当ブログは YAMDAS Project の更新履歴ページです。2019年よりはてなブログに移転しました。

Twitter はてなアンテナに追加 Feedlyに登録 RSS

ネット上の議論について

匿名性を巡る高木浩光さんと崎山伸夫さんの間の論争、という括り方が適切かどうかは分からないが、例えば 24-Hour Survival に並べられた一連の文章における議論に限れば、当方の立場は崎山伸夫さん寄りである。

ただ議論の流れ上仕方ないとはいえ、Usenet関係の、現時点の大きな問題へのつながりが(一般レベルに)伝わりにくい話にかなりの分量が割かれてしまっており、崎山さんの文章で十分なのかは分からない。

それならお前が何か書けということになるのだが、当方はノイズを加えるだけしかできそうにないのでしないでおく。能力の問題である。申し訳ない。

さて、以下は今回のお二人のやり取りの内容に直接的にはまったく関係しない話である。

掲示板でもメーリングリストでもウェブロのコメント欄でもよいが、当方はほとんど議論の類はしない。これにはいくつか理由があるが、二番目に大きい理由は、当方は頭の回転が遅いぼんくらのため、リアルタイムで気のきいたやり取りをうまくできないからである(一番の理由は書かないでおこう)。

そうしたやり取りを行う場合でも、自分の発言は短く、しかも少ない回数で済ませるよう心がけている。つまりできるだけ要点を絞るということだが、長さについてはともかく、回数については三往復ぐらいを限度とすれば、大体心がけを守れていると思う。

そうした意味で、「最後まで立っている方が勝ち」的価値観には与しない。そもそも議論を勝ち負けでしかとらえてないように見える人とは議論する気が湧かないのだが、あえてその二元論に乗るなら、当方はさっさと「負けどころ」を見つけて降りるタイプである。ヘタレだと思われるかもしれないが、グショグショになるまで応酬をして得られるものと、早い段階で自分の至らないところを認めて得られるものを比べると、常に前者のほうが大きいということはないように思うのだが。

もちろんとことん議論すべき問題もあるが、そうした重要事の場合、自分より頭の良い人たちの議論を追いかけて消化するのに精一杯で、当方が参加する余地などないことがほとんどである(上で触れた高木さんと崎山さんの議論もその一例だろう)。

ただ悲しいことに、おとしどころがないというのも稀にある。当方とネット上で対立的なやり取りをし、三往復してもまったく引く気配を見せない場合、それは当方からよほどトンチキだと思われていると考えてもらって構わない。

もちろん、その見立てが正当かどうかは別問題である。実は当方がトンチキ、ということもあるだろうから。

[YAMDAS Projectトップページ]


クリエイティブ・コモンズ・ライセンス
YAMDAS現更新履歴のテキストは、クリエイティブ・コモンズ 表示 - 非営利 - 継承 4.0 国際 ライセンスの下に提供されています。

Copyright (c) 2003-2023 yomoyomo (E-mail: ymgrtq at yamdas dot org)