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リスペクト

生前のアレサ・フランクリン(アリーサ・フランクリン)が、伝記映画で自身をハル・ベリーが演じるのを希望しているという話を何かで読み、それはないだろうと思ったものだが、その死後、ジェニファー・ハドソン主演で映画が作られると聞き、『ドリームガールズ』での歌が見事だった彼女ならいけるのではと期待を持った。

しかし、予想通りジェニファー・ハドソンの歌は見事だが、伝記映画としては凡庸という評を耳にし、なんかもっさりした映画をみせられそうで気持ちが萎えかけた。ただ、いつまた映画館に足を運べなくなるか分かったものではないし、近場のシネコンで観たい映画が他になかったので、当初の予定通り本作を観に行った。

なんだよ、面白いじゃないの。

今年のロックの殿堂のセレモニーにおいて、個人として殿堂入りを果たしたキャロル・キングが、女性シンガーとして初めて殿堂入りしたアレサ・フランクリンの功績を称えていたが、彼女は言うまでもなく「ソウルの女王」であり、一方で波乱続きの人生を送った人で、何より著名な牧師の娘に生まれながら、10代で2人も子供を産み、未婚の母となっているなど、エグく描ける要素がある人でもある。

「百万ドルの声」をもつ男と呼ばれ、アレサの歌手としてのキャリアを後押ししながらも強権的で抑圧的な父親、やはり横暴だった彼女の夫にしてマネージャーのテッド・ホワイトなど、アレサの人生を巡る問題となる男性がそのように描かれるのは避けられない。

古くはビリー・ホリデイもそうだし、今年ようやく Netflix で観たニーナ・シモンの伝記映画もそうだったし、近年ではエイミー・ワインハウスも浮かぶが、どうして素晴らしい女性シンガーは、暴力的だったりヤク中だったり抑圧的だったりする、彼女たちのキャリアの問題となるような男性ばかりに惹かれるのだろうかと思ってしまう。しかし、本作の場合、アレサの被害者性を強調するものでなく、彼女の強さを打ち出しているところが後味をよくしている。

本作では「貴方だけを愛して」や「リスペクト」といった彼女の代表曲ができる過程を描きながら、町山智浩さんが解説している通り、そうしたろくでもない男性とのラブソングが夫のテッド・ホワイトに向けたものであり、一方で(前述のキャロル・キングの曲である)「ナチュラル・ウーマン」のような崇高さを感じる曲が歌う対象が神であるという見立てがうまく働いている。

本作は冒頭はじめ、何度かあるパーティの場面がなかなかに情報量が多く、逆に言うとブルース、R&B、ソウルの歴史に詳しくない人が見てもピンとこないかもしれない。そうしたパーティの場面にスモーキー・ロビンソンがいたが、そういえばアレサはデトロイト育ちだったんだね。父親が有力者すぎたからありえない話だが、彼女がモータウンからデビューしていたら、ソウルミュージックの歴史はどう変わっただろう。

本作を観る前にピーター・バラカン『魂(ソウル)のゆくえ』を読んでおくと、実力がありながら音楽的な焦点が定まらず中途半端だった彼女が、飛躍を果たすマッスル・ショールズでのレコーディングにおけるフェイム・スタジオのリック・ホールの癇癪持ちの頑固者ぶり、そして彼女が預けられるアトランティックのジェリー・ウェクスラーのねちっこいユダヤ人ビジネスマンぶりの描写がなかなか笑える。

本作はテッド・ホワイトとの離婚後、アルコール依存の問題を抱えながら、ゴスペルライブアルバム『Amazing Grace』で再起を果たすところで終わる。そうして終わってみれば、本作はデビューから10年程度しかカバーしていないのに思い当たる。個人的には、1971年のフィルモア・ウェストでのライブも入れてほしかったし、もう少し後、『ブルース・ブラザーズ』の時代あたりまでカバーしてほしかったが、そうするとアレサの人気低迷も描くことになり、映画として間違いなく後半退屈さを増すだろうから、これくらいで良いのかもしれない。

本作は2時間半近くの上映時間だが、上記の通り、名曲が生まれる過程をしっかり描いていて、本作はミュージカル映画ではないが、ジェニファー・ハドソンが歌っている時間がかなり長く、それだけに尿意を忘れる出来だった。

このようにジェニファー・ハドソンのパフォーマンスを称えたいのだけど、本作のエンドロールでアレサ本人による「ナチュラル・ウーマン」の映像が流れると、それがたとえ彼女の晩年のものであってもやはり凄いものがあり、少し残酷に思えた。

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