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ブルージャスミン

公開初日に観たが、ウディ・アレンの映画を劇場で観るのは『ミッドナイト・イン・パリ』に続いて二本目である。

ウディ・アレンは、準拠枠があからさまな映画を撮ることがたまさかあって、例えば『スターダスト・メモリー』とフェリーニの『8 1/2』、『ギター弾きの恋』とやはりフェリーニの『道』との関係だが、ウディ・アレンのファンを自称する人間として恥ずかしながら、実は上に挙げた作品は未見だったりする。ただ、それはたまたまで思うところがあって観るのを避けてきたわけではない。

そうした意味で本作は、もちろん舞台は現代に置き換えられており、主人公の過去が現在に交錯しながら家族の破綻にいたる過程が徐々に明らかになる構成はあれども、ウディ・アレン版『欲望という名の電車』としか言いようがない映画で、ただそれが少しもネガティブに思えない作品である。さすが手段のためなら目的を選ばない巨匠である。

本作はやはりケイト・ブランシェットがうまくて、というか彼女は何をやっても上手すぎるという、男性の俳優でいえばフィリップ・シーモア・ホフマンに近い人だが、彼女の場合、正統派の美女も演じることができる強みがあって、本作では気位が高く贅沢の癖が抜けない追い込まれた中年女性を無理なく演じている感じだった。

彼女が頼る妹役のサリー・ホーキンスも、『ハッピー・ゴー・ラッキー』のときとは違うがよかった。しかし、ルイ・C・K も『アメリカン・ハッスル』などA級映画に出る人になったんだなぁ。

上にも書いたように『欲望という名の電車』という準拠枠を考えれば、本作がどういう結末になるかは大体予想がつく。それでも本作は楽しめるのだが、もっと主人公の精神崩壊を明らかにする演出でもよかったのではないか。

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