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あまり語られない第2回将棋電王戦の最大の成果

今更にして今更の話だが、第2回将棋電王戦は人間側の1勝3敗1引分という結果に終わった。

もう散々話題になった後なので勝負自体についてワタシが付け加えることはほぼないのだが、本棋戦においてワタシが最大の成果と思うことが意外に語られてないように思う。

それは優れた観戦記をたくさん読むことができたということだ。

通常のタイトル戦はその主催紙にまず観戦記が載るが、本棋戦はそうした主催紙による独占がないため、結果ネット上にとても読み応えのある文章を週アス山崎バニラさんは偉いね)や日刊SPA!といった将棋にあまり縁のないネット媒体でも読めたのは長年の将棋ファンとして驚きである。

それで思い出すのは、梅田望夫さんが『シリコンバレーから将棋を観る 羽生善治と現代』において力説していた「指さない将棋ファン」とウェブ観戦記の利点の話である。第2回将棋電王戦について書かれた優れた記事の数々は、梅田さんの正しさを証明したと言えるのではないか。

確かに棋力において、コンピュータは人間を上回ったのかもしれない。しかし、その戦いを言葉で伝え、将棋に詳しくない人をも感動させる文章が書けるのは(今のところ)人間だけなのだ。

そしてその真打と言える文章となると、以下のものだろう。

それぞれの立場の人たちの事情と感情を取材した文章だが、ワタシがこの文章を読んで一番感じたのは、棋士たちの言動に見られる一種の気高さで、彼らの言葉に何度も胸打たれた。

ただ一方で、その気高さこそが今回の人間側の敗因とも言えるのではないか。要はレギュレーションの問題で、今回人間側はコンピュータ側の条件を無自覚に飲みすぎた。そうした「要求」は潔くないという空気もあったろう。今回の結果を見ると、やはり事前の対戦相手のソフトウェア供与は絶対必要だし、何百台ものコンピュータをつなげる相手に丸腰で戦うべきではなく、水面下で条件をつけて箍をかけるべきだったと思う。

上にリンクした文章にも出てくるが、今回電王戦に出場した棋士は、敗れた人は予想できるとして、勝った人も引き分けた人もそれぞれの理由で批判されていて、勝負の世界は厳しい。中でも塚田泰明九段の文字通り泥にまみれた戦いぶりについては批判も多かったが、ワタシは皮肉や冗談でなく、塚田泰明という棋士は、塚田スペシャルの創案者としてでなく(坂田三吉が「銀が泣いている」という言葉で語り継がれるように)本局の将棋によって後世に残ると思うし、塚田泰明はそれを何ら恥じることはない。

こうしてみると、電王戦は最後まで毀誉褒貶あった米長邦雄将棋連盟会長の将棋界に対する最後の功績だったと痛感する(余談だが、米長邦雄はなんだかんだいって一番愛した棋士なので、いずれ彼について文章を書くつもりで、タイトルは「美しき敗者 米長邦雄」に決めているのだが、ワタシの仕事の遅さを考えると、書けたとしても数年後だろうが)。もちろん今回の結果をもって、「もう人間はコンピュータ将棋に勝てないんじゃん」とそっぽを向く人も出るだろう。これをどう未来の将棋界の繁栄につなげていくか、それは今生きる将棋界の人たちにとっての宿題である。

個人的には、電王戦で将棋に興味をもった人が、人間同士の将棋にもっと興味をもつことを将棋ファンとして願う。梅田望夫さんも2013年は、将棋を観はじめるのに最高の年と言ってるくらいだしね!

シリコンバレーから将棋を観る―羽生善治と現代

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われ敗れたり―コンピュータ棋戦のすべてを語る

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