当ブログは YAMDAS Project の更新履歴ページです。2019年よりはてなブログに移転しました。

Twitter はてなアンテナに追加 Feedlyに登録 RSS

ソール・グリフィス『すべてを電化せよ!』をご恵贈いただいた

yamdas.hatenablog.com

原書、そして邦訳刊行を取り上げた関係で、オライリー・ジャパンの田村さんよりご恵贈いただいた。

「科学と実現可能な技術に基づく脱炭素化のアクションプラン」との副題だが、こうして読んでみると、なかなかにラディカルな指針が綴られた本である。

著者は、完全な脱炭素化しか道はないと最初に明確に述べ、気候変動(もはや気候危機?)を解決するための「ワクチン」としてクリーンエネルギー・インフラストラクチャ、膨大な電化転換とそれを可能にする電力網の大幅な拡大を道筋として示す。今では気候変動への対処には奇跡が必要と思われているが、それは違う。上記の電化を実現するハードワークが必要なだけだ! それで我々は自動車や快適な住居を諦めることなく、豊かな未来を実現できる、と訴える。そして、その変化でむしろ何百万もの雇用の創出があることも抜かりなく示す。

もちろんこれは並大抵なハードルではない。米国では現在の3倍の電力供給が必要になるし、米国の平均世帯がすべてを再生可能エネルギーに移行するにはおよそ4万ドルかかる(が、コロナ禍前でさえ、米国の40%の世帯は非常資金として400ドル足らずの銀行資金しか持たなかった)。逆に言えば、「時間は思ったよりも残されていない」という章タイトルにも明らかなように、気候変動を安定化させるのが手遅れとする「ティッピング・ポイント」は、これまで考えられたよりも早期に起こるという著者の危機意識は大きい。

「すべてを電化」するには、これまでと違った発想が必要になる。斬新的な方法論、例えば「リデュース! リユーズ! リサイクル!」という呪文は「1970年代の効率環境主義」と退けられる。もはや「効率」の話ではなく、「転換主義マインドセット」が必要というわけだが、これは日本人にはかなりキツい話だと思う。

本書では大幅な電力網の拡充とともに「グリッド中立性」が重要だと繰り返される。ワタシなどティム・ウーの「ネットワーク中立性」の話、インターネットを送電網になぞらえる議論はニコラス・カー『クラウド化する世界』(asin:4798116211)を思い出したりもした。

本書の完全電化のプランを実現すれば、現在世界が使用している半分のエネルギーしか必要でなくなるなど利点も大きいが、その実現には大きな摩擦や抵抗が予測される。それに対して著者は実現可能な道筋をできるだけ示そうとしているし、以下のくだりなどワタシも深く首肯するものである。

 私は昔から、規則や規制には有効期限が必要だと考えている。ほとんどの法は20年以上続けるべきではない。なぜなら十分な時間さえあれば、人はあらゆる規則や規制を堕落させる、または回避する方法を考えつくものだからだ。(中略)ここで強調したいのは、規則や規制の整理には単に新法の制定にとどまらず、壊れた古い法の撤廃も重要だということだ。(p.227)

また本書では、懐疑的な姿勢を示しつつも原子力発電は否定されていない。少し前に若い環境活動家が「オールドファッション」なアンチ原発のスタンスを変えろとグリーンピースを突き上げている話を読んだが、本書では自動運転車を「シリコンバレー印のガマの油」でしかないと一刀両断していたりしていろいろ興味深かった。

 木を植えるベストタイムは30年前だ。そしてセカンドベストタイムは今日である。(p.322)

著者は本書のプランの実現を、ルーズベルト大統領のもとでのニューディール政策、そしてそれに続く第二次世界大戦時の生産体制になぞらえ、「"ゼロ"次世界大戦への動員」と書く。しかし、原書刊行後に勃発したロシアによるウクライナ侵攻は、この章の読み心地をかなり変えてしまったように思う。しかし、著者はバイデン政権が制定したインフレ低減法を「すべてを電化せよ」法案と自賛しており、自信は揺らいでないようだ。

上に日本人のマインドセット的にツラい話を書いたが、今の日本に目を向けると、メガソーラーにしろ風力発電にしろ汚職がらみでニュースになることが多く、「ノーモア メガソーラー」を宣言する地方自治体が出てくる始末。本書の話の実現性には暗い見方をしてしまいそうなるが、「訳者あとがき」が、著者に感化されて自宅にソーラーパネルを導入した訳者による、本書の力強い解説になっている。

本書は良き訳者を持った。

[YAMDAS Projectトップページ]


クリエイティブ・コモンズ・ライセンス
YAMDAS現更新履歴のテキストは、クリエイティブ・コモンズ 表示 - 非営利 - 継承 4.0 国際 ライセンスの下に提供されています。

Copyright (c) 2003-2023 yomoyomo (E-mail: ymgrtq at yamdas dot org)