多忙によりひと月以上映画館に行けなかったのだが(そのため WirelessWire 連載も……)、ようやくひと段落したので、以前から楽しみだったポール・トーマス・アンダーソンの新作を観に行った。
タイトルからピザ屋が主要な舞台なのかと思ったら、全然違った。「リコリス・ピザ」とは、レコードチェーンの名前らしい(が、劇中その店は出てきたっけ?)。本作は1973年のロサンゼルスが舞台となっており(1973年のピンボール!)、主人公である高校生のゲイリー・ヴァレンタインは、年齢設定上、ポール・トーマス・アンダーソン当人とは10歳以上差があるが、舞台設定からしてパーソナルな作品なのは間違いない。
そのゲイリーを演じるクーパー・ホフマンは、もう一人の主人公であるアラナ・ケインを演じるアラナ・ハイムが20代半ばでもおかしくないのに対して、10代半ばには見えなくて個人的には違和感があったが、鑑賞後調べてみたら彼はまだ10代で、撮影時期を考えたら全然おかしくなかった。すいません。
ポール・トーマス・アンダーソンとハイムと言えば、Summer Girl のビデオでもとても良い感触があったが、本作はとにかくアラナ・ハイムの演技が素晴らしくて(しかし、ハイム一家全員登場とは思わなかったな)、彼女の演技の魅力が作品の魅力に直結している。
一方でクーパー・ホフマンには、ワタシはどうしても点が辛くなってしまうところがあり、それは彼の父親であるフィリップ・シーモア・ホフマンがワタシにとって大きな存在であることの裏返しでもある。本作は今どき珍しいくらいの「ボーイ・ミーツ・ガール」映画だが、主人公であるゲイリーのイヤなところも描かれており、それをちゃんと見せているのはクーパー・ホフマンの貢献なのだろう。
しかし、何度も書くが、本作はアラナ・ハイムが素晴らしい映画である。
本作には、明らかにウィリアム・ホールデンを模した人物をショーン・ペンが演じており、そこに現れる映画監督役のトム・ウェイツのいかにもらしい曲者ぶりとあわせて当時の男性性のはた迷惑ぶりを体現しているが、そうした故人を一応は架空の人物にしている一方で、存命のジョン・ピーターズは実名で、しかも当時の彼のパートナーであるバーブラ・ストライサンドの名前に執拗に言及する必然性がワタシには正直よく分からんかった。
そうした登場人物の佇まいもあるし、1970年代前半の描写が見事な作品である。音楽もとても気持ちがよいのだが(ある場面で、えっ、これ "Breathless"? と思ったら、やはりトッド・ラングレンで嬉しくなった)、本作をみていて思い出したのは、少し前に書いた以下のエントリである。
なんというか『アベンジャーズ/エンドゲーム』とは違った意味で、「アメリカ映画」の黄昏、ひとつの終わりの季節みたいなものを感じてしまった。
あと本作について、日本人の英語をバカにしている場面が問題になっているという話を小耳に挟んでいたが、もうそういう難癖やめろよな。
それにしても本作は、主人公二人が走る場面が多い。「主人公が走る画がよく撮られた映画に悪いのはない」とワタシも昔書いており、それは本作にも当てはまるが、主人公二人の恋愛って、かなり吊り橋効果的と思ってしまったところもある。