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邦訳の刊行が期待される洋書を紹介しまくることにする(2021年版)

私的ゴールデンウィーク恒例企画である「邦訳の刊行が期待される洋書を紹介しまくることにする」だが(過去回は「洋書紹介特集」カテゴリから辿れます)、10回目を迎えた昨年、「この企画も今回で終わりである。ちょうど10回、キリが良い」と宣言させてもらった。

が、その後も『もうすぐ絶滅するという開かれたウェブについて 続・情報共有の未来』のプロモーションにかこつけてブログを更新したため、結果、この一年で結構な数を洋書を紹介しており、また今年は緊急事態宣言もあって帰省もキャンセルとなり、ついカッとなってやることにした次第。と、ここですかさず自著の宣伝。

今回は全31冊の洋書を紹介させてもらう。ほとんど毎年書いていることの繰り返しになるが、洋書を紹介してもアフィリエイト収入にはまったくつながらない。それでも、誰かの何かしらの参考になればと思う。

注記:どうもリンクする数が多すぎるせいか正しく書影が表示される本が多いため、今回は Amazon は(紙の本と電子書籍が両方出ている場合)紙の本だけリンクする。Kindle 版は紙の本のリンクから辿っていただきたい。

Mary L. Gray、Siddharth Suri『Ghost Work: How to Stop Silicon Valley from Building a New Global Underclass』

書籍の公式サイト。著者二人はマイクロソフト・リサーチの研究員だが、シリコンバレーが新たな底辺層を作り出すのを止めろという訴えは、非常に現在的なテーマだと思うし、バーバラ・エーレンライクの名著『ニッケル・アンド・ダイムド アメリ下流社会の現実』(asin:4492222731)の現在版とも言えるわけだ。

Safiya Umoja Noble『Algorithms of Oppression: How Search Engines Reinforce Racism』

著者のサイトでの紹介ページGoogle を標的とした、いかに検索エンジンが人種差別を強化しているかという訴えは主に黒人を対象としているが、今年に入って深刻化しているアジア人差別を考えるなら、アジア人についてそのような「抑圧」がないかの研究をまとめた本もいずれ出るのだろうか(既に出ているのかな?)。

マット・アルト『Pure Invention: How Japan's Pop Culture Conquered the World』

著者のサイト。著者は AltJapan において日本文化の米国への紹介者として知られるが、これは邦訳出るんじゃないですかね。

そういえば著者は少し前に New York Times「なぜ QAnon は日本ですべったか」という論説記事を寄稿していたが、清義明の「Qアノンと日本発の匿名掲示板カルチャー」を読んだ後では、すべったのは著者のほうではないかという疑いを持ってしまう。

アイバン・オーキン、Chris Ying『The Gaijin Cookbook: Japanese Recipes from a Chef, Father, Eater, and Lifelong Outsider』

タイトルであえて「ガイジン」と名乗っているのは、日本人の排他性を逆手に取ったもので……と勝手に解説すると怒られるかもしれないが、こういう日本料理本こそ邦訳が出るべきだと思うのですよ。

Carl Bergstrom、Jevin West『Calling Bullshit: The Art of Scepticism in a Data-Driven World』

本の公式サイト。以前にも書いたが、『RANGE』(asin:B0868DR365)を読んでいて、この本の元となった講義が紹介されていてアッとなったものである。「データドリブンな社会において懐疑的にものを見る技術」はとても求められていると思うのですよ。

コリイ・ドクトロウ『How to Destroy Surveillance Capitalism』

さて、これは来月単独でブログで紹介するかもしれないが、遂にようやくやっと出ますよ、ショシャナ・ズボフ『監視資本主義』が! 「人類の未来を賭けた闘い」って、ワオ!

正直、コリイ・ドクトロウがこの本をディスること、特にテック企業のツール(アルゴリズム)が悪用されたことが問題ではなく、独占と腐敗こそが問題だと強調する理由がよく分からなくて、ブルース・シュナイアー先生が「両方問題だろ」と書いていたのにワタシも同意する。

一応まだ OneZero で全文公開されている。著者のサイト内ページも参考まで。

キャス・サンスティーン『Behavioral Science and Public Policy』

ここで紹介している本は薄い本なので邦訳は出ないだろう、まぁ、何しろサンスティーン先生は多作な人なので、彼の本はそのうちどれかの邦訳が出るだろうからいいんじゃないでしょうか。

というか、彼の「ナッジ」というコンセプトは強力なのは間違いないが、それだけに近年ちょっと濫用されているように思うのよね。

Frank Pasquale『New Laws of Robotics: Defending Human Expertise in the Age of AI』

これも AI の危険性を煽る本と思われそうで、そういう本は既にトレンドになって久しい。この本はロボットの軍事方面への利用について突っ込んだ記述があり、国際情勢がきな臭くなってそういう方面に目がいくといった流れにでもならない限り、邦訳は今回も難しいかもなぁ。

