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シリアスマン

本作の日本での公開が遅れたのは、内容や使われている言葉がユダヤ人の慣習に密着しているから、という評判を聞いていたので少し身構えたが、ひどく理解しがたい話というわけはなく楽しめた。とはいえ理解し損ねた文脈があると思う。たとえばワタシのようなボンクラには、プロローグと本編にどのようなつながりがあるか正直分からなかったし。

彼らの映画ではこないだ『トゥルー・グリット』を観たばかりだが、これより本作のほうがワタシは好きだ。その理由は話の転がり方とオフビートなコメディ感覚で、『トゥルー・グリット』は悪い映画ではないし、ヘイリー・スタインフェルドがとても良かったが、あの映画はコーエン兄弟にしては「直線的」すぎるのだ。

本作は、コーエン兄弟の誘拐ものに顕著な思わぬ方向への話の転がりこそないものの、平凡な大学教授が、長年連れ添った妻から別離を言い渡されることに始まり、戸惑い明確な拒絶の行動を取ることができないうちに、厄介者の兄やら押し付けがましい妻の再婚相手やら単位を寄越せと賄賂を渡そうとする韓国人学生とそれに居直り主人公を名誉毀損で訴えると脅す彼の父親やら次から次に地味な苦難が主人公に降りかかってくる。そのこんがり方とそれに付随するとぼけたユーモアがいかにもコーエン兄弟らしくてよかった。

本作のストーリーが、その後の運命を示唆する電話とともにあっけなく終わるラストまで、現代の我々の目から見ればまったく理不尽に神に試され人間が酷い目にあわされる旧約聖書の世界をなぞっているのは間違いないだろう。前述の通り、言われているほど事前知識を要する作品とは思わなかったが、たとえばジェファーソン・エアプレインを知っていたほうがよいとかはある。主人公の息子とラビが対峙する場面、映画館でワタシだけ笑い出してしまったよ。

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