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ボーはおそれている

映画のストーリー展開にはっきり触れるので、未見の人はご注意ください。

本国で興行的に大コケしていたのは知っていたし、何より3時間の上映時間にかなり嫌気が差したのもあり、当初は観に行かないつもりだった。が、アリ・アスターには『ヘレディタリー/継承』『ミッドサマー』とさんざんイヤな思いをさせてくれたのだから、本作も見届けようと思った次第(マゾかよ)。

いやぁ、事前の予想と違い、かなりよくできていた。これぞアリ・アスター、としか言いようのない映画である。そして、文句なしの失敗作である。

近年、長丁場の映画が多くて閉口させられるが、こちらの膀胱も鍛えられたのか、最近も『キラーズ・オブ・ザ・フラワームーン』を耐えきったワタシだが、本作はかなり久方ぶりにトイレのために中座してしまった。ただ、これは夕食の後にすぐシネコンに向かったタイミングの問題であり、本作の出来は関係ない。具体的には、医師の娘に「吸う」よう強いられる場面で席を立ったのだが(つまり、比較的早い)、およそ5分後席に戻った際には訳が分からなくなっていた(笑)。

いや、それは大げさだし、本作に難解なところは特にない。機能不全の家族や理不尽な犠牲などアリ・アスターらしいモチーフは本作でも健在だし、本作では主人公のフォビア、不安症、パラノイアが強調される。

本作をユダヤ的ユーモアと書いてはいけないのかもしれないが、旧約聖書の世界を思わせる理不尽な苦難の連続を主人公は味わうことになる。そのあたりはコーエン兄弟『シリアスマン』を少しだけ連想させるところがあったが、それに加えて、この場面はこういうことかと理解したと思ったらことごとく覆される感じ、これはアリ・アスターにしか描けないホラーコメディでしょう。

森で出会う旅劇団の舞台を見るうちにこれは自分の物語(ユダヤ人の歴史のメタファーですね)だと感極まったと思ったらアニメになり、「息子たち」と再会したはいいが、思えばオレに妻なんていないじゃん(というか、オレ童貞じゃん)、と我に返る一連のシーケンスが優れていたが、もっともこれに近い作品は……寺山修司の『田園に死す』ですかね?

ここまではよかった。とうとう実家に帰りつき、そこで「再会」した女性との陳腐な展開、まぁ、よしとしましょう。しかし、母親が登場して本作が一種の陰謀劇であることが明らかになった後、エンディングまで本作の評価がワタシの中でどんどん下がるのを感じた。主人公が実家に帰った後を辻褄無視でいいからズバッと切っていたらよかったのに、と無茶なことを思ったりした。

今回途中でトイレに立ったから書くわけでなく、本作の3時間はやはり長すぎる。近年、2時間半超えの映画が珍しくなくなっているが、全体的に監督をシメるプロデューサーのグリップに緩みがあるのではないか。性加害問題で失脚したハーヴェイ・ワインスタインのあだ名が「シザーハンズ」だったことは知られる。そういうニックネームがつくこと自体、彼の「ハサミ」が往々にして的確でなかった証左とも言えるし、彼に帰ってきてほしいとはこれっぽっちも思わないが、アリ・アスターという癖の強い映像作家を、旬を過ぎた A24 がコントロールできなかった構図を本作に勝手に見てしまうのだ。

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