毎年20本以上の新作映画を映画館(や機内放送)で観てきたのだが、ご存知の通りの事情で2020年に映画館で観た映画は8本だけとなる(はず)。実に寂しい話である。
その代わりと言ってはなんだが、今年は Netflix で何本か新作映画を観たので、その感想をまとめて書いておく。今年はじめに書いた「年末年始に観た映画についてざっと書いておく」より後に観た映画ということですね。
ジャックは一体何をした?(Netflix)
まぁ……これも映画ですからね、一応。
8年前にラフォーレ原宿で開催されたデヴィッド・リンチ展で観たフィルムを思い出させる、やはりリンチとしか言いようがないヘンテコだけど微妙に笑える短編としか言いようがない。
とりあえず Netflix で制作するらしい新作ドラマに期待しましょう。
ハーフ・オブ・イット: 面白いのはこれから(Netflix)
両手いっぱい広げてこの映画を抱きしめたくなるほど良かった。Twitter で何度も書いているが、心を震わせる素晴らしい映画なので、Netflix に入っている人は絶対観ましょう。
三角関係を構成する主人公はじめ三人がいずれもよいのだけど、一見脳筋のバカが割り当てられそうなアメフト選手のポールがすごくいい奴、というのが本作のうまさですね。
カズオ・イシグロの『日の名残り』、ヴィム・ヴェンダースの『ベルリン・天使の詩』、サルトルの『出口なし』といった作品の使い方にもそれぞれちゃんと意味があって良かった。
しかし、15年ぶりにアリス・ウーに監督をさせた Netflix は偉い。
ザ・ファイブ・ブラッズ(Netflix)
スパイク・リーが好調を維持していることが伝わる作品で、狙ったわけではないはずだが Black Lives Matter ムーブメントに見事にリンクしてしまったところにマジックを感じるし、カリスマ性に満ちたノーマン役を演じたチャドウィック・ボーズマンが8月に亡くなってしまったため、そうした意味でも特別な作品になってしまった。
本作は言うまでもなく『地獄の黙示録』が準拠枠になっているが、現地のベトナム人が「アメリカ戦争」というところをはじめとして皮肉が効いている。
しかしなぁ、やはりベトナム帰還兵のベトナム戦争当時の回想シーンを爺さんたち本人がやり、その中に一人チャドウィック・ボーズマンが入るという画がどうしてもヘンにしか思えなかった。やはり当時のシーンは若い俳優をあてるべきだったのではないか。
もう終わりにしよう。(Netflix)
チャーリー・カウフマンの監督作は『脳内ニューヨーク』が大好きなのだけど、『アノマリサ』は未だ観れていない。
かなり期待して本作を観たのだけど、ダメだった。『オクラホマ!』を知らないと演出の意図が分からないという話をあとで読んで、そりゃワタシはダメだと安堵したくらい。原作を先に読んでおくべきだったか。
鑑賞後にネットでネタバレ考察を読み、「えっ、あれってそういう映画だったの?」と驚いたほどで、本作のラストが『ビューティフル・マインド』のパロディであるのはワタシにも分かるが、だからなんなんだ? それの何が面白い? と言いたくなるというか、とにかくワタシには手に負えない映画でした。
エノーラ・ホームズの事件簿(Netflix)
『SHERLOCK/シャーロック』など少ない例外を除き、ワタシはシャーロック・ホームズの翻案ものはあまり好きではなく、シャーロック・ホームズの妹がいるという設定の本作にも興味が湧かなかったのだが、面白いという評判を小耳に挟んだので観てみた。
『ストレンジャー・シングス 未知の世界』でおなじみミリー・ボビー・ブラウンが主演だが、これが『ザ・ファイブ・ブラッズ』とは違った意味でまさに今どきな映画になっている。本作におけるシャーロック・ホームズのキャラクター造形は気に入らないが、彼が政治に無頓着なのは脅かされない特権があるからだと妹から突き上げられるのは面白かった。
主人公もテュークスベリー子爵を演じるルイス・パートリッジもキュートだし、とてもいまどきな作品なのは書いた通りだが、いまどき過ぎて展開が読めてしまうところが弱かった。
シカゴ7裁判(公式サイト、Netflix)
