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藤井聡太八冠誕生で思い出す、かつて羽生善治を負かしてみせると宣言して本当に負かした棋士の話

togetter.com

先週は「証言者バラエティ アンタウォッチマン!緊急特番! おめでとう藤井聡太八冠 強さの秘密を徹底検証2時間SP!」なんてのもあったが、羽生善治が七冠達成したときもそんなテレビ特番なかったはずで、驚きである。

藤井聡太八冠に注目が集まるのは仕方ないとして、上でリンクした Togetter で言われている話は将棋ファンとしてワタシも思うところである。が、ワタシはもう少し他の棋士、特に若手棋士を辛辣に見ている。

かつて、谷川浩司十七世名人の「20代、30代の棋士たちに『君たち悔しくないのか』と言いたい気持ちもあります」という若手に対する叱咤があったが、こうなるもっと前に、藤井聡太に勝ってやる! という気持ちを公言して挑むような棋士がほとんどいなかったのが不甲斐ないと思うのだ。今だって、それこそ羽生善治が七冠独占したときの森下卓のように「屈辱以外の何ものでもない」くらいのことを言う人がいないのはどうかと思った。

クローズアップ現代の藤井聡太特集で、最後に桑子真帆アナに「これから藤井八冠とどう戦っていきますか?」と聞かれ、渡辺明九段が「さぁ」と答えていて大笑いしてしまったが、本当にその時不機嫌で言ってしまったとのこと。不機嫌、大いに結構。渡辺明九段には、憤懣をぜひ盤上で藤井聡太相手に存分にぶちまけていただきたい。

www.nankagun.com

白鳥士郎による優れた考察を読み、藤井聡太八冠以外の棋士がどのように考えているか大分分かったのだけど、いささか物分かりが良すぎると思うところも残る。

でも、羽生善治が中学生でプロデビューして勝ちまくったときも今と同じような感じじゃなかったの? と言われるかもしれない。

そうではなかったのだ。羽生善治が初めてのタイトル戦に出るあたり、つまり彼が文句なしの第一人者になろうとするところで、猛然と突っ張って見せ、そして結果を出した棋士がいたのだ。

河口俊彦『一局の将棋 一回の人生』に収録されている「日浦五段の突っ張り」から、長くなるが引用する。

 竜王戦の挑戦者になってから、すこし様子がおかしく、よく負ける。にもかかわらず、羽生が実力は一番、の評価はますます高まりつつある。
 そこへ、「そんなことはない。羽生君に八割以上も勝たせるのはおかしいんじゃないか」と言う若者が現われた。日浦市郎五段だが、さしたる実績もなく、羽生に負かされていながら、そんなことを言いだしたのだから、仲間は呆れた。
(中略)
 つまり、将来は名人、近く竜王になろうかという羽生を、負かしてみせる、と言うのは大変な勇気がいる。日浦はそう言ったあと、王座戦、新人王戦と二度対戦し、どちらも勝ってしまった。これにはみんなビックリ。(中略)
 なんで日浦が勝てるのかといえば、負け犬根性がないからだろう。獣が牙をむいたように、負かしてやる、の気持ちをあらわにする。対局前も、早く着いてさっさと上座に坐り、当り前という顔だったそうだ。
「相手が強いと思うと辛抱できない。辛抱しても最後には負かされると思えば、ついつい暴走してしまう。羽生君に負かされている人はみんなそうです。むしろ嫌がらせをするぐらいの気持でないと勝てない」
 対談でそんなことを言っているが、羽生も、こういう相手とぶつかったのははじめてだろう。そのせいか、二度とも終盤でひっくり返された。気圧されるものがあったに違いない。

その後は、日浦市郎という人の当時の若手棋士と少し異なる妥協を許さない人柄が紹介され、「公約通り羽生を負かして男を上げた日浦は、すっかり自信をつけて、その直後、新人王戦で優勝した」という文で終わっている。

今読むと、日浦五段(当時)が語る「辛抱しても最後には負かされると思えば、ついつい暴走してしまう」というのが、渡辺明九段の「対藤井戦においては、つい自爆してしまうような負け方もありました」という言葉に重なるようにも思える。

上で引用した話は良いなと以前から思っていて、それこそ藤井聡太八冠がタイトルを総取りするより前に紹介しようと機会をうかがっていた。しかし、そのタイミングを逃してしまった。なぜか?

日浦市郎(現八段)その人が、コロナ禍における臨時対局規定に立て続けに違反してマスク着用を拒否し、対局停止3ヵ月の懲戒処分を受け、現在まで裁判沙汰になるなど、妥協を許さない人柄が発揮されすぎたため、取り上げる気持ちが萎えたためだ。またこの書きぶりから分かると思うが、この件でワタシ自身は日浦市郎八段の反マスクの姿勢に賛同しないからというのもある。

しかし、某所にこの話を漏らしたところ、やはりブログに書くべきと勧められたので、時宜を逸しすぎたが書いてみた。

タイトル戦に加えてトーナメント棋戦をもすべて優勝してしまう藤井聡太八冠の圧倒的な勝ちぶりを見ると、羽生善治九段が最初に獲得した竜王位を翌年奪い、王将戦で一度七冠達成を阻止し、七冠達成されてしまった後にも竜王、名人の二大タイトルを羽生から奪取した谷川浩司十七世名人がいかに天才かが逆説的に分かる。

谷川浩司十七世名人の不幸は、大山康晴に対する升田幸三中原誠に対する米長邦雄のような年の差5歳以内のライバルがいなかったことがある。羽生善治九段は、逆に「羽生世代」と言われるほど近い歳の実力者が何人もおり、その全盛期を長くしたと言えるかもしれない。

渡辺明九段についても同じ不幸が言われるが、藤井聡太八冠の場合、そのあたりこれからどうなるのだろうか。そうした意味で、竜王戦で彼に挑戦している伊藤匠七段の頑張りに期待したい。

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