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レベッカ・ブラッド『ウェブログ・ハンドブック』から引用するネット老人会的歴史証言

少し前におよそ20年前のブログの歴史周りのことが少し話題になっていた。

このあたりはワタシにとっても懐かしい話なので、一週間経って沈静化したところで(これがウェブで長続きするヒケツ)、レベッカ・ブラッド『ウェブログ・ハンドブック』を引用して、アメリカ人である著者の目線を中心に当時のことを振り返っておきたい。

もちろんアメリカでもブログ自体は2001/9/11(アメリカ同時多発テロ事件)より前からあったわけだが、レベッカ・ブラッドは、自身がウェブログを始めた当時(1999年4月だったかな)を振り返って以下のように書いている。

 私がRebecca's Pocketを始めたとき,ウェブログの数は全部で50から100の間だった――念入りに追うには多過ぎるが,新顔がリストに加えられたら,皆が気付く程度には少なかった。そのとき,私はゲームに出遅れたことをわずかに恥ずかしく感じた。でも,その後,最初のウェブログ管理ツールが登場すると,たった数ヶ月のうちに,私は古参ウェブロガーの一人と見なされるようになった。ウェブログの数が爆発的に増えたのだ。突如として,誰もいくつのウェブログが存在するのか,そして,その半分でも見たいという願いが適うのかもわからなくなった。(p.142)

これだけ見ると、日本のウェブ日記コミュニティのほうが4、5年くらい進んでいたようにも読める。

1999年時点でレベッカ・ブラッドには「乗り遅れた!」という感覚があったわけだ。しかし、同年に「最初のウェブログ管理ツール」が登場すると、ブログの数は爆発的に増えた。それは(現在は Google が所有する)Blogger である。

 ウェブログの定義に関する議論は,1999年8月にBloggerが登場したことで激しさを増した。Bloggerは,ウェブログの更新を自動化したいくつかのサービスのうちの1つに過ぎないが,間違いなく一番普及した。簡単に使えるソフトウェアだったため,誰もがウェブログを公開できるようにしたツールとして広く知られることとなり,HTMLを知らない多くのユーザーを惹き付けた。Bloggerは,投稿にリンクを簡単に追加できるインターフェイスを提供していなかったので,Bloggerによって作られた新しいサイトは,お喋りや個人的な意見からなるエントリが続くことになり,他サイトへのリンクは,あったとしても少しだった。そうしたサイトを作るのに使われたソフトウェアの名前がBloggerだったものだから,それを使う人達は皆,自分達のサイトをウェブログとみなした。
 かつてはリンクが重要だったウェブログは,突如,巨大で,なおかつ成長を続けているコミュニティによって覆われてしまった。そこでは,Bloggerを使い,それまでのウェブログとは全く異なる種類のサイトが作られていた。文字通り数千もの新しいBloggerサイトが,ものの数カ月で作られたのだ。マスコミは,その会社の,若く,カリスマ性のある創業者の周りに群がり,その公開ツールとコミュニティを混同した。スタートアップ企業向けの資金を求めており,どんなマスコミへの露出もありがたかったMeg HourihanとEvan Williamsは,自分達の製品を説明し,増大するユーザーベースを大げさに宣伝した。次から次へと記事が掲載され,そこではBloggerで作成されたウェブサイトこそがウェブログであると定義された。MegかEvがこの考えを打ち消すことを何か言ってさえいれば,そうした定義は出版された記事には決して載らなかっただろう。(pp.204-205)

これを読めば、レベッカ・ブラッドが Blogger をあまり高く評価していないのが伝わるだろう。彼女はウェブログを、短文からなる日記に近い「ブログ」、コンテンツが長めの「ノートブック」、外部サイトへのリンク中心の「フィルタ」の三つに分類していて、フィルタこそを古典的な、つまりは本来あるべきウェブログのスタイルと考えている節がある。その価値観からすれば、Blogger によって急激に増えた「ブログ」は違和感を覚えるものだったということだ。

その後彼女は認識をある程度変えたことも『ウェブログ・ハンドブック』にあるのを念のため書いておくが、自分が精通したスタイルこそ正統と考え、そこから外れた新興勢力を邪道と見なすのは、多かれ少なかれ誰にもでもある傾向だろう。

これは1999年の話だが、それから10年後の2009年に、ワタシは「敢えてブログは重要だと言いたい」という文章を書いている。そこで取り上げた The Blogosphere 2.0 というブログエントリで、当時ブログがつまらなくなった理由に「Huffington Post」が挙げられていて、Huffington Post のブログ記事が「他のブログにリンクしないなど従来のブロゴスフィアを形造ってきた規範に従っていない」という指摘に、メジャーなものが出てくると「あれは自分たちの流儀に反している」というパターンを繰り返すんだなと思った覚えがある。

