ツイッターを見ていて、少し気になる意見を見かけた。
何回でも言うよ!著者から新刊を献本された人!せめて本屋で買ったフリをしなはれ。お礼は裏でしなはれ。表で「○○さん、本を無料で送っていただきありがとうございます。そのうち読みます」という表明は、「ほとんど営業妨害」ですwww わたしは献本は遠慮、というかお断りしております。
— 田中泰延 (@hironobutnk) August 10, 2016
献本されなかった方が「自分には送ってくれないのか…」ともやっとするかもしれないし、感想書いても「もらったから義理で書いてる」と思われかねないので、どう入手したかは書かないのが礼儀だと思ってます。ご招待とかも。 https://t.co/WPMzQFxrVH
— ヲノサトル (@wonosatoru) August 10, 2016
ワタシはこれらを見て、思わず以下のような反応してしまった。
ええっ! そうなのか? 恵贈されたものについて書く場合は、それを明記するのが読者に対する説明責任的に必須だと思っていた https://t.co/nXrAFOoBpZ
— yomoyomo (@yomoyomo) August 31, 2016
あらかじめはっきり書いておくが、ワタシは上に引用したお二方の意見を間違っていると批判するつもりはないし、何か論争したいという意思もまったくない。
そう思うのは、お二方が言う根拠が、実感としてよく分かるからだ。
片や広告代理店、片やミュージシャンの方ということで、これが業界的、世間的には「常識」であり、ワタシの考えのほうがズレているのかもしれない。
ただ、それでもなんで自分が恵贈されたものについて書く場合にその事実を明記しているか、その根拠を書いておこうと思う。
ワタシがこれをはっきり意識したのは、レベッカ・ブラッドの「ウェブログの倫理」を2003年だかに訳したときである。
その中の「利害の衝突があれば開示する」のところを長くなるが引用する。
大部分のウェブロガーは、自分達の仕事や専門分野についてかなり率直である。最新のオペレーティングシステムの長所を扱った雑誌記事を分析する場合、コンピュータプログラマとしての専門知識があると、その論評に特別な重みが加わる。ウェブログのオーディエンスは信頼の上に築かれているので、しかるべき場合には金銭的な(もしくはその他の衝突する可能性のある)利害関係を開示することが、どのウェブロガーにとっても利益になる。アントレプレナーであれば、提案された法案や企業合併がもたらす影響について特別な洞察力を持っているかもしれない。しかし、その人がそうした出来事から直接恩恵を被る立場にあるならば、論評の中でそのことについて言及すべきである。サービスや製品に感心したウェブロガーがその企業の株を所有している場合、自身のウェブページでサービスの宣伝を行う度にそのことについて言及すべきである。レビュー用にCDをもらう程度のことであっても、ウェブロガーはその事実について言及すべきなのだ。そうすれば読者は、そのウェブロガーの好意的なレビューがその人の嗜好によるものか、それともただでCDをもらい続けたいという願望によるものか判断できる。
利害が衝突する可能性についてまず言及し、その後で自分の意見を述べること。そうすれば読者は、あなたの論評を評価するのに必要なすべての情報を得ることができる。
Weblog Ethics 日本語訳
これを読み、彼女の意見に賛同したので、以降は「利害の衝突があれば開示する」ことを意識的に行っている。そのあたりについては、昔献本と読書記録についての覚書として書いている。
しかし、ワタシに献本した側からすれば、「まったくバカ正直に冷めるようなこと書いてくれやがって」とイラっときた著者、編集者もこれまでいたかもしれない。ワタシに対してそのように思われた方には、この場を借りてお詫びしたい。
それでも、卑近な話では、ステマ(ステルス・マーケティング)を疑われないためにも、ワタシは自分の主義を曲げるつもりはない。
ただまもなくワタシはそうした恵贈を受ける立場の人間でなくなるので、実はどうでもよいとも言えるのだが。