昨年末から Web3(Web 3.0)というバズワードをめぐって小競り合いが起きている。実はワタシもこの方面の古い文章を訳そうと思っていたのだが、意外に時間がとれなかったため、とりあえずのまとめ代わりにこのエントリを書いているという次第。
本ブログでもこの言葉を2年前に取り上げており、その時点で既に「Web 3.0 はウェブを再度脱中央集権化する」ことへの期待がはっきりあったわけだが、この Decentralized Web というコンセプトは、拙著『もうすぐ絶滅するという開かれたウェブについて 続・情報共有の未来』の重要なテーマである(としつこく宣伝)。
しかし、最近 Web3 には「デタラメ」や「詐欺」といった穏やかならぬ言葉が投げかけられている。これはどうしたことか?
イーロン・マスクやジャック・ドーシーのツイートを起点とする小競り合いについては、星暁雄さんの文章が、背景にある文脈を理解するのによいだろう。
そして、「Web 2.0」という言葉の生みの親であるティム・オライリー御大の見解の解説が分かりやすい。Web3 が掲げる理想にはオライリーも好感を持っているが、現状の暗号資産の高騰や NFT(non-fungible token、非代替性トークン)への過大な期待に代表されるブロックチェーン周りの看板に偽りありな現状に対する危惧は押さえておく必要がある。
この記事にもあるように、オライリーは「バブル」自体は批判しない。バブルの熱狂が新しいインフラの開発につながることをオライリーは肯定しており、これについては本ブログの以下のエントリも参考になるだろう。
問題は現状の Web3 バブル、このバズワードに群がる投機的熱狂が有用なインフラ構築につながっているかで、オライリーはまだ時期尚早と見ているということですね。
さて、この Web3 という言葉を冠した本で有力なものとなると、今のところ「Web3はいかにインターネットを再発明するか」という副題を持つ Shermin Voshmgir の Token Economy - Second Edition あたりだろうか(第1版との違いは著者のブログに詳しい)。
これなど明らかに「バズワードとしてのWeb3」サイドの本と言えるが、それがシリコンバレーでなくベルリン発というところに、ベルリンはブロックチェーンの首都とかいう話を思い出したりした。
で、実はこの本は GitHub において、Creative Commons の CC BY-NC-SA 4.0 ライセンスで全公開されており(ワタシもそちらで流し読みした)、9つの言語への翻訳作業が進んでいる。
そして、その9つの言語に「日本語」は含まれていない。それになんとも言えない悲しい思いをしてしまうのだが、その界隈のお若い方でどなたかやってみませんか?