当然『ウェブログ・ハンドブック』はレベッカ・ブラッドの主観をベースとしており、それがとても良いのだけど、それとはまた違った見方でのブログ史として、実はこの文章で取り上げてる本の邦訳であるスコット・ローゼンバーグ『ブログ誕生 ―総表現社会を切り拓いてきた人々とメディア』を今でもおススメします。

1999 年においても,ウェブログはちっとも新しいものではなかった。新しかったのは,この種のサイトの周りにできたコミュニティである。(p.207)

そうしたレベッカ・ブラッドなので、9.11がブログコミュニティにもたらした影響についての語りも、通り一遍ではない。

 9.11の後,生存者が大きな悲劇の目撃者の証言を共有するにつれ,自然発生的なストーリーテリングの力が明らかになった。フィルタタイプのウェブログは,かつてよりも多くのオーディエンスを惹き付け,人間による選別の力と有益さを決定的に示すことで,今一度最先端の位置に浮上した。また,9.11 は「ウォーブログ(warblogs)」世代を生んだ。ウォーブログの大半は,テロリストの攻撃に対する合衆国の反応に焦点を絞ったタカ派のサイトだった。ウォーブログは,元々左寄りだったコミュニティに,保守派やリバータリアンの主張をもたらすことにもなった。
 9.11後には,メインストリームのメディアから,よくできた1つのウェブログが,コミュニティにもたらされた。(pp.211-212)

この後書かれるのはコラムニスト/ジャーナリストのブログ参入による pro-blogger 化の話で、そうした意味で「ブログというメディアが広がったのは、20年前の9/11テロがきっかけ」というのも必ずしも間違いではない。

こちらについても触れておくと、確かに Slashdot はブログなのか? そうでないのか? というのも昔話題になったものだが、レベッカ・ブラッドは以下のように書いている。

 オンライン雑誌コミュニティに属するメンバーの何人かは,ウェブログの「主張のなさ」を非難し,ウェブログを下らないリンクの羅列だと評すことで,大っぴらに敵意を示した。この新しい形態に興奮し,より大きなオンラインコミュニティの地位を占めることを熱望していたウェブロガーは,不意打ちを食らった格好となった。怒りに満ちたウェブログエントリが,コミュニティ全体の注意を,「個人ウェブサイトマフィア」のいろんなメンバーによって書かれた文章に向けた。それらの記事は,敵対的なものから単に横柄なだけのものまで,多岐に渡っていた。Slashdotでは,Jon Katzがオンラインコミュニティを扱った論説の中で,ウェブログ現象に言及した。しかし,Slashdotコミュニティは興味なさげだった。
 さて,ここが重要なところである。というのも,ウェブログの歴史に関する議論は,形態よりもコミュニティが重視されるからだ。1997年に始まったSlashdotは,しばしば初期のウェブログとして引き合いに出されるが,同じくらいの頻度で議論フォーラムとしても位置付けられている。Slashdotの編集者は,自分達のサイトを「News for Nerds(ヲタクのためのニュース)」と呼んでいるが,毎日面白い記事のリンクを掲載し,最新のリンクがページの1 番上に表示される。サイト内では,コミュニティのメンバーがコメントを投稿する。偏見抜きで見れば,Slashdotは議論掲示板付きの共同制作のウェブログではあるが,ウェブログムーブメントが根付く前に,ウェブにおける地位を十分に確立していたため,この2 つのコミュニティは決して合流しなかった。

これは貴重な歴史証言で、当時の雰囲気をよく伝えている。Slashdot は初期のウェブログとして引き合いに出されるし、佐渡秀治さんが書かれるようにそのコミュニティの力がオープンソース運動に寄与したのは間違いない。

Jon KatzSlashdotウェブログムーブメントに言及しても、Slashdot コミュニティは興味なさげだったという話は興味深い。つまり、これは Slashdot に当時(1999年)既に確固たるコミュニティがあった裏返しでもある。これはレベッカ・ブラッドがウェブログコミュニティの価値を強調するのとパラレルな話で、この新しいムーブメントとつながるところがありますよと誘い水を向けられても、いや、SlashdotSlashdot でオリジナルだし、栄えてるし、ぽっと出の何かと仲間にされてもね、と当時の Slashdot ユーザが考えても不思議ではなかったわけだ。

レベッカ・ブラッド『ウェブログ・ハンドブック』も原著は2002年、邦訳は2003年刊行で、要は20年近く前の本ということになる(うげっ!)。久しぶりに読んで、こうやってそこから引用してワタシが連想するのは、「歴史は繰り返さず、韻を踏む(History doesn't repeat itself, but it does rhyme.)」というマーク・トウェインの言葉だったりする。

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