- 出版社/メーカー: Happinet
- 発売日: 2017/03/02
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思えば森達也の劇場公開映画を観るのは初めてだった。以下、ネタバレはしてないつもりだが、未見の方は注意ください。
本作はサムこと佐村河内守を取材したドキュメンタリー映画である。あ、彼のことをサムと呼んでるのはワタシだけか。
映画はほとんどサムの自宅マンション内だけで進行する。
ゴーストライター騒動と聴覚障害偽装疑惑によって、「現代のベートーベン」から一転メディアの餌食となったサムを主人公とすることで、日本のマスメディアの暴力性について考えるところの多い作品だが、かつての共作者(サムの見解)である新垣隆がテレビや雑誌でもてはやされる姿をじっと見つめるサムの表情は、なんともいえない味わいがある。
それより何より本作は、サムとその奥さんの夫婦愛の物語で、その点においてとてもよくできている。サムの奥さんも賢しらな言葉で状況をまとめたり、サムを擁護することなく余計な口を挟まないところがよかった。
サムが飼ってる美形の猫、必ず出てくるケーキ、ベランダで連れ煙草をするおっさん二人などよい画が撮られた映画で、特に映画の冒頭でベランダに出るためサッシを開けたら、電車が通る音がすごいノイズになって耳に飛び込んでくるところなどゾクっときた。
森達也はいろんな場面でサムから言葉を引き出そうと迫るのだが、映画の後半にアメリカの雑誌 New Republic の取材陣が、極めて平明にサムの主張に欠けたところを浮かび上がらせる当たり前の力量と比べると、森達也の決定的なダメさが分かる。結局彼のやり口って、「お前は俺を信頼してるのか?」と迫る精神論であったり、一方で「僕はあなたを信用してないかもしれませんよ」と動揺させる挑発のレベル止まり。お前が映画が完成するまで禁煙しようがどうでもいいことだっての。
なんでそれを突っ込まないというところがいくつもあるんだよね。映画の中で、誰かがサムの部屋の前の消火器が投げつけられたとかで警察官が来ているのを知った後にサムの部屋に入ると、サムの指に包帯が巻かれているところなど。
で、「衝撃のラスト12分間」とのことだが……どこが? 表現者たる者、表現することにより救われるという、例えば芥川龍之介が『戯作三昧』で、スティーヴン・キングが『ミザリー』で描いた、古典的ですらある「筋書き」じゃないの。
もちろんサムの立場がそれを特別なものにしているのは分かるし、最後の最後の沈黙はすごく良かったけど。