Joseph Reagle、Jackie Koerner『Wikipedia @ 20: Stories of an Incomplete Revolution』

今年誕生20周年を迎えた Wikipedia を祝して、ワタシもこの Wikipedia @ 20 の文章を2つほど訳させてもらったが、正直邦訳が書籍として商業ルートで出るのは難しいと思う。せっかく Creative Commons のライセンスで全文公開されているので、誰か翻訳プロジェクトでも立ち上げてほしいと今でも願っている。

Sarah Frier『No Filter: The inside story of how Instagram transformed business, celebrity and our culture』

Instagram という2010年代もっとも成功したスマートフォンアプリのスタートアップの成功物語としてよりも、Facebook に買収された後の軋轢の話、特にマーク・ザッカーバーグのクソ野郎話こそ興味深い。

Whitney Phillips、Ryan M. Milner『You Are Here: A Field Guide for Navigating Polarized Speech, Conspiracy Theories, and Our Polluted Media Landscape』

本の公式サイト。著者二人ともこれまでヘンな研究をしている人なので、そうした人たちが書く現在のインターネットのフィールドガイドは面白いと思うのだが、こういう本はよほど特別何かで話題にならない限り、邦訳出ないんだよなぁ。

アンドレアス・M・アントノプロス(Andreas Antonopoulos)、Olaoluwa Osuntokun、René Pickhardt『Mastering the Lightning Network: A Second Layer Blockchain Protocol for Instant Bitcoin Payments』

本の公式サイト。最近ブロックチェーン絡みの話題というと NFT ばかりだが、安価かつセキュアなマイクロペイメントを実現するプロトコルも重要な話に違いない(これはブロックチェーン外技術だけど)。

アンドレアス・アントノプロスがオライリーから出す本だから、これが Lightning Network 本の決定版になるのだろうが、邦訳が出るかは日本でもその「マイクロペイメント」がどの程度求められるかにかかっているのかな。

ケヴィン・ケリー『Vanishing Asia』

まぁ、何しろ全3巻、1000ページもの分量の本ということで、通常流通もしない本だから邦訳もまず期待できないのは分かっているが、趣味でこれも入れさせてもらう。

さて、ワタシのブログで過去取り上げた洋書はここまで。以下は、ブログで取り上げ損ねた本やこれから刊行予定の本を何冊か取り上げさせてもらう。

ウォルター・アイザックソンWalter Isaacson)『The Code Breaker: Jennifer Doudna, Gene Editing, and the Future of the Human Race

日本ではスティーブ・ジョブズの伝記本で知られるウォルター・アイザックソンだが、彼の新刊が先月出たばかりなのを、少し前に彼の Google での講演動画(というかオンラインインタビュー)をみて初めて知った。

その新刊だが、ゲノム編集技術 CRISPR-cas9 システムの開発者として知られ、昨年ノーベル化学賞を受賞したジェニファー・ダウドナの伝記というタイムリーな本である。これは来年邦訳出るでしょうな!

ミケランジェロ・マトス『Can't Slow Down: How 1984 Became Pop's Blockbuster Year』

今回音楽本をまったく取り上げてないことに気づいたので、VarietyRolling StonePitchfork など2020年最高の音楽本リストに必ず入っていた本を挙げておきましょう。

著者は音楽ライターで、「33 1/3シリーズ」でプリンスのアルバムについて書いた『プリンス サイン・オブ・ザ・タイムズ』(asin:4891769459)の邦訳もある。

本作はそのプリンス、マドンナ、そしてマイケル・ジャクソンという1958年生まれの3人を軸にして、1984年の音楽シーンに焦点を当てたものである(書名はその前年秋にリリースされたライオネル・リッチーのアルバムタイトルからとられたもの)。群像劇なような楽しみのある本とのことなので、これは邦訳出てほしいよな。

ダニエル・J・ソローヴ(Daniel J. Solove)先生の久方ぶりの新刊2冊

ダニエル・J・ソローヴ先生のことは「社会的価値としてのプライバシー(後編)」で取り上げており、そこでも紹介している『Nothing to Hide』は『プライバシーなんていらない!?』(asin:4326451106)として邦訳が出たが、それから10年共著の教科書本を除くと新作がなかった。

彼はジョージ・ワシントン大学ロースクールの教授のまま、プライバシーやデータセキュリティのトレーニングを手がける TeachPrivacy を起業しており、そちらで忙しかったのだろう。

ノースイースタン大学教授のウッドロー・ハーツォグ教授との共著となる『Breached!』はおよそ10年ぶりの新刊になる。

……と思ったら、実はソローヴ先生は、昨年秋にこれまでと毛色の違う本を出していた。

そう、絵本を共著で出していたんですね。史上初(?)の子供向けプライバシー指南の絵本らしい。

サンダー・キャッツ(Sandor Katz)『Sandor Katz's Fermentation Journeys: Recipes, Techniques, and Traditions from Around the World』

