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『もうすぐ絶滅するという開かれたウェブについて 続・情報共有の未来』への反応 その18

『もうすぐ絶滅するという開かれたウェブについて 続・情報共有の未来』だが、実はずっと待っていた(笑)Spiegel さんから感想をいただいた。

個人的にはこの本についてもっとブログに書かれた感想や書評を読みたい! とずっと思っているのだけど、「50章は(長いとか多いとかじゃなくて)デカい! 読み終わった直後はクラクラしたですよ(笑)」と言われると、確かに分量はあるよねぇ、と今さらながら思ってしまう。

Wired Vision 連載を電子書籍化した『情報共有の未来』のときは連載から落とした文章がいくつかあったはずだが、『もうすぐ絶滅するという開かれたウェブについて 続・情報共有の未来』では WirelessWire 連載から落ちた文章は一本だけだからね(それが落とされたのは質的な問題ではなく、YouTube 動画へのリンクを多用する、電子書籍向けでないのが理由)。

なお,ボーナストラックの感想は書かない(多分)。 こちらは一言「泣ける!」とだけ記しておこう。

『もうすぐ絶滅するという開かれたウェブについて 続・情報共有の未来』を読む(ボーナストラック以外) — しっぽのさきっちょ | text.Baldanders.info

以前、ボーナストラックについて「テリー・レノックスの側から書いた『長いお別れ』」というアイデア、という言葉で表現したことがあり、それはこの文章の語り手の "Deacon Blues" 性について言ったものである。が、今にして思えばただそれだけではなく、「エモい文章」と言われるものにはとにかくしたくないという気持ちがあり、外的焦点化のパースペクティブを選択したという意味もあった。それを「泣ける!」と言われるのは、書き手としては不思議であるし、面白くもある。

書籍として『続・情報共有の未来』を読み通して最初に感じたのは「私ってインターネットを信用していないんだなぁ」ということだった。

私から見て初期インターネットの背景にはヒッピー文化があると思うが,結果としてその文化は市場経済に塗りつぶされた。 でも初期インターネットを夢想する「老害」たちは当時の「黄金時代」を忘れられず,かといって「ネットのテレビ化」も止められないという状況に陥っている。

これがこの本を読んで感じたインターネットに対する印象だ。 もしインターネットが「幼年期」を抜けて generativity に象徴される「成年期」に向かおうというのなら「開かれたウェブ」が「もうすぐ絶滅する」というのは,ひょっとしたら(痛みは伴うとしても)歓迎すべき事態なのかも知れない。

『もうすぐ絶滅するという開かれたウェブについて 続・情報共有の未来』を読む(ボーナストラック以外) — しっぽのさきっちょ | text.Baldanders.info

「初期インターネットを夢想する「老害」たちは当時の「黄金時代」を忘れられず,かといって「ネットのテレビ化」も止められないという状況」とは、ズバリと言われたものだなぁ(笑)。

さて、C++ などの著書でも知られる矢吹太朗さんには、大江健三郎やエミール=オーギュスト・シャルティエの本と並び(!)2018年の5冊に選んでいただいた。

矢吹太朗さんに国会図書館への納本を勧められ、調べてみるとワタシの本でも可能そうなので、特別版(紙版)を国会図書館に送ろうと思う。

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