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どん底からの脱出――将棋のA級順位戦で1勝4敗というのはどういうことか

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将棋の名人戦の挑戦者を決めるA級順位戦が、5回戦まで終了し、斎藤慎太郎八段が負けなしの5連勝で、昨年に続く2年連続の名人戦挑戦に向けて快調である。

さて、最初にA級順位戦について「名人戦の挑戦者を決める」と書いたが、誰が名人の挑戦するかを決める戦いであるとともに、誰がA級、つまりは将棋界における「一流」の地位から落ちるかを決める戦いという厳しい側面もある。というか、将棋ファンは前者と同じくらい、年によってはそれ以上に後者に注目する。

今年も誰が落ちるかが密かに注目されている。羽生善治九段が1勝4敗だからだ。特に彼の今年の順位は8位で下位のため、それも不利に働く(最終戦を終えて同じ勝ち数の場合、順位が下位の棋士から降級になるため)。

「A級順位戦で1勝4敗」というので思い出した文章があるので書いておきたい。

それは河口俊彦の「どん底からの脱出」というタイトルの文章だったと思う。おい、「と思う」とはどういうことだと言われそうだが、その文章を収録した新潮文庫が実家にあり、手元にないため、以下の内容はすべてワタシの記憶に依る。もっとも、ワタシはその著者の河口俊彦自身から、「オレ、アンタみたいにオレの文章読んでる人嫌いなんだよ」と面と向かって言われた人間なので、内容に大きな相違はないはずである。

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河口俊彦が「どん底からの脱出」で書いたのは、昭和60年度のA級順位戦における米長邦雄永世棋聖の戦いである。

当時、米長邦雄は全盛期にあった。十段、棋聖棋王、王将のタイトルを獲得し四冠王となり、「世界一将棋が強い男」とも称された。だいたい20代前半で最初のピークを迎える将棋界において、40歳前後でそれを迎えた米長邦雄という人の特異さに気づかされるが、ともかくそこからの転落も早かった。

すぐに宿敵中原誠に王将位、それまでカモ筋にしていた桐山清澄に棋王位を奪われて二冠に後退した。特にひどかったのはA級順位戦で、5回戦まで終えて1勝4敗、特にこの年度は、その前年度に大山康晴十五世名人が癌手術のため休場していた影響で定員が一人多く、降級枠も一名多い3名のため、なおさら厳しい状況にあった。

その頃のある日、河口俊彦米長邦雄将棋会館で顔を合わせた。お互い対局を終えた後だったと思うが、せっかくなので食事でも、と同じく会館にいた若手棋士2人とともに新宿のステーキ屋に出向いた。

店で席に着くと、米長は若手棋士が将棋新聞(週刊将棋)を持っているのに目を留めた。その見出しに「米長1勝4敗、降級赤ランプ」とデカデカと書かれている。当時は今よりそういうのに遠慮がなかったのだろう。

「これは本当のことかね?」と米長は独り言のように尋ねた。河口は仕方なく「その星じゃあね」と正直に答えた。

すると米長は、数十分ワイングラスを手にして紙面を見つめたままでステーキに手を付けず、「みんな楽しんでるな」と言って店を出た。その後、休みと分かっているバーに何度も行こうとしたりして、河口は「正直、米長は頭がおかしくなったかと思った」とその夜のことを述懐している。

将棋や囲碁の世界には、「負けて強くなれ」といった言い回しがある。河口俊彦は、それをウソと断じる。棋士は勝てば勝つほど強くなるもので、負けて強くなることはない。強い人は勝つことしか知らないからこそ、負けたときの屈辱感が我々常人には計り知れないほど強く、だから一層頑張り、より勝てるようになるという。

少し前に、NHK杯深浦康市九段に完敗した藤井聡太三冠(その後四冠)が机に突っ伏しうなだれる様子が話題になったが、それを見ると河口俊彦の説も分かる気がする。彼は、米長邦雄という将棋史に残る天才が、人生の悪い流れで負け続けてしまったときの有り様を書いたのだ。

話を現在に戻そう。

羽生善治九段は、史上最強の棋士である。そして、そのように書くときに、その彼と同時代人であることをワタシは誇らしくすら感じる。その羽生善治が絶対強者な時代をあまりに長く過ごしてきたため、その彼が降級の危機にあるのが受け入れがたいというのが正直な気持ちだ。

ワタシのような凡人が史上最強の棋士の胸中を想像するなどおこがましいのだけど、羽生善治九段はまだまだやれると思っているはずだし、闘志を失っていないだろう。もはや最強者ではないにしろ、活躍は十分に可能だとワタシは今でも思う。

さて、前述のような有り様だった米長邦雄はその後どうなったか。A級順位戦で有吉道夫九段との勝負で必敗の将棋をひっくり返して逆転勝ちしたことで立ち直り、以後は連戦連勝。棋聖戦を防衛、名将戦で谷川浩司九段を破り優勝、十段戦でもフルセットの末中原誠を破り防衛を果たした。順位戦は1勝4敗の後に5連勝で、加藤一二三九段や大山康晴十五世名人が後半戦で星を落としたため、降級どころか挑戦者のプレーオフまで進んだ。

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そのプレーオフで誰が勝ったかは、ワタシが解説を書いた河口俊彦大山康晴の晩節』を読んでいただきたいところだけど(ネットで調べれば一発ですが)、その後タイトルをすべて失うも50歳名人位を達成した米長邦雄永世棋聖、そして、60代後半にしてより深刻な状況からのA級残留を続けた大山康晴十五世名人の偉大さを思う。

羽生善治九段にもA級順位戦後半戦の巻き返し、そしてタイトル獲得100期の達成を心から願う。

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