サンダー・キャッツというと発酵食品のスペシャリストとして知られており、ワタシも『発酵の技法』asin:4873117631)を恵贈いただいて読み、すごいもんだと思ったものだ。他にも『天然発酵の世界』(asin:4806714909)、『サンダー・キャッツの発酵教室』(asin:4990863712)の邦訳も出ている。

その彼の今年秋に出る新刊の話は大原ケイさん経由で知った。当然のように発酵食品についての本なのだけど、発酵カルチャーをテーマとする世界旅行といった趣である。

Jenny Odell『Inhabiting the Negative Space』

ジェニー・オデルの本は一昨年に「TikTokの時代に我々はスローダウンできるのか? 気鋭のヴィジュアルアーティストが説くアテンションエコノミーへの反逆」で取り上げたが、アテンションエコノミーに抗して「何もしない方法」という本を出した彼女の姿勢は、コロナ禍にかなりマッチしていたと今になって思う。

その彼女の新刊は The Incidents シリーズの1冊となる薄い本だが、やはりコロナ禍という奇妙な時代において、何も活動しない期間を無駄な時間としてではなく豊かなデザインの機会ととらえるものみたい。電子書籍で出すのにちょうどいい本かな。

正直この本をどこで知ったか思い出せないのだが、ワタシが面白いなと思ったのは、「ブロックチェーン」と「養鶏場」という思いつかない組み合わせの面白さ(鶏肉の産地偽装防止なんでしょう)、そして何よりこれが中国の地方におけるテック話をテーマにした本だということ。

中国の発展は目覚ましく、それと引き換え日本は――みたいな話はもはや定番だが、そこで話題となる「中国」は主に大都市なわけである。果たして中国の地方で「ブロックチェーン養鶏場」ってなんだ? と興味をひかれたのだ。どこかスチームパンクっぽくもあるし。

上で新刊を紹介しているジェニー・オデルクライブ・トンプソンといった人たちが本作を賞賛している。

Lee Vinsel、Andrew L. Russell『The Innovation Delusion: How Our Obsession with the New Has Disrupted the Work That Matters Most

共著者の紹介ページ。「イノベーション妄想:我々の新しさへの強迫観念がいかにもっとも重要な業績をぶち壊してきたか」という書名は、日本の経済メディアでも「イノベーション」という単語を目にしない日はなく、なにかと「イノベーション語り」がもてはやされる風潮に冷や水をぶっかけるものだ。

個人的に驚いたのはこの本をティム・オライリーが激賞していること。彼の推薦文は以下の通り。

長年読んできた中で最も重要な本だ。本書はテクノロジー、経済、そして世界のどこに問題があるかを雄弁に語っており、それを正すための簡潔な秘訣も与えてくれる。それは、製品やサービスが長続きするには何が必要か理解するのにフォーカスすることだ。

ティム・オライリーダン・ライオンズの両方が誉める本ってなかなかないよね。

James NestorBreath: The New Science of a Lost Art

著者による紹介ページ。ワタシがこの本を知ったのは、New York Times の記事の翻訳「普段意外とできていない「正しい呼吸」の仕方」経由だが、2020年5月刊行ということは、コロナ禍によって図らずも追い風を受けた本と言えるだろう。

呼吸を「失われた技術」とは言いえて妙で、生きている人間の誰もが大変な数を欠かさずやるものだから、逆に普段はほとんど意識しなくなっている。しかし、「正しい呼吸なくして真の健康はない」と言われてみれば、確かになぁと反論できない。それは我々日本人にとっても当然ながらあてはまるわけで、邦訳が出るべき本だろうね。

Hallie RubenholdThe Five: The Untold Lives of the Women Killed by Jack the Ripper

最後に紹介する本は、先日北村紗衣さんのツイート経由で知ったばかりだったりする。

確かに切り裂きジャックについてはこれまで多くの本が書かれており、その正体についていろいろな説が語られてきたし、『フロム・ヘル』などこれに触発されたフィクションも数限りなくある。が、この本は切り裂きジャックではなく、切り裂きジャックに殺された5人の女性についての本、というのがポイントである。

ワタシも切り裂きジャックの被害者は全員娼婦という話をずっと鵜呑みにしていたのだが、事件から130年後である2018年に本書の著者であるハリー・ルーベンホールドがこれを覆す研究を発表しており、調べてみたらブレイディみかこさんも取り上げていた

「「切り裂きジャックの被害者は売春婦」 レッテルに隠された素顔に迫る一冊」にもあるように、労働者階級の被害者が全員まとめて売春婦扱いされた背景にはメディアのセンセーショナリズムもあったわけだが、ミソジニーもあったろう。そのあたりにこの本の現代性がありそうだ。

著者サイト内の紹介ページも参考まで。

今年は昨年以上にひどいゴールデンウィークになってしまったが、なんとかお互い生き残りましょう。

[追記]

以下、ここで取り上げた本の邦訳が出たのを紹介するエントリをはりつけておく。

yamdas.hatenablog.com

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