球すぎてたじろいでしまうが、Anthropic のダリオ・アモデイが序文書いているというのもすごいよな。

ただ、この本の邦訳が出るとして、その頃に「バイブコーディング」の意味合いがどうなってるかまったく読めないのはあるわね。

Cindy Cohn『Privacy's Defender: My Thirty-Year Fight Against Digital Surveillance』

ローレンス・レッシグ、ブルース・シュナイアー、エドワード・スノーデンといったこのブログでもおなじみの面々が推薦の言葉を寄せているが、彼女の仕事を考えれば当然ともいえる。

Paul Fischer『The Last Kings of Hollywood: Coppola, Lucas, Spielberg - And the Battle for the Soul of American Cinema』

これいかにも面白そうな本なのだが、「ハリウッド最後の王たち」が全員生きている間に邦訳が出てくれるかどうか。

コリイ・ドクトロウ『The Reverse Centaur's Guide to Life After AI: How to Think About Artificial Intelligence—Before It's Too Late』

発売は今年6月なので、まだ内容は分からないのだが、そりゃ彼に AI 本の注文は行くわね。でも、それより何より『Enshitification』の邦訳が出てくれ!

Gaia Bernstein『Unwired: Gaining Control over Addictive Technologies』

これは本のテーマ的にとても現在的で重要だと思うのだが、この本についての日本語情報がまったく見当たらないんだよな……。この本については、著者のサイトのページを参照ください。

David Pogue『Apple: The First 50 Years』

ワタシが就職した30年前、Apple Computer はかなり厳しい状態だったわけで、まさか30年後にこうなるとは夢にも思わなかった。その Apple の多くの関係者に取材しながら書かれたその50年史は、人物伝や権力闘争よりもプロダクトを語るものになってるようで、邦訳が期待される。

この本については書籍の公式ページを参照くだされ。

それでは、皆さん、楽しいゴールデンウィークをお過ごしください。

「「Just for Fun」から遠く離れて」に含められなかった文章など

wirelesswire.jp

先週公開された WirelessWire 連載の最新回だが、期待したほどのアテンションを得られなかったので、恨みがましくその後の話を書いておく。主に、この文章に入れるべきだったのに、ワタシの観測範囲が狭かったために入れられなかった話である。

www.404media.co

MALUS だが、わずかな料金を支払えば、どんなソフトウェアでも元のライセンスから「解放」されたそのソフトウェアの新しいバージョンを AI を使って作成するサービスである。ワタシが文章で書いた「コミュニティを還元することなくOSSを商用化してしまう可能性」を現実のものにし、既に脆弱な OSS のエコシステムを覆しかねないものである。

これは先月には既に話題になっていたようだが、ワタシは 404 Media の記事を読んでようやく知ったくらいで、知っていたら「「Just for Fun」から遠く離れて」で絶対言及していたのに、と悔しく思った……が、これは飽くまで「風刺作品」なのね。

MALUS の共同創業者のマイク・ノーランは、オープンソースソフトウェアの政治経済を研究し、現在は国連で勤務している人物とのことで、OSS に内在する危険性を実感してもらうために MALUS を作ったとのこと。

「私は10年以上、こうした(オープンソース)コミュニティに関する研究を発表してきたが、ソフトウェアアプリケーションの80%か90%が自分たちに依存してるのだから、オープンソースは勝利したとずっと繰り返し聞かされてきた。でも、彼らは巨大な労働者コミュニティの徹底的な搾取に依存しているだけなんだ。Google がオープンソースを利用しているから勝っていると自分を納得させてるけど、自分たちのソフトウェアが特定のライセンスで提供されているから、それが倫理的であるかのように振る舞っているだけだ」というノーランの言葉は辛辣である。

zenn.dev

AI Slop 問題について語るのに、それを受けつける側のとても貴重な証言である。せっかく先月には公開されていたのに見逃していた。

和田裕介さん関係では、先週公開されたインタビュー記事「「OSS開発者の憂鬱」のその先へ、AI時代にHono作者が見ている景色」もあわせて読みたい。

「プログラマーの三大美徳」として知られる怠惰、短気、傲慢のうち「怠惰」が失われようとしている話だが、「「Just for Fun」から遠く離れて」の中で、コードのコミット量の観点での AI の人間への優位性の話に関連して取り上げるつもりが、うっかり漏れてしまっていた。

