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モンティ・パイソンの「ワールドフォーラム(コミュニストクイズ)」スケッチのニュアンスを解説する

anond.hatelabo.jp

この投稿に対するはてなブックマークのコメントを見ると、元投稿の趣旨への反論や、このスケッチの面白さが分からんという声があるので、このスケッチのニュアンスを軽く解説してみる。

このスケッチの初出は、テレビ番組『Monty Python's Flying Circus(空飛ぶモンティ・パイソン)』の第2シーズン12話(1970年12月15日放送)である。この第2シーズンは『空飛ぶモンティ・パイソン』の頂点とされており、同じ回では有名な「スパム」スケッチも収録されている。余談ながら、同じ回に含まれる第一次世界大戦のスケッチで、残り少ない食料のために誰かピストル自殺して犠牲にならなければならず、その犠牲者を選ぶためにくじ引きをするも、何度やっても自分が当たることに業を煮やした少佐(グレアム・チャップマン)が苦し紛れに、「生き残りたいヤツは両手を挙げろ!」と叫び、既に両手を失っていた牧師(ジョン・クリーズ)に押し付けようとするのが身体障害者差別と問題になったようで、日本で『空飛ぶモンティ・パイソン』が最初にソフト化された際に未収録だったことでも日本のパイソニアンには知られる回である。

さて、「ワールドフォーラム(コミュニストクイズ)」スケッチだが、はてなブックマークのコメントで何人かが挙げている非公式アップロード動画は、1980年にハリウッドボウルで行われたライブ映像(以下、ライブ版)で、『空飛ぶモンティ・パイソン』でのバージョン(以下、テレビ版)と少し内容が違う。それについても以下で触れる。

エリック・アイドル演じる司会者が、テリー・ジョーンズ演じるカール・マルクスに第一問を出す際、最初に「The Hammers」と言って少し間を置く。この時点で視聴者は、共産主義のシンボルである鎌と槌の「ハンマー」についての質問だと思う。しかし、司会者は続けて「ハンマーズがニックネームの英国のサッカーチームは?」という、共産主義とまったく関係ないサッカーについての質問をするのが笑いどころである(正解はウェストハム・ユナイテッドFC)。

次に司会者は、ライブ版ではマイケル・ペイリンが演じるチェ・ゲバラに「コヴェントリー・シティFCFAカップで優勝したのは何年?」と質問するが、チェ・ゲバラはもちろん、他の誰も分からない。そこで司会者が「分からなくて正解です。これはひっかけ問題で、コヴェントリーはFAカップで優勝したことなどありませんから」と言うのだが、これは元々はコヴェントリー・シティFC(のサポーター)に対するイジリであったろう(現実には、コヴェントリー・シティFCは後年1987年にFAカップを制している)。ただ、ライブ版ではこれに別のニュアンスが加わると思うので後述する。

実はこの次のウラジーミル・レーニン(ライブ版ではジョン・クリーズ)に対する質問が、テレビ版とライブ版で異なる。テレビ版で聞くのは1959年のユーロビジョン・ソング・コンテストの英国代表の曲名だが、ハリウッドボウルでのライブ版では(今年亡くなった)ジェリー・リー・ルイスの最大のヒット曲である。テレビ版でもライブ版でも嬉々として回答するのが毛沢東(ライブ版ではテリー・ギリアム)というナンセンスさが笑いどころだが、はてな匿名ダイアリーの投稿における「出題される問題は、英国サッカーのチームや選手に関するものばかり」という記述は厳密には正しくないし、元投稿者の「追記」もちょっとおかしい。

テレビ版とライブ版の質問の違いの意図は明らかである。つまりはライブ版は、客であるアメリカ人に合わせて変えている。しかし、このスケッチの根幹であるサッカーネタはそのままである。それでこのスケッチをアメリカでやるのは、(今より遥かにサッカーの認知度が低かった)アメリカ人オーディエンスに対する「お前ら笑っているけど、サッカーのこと何も知らんだろ?」という揶揄でもあったと思うのだ。

そうしたモンティ・パイソンの攻撃性を踏まえると、はてな匿名ダイアリーの投稿における「このモンティ・パイソンのコントが風刺しているのは、要するに「共産党は『労働者の味方です』と言うけど、それは嘘八百だよ。その証拠に彼らは、労働者の一大娯楽であるサッカーのことも知らないでしょう?」と、そういうことである」という解釈は、必ずしも的外れとは言えない。

その傍証として、須田泰成モンティ・パイソン大全』の193ページから194ページにおける、「コミュニストクイズ」の第一問に関する記述を引用する。

このチームは、ロンドンの下町イースト・エンドにあるクラブで、かつてテームズ河が貿易港であった頃、造船所の労働者を中心に設立。その後、荒くれ揃いで知られる荷役を運ぶ単純労働者たちが熱心にサポートしてきたという伝統を持っている。このウエスト・ハムのことなどは、いってみればイギリス労働者の常識。パイソンズの本音は、「おいマルクスさんよ! 労働者の味方ぶっているくせに、そんなことも知らねえのか、バカ野郎!」だというわけなのだ。

またしても余談だが、個人的にはウェストハムというと、ブレイディみかこさんの「フットボールとソリダリティー」という文章を思い出す。

さて、上でサッカーネタばかりと思わせてポップソングネタを交えていることを書いたが、実はこれが最後のカール・マルクスへの豪華応接セットをかけたクイズで効いてくる。

マルクスが選んだのは工場労働者に関するクイズで、最初に2つ投げかけられる質問は、いずれも『共産党宣言』から引用されており、その共著者であるマルクスには楽勝である。回答者とミスマッチなサッカーネタばかりと思わせてポップソングネタ、その後は彼らの本業に関する質問が続くのかな? と思わせて、「1949年のFAカップの優勝チームは?」で、やっぱり最後はサッカーネタでマルクスが答えられない、というのがオチになってるわけです。

なお、テレビ版のこの回はこの後、マルクスゲバラの熱烈なラブシーンがちょっと映るし、そして番組の最後はマルクスゲバラが裸でベッドインしているシーンで終わります。

モンティ・パイソンは、王室だろうが、政治家だろうが、宗教者だろうが、上流階級だろうが、庶民だろうが、身体障害者だろうが死者だろうが遠慮なく笑いにした。共産主義者も例外ではない。もちろん、その攻撃性を不快に思う人もいるだろう。ワタシも昔、「モンティ・パイソンと差別と検閲」という文章を書いているが、モンティ・パイソンが自分たちにとって都合の良い笑いだけを提供してくれるとは思わないことだ。

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