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ティム・オライリーが「シリコンバレーの終焉」について長文を書いていたのでまとめておく

www.oreilly.com

ひと月以上前になるが、ティム・オライリー御大が珍しく Radar に長文を書いていた。テーマは「シリコンバレー終焉論」である。タイトルは、コロナ禍のはじまりだったおよそ一年前にチャートインして話題になった R.E.M.It's the End of the World as We Know It (And I Feel Fine) のもじりですね、多分。

ティム・オライリーというと2年前に『WTF経済 絶望または驚異の未来と我々の選択』が出ており、ワタシもオライリーの田村さんから恵贈いただいたが、新しい技術がもたらす驚きを良いものにしていこうという、訳者の山形浩生の言葉を借りるなら「テクノ楽観主義の書」であった。

WTF経済 ―絶望または驚異の未来と我々の選択

WTF経済 ―絶望または驚異の未来と我々の選択

  • 作者:Tim O'Reilly
  • 発売日: 2019/02/26
  • メディア: 単行本

ワタシはティム・オライリーをトレンドセッターとして長年ずっとフォローしてきたし、『もうすぐ絶滅するという開かれたウェブについて 続・情報共有の未来』でも何度も引き合いに出している。『WTF経済』でも巨大プラットフォーム企業に対する警戒は書かれていた覚えがあるが、それらに支配されたように見えるシリコンバレーの今後についてこの人がどう考えているかはやはり気になる。

日本語圏でこの文章はほとんど話題になってないが、やはり長さが原因だろうか。以下、ざっと要約してみたい。

イーロン・マスクやピーター・ティールのような著名人、Oracle や HP Enterprise といった大企業がカリフォルニア州を去りつつある。コロナ禍において、テック労働者もリモートワークの利点に気づいてしまった。これはシリコンバレーの終わりなのか? シリコンバレーの未来を形作る以下の4つのトレンドを理解するのが重要だ。

  1. 消費者向けインターネットの起業家は、ライフサイエンス革命に必要なスキルの多くを持ち合わせていない。
  2. インターネット規制が迫りつつある。
  3. 気候変動に対応するには大きな資本が必要だが、本質的にローカルなものである。
  4. 賭博経済(betting economy)の終焉。

未来を発明する

「未来を予測する最良の方法は、それを発明することだ」とはアラン・ケイの有名な言葉だが、2020年はその正しさと間違いの両方が明らかになった。パンデミック自体はずっと前から予測されてきたが、世界は準備ができてなかった。さらに言えば、気候変動なんて数十年どころか一世紀以上も前から注目されていたし、不平等が国家の運命を左右することも大昔から知られていたが、やはり準備はできていなかった。

パンデミックや気候変動のような危機は、イノベーションの大きな原動力にもなりえる。起業家、投資家、政府が直面する難題の解決に立ち上がれば未来は明るい(新型コロナウイルスへの素早いワクチン開発はその例)。でもそれは、今見苦しいことになっている消費者向けインターネットやソーシャルメディアとはまったく話が違う。

予言:機械学習と医学、生物学、材料科学の結節点は、この数十年のうちに20世紀後半から21世紀初頭におけるシリコンバレーのような存在になる。

その「結節点」となる地の台頭が、シリコンバレーの終焉につながる。というのも機械学習、統計分析、プログラミングは必要だが、求められるスキルが変わり、シリコンバレーの地の利が失われるから(セラノスの挫折もその傍証となるでしょうか)。

「我々自身がデザインした悪魔」を使いこなす

機械学習の可能性は大きいが、人間による理論構築と実験に依存する現在の科学へのアプローチと噛みが悪い(少し前にテッド・チャンも話題にしていたアーサー・C・クラークの「十分に進歩した技術は魔法と区別がつかない」という言葉を思い出そう)。

インターネットのパイオニアたちは、自由群集の英知(wisdom of crowds)を期待したが、気が付けば我々は皆、偽情報の市場から利益を得る巨大企業に支配されてしまい、インターネットは我々の夢ではなく、悪夢になってしまった。シリコンバレーが問題を解決するなんて片腹痛い。お前らはむしろ「問題」の側だろ。

リチャード・ブックスターバーの本のタイトルを借りるなら、テクノロジープラットフォームは自身がデザインした悪魔を手なずけることができるだろうか? ということになる。

欧米の政府の規制当局はいわゆる GAFA に照準を合わせているが、規制当局のプラットフォーム理解が古ければ、満足いく結果にはならないだろう

市場は生態系であり、いたるところに隠れた依存関係がある。シリコンバレーの勝者総取りモデルの弊害は最終的には消費者にも及ぶが、例えば Google が独占的地位を悪用する弊害は、まずは消費者ではなく競合ウェブ企業の利益や資金低下や研究開発投資の減少に現れる。プラットフォーム企業は、新鮮なアイデアを持つスタートアップと競争し、人材を奪い、サービスをパクって市場全体からイノベーションが失われる。政府だって租税回避のテクに長けた大企業に歳入を奪われる。

ソーシャルメディアは、利益のためにユーザを操作し、民主主義や真実の尊重が損なわれているが、テクノロジーだけに罪があるわけではない。搾取に利用されるテクノロジーは、我々の社会の価値観をもっともよく映し出す鏡に過ぎない。オープンソースソフトウェアやワールドワイドウェブの寛大さやアルゴリズムによって増幅された集合知は今も健在だが、それを我々は積極的に選択し、間違った方向のシステムのレールに乗ってはいけない。

