当ブログは YAMDAS Project の更新履歴ページです。2019年よりはてなブログに移転しました。

Twitter はてなアンテナに追加 Feedlyに登録 RSS

ヴィタリック・ブテリン『イーサリアム 若き天才が示す暗号資産の真実と未来』を恵贈いただいた

yamdas.hatenablog.com

以前、邦訳刊行を取り上げた縁で、日経BPの田島さんからヴィタリック・ブテリン著、ネイサン・シュナイダー編『イーサリアム 若き天才が示す暗号資産の真実と未来』を恵贈いただいた。

しかし、本を読むのが致命的に遅いため、読了まで時間がかかりすぎてしまい申し訳なし。

本書は、イーサリアム創始者であるヴィタリック・ブテリンが2014年から2021年にかけて書いた文章をネイサン・シュナイダーが編集し、まとめた本である(編者のネイサン・シュナイダーによる序文)。やはりヴィタリック・ブテリンが執筆したイーサリアムホワイトペーパーも収録しており、イーサリアムについての読み物として、その最前線にいる人が書いたもっともまとまった論考といえる。

本書の邦訳作業は大変だったろうな。本書には巻末に「用語集」があり、本文中にも原注がそれなりの数ついてあるが、それだけでは分かってはもらえないと訳注にも紙幅を割かねばならない種類の本なので。ワタシ自身、普段からその界隈にどっぷり入りびたっている人間ではないので、本書を読んでいて自分がブテリンの議論を真に理解できているか自信がないところもあるのが正直なところ。

それはともかく、ビットコインに代わる優れた基盤プロトコルにして、その上に分散型アプリケーションを構築可能にすることを目指すイーサリアムについて、というか「Web3」という言葉に広げても読まれる本なのは間違いないだろう。

ただ、最近テック系の話題はすっかり生成型 AI に持っていかれ、「Web3」は随分と影が薄くなった印象がある。個人的に笑ったのは、伊藤穰一のポッドキャストで、シリコンバレーの VC の多くが Web3 から AI にシフトしてしまったこと、そして「少し前まで Web3 専門家だったのが、今では AI 専門家みたいな顔をしている」とからかったり、バカにする人がいる話をした後で、伊藤穰一が「自分もそれだなみたいな感じで――」といささか居心地悪く語っていたこと。

ワタシ自身、およそ一年前に「Web3の「魂」は何なのか?」という批判的な声にかなりの分量を割いた文章を書いているが、そうした人間からすると現状を不思議に思う気持ちは特にない。

ブロックチェーンのエコシステムは、イーサリアムも含めて、自由と非中央集権化を大切にしている。だが、そうしたブロックチェーンのうち大半の公共財エコロジーは、残念ながらいまだに権威志向が強く中央集権的だ。(p.285)

界隈の停滞の原因は、「キラーアプリ」(のなさ)の問題ではないだろう。

まず、ブロックチェーン技術に「キラーアプリ」は登場しない。理由は単純、「手の届く果実から摘まれていく」原理だ。もし仮に、現代社会のインフラストラクチャのうち相当の部分について、ブロックチェーン技術のほうが圧倒的に有利だといえる用途が本当に存在するとしたら、人はとっくにそれを声高に喧伝しているだろう。(p.88)

これについては、クリプトに早くから理解を示し、報じてきた IT ジャーナリストの星暁雄氏が書く、クリプト界隈のリバタリアニズム的で必ずしも包摂的でない姿勢が大きいとワタシも考える。

ブロックチェーンコミュニティ」という概念が、政治的な色を帯びた運動としてはそれ自体意味を持たなくなる、とブテリンは2015年に書いているが、それこそ今の生成型 AI がすべての人にリーチしているように、「すべての人がウォレットを持つ」段階をもっと早くに目指すべきだったのではないか。

本書に収録されている「ブロックチェーンがつくる都市、クリプトシティ」もそうだが、本書には活きの良いアイデアが多く含まれている。第2部「プルーフ・オブ・ワーク」に収録された「非中央集権化とは何か」など、今なお立ち返る基盤となるような文章もいくつもある。ワタシのようにクリプト界隈のかつての熱狂には距離を感じてはいるが、かつて非中央集権型のウェブに期待した人間として、現状は惜しいと思うし、「クリプトの冬」でも本書は読まれる価値があると考える。

暗号経済の研究コミュニティと、AIの安全性や新しいサイバーガバナンスや人類絶滅リスクを扱うコミュニティは、どちらも根本的には同じ問題に取り組もうとしている。我々は作られてから柔軟性を失ってしまった、ごく単純なばかダムシステムを使って、新しく登場し予測不能な特性をもつ、きわめて複雑で極めて賢いスマートなシステムを、はたして制御できるのかという疑問だ。(p.114)

[YAMDAS Projectトップページ]


クリエイティブ・コモンズ・ライセンス
YAMDAS現更新履歴のテキストは、クリエイティブ・コモンズ 表示 - 非営利 - 継承 4.0 国際 ライセンスの下に提供されています。

Copyright (c) 2003-2023 yomoyomo (E-mail: ymgrtq at yamdas dot org)