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TENET テネット

『ルース・エドガー』を観たとき、また映画館通い再開かと思っていたのだが、その後新型コロナウィルスの第二波とやらのせいで劇場からまた足が遠のいてしまい、再び3か月以上間が開いてしまった。

本作はそうした意味で、また映画館で映画が観れるぞというハリウッドの希望の象徴となった。ワタシも、劇場公開にこだわるクリストファー・ノーランの執念に応えるつもりで IMAX シアターで鑑賞してきた。のだが、公開初日の金曜日は仕事の都合で行けず、翌日、奇しくも映画館が全席販売を再開する日の鑑賞となってしまった。案の定前後左右座席の予約は埋まっており、出向いたシネコンの人の多さにしばらく入るを躊躇してしまったくらい。コロナ怖い……。

さて、本編上映が終わって劇場を後にしていると、前を歩く二人組のおっさん同士で「あれ分かった? オレ全然意味分からんかったわ。時間返してほしいわ」とボヤいていて微笑んでしまった。安心しろ、ワタシも大して分かんなかったから!

いやー、それにしても早川書房から出ているようなハード SF をガチでハリウッド大作にしたクリストファー・ノーランは頭おかしいね。しかも、小説なら描写で済ませられる時間の順行と逆行が交差する場面を映像で表現する必要があるわけで、今そんなことやろうとするの彼だけじゃないか。

ノーランは、前作『ダンケルク』でも同時期の三つの異なる時間軸を一本の映画にまとめあげていたが、時間の逆行を描く点で出世作メメント』を連想させるし、最後、タイムアタック! なクライマックスは、やはり『インセプション』に近い感触があった。ただ、ガチな SF という意味で『インターステラー』のように観るべき映画ではなく、むしろノーランの『007』シリーズ、すなわちスパイアクションへの偏愛という視点で観るべきだし(マイケル・ケインの登場場面が『キングスマン』になりかけるのに笑った)、騙し合いという意味で意外にも『プレステージ』を思い出したりした。

というわけで、一度観ただけではとてもじゃないがワタシには本作を十分には理解できなかった。時間の逆行という無茶なものをガチで表現しているのだから、それを恥ずかしいとは思わないが、ロバート・パティンソンのリュックのポケットから出ている赤いケーブルの意味とか、本作のポイントについて、あれはどういう意味ですか? ここの場面を説明してください、とか『テネット』クイズを出されたら、かなりの低得点をたたき出してしまいそう(前述のケーブルについては、昨日友人から SMS で教えてもらった。そういえばロバート・パティンソンをあまり評価してなかったのだけど、本作での彼は良かったね)。

さて、本作のラストで、とある名作映画の、やはり映画史上に残る名ゼリフがもじって引用される。わけ分かんねーな、と主人公たちのやりとりを観ていたワタシはそこでホロリとなってしまった。そして自分は「映画に甘い」と思った。

「映画に甘い」とは、映画自体が好きというのもあるし、そうした過去の名作の引用にグッときてしまうところも含まれる。そして何より映画には映画にしかできない表現があり、映画にはテレビドラマとは違った何かがあると当然のように思い込むロマン主義(?)でもある。「ピークTV」という言葉ももはや過去のものとも言われるが、それでもこうした考え方は明らかに時流に合ってないし、有害とすら言えるかもしれない。

ともあれ、そういうロマンには大前提としてデカいスクリーンが必要である。ワタシの部屋の貧相な40インチ液晶テレビではダメなのだ。だからノーランが劇場公開にこだわったのは理解できるし、そのロマンを引き受け、しかも「大枠の理屈は分かるが、これおかしいだろ」としか言いようのない題材を、ジャンボ機を丸ごと建物に突っ込ませるなどまでして押し切ったという点で、ワタシは『テネット』を、そしてノーランを肯定したい。

観ている間はひたすらエキサイトするけど、終わってみると何も残らないところまで含めてノーランの映画らしいし、何度も書くけどいろいろ分かんなかったけど。

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