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ブルース・シュナイアーの新刊とその書名の変遷

セキュリティ研究者として名高いブルース・シュナイアーの『Cryptography Engineering』以来の新刊が来年刊行される。

シュナイアーが最初に新刊について言及したのは今年の2月までさかのぼり、その内容が Societal Security(社会の安全)であり、『セキュリティはなぜやぶられたのか』に続く、一般社会を対象とするセキュリティ本であることが分かる。

続いて5月に新刊のタイトルが The Dishonest Minority(不誠実な少数派)であることが告知され、その内容についても踏み込んだ説明がなされている。以下、それを大まかに要約しておく。

あらゆる複雑なシステムには寄生虫がつきものである。皆が協力行動をとっているところでは非協力戦略が効果的で、システムはあまり多くならない限りそれを許容することになる。つまり、誠実な多数派から搾取する不誠実な少数派を育てることになる。この不誠実な少数派は決してゼロにはできないので、不誠実な少数派からシステム自体を守るセキュリティシステムとうまく寄生をやりおおす騙しのシステムの両方が同時に進化することになる。

人間社会も同様で、基本的には集団の中で誰もが協力的であると想定されるので、短期的には非協力戦略が有効だが、みんながそれをやり出したら社会は崩壊してしまう。それを最小限にして協力行動を広げるため、我々はいろんな社会的セキュリティシステムを集団的に実現している。

かつてそれは道徳と評判だった。より大規模で公的なものとなると、法律と技術的なセキュリティシステムになる。こうしたセキュリティシステムは、集団の利益に従い行動するインセンティブを個人に与える。しかし、そうしたシステムはいずれも不誠実な少数派をゼロにすることはできない。

複雑な現代社会では、協力するか騙すかの決定は政府や企業といった集団により行われており、その集団の内外の力学により重要な差異が生じる。我々の社会的安全は警察などに委託され、制度化されている。この力学もまた重要で、「集団の利益」が「集団における権力者の利益」になっちゃうことがある。誠実な多数派はルールに素直に従うのだから、社会の安全が権力者が力を保つための道具になる可能性があるというわけ。

「不誠実な少数派」という言葉は道徳的判断を下すものではなく、単に社会規範に従わない少数派を指すものである。多くの社会規範は実際には不道徳だったりするので、時に不誠実な少数派が社会の変化のきっかけとなることがある。ルールに従わない人たちを許容しない社会は、社会の発展を考えると重要なメカニズムが欠けているといえるわけだ。活力ある社会には不誠実な少数派が必要なのである。それが少なすぎる社会は、一般の犯罪と同じく異なる意見を抑圧しているのだ。

シュナイアー先生の「不誠実な少数派」についての説明を読んでまず浮かんだのが「クレクレ」「セコケチ」「泥ママ」という言葉だったりするのは Hagex-day.info の読みすぎかもしれないが、実はそればかりでもない。

シュナイアーは6月のポストで、上記文章における「不誠実(dishonest)」という言葉について反対するコメントを多数もらい、タイトルを再考している。

そして、そのポストに寄せられたコメントを踏まえ、書名が『Liars and Outliers: How Security Holds Society Together』(嘘つきと外れ値:セキュリティが社会を団結させる)に決定したことを報告している。こうすることで、シュナイアーが意図する少数派がただ悪辣な連中だけでないことを示したわけだが、"Outliers" という単語はマルコム・グラッドウェルも書名に使っており(邦訳は『天才! 成功する人々の法則』)、そうした点ではインパクトに欠けるかもしれない。

いずれにしても来年2月に刊行予定とのことで、今から楽しみである。今回は早く邦訳が出るといいな。

Liars and Outliers: Enabling the Trust that Society Needs to Thrive

Liars and Outliers: Enabling the Trust that Society Needs to Thrive

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