とてもアーロン・ソーキンらしい作品で、こうしてみると Netflix は本当にタイムリーな映画を今年たて続けに公開したんだなと思う(本作の製作は Netflix ではないけど)。
面白かったのだけど、少し評価は難しいところがある。「シカゴ7」がタイトルになっているが、その中に入れてもらえないボビー・シールの境遇の不愉快さが印象的だった。
サシャ・バロン・コーエンのことは『ヒューゴの不思議な発明』のときも感心した覚えがあり、今アビー・ホフマンをやるなら彼しかいないと思った通りだった。フランク・ランジェラ、マーク・ライランス、マイケル・キートン、ジョン・キャロル・リンチといったベテランたちが芸達者ぶりを見せている。
Mank/マンク(公式サイト、Netflix)
今年の Netflix 映画のベストは『ハーフ・オブ・イット』以外ありえないと思っていたが、最後にこれが来た。以下、内容に触れるので、未見の方はご注意ください。
本作は実は映画館で観れたはずで、『ROMA/ローマ』や『アイリッシュマン』の経験からもそうすべきだという確信があったのだが、あいにくタイミングが合わなかった。コロナ禍では映画館ひとつ行くのも大変だ。
当代最高の映画監督の一人であるデヴィッド・フィンチャーが『ゴーン・ガール』以来に撮る映画である。その間にもやはり Netflix の『マインドハンター』で楽しませてくれたが、やはり映画は特別だ。
さて、かつてデニス・ホッパーはこう言っている。
アメリカン・フィルム・インスティテュートによると、『地獄の黙示録』は"偉大な映画トップ100"に入る作品だそうだよ。『ジャイアンツ』と『理由なき反抗』、それに『イージーライダー』も入ってるんだ。だから、おれは偉大な映画100本中4本に出演したってわけだ。ちなみに、1位は『市民ケーン』だそうだ。それに関しちゃ、なんの文句もないね。(CUT 1999年8月号)
『市民ケーン』は、映画史上最高の作品を挙げるなら未だトップにくる作品である。本作でも名前が出る『闇の奥』の翻案である『地獄の黙示録』や、『ドン・キホーテを殺した男』改め『テリー・ギリアムのドン・キホーテ』など、「オーソン・ウェルズですら作れなかった」映画を手がけることで、その映画史上最高の作品を作ったオーソン・ウェルズに一矢報いようとした人はいる。
しかし、フィンチャーは本作において、『市民ケーン』自体に手をかけている。本作はその脚本を書いたハーマン・J・マンキーウィッツを主人公とするが、本作の脚本自体フィンチャーの父親が遺したものであり、当然のように本作の構成も「時間軸が飛躍する」など『市民ケーン』に寄せたもので、そのあたり分析の対象となるだろう。チェンジマークの忠実な再現など、ルックのこだわりは基本中の基本だ。
まず、本作は誰にでも勧められる映画ではまったくない。何より『市民ケーン』を観てないとどうしようもないし、ウェルズ、ウィリアム・ランドルフ・ハースト、マリオン・デイヴィスといった主要人物は当然として、当時の映画界の大立者の相関も分かってないと厳しい。本作に名前が何度も出てくる「シンクレア」は小説家のアプトン・シンクレアだが、映画会社の人間の軽口で、同時代の作家のシンクレア・ルイスの『エルマー・ガントリー』が引き合いに出されたりする。そのあたりまで大枠掴めることが前提になっている。
それでもワタシは本作を傑作だと推したい。フィンチャーの最高傑作ではないが、これぞ映画である。
本作のクライマックスとなるのが、主人公のマンクが長広舌を振るってハーストと対峙する場面、そしてマンクとウェルズの対決のカットバックなのがすごい。前者でゲイリー・オールドマンがここぞとばかりに本領を発揮しているが、このあたり好き嫌いはあるかもしれませんね。あとマンクの妻の描き方にも批判があるかも。
『ソーシャル・ネットワーク』、『ゴーン・ガール』に続いて本作もトレント・レズナーとアッティカス・ロスが音楽を手がけているが、今回も秀逸。レズナーが1930~1940年代にピッタリなサウンドトラックを作れるなんて想像もできなかったが、昨年の『ウォッチメン』で当時の音楽を聴きこんだことが功を奏したらしい。『ウォッチメン』も攻めていて良いドラマだったが、改めて感謝したくなる。