ここでも何度も取り上げている Five Books だが、2020年に亡くなったスパイ小説の大家ジョン・ル・カレの最高傑作5冊を選んでいる。選者はニック・ハーカウェイ……って『世界が終わってしまったあとの世界で』(asin:B00KVA42OY、asin:B00KVA42QW)、『エンジェルメイカー』(asin:B00ZQHDF4U)、『タイタン・ノワール』(asin:4150124655)の邦訳がある作家にして、ジョン・ル・カレの息子さんやないか。
ワタシ自身読んだことがあるのは『寒い国から帰ってきたスパイ』だけで、『ティンカー、テイラー、ソルジャー、スパイ』は映画『裏切りのサーカス』を観て知ってるくらいで偉そうなことは書けないが、これは貴重な企画だろう。
で、ハーカウェイが選んでいるのは、以下の5冊である。
- 『寒い国から帰ってきたスパイ』(asin:4150401748、asin:B00B7GJ75U)
- 『ティンカー、テイラー、ソルジャー、スパイ』(asin:4150412537、asin:B00BN5GYDI)
- 『シングル&シングル』(asin:408773336X)
- 『ナイト・マネジャー』(asin:4150408777、asin:4150408785)
- 『繊細な真実』(asin:4150413932、asin:B00RKN47RW)
『寒い国から帰ってきたスパイ』は昨年舞台化されてるのね。ジェームズ・ボンドの世界の対極にある「ふつうの人」としてのスパイ、そして大英帝国が崩壊し、自分たちが「善人」ではなく「悪者」ではないかという「道徳的危機」に向かい合う作品と評しており、この「道徳的危機」は21世紀的なテーマだとハーカウェイは語る。
そして、『ティンカー、テイラー、ソルジャー、スパイ』は、『寒い国から帰ってきたスパイ』よりもル・カレのスパイの世界の構造をバロック的で曲折に富んだ形で描いていると評価している。
他にもハーカウェイは子供の頃、朝食のテーブルでル・カレが声に出して自作を読んでくれて「スマイリー」シリーズの韻律やリズムを吸収した話、ジョン・ル・カレは彼の父親デヴィッド・コーンウェルが「執筆のために着るコート」であり、ル・カレは気性が激しく過激だったが、コーンウェルは内気で傷つきやすかった話など興味深い。
ハーカウェイによると『シングル&シングル』と『ナイト・マネジャー』は対のような本で、『繊細な真実』は刊行直後にアメリカ人の登場人物が「漫画のような悪党」と評されるなど不当に過小評価された。『繊細な真実』はドナルド・トランプが大統領になる前に書かれた小説だが、2025年の現在、前述の批判は通用しないだろう、とハーカウェイは反論している。
このインタビューで知ったのだが、ハーカウェイは昨年、『寒い国から帰ってきたスパイ』と『ティンカー、テイラー、ソルジャー、スパイ』の間の期間を埋める、「スマイリー三部作」で知られるジョージ・スマイリーが主人公の Karla's Choice を書いており、高い評価を得ている。父親の十八番のシリーズを息子が書き継ぐというのはあまりないと思うが、この企画自体、それがあってこそ実現したものだろうね。
これは早川書房から邦訳を期待したいですな。