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ワンス・アポン・ア・タイム・イン・ハリウッド

ストーリーに踏み込んでしまうので、未見の人は観た後に読んだほうがいいです。

クエンティン・タランティーノの映画は必ずしもワタシの体質には合わないとずっと思ってきたのだけど、本作は素晴らしかった。多分彼の最高傑作ではないだろうが、もしかしたら彼の映画でもっとも好きな一本かもしれない。彼の善心と悪意が両方あふれ出た傑作である。

本作を観るにあたり、シャロン・テート殺害事件、そしてそれを実行したチャールズ・マンソンのファミリーについての基本的な知識は必須である。ハリウッドが舞台だから、1960年代のテレビドラマ、映画界についての知識もあったほうがもちろんよいが、それに関してはワタシも大したレベルではない。その上で、タランティーノの旧作との関連とか読んでしまうと興が削がれる種類の作品なので、シャロン・テート殺害事件について分かっている人は、それ以上の事前知識なしに観るほうが間違いなく楽しめるだろう。

本作はある意味ストーリーがあってないような映画なのだけど、観客が本作から目を離すことができないのは、本作の登場人物でもあるシャロン・テートがどうなるか知っているからだ。本作では、ずっと場面ごとに日付が入り、ナレーションまで入ってくる。これは言うまでもなくドキュメンタリーっぽく見せかけているわけだ。本作は楽観的で、呑気ですらある空気が基調になっていて、ストーリーがどう転ぶか読めないが、一方で観客は自分たちが知ってしまっているカタストロフィに徐々に向かっていることに緊張の度を強める仕掛けになっている。

タランティーノはデビュー以来、音楽の使い方がうまいと言われてきた。本作はストーリーがない代わりにえんえん音楽が鳴りっぱなしで、それだけでちょうど半世紀前、1969年を表現してしまう。いかにもこれイケてるでしょ? みたいな目配せなしに雰囲気を作るところが本当にうまい。十年以上ぶりに聴いたストーンズの「アウト・オブ・タイム」がこんな気持ち良い曲だったなんて!

上で本作の仕掛けについて書いたが、(どうしてもある旧作の展開を思い出してしまう)クライマックスにいたり、それが一種のトリックであることが分かり、そしてこのつかみどころのない映画って結局なんなんだろうとなるのだが、シャロン・テートという一人の女性を肯定する作品なのだとワタシは思いますね。彼女自身は別に映画史に残る女優ではない。おバカな映画でおバカな役をやっていたりする。そのハリウッド的な日常における彼女を描くことで、彼女をしっかり肯定している。

彼女を演じたマーゴット・ロビーの台詞が少ないと難癖をつけたニューヨーク・タイムズの女性記者に対してタランティーノが回答を拒否したのは、なんでこの映画の意図が分からないんだと憤怒の念を抑えきれなかったのではないか。

クエンティン・タランティーノは、昨今の MeToo 運動で確実に痛手を負った。なにせ彼の作品の製作を一貫して手掛けてきたのはハーヴェイ・ワインスタイン(ワインスティーン)だし、ユマ・サーマン『キル・ビル Vol.2』でスタントなしに運転させられ、結果木に衝突して怪我を負わされたことを糾弾されてもいる。

しかし一方で、タランティーノ自身はうまく逃げおおせたと感じている人も少なからずいるのかもしれない。件の女性記者の質問の背景にもそういう感情があったのではないかと邪推する。そうした意味で、本作はタランティーノの反省があらわれている――なんていうお道徳的に都合のよい話にはならない(笑)。

本作では、ブラッド・ピット演じる主人公のスタントマン役のクリフ・ブースは(ロマン・ポランスキー役もそうだけど)、狭い坂道のシエロ・ドライブを不安を感じさせる速度でくだっていく。クリフ・ブースの愛車カルマンギアは、ユマ・サーマンが事故を起こしたのと同じモデルである。これはおそらく、あの記事に対するあてつけだろう。

そして、本作のクライマックスで、クソヒッピーどもは大変な目に合うのだが、女房殺しの疑いがあるクリフ・ブースという人物、しかも彼が LSD でラリっているという予防線が張ったうえで、女たちを完膚なきまでにボコボコにさせていて、上のあてつけも含め、タランティーノの悪意を感じる。それを不快に思う人もいるだろう。ワタシはどう感じたかと言うと、本作のクライマックスは最高でした、ハイ。

「彼の善心と悪意が両方あふれ出た傑作」というのはそういう意味である。映画はお道徳の教科書ではない。ワタシは本作を支持する。

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