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紙の月

角田光代の原作、並びに原田知世主演のテレビドラマ版は読んで/見ておらず、本作にしても元々は観に行くつもりはなかった。以下、ストーリーにも触れているので、未見の方はご注意ください。

若い愛人に貢ぐために勤め先の銀行から横領を重ねる中年女の話である。本作では「ありがち」という言葉が何度も使われる。この映画のあらすじ自体にしても「ありがち」なものかもしれない。

本作をドライブさせているのは、言うまでもなく主演の宮沢りえである。実は彼女が主演の映画を観るのはこれが初めてだったりするが、彼女の存在は同い年であるワタシの中で一種のアイコンなのは間違いない。彼女を知った頃のまばゆいばかりの美しさは、もはや失われている。しかし、今も彼女は十分に魅力的なのだ。彼女こそ年齢相応の美を獲得した人なのだと、ワタシは彼女の顔に浮かぶ皺を見て思う。

本作で彼女が演じるのは、「与える」ことに自分を見出す女性である。その彼女が大学生の男と深い仲になる、よりも男にお金を貢ぐために銀行のお金に手をつけるところから物語は回り始める。男との放蕩に目覚め派手になる生活、一方でその裏で荒み、綱渡りを強いられる生活、そして男の裏切り――いずれも「ありがち」な展開なのだろうが、そのあたりのホラーすら感じさせるサスペンスがよく描かれていたと思う。

正直、主人公と大学生の男の関係が始まるところは唐突でどうかと思ったが、そのかわり彼女が駅の階段をスローモーションで下りてくるところには確かに意表をつく映像的興奮があった。田辺誠一演じる主人公の夫の悪意なさげで、しかし確実に妻の気持ちを削ぐ行動も控えめながら印象的だった(多分、原作ではもっとねちっこく描かれていたのではないか)。

結果的に主人公の犯罪を暴くことになる小林聡美演じるハイミス(は死語ですね)との対峙もよかった。二人に会話から、主人公の放蕩が観客に対する挑発である構図が浮かび上がるが、主人公のことをずっと考えていたという小林聡美が本当にやりたいことは何か考えて得られた答えも微妙に身につまされるものがあった。

しかし、邦画でエンディングにヴェルヴェット・アンダーグラウンド(とニコ)の曲が聴けるとは思わなかったな。

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