予言:プラットフォーム企業は自らを規制できないので、良い方向にも悪い方向にも制限をかけられることになろう。

シリコンバレーにとって悲しい時代になるが、それはシリコンバレーの若々しい理想の死というだけでなく、シリコンバレーがチャンスを逃すことになるからだ。

ここから GoogleAmazon、あと Facebookアルゴリズムの問題について書いてあるが、シリコンバレーは我々の経済や企業統治のどこがおかしいかを示す鏡であって、その原因ではないが、最悪の反面教師とは言える、という結論はかなり辛辣である。AI倫理の面からの規制論もこれから出るだろうが、オライリーは『WTF経済』で肯定的に取り上げたギグエコノミーについても、企業中心ではなく労働者中心のより堅牢な保障体系が必要と強調している。

気候変動とエネルギー経済

イーロン・マスクが世界でもっともリッチな人間になったというニュースは、気候変動の回避が今世紀最大のチャンスであることの前兆であり、電気自動車だけではなくあらゆる分野で改革が必要。何億人もの人間の移住が必要になる(マジかよ)。

予言:今後20年間に生まれる気候変動億万長者は、インターネットブームで生まれた億万長者よりも多いだろう。

電気自動車(のバッテリー)、ソーラーパネル、風力タービン、再生可能発電、培養肉などいろんな分野にチャンスがある。

何より温室効果ガスの排出を減らす必要があるが、Rewiring America では以下の5つが主張の柱になっている(なんで唐突にこの団体の名前が出てくるんだ、とワタシは疑問だったのだが、『WTF経済』を読み直して、これの共同創始者ソール・グリフィスティム・オライリーの娘さんと結婚しているのに気づいた)。

  1. すべてを電化すれば、現行システムの半分のエネルギーしか必要なくなる。
  2. ソーラーパネル、バッテリー、電気自動車、家電を国のエネルギーインフラとして再構築する必要がある。
  3. 第二次世界大戦式の民間企業の動員がなければ、市場は十分な速さで動かない。
  4. アメリカを電化することで多くの雇用が生まれる。
  5. この巨額投資の恩恵を受けるのが、電力会社、太陽光発電事業者、消費者の誰になるかは金利次第。

かなり端折っているのもあるが、ここの議論は正直ワタシにはピンとこなかった。とにかくすべて電化、ってその電力はそうやって賄うの? とも思うわけだが、オライリーは気候変動に対応する規制や税法が、ネットプラットフォーム企業のアルゴリズム規制と同じような重要性を持つものと見ているようだ。

カジノ資本主義の終焉?

オライリーシリコンバレーの終焉を唱える最大の理由は、現在のシリコンバレーを2009年の世界金融危機以降、異常にチンケな資本の産物と見ていることにあるようだ。

ここでオライリーは、企業が製品やサービスを作り売る operating economy と、金持ちが株式市場の美人コンテスト式にどの企業が勝ち/負けるか賭けをする betting economy という二つの言葉を出しているが(この二つに定訳あるのかな?)、前者が人間の問題を解決するかという成功の指標があるのに対し、後者の成功指標は株価だけになってしまう。

シリコンバレーは、その名の通り半導体メーカーの集まりから始まったにもかかわらず、今では非生産的なイノベーションを推奨する betting economy の地になってしまったとオライリーは見ているようだ。

ここでオライリーは、いきなりジョン・メイナード・ケインズの『一般理論』を以下の箇所を引用している(訳文は山形浩生訳から引用)。

事業の安定した流れがあれば、その上のあぶくとして投機家がいても害はありません。でも事業のほうが投機の大渦におけるあぶくになってしまうと、その立場は深刻なものです。ある国の資本発展がカジノ活動の副産物になってしまったら、その仕事はたぶんまずい出来となるでしょう。

betting economy は「カジノ活動の副産物になってしまった」経済を指しているが、ここではその典型として WeWork が挙げられている。ソフトバンクが投資した巨額の金が煙のごとく消え失せたことも書かれており、ソフトバンクも賭博経済、カジノ資本主義の一味と見られているということですね。

予言:バブルが終わっても、より大きなチャンスが残る。

これを読んでいて知ったのだが、オライリーはおよそ一年前に「21世紀にようこそ――ポストコロナの未来の計画の立て方」という文章を書いている(電子書籍版)。こちらについては、シンギュラリティラボ共同代表の草場壽一氏がまとめをやられているので、そちらを参照ください。

堅牢な戦略を条件としているが、それでも未来は明るいとオライリーは考えているのだろう。そして、イノベーション(と多額の資本投資)が期待される二大分野として、生命科学(ライフサイエンス)と気候変動を挙げている。明言はしていないが、それを担うのはシリコンバレーではないということだろうか。

さて、ここまでざっと要約してきたが、もちろん端折ったところは多いので、詳しくは原文を読んでください、と一応書いておきます。

yamdas.hatenablog.com

ティム・オライリーの主張と同じではないが、やはりこれを思い出してしまった。いずれもシリコンバレーが有意義なイノベーションを実現する地ではなくなったという認識は共有されているように思う。

それにしてもオライリーの巨大プラットフォーム企業に対する視線の厳しさには、それがかつて Web 2.0 の旗印のもとで応援した企業でもあっただけにたじろいでしまう。彼はかつてアルゴリズムが信頼に足るかを基準に考えていたが、もうあいつらは信頼できないと見切ってしまったのだろうか。

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