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「明らかな誤用」認定されている"ubiquitous society"という表現は『デジタル音楽の行方』に登場する

「ユビキタス社会」という言葉は誤用と中島聡さんは断言する。その通りなのだろう。現時点では。

そういえば以前にも、ユビキタス(ubiquitous)という単語を重用するのは日本人だけ、みたいな内容の日本人の文章を読んだことがあったっけ。

『デジタル音楽の行方』を訳していて面白かったのは、この ubiquitous という単語が結構出てくること。今 grep をかけてみたら、全部で17箇所あった。代表的な例を第一章から引用する(強調は引用者。以下、同じ)。

This, we believe, is a possible scenario from the future of music--a future in which music will be like water: ubiquitous and free flowing. Our views are not definitive, precise, or all-inclusive, but simply are snapshots of the future. In this future, music will be ubiquitous, mobile, shareable, and as pervasive and diverse as the human cultures that create it.

ここは『デジタル音楽の行方』の「水のような音楽」というヴィジョンを語る重要な箇所だが、そこで ubiquitous という単語が欠かせざるピースとして使われている。

そして、だ。中島聡さんが誤用と断言する "ubiquitous society" という表現も『デジタル音楽の行方』の第8章に登場するんだよね。

Radio enabled new music to be broadcast and heard all around the globe, and played a major part in creating a more musically ubiquitous society. A much larger audience. Ubiquitous media. Omnipresent music--and more money for all involved.

注意しなければならないのは、飽くまで "musically ubiquitous society"、つまり「音楽が遍在する社会」で一連なりで、中島聡さんの論旨に反するものではない。

しかし、どうしてかな。ワタシは中島聡さんの件のエントリを読んで楽しくなかった。少なくともワタシは、「アチャー、指摘するのが遅すぎたのかも知れない」と上から見下ろして苦笑いな人よりも、恥をかいてでも母国語以外の言葉で自分達の研究、技術を伝えようとする研究者、技術者に敬意を払いたい。

それに言葉ってそんな固定的なものですかね? 「ユビキタス社会」と、例えば「Web 2.0」のどこが違うんですかね? 「Web 2.0 って何?」と聞かれて、(禅問答のような答えでなく)自信をもって定義を言える人がどれだけいる? 根があやふやなままで使われているという意味で五十歩百歩ではないか? しかも少し条件を加えれば、十分アリな表現なのに(英語にしろ日本語にしろ)。

それにどうして中島さんは、日本人研究者、技術者の使う "ubiquitous society" がそれこそ「Web 2.0」のように受容される未来を想像しないのだろうか。「Web 2.0」という言葉をバシッと定義できなくても、ブログがあり Wiki があり、それら CGM をつなぐ RSS があり……と我々が緩い合意の上で語るように、英語圏の人に「ubiquitous society ってヘンな言い方だけど、要は○○をみんなが使って、×××システムに△△△が組み合わさった生活を言うんだろ?」と受容される、つまり "ubiquitous society" という言葉を使う人たちが生み出す技術や製品により世界が変化し、それに伴い "ubiquitous society" という言葉の意味合いも変わる可能性をどうして想像しないのだろう。

そんなことありえない? そうだろうか。我々には身近な例があるじゃない。コンピュータの世界には、元々は必ずしも良い意味ではない hack という単語を見事に転用してみせた先達がいるのだけど。

大半の日本人研究者、技術者は単に深い考えなしに誤用しているだけかもしれない。誤用と分かれば、これから英語で論文などを書く人達に啓蒙することは大事だろう。それに ubiquitous という単語に関し、実はワタシは人のことをとやかく言えない。

『デジタル音楽の行方』のサポートページを見た人なら知っていることだが、ワタシは ubiquitous という単語の訳を「遍在する」とすべきところをすべて「偏在する」に間違っている。それでは意味が反対だ!

しかし、赤面しながらサポートページに追記しながらも、一方でワタシは同じ読みで形も似た漢字なのに意味が反対になるなんて面白いなと思ってしまった。これはこじつけだとしても、日本語であれ英語であれ言葉は生き物であり、時間とともに変化する。日本語から言葉が一つ消された世界よりも、技術によりその言葉の意味が見事に変化してしまった世界をワタシは見たい。もちろんそこから大したものが生まれず、自然と忘れ去られるならそれはそれでよいが。

さて、『デジタル音楽の行方』で ubiquitous とくれば、上にも書いた「水のような音楽」というフレーズを浮かぶが、ナップスタージャパンがサービス発表会で使ったのは「水道の蛇口のように音楽を」で、一人盛り上がってしまったが、他に言及している人がなかったので、ワタクシが意地でも書いておく。

デジタル音楽の行方

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