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アメリカンニューシネマとしての『サタデー・ナイト・フィーバー』

先日、BS プレミアムで放送したのを録画しておいた『サタデー・ナイト・フィーバー』を観た。実は、この有名すぎる映画を今まで観たことがなかったのだ。

正直、観ないままこの映画をちょっとバカにしていた。ほら、要はディスコ映画なんでしょ? 恋愛要素が主なチャラチャラした青春映画で、ビージーズの曲でジョン・トラボルタがあの決めポーズをとってハッピーエンドなんでしょ? みたいな。

もちろん恋愛要素がある青春映画で、トラボルタが踊るディスコ映画なんだけど、まったくチャラチャラしてないし、娯楽映画らしいスカッと感すらないのにビビった。

家族の問題などいろいろ語るべきあるポイントはあるが、映画のクライマックスだけとってもすごい。ディスコのダンスコンテストに出るみたいなストーリーは知っていた。もちろん、そのコンテストで踊る相手がヒロインなのも誰でも分かる。

しかし、このコンテストにトラボルタはひどい状態でかけつけるのである。外見的なケガはともかく、その原因となった大立ち回りに、ぶちかましてやったぜ的なカタルシスはない。

で、問題のコンテストでのダンスはいいのだけど、この映画を観た人なら分かる通り、それでハッピーエンドでもなんでもないのである。というか、コンテストの結果が気持ちよくないし、その後もすっごく後味が悪いことになる。

この映画を娯楽映画として消費してた当時の観客って何観てたんだ?

主人公のトラボルタは、劇中アル・パチーノに似てると言われ、部屋にはってある『セルピコ』のポスターを見て、それを思い出しながら、『狼たちの午後』の台詞を叫ぶ。

さらには彼の家には『ロッキー』のポスターもはってあるのだが、『サタデー・ナイト・フィーバー』の続編をスタローンが監督・脚本で撮ることになるのはご存知の通りである(もちろんワタシは未だ観てないです)。

70年代前半に隆盛を極めたアメリカンニューシネマは、『ロッキー』によって完全に流れが変わったみたいに言われる(参考:町山智浩『映画の見方がわかる本―『2001年宇宙の旅』から『未知との遭遇』まで』)。

しかし、『サタデー・ナイト・フィーバー』は『ロッキー』後の映画にもかかわらず、しかもディスコという享楽的な文化をテーマとしながら、(『セルピコ』や『狼たちの午後』同等とは言わないけど)ほとんどアメリカンニューシネマな映画といっていいのではないか。

この映画の登場人物は、イタリア系が多く、言葉数も多い。しかし、同時にこの映画は、その言葉がまともに取り合われなかった人たちの物語でもある。街の「顔」であるはずも主人公も例外ではない。

例えば、ウディ・アレンの『マンハッタン』は大好きな映画だが、『サタデー・ナイト・フィーバー』を先に観ていたら、あの有名な場面の見方も少し変わっていただろう。

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