2008年に未成年者の児童買春で有罪判決を受け、2019年に性的人身売買の容疑で逮捕された直後にニューヨーク市の拘置所で自殺した富豪ジェフリー・エプスタインについてのファイルが公開され、いろんな著名な科学者の名前が登場して波紋を広げているが、彼が取り入ろうとした科学者の多くは、確固たる地位と十分な研究資金を持っていた。
では、なんでエプスタインの誘いを断らなかったのか? Science 誌が、エプスタインにノーと言えた3人の科学者に取材し、どうして彼らがエプスタインとの関わりを拒んだのかを尋ねている。
まず進行がんを専門とするデヴィッド・アガス医師だが、彼の TED Talk を見たエプスタインが2012年にメールを送ってきた。
アガスはネットでエプスタインについて調べ、2008年の有罪判決を含む彼についての詳細を知る。後に彼が送ってきたメールに記載されていた名前のリストにあった知り合い数人に連絡を取ると、皆、「あいつはろくでもないヤツだから近づくな」と言ったそうな。
その後もアガスはエプスタインからニューヨークで会いたいという依頼メールを何度も受け取るが、多忙を理由にアシスタントに断らせ続ける。
それは2019年にエプスタインが再び逮捕されるまで続いたが、なんでアガスは会う気がない理由を率直に伝えなかったのか?
「権力者を怒らせたくなかったから」と彼は言う。「彼を裁くのは私の仕事ではないし、私は対立を好むタイプでもない。また、私は道徳家でもないし、全容を知っているふりをするつもりもなかった」と彼は語るが、ネットで目にしたような経歴を持つ人物とは会わないつもりだったし、その単純な判断は正しかった。
『デモクリトスと量子計算』(asin:4627872011)の邦訳があるコンピューター科学者のスコット・アーロンソンがエプスタインと出会ったのは、2010年に彼が MIT の助教授を務めていた頃のこと。
量子コンピュータの能力と限界を研究しているアーロンソンは、エプスタインの過去を知らず、自分の研究への資金提供を申し出た金持ちに興味をそそられた。またエプスタインがアーロンソンの同僚とつながりがあったのも知っていた。
アーロンソンは自分でネットを調べる代わりに、それより彼にとって信頼できる情報源である母親に相談した(かーちゃんかよ……)。彼女は少し調べて、エプスタインに巻き込まれないよう警告した。
母親がいなければ、プロジェクトのキックオフとなるワークショップで講演をしていたかもしれないとアーロンソンは認める。「そうしたからといって、私が共犯者になったとは思いません。でも、まあ、私にとってとても恥ずかしいことになっていたでしょうね」
『量子力学の奥深くに隠されているもの コペンハーゲン解釈から多世界理論へ』(asin:4791773160)や『この宇宙の片隅に 宇宙の始まりから生命の意味を考える50章』(asin:479177020X)の邦訳がある理論物理学者のショーン・キャロルは、エプスタインと言葉を交わしている。
2010年当時教授だったカリフォルニア工科大学の関係者が、彼と妻を夕食に招待した際に、ホストがエプスタインに電話をかけ、キャロルにつないだ。その時、彼はエプスタインの犯罪歴について知らなかった。
ビッグバンやダークエネルギーといった話題について話した2分ほどの会話はキャロルに特に印象を残さなかったが、話をしたことを科学ライターの妻にしたところ、その周囲の人々含め「呆れた顔」をしたという。
数ヶ月後、キャロルはエプスタインがカリブ海に私有すうる島にある自宅で開催される科学会議への招待メールを受け取った。興味を惹く内容だったが、彼は招待を断った。なぜか?
その会議に妻も招待されていたが、彼女も会議に参加できるか尋ねたところ、「他の奥様方とショッピングでもしてればいいんじゃない」てな答えで、その性差別的な態度に夫婦は嫌悪感を抱いたからだ。
当時、既に彼が有罪判決を受けた性犯罪者だと知っていれば、断る決定はずっと容易だろうが、その当時エプスタインは有名人ではなかったし、深く調べようとは微塵も思わなかったという。
キャロルは金に困ってはいないので、資金援助の誘惑は自分には問題ではなかったという。「人生の最期において、自分が何者かは、成し遂げたことの積み重ねで決まる。お金をどれだけ持っていたかだけじゃないんだ」とキャロルは語る。
うーん、最後に引用したショーン・キャロルの言葉はカッコいいが、「資金援助の誘惑」に抗えない科学者はいくらでもいるだろうし、この3人の話を読んでも、相手の素性はよく調べましょう以上の教訓は導き出せないように思う。ちょっとしたタイミングなどの問題で迂闊にエプスタインの申し出に乗ってしまい、今になって後悔している人も多いのかも。
ネタ元は Boing Boing。

