上で紹介した『隔たる世界の2人』でうまいと思ったのは、ブルース・ホーンズビー・アンド・ザ・レインジの「The Way It Is」という80年代のヒット曲が使われていたこと。
ブルース・ホーンズビーのピアノによるメロディーが印象的な全米1位のヒット曲で、ワタシもリアルタイムに聞いていたが、当時はその歌詞などまったく気にしてなかった。
正直「そんなもんさ」とのんびり歌っている曲かと思っていたが、実はシビアな曲だったんですね。
曲のはじめは、生活保護を求めて列をなす人たちの描写から始まるが、そこにスーツ姿の男が通りかかり、貧しい老婦人に「仕事探せよ」と半笑いで言い放つ――そういう構図見たことありません?
そして曲の後半で歌われる「1964年に成立した法律」とは言うまでもなく公民権法のことで、それは持たざる者たち(黒人)のために作られたが、それで精いっぱいだった。だって法律は人の心まで変えるものではないから、というくだりを知ると、繰り返し歌われる「そういうものだ」「決して変わらないものもある」というフレーズは一種の呪詛に思えてくるし、それが『隔たる世界の2人』で使われる意義については言うまでもないだろう。
ワタシよりも下の世代なら、この曲のメロディーは 2Pac の「Changes」でなじみがあるかもしれない。これも原曲のシビアさを踏まえつつ、そしてそれをなんとか覆そうとしたもので、2Pac がこの曲をサンプリングした意図はよく分かる。
さて、ブルース・ホーンズビーがヒットチャートを賑わしたのは1980年代までで、それ以降の活動を知らない人も多いだろう。90年代以降もグレートフル・デッドとのライブ活動を挟みながら彼はずっと現役で、しかも一昨年、昨年とたて続けにとても質が高いアルバムを作っている。それらにはジャスティン・ヴァーノン(ボン・イヴェール)、ブレイク・ミルズ、ジャミーラ・ウッズ、ヴァーノン・リードなど多彩なゲストが参加しており、後進からのリスペクトも篤いのが分かる。
この一年、コロナ禍を理由にいろんなライブ音源を無料で聴くことができたが、その中で公開されたブルース・ホーンズビー&ザ・ノイズメーカーズのライブはすごかった。
音源が公開されたのは2019年8月16、17、18日に行われたライブだが、彼くらいの年齢になって3日連続でライブをやるというのもすごいし、彼のキャリアならライブの後半はヒットパレードを求められるところだが、くだんの「The Way It Is」、ヒューイ・ルイス&ザ・ニュースに提供して全米1位のヒットになった「Jacob's Ladder」、ドン・ヘンリーと共作してヒットした「The End of the Innocence」のような有名曲は、一晩につき1曲くらいしかやらない、というか毎日セットリストがほとんど重ならないという異様にスパルタンな選曲で、要はバリバリの現役なのである。
つまり、ブルース・ホーンズビーは音楽家として60代後半になった現在、実は何度目かのピークを迎えているのだが、それをちゃんと評価している人が少なく思えるのが歯がゆい。Wikipedia の英語版の彼のページを見ても、上記の最近の2枚のアルバムの個別ページも作られてない始末。
そういうわけで彼がボン・イヴェールのライブにゲスト参加した「I Can't Make You Love Me」をどうぞ。
この曲はボニー・レイットの代表曲で、近年までいろんな人にカバーされている。ボン・イヴェールはホーンズビーに参加してもらうためにこの曲をチョイスしているが、実はこの曲のソングライティングにホーンズビーはまったくタッチしていない。だが、ボニー・レイットのバージョンで一聴してホーンズビーと分かる鍵盤が印象的で、彼の代表曲にもなってしまったという経緯がある。
せっかくなので、30年前のボニー・レイットとブルース・ホーンズビーの共演もどうぞ。
『隔たる世界の2人』での「The Way It Is」の楽曲使用を契機にもう少しブルース・ホーンズビーにスポットライトが当たればいいなと思う。
- アーティスト:HORNSBY, BRUCE
- 発売日: 2008/03/03
- メディア: CD
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- 発売日: 2019/04/11
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- アーティスト:Bruce Hornsby
- 発売日: 2020/08/14
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