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ルー・リードのインタビュー発掘:偏屈オヤジはエレカシをどう聴いたか

本当は読書記録を書くべき本がたまっているのだが、今風邪でひどい状態なため、1989年から2004年あたりまでおよそ15年間読者だった雑誌 rockin' on から記事を発掘する「ロック問はず語り」でお茶を濁したいと思う。

今回取り上げるのは、昨年秋に惜しくも亡くなったルー・リードについての記事である。

彼のインタビュアーに対する当たりの強さは有名だが、ロキノンで実際に彼にインタビューした人はどうだったか。まず1996年6月号の「知ってるつもり?!」というどこか聞いたような名前のコーナーにおける「ルー・リードっていい人? 悪い人? どんな人?」という回における証言を見てみよう。

この回の対談者は中本浩二と井上貴子で、彼らは確か今も株式会社ロッキング・オンに在籍されているのだろうか。ちなみに前者は仲本工事の書き間違えではないし、後者も主に90年代に活躍した女子プロレスラーとは同名異人である。

インタビュー現場におけるルー・リードを中本浩二はこう語る。

中本――実は俺、『ソングス・フォー・ドレラ』の方が『NEW YORK』より鮮明に記憶が残ってんだよなあ。ほれ、うちらが初めて観たルー・リードって、この時の来日じゃん。で、あの伝説のヴェルヴェット・アンダーグラウンドが垣間見られたモーリン・タッカー入りの『NEW YORK』も確かに素晴らしかったけど、ジョン・ケイルと二人だけの『ドレラ』なんて、もう化け物みたいなテンションだったじゃん。途中、ルーが延々とギター・ソロを弾く箇所があったんだけど、ステージ上にあるスタンドの灰皿がビビビビッてハウっちゃってさ、それをルーが”うるせえっ!”ってギター弾きながら蹴り倒すんだよ。クーーッ、かっくいー!
井上――ひどい。自分で灰皿用意させたクセに。92年のインタビューで実際会った彼もやっぱヒトデナシでした?
中本――んー、なんかいちいち人を恫喝するような返答ばっかしててさあ、それがあまりにルー・リードらしいんで「ひゃははは」と手を叩いて笑ったら、その場がシーンとしちゃってさあ。
井上――………………命知らずな。
中本――でも、おかげで妙に気に入られたみたい。最後に自分の方から握手の手を差し出してくるわ、予定時間をとっくにオーバーしてるのに「他に聞きたいことはないか? まだ答えてやるぞ」と言ってくるわ。
井上――で、どうしたんですか!?
中本――別にないですって言っちゃった。

なかなかこいつも命知らずのツワモノである。確か彼は当時ロリコンとか女性差別主義者の豚とか自分で標榜して、小田島久恵にちんこ見せたりしてたっけ。そして、1996年12月号において井上貴子がルー御大にインタビューするのだが、LUSH の取材中に電話がかかってきて、2時間後に20分だけインタビューしてやってもよい、というかなりシビアな条件下だった。

井上貴子はリード文でこう述懐する。

怖い。山下えりかさんが二度と通訳したくないほどイヤな奴だったとか言ってたのを思い出す。
挨拶するとギロッと威嚇され、インタビュー中も目を背けた方が負けだと言わんばかりにこちらを凝視する。時折、試すように、皮肉だか冗談だかわからない言葉を真顔で語り、私が清水の舞台からダイブする覚悟でこわごわ笑うと、じーっと顔を覗き込む。

しかし、この井上貴子さん、その天然ぶりを当時の編集長である増井修にいじられていたが、堂々清水の舞台からルー・リードにダイブをかましている。

「......(質問表を覗いているインタビュアーに向かって)そもそも君はインタビューをどれくらいやってるんだ?」
●えっ? 私ですか? えーと、六年くらいです。
「六年だって? 君が? 大体、君の名前は何て言うんだ?」
●貴子です。
「タタコ?」
●たかこ。
「タコ」
●た・か・こ。
「タタコ?」
●………。えーと、それと、若く見えるかもしれませんが、これでも一応三十一歳なんです。
「それは不可能だ!! おい、ベス、聞いたか? 彼女、これで三十一だって言うんだぞ」
マネージャー「まったくそう見えないわよね」
「養女になる気はないかと訊こうと思ってたのに」
●…………。
「でも、俺も三十一の頃には、君のようだったな」
マネージャー「(爆笑)」

これはかなりルー親父にかなり気に入られているのではないか。

「ひどいもんだと思ったよ。別に若くもないのに誰もが若造扱いをする。しかし、君にはわかっているだろうけど、若く見られることにも利点はある。まず、さまざまなことを見逃してもらえるということがあるな。誰もこいつじゃわからなくたってしょうがないかって考えるんだ。ところで、君は大学を出たのか?」
●はい。
「どこで?」
●京都です。
「どこまで?」
●大学まで行きました。
「何を勉強したんだ?」
社会学科です。
社会学科だって? 前途洋々じゃないか(笑)。俺が英語をやってたのと同じくらいどうしようもない学歴だな」

だからお前のユーモアセンスは分かりにくいんだよ! こんなこと言われたら笑っていいかわからんっての。インタビューの最後で、ルー親父から意外なリクエストが出る。

●……わかりました。じゃ、明日のライブは一つ時差ボケを直してウキウキな気分でお願いします。
「もちろん、そうするさ、それは約束できるよ。あ、ちなみに君の質問、とてもおもしろかった」
●えっ? どうもありがとうございます。
「冗談だろうと思ってるかもしれないけど、本当だぞ。たいていの取材より質問がおもしろくて、実際、何を訊かれるものかとひやひやもんになった瞬間もあった」
●…………はははは。
「ところで君のおすすめで、俺が聴いて気に入りそうな日本のミュージシャンを教えてほしいんだが」
●えーっ、あなたの気に入りそうな音楽ですか? そ、それは…………………………えーっとエレファント・カシマシとか……。
「エレファント?」
●カ・シ・マ・シ、です。ギターサウンドがカッコいいんです。三島の歌は歌ってませんが、男はサムライとか歌ってます。
「(突然ワーナー担当I氏の方を振り向いて)君は知ってるか?」
ワーナー担当I氏「はい」
「じゃ、明日買ってくるように」
●ひぇー。

ルー親父、かなり井上貴子を気に入ったようで、日本のミュージシャンのお勧めを所望している。しかし、1996年のエレファント・カシマシということは、一度メジャーから契約を切られた後、ポニーキャニオンと契約し、「今宵の月のように」による一般的なブレイク直前、アルバムなら『ココロに花を』のあたりだろうか。

果たしてルー・リードはエレファント・カシマシを聴いてどんな感想を持ったのだろう?

セット・ザ・トワイライト・リーリング

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ココロに花を

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