年末年始に『枯れ葉』か本作を観たいなと思いながら、逃してしまう感じだった。今週たまたま時間ができたので、『みなに幸あれ』など観たい映画はいくつかあってどれを観るか迷ったが、上映時間の関係で本作になった。
役所広司が好演しており、彼のことが好きなワタシはそれだけで嬉しくなる。そして、東京の街が美しく撮られた映画である。トイレ清掃員である主人公の生活感、佇まいはヴィム・ヴェンダースにたくされた夢と言ってよい。シンプルなルーチンで進んでいく作りも心地良い。
思えば、役所広司は『すばらしき世界』で主役を演じていたが、社会的な境遇だけをみれば、本作と『すばらしき世界』の主人公は、どこかで道を逸れた世界線の同一人物と考えることだってできるのかなと思いながら観ていた。
実際には、『すばらしき世界』の主人公と違い、本作の主人公の家柄がそれなりで、トイレ清掃員としての暮らしは自ら選んだドロップアウトであることが示唆される。それはよい。ただ本作の主人公の、決して感情を荒立てることのない清貧な暮らしぶりは、年下の女性たちから自然と重くない好意を向けられるところまで含め、一種のファンタジーと言ってよい。それもよいでしょう。
しかし、充足した夢のような生活を送る主人公の演出が、「日本人が本当に世界に誇れるもの」としてデザインされた東京の公共トイレのプロジェクトが資金源になっているという事実は、本作に登場する各所のトイレを現実に掃除している人が本作の主人公のような暮らしは絶対していないだろうというところにどうしても行き当ってしまう。
『すばらしき世界』の監督の西川美和が、「世界の近現代トップアーティストの名曲をジュークボックスのようにかけまくる平山さんが清貧の人だなんてとんでもない」と本作の主人公と製作者をあえて混同して皮肉を書いているのもむべなるかなと思う。
西川美和が触れずにおれなかったように、本作ではワタシも好きな楽曲がいくつも存分に使われている。本作もそうだと言いたいのではないとお断りした上で書くが、大学時代に生協で立ち読みした別冊宝島のムックで、ヴェンダースについて、ロックを何も分かっていないとボロクソに書いている文章を読んだのをふと思い出した。あれは誰が書いた文章だったんだろう。
演者では、ニコ役の中野有紗が良かったですね。特に主人公と二人、自転車に乗るシーン。