情報は昨年既に公になっていたが、ガブリエル・ガルシア=マルケスの『百年の孤独』が、彼の死去から10年になる今年、遂に新潮文庫より文庫化される。
いつからか「文庫化したら世界が滅びる?」などと一部で言われていたらしいが、6月26日にそれが本当か確かめられる。
やはり新潮社の純文学書下ろし特別作品はなかなか文庫化されなかったことで知られ、安部公房『砂の女』、大江健三郎『個人的な体験』、遠藤周作『沈黙』といった昭和文学を代表する作品は、文庫化まで15年以上かかっている……が、それは随分前の話である。
生前の文庫化を拒否していた埴谷雄高、小島信夫『別れる理由』のような一種の事故物件(失礼)といったレアケースはあるが、『百年の孤独』のように、1972年の刊行から50年以上を経ての文庫化というのは、海外文学であることを加味してもやはり格別である。
個人的には4年前のサルマン・ラシュディ『真夜中の子供たち』の岩波文庫入りも驚きだったが、これは単にワタシが存命著者の著書は岩波文庫に入らないと勘違いしていたせいである。
文庫化といえば、浅田彰『構造と力』の40年を経ての文庫化も昨年末に話題となった。ワタシなど、そうか、文庫化って小説だけじゃないんだ、と当たり前のことを再認識したが、そうした意味で、文庫化が残されている「最後の大物」はなんになるだろうか?
奇しくも今年、ウンベルト・エーコ『薔薇の名前』の「完全版」が出ることが告知され、またジェイムズ・ジョイス『フィネガンズ・ウェイク』も復刊されるなどいろいろ動きがある。『フィネガンズ・ウェイク』は20年前に一度文庫化されているが、一方で『薔薇の名前』の文庫化はまだないことになる(「完全版」が文庫版でなければ)。
文庫化が待たれる「最後の大物」、これについては読書家であれば一家言あるだろうが、ワタシはリチャード・ドーキンス『利己的な遺伝子』を推したい。1980年の邦訳刊行以降、増補新装版、40周年記念版と新装版が何度か出ていることも『百年の孤独』と共通するし、そういう新版が出るということは、『利己的な遺伝子』が現役の影響力をもち、それなりに売れ続けた本だからだろう。
紀伊國屋書店様、原著刊行50周年の2026年あたり、いかがでしょうか?
さて、最後に『百年の孤独』の個人的な思い出話を書いておく。ガブリエル・ガルシア=マルケスの小説は、『エレンディア』、『族長の秋』、『予告された殺人の記録』といった(要は文庫化された)作品を読んでおり、『百年の孤独』もさんざん躊躇した挙句、新装版が出たときに満を持して購入した。
しかし……今にいたるまで、まったく手をつけておらず、読んでいない。ダメダメじゃん。
というわけで、文庫版を買い直すことになると思うが、果たして生きている間に読破する時間をとれるだろうか?