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オッス、オラ、グレゴール・ザムザ!

唐突に始まった企画「世界文学全集」、記念すべき第一回目は、カフカ『変身』です。

本書のクライマックスを再現してみよう。

ザムザ「犬のように殺される!」
ザムザの父「それ『審判』やん。つーか、お前虫やん。いい加減にしなさい」

父親のはりせんが背中にささり、その傷が原因でザムザは絶命するのであった。

今日のトリビアカフカの『変身』は










思いっきりハッピーエンドな描写で終わる。

……え? 意味不明?

脆弱性の発見と通報

圏外からのひとこと」にタレこんだのは、当方が essa さんの見識を信頼しており、自分よりも的確にで切り取ってくれるだろうと考えたわけだが、そのトスの意図をちゃんと理解していただいた例である。

正直言って、新参なブロガーの方々が、有名サイトが取り上げるネタに必死でついていっているのを見るのは少々痛々しいところがある。結局は一行コメントになるのはいいとして、それだけで TrackBack 送ってやんの。新しい情報はまったくゼロなのに。もちろん、各自の勝手ですが。

現在鬱状態で当方のパワーが落ちているのもあるが、自分ではうまいことが書けないのが見切れていれば、むしろ自分よりもうまく書ける人に水を向けたほうが有益だと考えている。

そういうことを考えていて、Eric Raymond の『伽藍とバザール』の一節を思い出した。

何を書けばいいかわかってるのがよいプログラマ。なにを書き直せば(そして使い回せば)いいかわかってるのが、すごいプログラマ

もちろんコードと人を同一視したりはしないが、自分が好きな他人が優れた仕事をするのを素直に喜べるようになると、いろいろいいことがありますよ、とは言っておきたい。

またそれと関連して、ウェブ上でこの人くだらんこと書いているねとイライラすることがあり、しかし自分は特に生産的なことが言えそうもなくて悶々としているところに、冷静で的確な反応をきっちりしてくれる人なんて特に尊敬する。

個人的には、ただただしさんがそうした人である。

経済思想の歴史

山形浩生生誕四十周年企画。正式公開は3月13日の見込みだが、おおっぴらにしてもよいようだ。

ところで、まだなってないにも関わらず山形浩生不惑呼ばわりした某社の編集者は、orkut へのお誘いを無視され、地獄の火の中に投げ込まれる者だ(又吉イエス風)。

百式のイベントに行く

『百式』新刊本発売記念講演に行った。非常にスマートなプレゼンをされるであろうことは予想していたが、大変ためになる有意義な講演だった。いろいろ刺激にもなった。

講演では田口さんが Wiki を活用していることを語られた後、参加者に Wiki を知っているか(使っているか、ではない)尋ねたのだが、手を挙げたのは当方を含め、約40名中、数人だった。少し泣きたくなった。

田口さんは自身の写真を公式には公開していないと記憶するが、大変な二枚目である。blog of the yeah! の映像を見ても思ったことなのだが、blog 界(?)で表に出てくる人には、ルックスが良い人が多い印象がある。

ここがデブやヲタが多い(というイメージがある)オープンソースな人たちと違うところである……というのはいくらなんでも暴言なのだが、ワタシが例えば Yuya さんに期待するのは、そうしたところもある。やはりイメージ戦略が重要であるのを、blog 関係で嫌というほど知らされた身としてはね。また、顔を晒すのが恥ずかしいチビのデブ(じきにハゲが加わる予定)の一人として。

無題

記念講演後の飲み会にも参加したのだが、これも大変楽しい宴だった。

しかし、終わった後に、こういった類の宴会にはもう二度と参加しないと決めた。

当方が公開していない情報について、しつこく、しつこく、しつこく聞いてくる参加者がおり、最終的にそれについてのみ大変不愉快な思いをしたからだ。冷たくきっぱりと、「その話は止めましょう」と二度も言わなければならなかったのだから尋常ではない(それでも相手は当方の不快に気付いていない様子だった)。

これは書いておかなければならないが、そうした輩は一人だけだった。渡す名刺も持たず、唯一小汚いジーパン姿のワタシ(まあ、それが普段着でして…)に対して、田口さんをはじめとして皆さん温かく接してくださった。

結局のところ、公開できない情報をいろいろ抱えてそんなところにのこのこ出て行くワタシが悪いのだろう。そうした前提条件につまづいている人間が参加することが迷惑なのである。はじめから配慮されることが分かっている場合か、逆に放ってもらえる場でなければ yomoyomo 名義では表に出ないのがよかろう。

office さんの一件があり、またその他にも落ち込むことがあり、弱気になっていたところもある。またぞろ、ウェブサイトなんて閉鎖しようかとも考えたりした。しかし、こちらのほうはまだ未練がある。

おまけにその日はうっかり終電を逃してしまい、陰惨な気分になったが、せっかくだからと歩いてバーに行く。中心地にあるにも関わらずおそろしく客の入っていない店で、祭日前の夜だからもしや客が多かったらと危惧したが、主人はカウンタに突っ伏して寝ていた。

主人との会話は楽しく、個人的にはこういう場があるのは大変ありがたいことである。しかし、会話が楽しすぎて、二杯で切り上げるところを三杯飲んでしまい、タクシーの中で気分を悪くし…

orkut

翌日の午後、二日酔いの頭で、登録したばかりの orkut に情報を埋めていったのだが、普通の登録者なら問題にならない基本中の基本から頭を抱える有様で、つくづく自分が社会的に片輪者、奇形であることを思い知らされる。

第一 yomoyomo なんて名乗っている段階でダメである。

orkut についてはいろいろ批判も出ているが、当方が感じる違和感は、そうした批判よりかなり低次元で、初歩的なものである。

仕方ないので、埋め合わせのように好きな小説や映画の情報を丹念に書いている自分が情けなくなった。谷崎潤一郎の『瘋癲老人日記』とか。7年ぐらい前の「ホームページ」の自己紹介ページじゃあるまいし。

やはりあんまり当方の性格には合わないな、というのが今のところの結論。それでも、いろいろ広がっていく感じはなかなか面白いので、当分続けるつもりではあるが。

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