『トワイライト・ウォリアーズ 決戦!九龍城砦』のときも書いたが、本作を観たかったのだが、ワタシが住んでるところの上映館ではレイトショーをやっておらず、これは逃してしまうコースかと諦めていた。
先週、本作がステルスヒットになっているという記事を目にし、念のために調べてみたら、金曜の一日一度の上映時間が21時からで、これ幸いと行かせてもらった。
筒井康隆のファンを自称しながら、原作は未読なので、そちらとの比較はできない。
本作の監督の吉田大八は、なんといっても『桐島、部活やめるってよ』が鮮烈で、その次の『紙の月』まで観たが、それ以降の作品は逃していた。
本作は、序盤に主人公である老境の元大学教授が食事を作り、それを食す様を中心に、彼のていねいな暮らしが描かれていくが、それが白黒で撮られており、舞台となる日本家屋とあいまって、それこそ小津映画のような質感……と思っていたのが、徐々に主人公の生活が夢に浸食されていく。
原作は筒井康隆の60代の作品だが、本作を観るに、夢への傾斜が描かれていると思われる。そうした意味で、色川武大の『狂人日記』を少し連想したが、切実さの面でレベルが違う。本作の主人公は良くも悪くもブルジョアジーであり、そのあたりのズルさも本作では描かれている。
そうした主人公のズルさは、本作の二人のファム・ファタールの、実に主人公に都合よい描かれ方に出ていて、このあたりから観客はこれは主人公の妄想ではないかと疑い出す仕掛けになっている。瀧内公美にしろ、河合優実もただ都合の良い存在に留まることもなく、当然のように登場する主人公の亡き妻をあわせ、いよいよ主人公の生活は壊れていき、後半はなかなかに攻撃的な展開になる。
さて、ワタシも50を過ぎ、老境と言うにはさすがに早いが、歳を取ることでどうにも逃れられないことも多くなっている実感がある。そうした意味で、あまり大きな声では言えないが、本作を観ていて、前述の女性描写にあらわれる主人公のズルさこそにもっとも感じ入るところがあったりするが、これ以上は書かないほうがよいでしょう。