「プログラマーの三大美徳」といえば、先週「なぜ、「プログラマーの三大美徳」は日本でばかり有名なのか?」という文章も評判になった。

この文章の中で著者自身、「日本でばかり有名」という言い方はやや雑と認めているが、ワタシが昔訳した「礼儀正しさ重要」でも「プログラマーの三大美徳」が論じられているのを思い出した。やはり「日本でばかり有名」というのは言い過ぎと思うが、「日本語圏は用途拡張が強かった」というのはそうなのかもしれない。

ナラヤナン&カプール『AI過大評価社会』がようやく出る

Yuta Kashino さんの投稿で、ナラヤナン&カプールの『AI Snake Oil』の邦訳『AI過大評価社会』の邦題で今週出るのを知る。

ワタシがナラヤナン&カプールの仕事を最初に取り上げたのは、2023年はじめの「インチキAIに騙されないために」で3年以上前になる。

その時点で書籍化の意思を彼らは明言していたが、実際に書籍化されたのは2024年9月であり、それからおよそ一年半での邦訳刊行であり、この手の本にしては早い部類かもしれない。

そうした意味で、このエントリのタイトルに「ようやく」と入れたのは不当ですね。すいません。

しかし、ワタシがそう感じるのは、上記の通り、自分が3年以上前に取り上げているというのもあるが、何より AI 分野の動きの速さゆえだろう。

ナラヤナン&カプールの次の仕事は、ワタシも昨年夏に「AIもメタクソ化の道を辿るのか、あるいは「普通の技術」に落ち着くか」で取り上げた「普通のテクノロジーとしてのAI」論である。

彼らはニュースレターの名前をそれに変えており、やはり書籍化を明言している。

が、多分それは今年ではなく来年になろうし、その邦訳が出る頃にはどうさねぇとも思ってしまう。とにかく動きが速すぎるんだよな……。

インターネットアーカイブがネットで消えゆく文化を論じる『Vanishing Culture』が書籍化

blog.archive.org

Internet Archive による Vanishing Culture が書籍化された。

(Kindle 版も出ているが、デジタル版は上でリンクしたサイトで無料ダウンロードできるので、ここではリンクしない)

この報告書については「アーカイブの危機とメンテナンスの大事さ」で昨年はじめに取り上げている……ってもう一年以上前になるのか。

しかし、なんで書籍化なのか。

書籍化を受けて Internet Archive がイベントを実施しているのだが、ブリュースター・ケールは、デジタル時代においても本という形態を愛し、永続的に保存するための「健全な本のエコシステム」を構築したいという思いから出版部門を立ち上げたと述べている。

『Vanishing Culture』が提起している問題は、以下の3つである。

  1. 「インターネット上のものは永遠に残る」というのはただの誤解で、多くの文化遺産が失われつつあるという現実
  2. 映像、音楽、電子書籍など現代のメディアは、消費者が「購入」したと思っても実際には所有しておらず、ストリーミング配信やライセンス契約により、企業側の都合でいつでも削除されるリスクがある
  3. パブリッシャーである企業が長期的なアクセスよりも短期的な利益を優先することも文化消失に拍車をかけている

この動画によると、『Vanishing Culture』の第二弾の制作が進んでいるそうで、一年後くらいには出版される予定とのこと。Internet Archive の出版部門は、今後も文化保存に関する書籍の出版を検討しているとのこと。

blog.archive.org

これも先週の記事だが、Pew Research Center の調査によると、10年前のウェブページの38%、および過去10年間にサンプリングされたページの約25%が現在ではアクセス不能となっているとのこと。Wayback Machine が保存しているのは、それらのうちの約15%とのことである。

Internet Archive が紙の出版に乗り出すというのは、そうした現状に対する危機意識があるのだろう。

1981年のアーケードゲーム『Tempest』とそのリメイクのソースコードを詳しく解説する電子書籍

tempest.homemade.systems

1981年に発売されたアーケードゲーム『Tempest』は、ベクタースキャンを使用したシューティングゲームで、まぁ、どういうゲームかは動画を見てくださいな。

今見るとシンプルながら斬新な作りになっているが、この『Tempest』並びにその1994年のリメイクである『Tempest 2000』のソースコードをそれこそ一行一行読み解く電子書籍を Tempest vs Tempest というサイトで公開している。途中から2ページずつ読む構成になっており、左側にオリジナルのコード、右側の著者の注釈が配置されている。

すごいことをする人がいるものだ。これがクリエイティブ・コモンズの表示 - 非営利 - 継承 3.0 非移植ライセンスで公開されており、まさに Internet Archive の『Vanishing Culture』でも訴えられている「文化の保存」の一つの試みと言える。

ネタ元は Boing Boing

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