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高須正和、高口康太編著『プロトタイプシティ 深センと世界的イノベーション』を恵贈いただいたので感想を書いておく

高須正和さんから『プロトタイプシティ 深センと世界的イノベーション』を恵贈いただき、夏季休暇中に読み終わった。

高須正和さんの仕事としては、2018年の『世界ハッカースペースガイド』『ハードウェアハッカー』に続く本になる。またもう一人の編著者である高口康太さんの本では、昨年の『幸福な監視国家・中国』が(少なからぬ反発を感じながらも)とても優れた本でしたね。

幸福な監視国家・中国 (NHK出版新書)

幸福な監視国家・中国 (NHK出版新書)

さて、今回は「プロトタイプシティ」というタイトルが実によくて、「〇〇シティ」のようなネーミングで最初に浮かぶのは「スマートシティ」だけど、かつてスーザン・クロフォードが「スマートシティ」という言葉にポストヒューマニスト的な、過度に単純化され非人間的なイメージがあるため批判的で、「Responsive City(反応が良い都市)」という言葉を書名に掲げたのを思い出す。

本書で語られるのは、とにかくたくさん手早くプロトタイプを(コードすべて書き換えになることも半ば見越したうえで)作ってみてから、その中でうまくいくものを育てていく、「まずは手を動かす」人が集まる文化が根本にある都市深圳についてよく語られており、そこに身を置いてずっとニコ技深圳コミュニティを主導してきた高須正和さんの仕事の集大成になっているように思う。

本書の最初に掲げられる「非連続的価値創造」としてのプロトタイプ駆動の定義は、もしクレイトン・クリステンセンが存命で、新たに『イノベーションのジレンマ』の続編を書くとしたら採用される話に思ったし、6段階に分けて語られるプロトタイプ駆動の流れも分かりやすかった。

また、ウォーターフォールではもちろんないし、しかしアジャイルでもない、拡張性も保守性もほとんど考慮することなくとにかく作って、その後で有望そうなものに集中して作り直すという「アドホックモデル」の解説にも、日本企業はそれできんよなと思わさせれながらも納得させられた。が、それを支える「安全な公園」の話でiモードの話が引き合いに出されるように、日本企業だってチャレンジの余地はあるはずなのだけど。

そうした意味で日本企業に属する人間にとって耳に痛い話が多いのは確かである。「プレモダン」「モダン」「ポストモダン」の文脈をある意味都合よく利用する中国企業の話など、虫のよい理論というかさすがにそこは学べないと思ってしまうところもあるのだけど、それが可能にしているダイナミズムを本書がよく表現しているのは間違いない。

第四章「次のプロトタイプシティ」はニューズウィーク日本版のサイトに転載されていて(前編後編)、自由闊達だったメディアも管理と支配の向かうというティム・ウーの『マスタースイッチ』理論が都市にも当てはまるのか(これは明らかに誤用に近い連想なのだけど)、イノベーティブだった都市がそうでなくなるサイクルというか条件があるのかが気になったので、オンラインイベントで質問させてもらったが、そのあたりの中国人のしたたかさについては第四章以外にもいろいろ記述がある。それはそうと、今年出るらしいマシュー・ハインドマン『インターネットのわな(仮)』の邦訳はなかなか暗そうで楽しみだ。

第五章「プロトタイプシティ時代の戦い方」は、ナオミ・ウーさん(セクシー・サイボーグ)と GOROman さんのインタビューだが、いずれも実践者として新しい仕事を自ら作り出したという自負を感じさせる証言で、この本が若い世代に届いてこれに力づけられるといいなと思った。「日本企業の意思決定の遅さ」の話は定番だが、ナオミ・ウーさんが語るそれとはまったく違った理由で中国企業も意思決定が遅いという話に、そういうものなのかと興味深かった。

上にも書いたように、本書は深圳を面白がりコミットしてきた高須正和さんの集大成と言える本であり、ワタシも一読をお勧めします。

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