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単行本が出て37年のときを経て初めて小島信夫『別れる理由』が文庫化されるという文学的事件(事故?)【追記あり】

小島信夫といえば、第三の新人に分類され(ただ年代的には、その分類の代表的作家よりも年長)、『アメリカン・スクール』で芥川賞、『抱擁家族』で谷崎賞を受賞し……と紹介される高名な作家である。ワタシも『抱擁家族』が好きで、講談社文芸文庫編「戦後短篇小説再発見〈10〉表現の冒険」の読書記録で彼について少し書いている。

その彼が野間文芸賞日本芸術院賞を受賞した代表作のひとつ『別れる理由』が初めて文庫化される。単行本のときと同じく三分冊である。

今回の文庫化とともに電子化もされるようだ。

本文執筆時点で(1)だけだが、いずれ残る2冊分の電子版も出るのだろう。電子版はひとつにまとめて出したほうがよいと思うが、『別れる理由』という小説の性質を考えると仕方ないかなとも思う(後述)。いずれにしても、おおげさに書けば、これは一種の文学的事件ではないだろうか。

まず、上記のように高名な小説家の代表作が、単行本が出て37年のときを経て初めて文庫化されたというのが、事情を知らない人からすれば奇怪だろう。

小島信夫は、晩年には日本芸術院会員になり、文化功労者にも選ばれたが、80歳を過ぎて『うるわしき日々』で読売文学賞を受賞するなど、生涯現役を通した人である。それなのに代表作『別れる理由』はこれまで文庫化されなかった。

『別れる理由』は長年文芸誌「群像」に連載され、講談社から1982年に単行本化されている。講談社は1980年代末に、純文学系の作品を対象とする講談社文芸文庫を立ち上げている。「純文学系」ということは、要はあまり売れなくても出すという意味であり、しかも絶版は出さないというポリシーがあったはず(これはもう守れていないと思うが)。

しかも、その講談社文芸文庫から小島信夫の本は(代表作『抱擁家族』、『うるわしき日々』を含め)何冊も出ている。つまり、おぜん立ては完全に整っていたのに、『別れる理由』は頑なに(?)文庫化されなかった。なぜか?

当たり前だがワタシも特に事情を知るわけはないのだが、大きな理由として、『別れる理由』という小説の規格外のヘンテコさがある。日本芸術院賞の受賞パーティーにおいて、当時内閣政務次官だった森喜朗が、「(この作品を)ぼくは認めないよ」と著者に冗談めかして言った話は知られるが、『別れる理由』のヘンテコさについては、「小島信夫長篇集成」シリーズで再刊された際に、千野帽子さんが「TV版「エヴァ」か江口寿史「POCKY」か。世紀のデタラメ、文学的大事故『別れる理由』復活」という文章を書いているので、そちらをご一読いただきたい。

『別れる理由』の大枠の筋だけ読めば、なるほど『抱擁家族』の続きにあたるものかと納得しかけるのだが、実際の中身はそんなレベルにおさまっていない。

千野帽子さんは「ゲラすらチェックしてないのではないかと言われる「戦略的ずさんさ」」「コンテンツ事故」と書いているが、坪内祐三の丸ごとこの本を扱った『「別れる理由」が気になって』の帯にも「天下の奇書か!」とある。相当なものである。

そうした意味で、今回電子書籍版も三分冊というのは分かる気がする。この小説は、後半に行くほど「コンテンツ事故」の混迷の度合いを増していくからだ。

小島信夫は当時『私の作家遍歴』(日本文学大賞受賞)と『別れる理由』の両方を連載していて、『私の作家遍歴』はいろいろ資料を調べる必要があって執筆に時間を取られて大変だったが、『別れる理由』のほうはさっさと書き飛ばしたという趣旨のことを語るのを読んだ覚えがある。が、小島信夫は本当にとぼけた人なので、この話だってどこまで本気にしてよいか分からない。

『別れる理由』はそういうわけのわからない小説であって、ワタシ自身現在までほぼ未読である。文庫版が出ないとなーと自分に言い訳した過去があるが、とうとう文庫になってしまった。この奇書を文庫化した小学館の編集者には敬服する。しかし……ワタシ絶対最後まで読み通せないと思うんだよなぁ。

最後に、筒井康隆の「実はおれも「ゲゲツ」した」(『笑犬樓よりの眺望』収録)から、小島信夫と講演旅行をした際の記述を引用しておく。1980年代末の話である。

 小島さんは「小説とは何をどう書いてもいいものである」というおれの主張を、おれなどよりずっと前から実践している作家で、いささか敬愛の念を抱いていた。別れる際、「では、またどこかで」と言うと、「いや、もう二度と会えないでしょう」と断言なさったので「さすがあ」などと思ったりしたものだ。

[2019年7月24日追記]:本エントリについて誤りを指摘いただいた。ありがとうございます。

現在予約可能なのが3冊だったので、てっきり単行本と同じ三分冊だと思い込んだのだが、全6巻でした! また飽くまでペーパーバックであり、一般の文庫本とは異なるとのこと。

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